お花シリーズ - 紫陽花1

「はぁ……」

 僕は、花に水を撒きながら、溜息を吐いた。

 学校の温室。色とりどりの花が咲くこの園芸部の部室は、ほんの少し、僕の沈んだ気分を和ませてくれる。

 今、ここに居るのは僕だけだ。

 と思ったら、誰かが喚きながら駆け込んできた。

「うひゃぁ! 降ってきた降ってきた! 大雨!」

「五十鈴(いすず)君」

 滴を払う仕草の割に嬉しそうなクラスメイトの様子に、思わず笑みが浮かぶ。

 それを見た彼は、にこっと笑い返してくれた。

 美人が微笑むと和むなぁ。

 中途半端なこの時期に転校(入学?)して来た彼は、今、僕が一番中の良い友達だ。

「真弥(まや)でいいよ。
 それより、外、凄い雨だぜ? 早く帰らないと、電車止まるかも」

「え……う、ん……」

 五十鈴君の……真弥の言葉に、僕は言葉を濁す。

 下校時刻は、もう過ぎている。それはわかってるんだけど、まだ帰りたくなくて、僕はここで水遣りを免罪符にグズグズしていたのだ。

「水遣りなら、俺やっとくよ? 寮生だから門限までに帰ればいいしさ」

「そうだったね」

 でも、まだ帰りたくない。まだ、会っていないから。

 俯いて動かない僕から、真弥は水が出たままのホースを奪い取った。

 そして、蛇口に向かい、水を止める。

「真弥?」

「それ以上水やると、植物が腐りそうだし……」

「え? あ!」

 彼の言う通り、水が当たっていた場所は水びだしになっていた。

「ど、どうしよう……」

 折角綺麗に咲いていた紫陽花が枯れちゃう……!?

「大丈夫。ほら、紫陽花は雨の中で咲いてるんだし。これくらい何ともないって。
 それより、彩はもう帰りなよ。 ホントに電車危ないって」

「でも……」

「いいから。ほら」

 何時の間に用意したのか、彼は僕に鞄を渡す。

 僕は勢いに飲まれてそれを受け取る。

「傘は?」

「ない……けど、走るから大丈夫」

「そっか。気をつけろよ?」

「うん。ありがと」

 見送る彼に手を振って、僕は後ろ髪引かれる思いで部室を後にした。


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