お花シリーズ - 紫陽花2

 彩(あや)を返した後、真弥が紫陽花の前に蹲っていると、一人の男が入ってきた。

「笠寺(かさでら)先生」

 真弥は立ち上がって男を……司(つかさ)を迎える。

 彼は真弥に近付くと、周囲を見回した。

「嶋津(しまづ)は?」

「さっき帰りました」

「……そうか」

 ホッとしたような、落胆したような態度に、真弥は笑みを浮かべた。

「急げば間に合うと思いますよ。本当についさっきだったから」

「いや……用はないし。
 五十鈴だったな。君も早く帰りなさい」

「……帰りたくないんで、もうちょっとココにいます」

「は?」

「だって……会いたい人、会ってくれないし。ココに居たら、心配して見に来てくれるかなって。寮だから、電車止まる心配ないし」

「…………」

 司は沈黙する。

 真弥は短い掛け声と共に勢いをつけて立ち上がり、彼の方を振り向いた。

「でも、見込みなさそうだから帰ります」

 そう言うと、司の返事を待たずに歩き出す。

 不意に扉で振り返った。

「そうだ。先生、花言葉に詳しいんですよね」

「あ? あぁ、まぁな」

「紫陽花の花言葉ってなんですか?」

「……冷酷。貴方は、冷たい人……」

 それを聞いた瞬間、真弥は笑い声を上げる。

「それいい。今度彼にあげようかな」

 そして、出て行きかけて、もう一度振り返った。

「彩、今日は傘を持ってきていませんでしたよ」

 その言葉にハッとした司に、真弥は笑顔のまま、様になったウィンクを投げた。

「先生は冷たい人にならないように、追いかけてあげたらどうですか?
 彩、きっと先生を待ってたんだと思うから」

 自分の横を通り過ぎ、走り去っていく司を、真弥は眩しいもの見るような眼差しで見送った。


  
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