お花シリーズ - 桜1

 ほけーっと、僕は頭上に広がるピンクの霞を見上げた。

 凄い。

 とにかく、言葉が出ないくらい綺麗。



「埃、喰っちまうぞ」

 声の指摘に、僕は慌てて口を閉じて、視線を落とした。

 そして、声の掛かった背後を振り返る。

 ちょっと離れた場所に、こちらに向かってくるスーツ姿の男の人が見えた。

 僕は慌てて頭を下げた。

「新入生だな?

 まだ残ってたのか」

「すみません」

 謝って顔を上げると、男の人は困ったように笑う。

 そして、僕がさっきしていたのと同じように──勿論口は閉じてたけど──桜を見上げた。



 今日、僕はこの高校の入学式だった。

 もう式もガイダンスも終わって、同級生達は帰ってしまっている。

 僕は、朝見たこの並木をもっとゆっくり眺めたくて、人がいなくなるのを待ってたんだけど……。

 まさか、僕以外に外を歩いている人がいるとは思わなかった。

 いるのが変……ってわけじゃないけど。

 ましてや先生……みたいだし。



 僕は、まじまじと目の前の男の人を観察した。

 歳は30歳前後かな。僕には歳の離れた社会人のお兄ちゃんがいるけど、多分変わらないくらいだと思う。

 テレビや雑誌で見かけそうな、かっこよくて凛とした感じの俳優さんみたい。

 こんな人が、僕の担任だったら毎日見惚れそうだなぁ。



「精神美……優れた美人」

「えっ?」

 突然男の人が呟くから、僕はドキリとして変な声を上げてしまう。

 男の人は、こっちを向いて、口元を緩めて優しい微笑を向けた。

「桜の花言葉だ。
 綺麗な心の持ち主という意味だな」

 綺麗な心……なんか、素敵な響き。

「良い言葉ですね」

 なんか嬉しくなって思った通りを答えたら、男の人は少し驚いた顔の後、そっぽを向いてしまった。

 僕、怒らせるような事言っちゃったのかな。

「さて、もう下校時刻は過ぎているぞ。
 早く帰りなさい」

 そっけない言葉。

「はい。 ごめんなさい」

 僕は悲しくなったけれどこれ以上何も言えなくて、ぺこりとお辞儀だけして帰路に着いた。



 それから、僕はあの男の人を探している。


 もう一度、ちゃんとお話がしたくて。


 お昼休みの度に職員室に行ってみたり、日直でもないのに、毎朝日誌を取りに行ったり。

 でも、あの男の人の姿はなかった。

 先生じゃなかったのかなぁ……。


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