お花シリーズ - 桜3

「僕、あの桜の時の先生が忘れられなかったんです……。
 もう一度会いたくて」

 電車に揺られて、たまたま持ち上がった入学式の時の話に、僕は呟いた。

 笠寺先生は隣で苦笑する。

 僕にとって、入学式のあの時こそ先生に惚れた時なんだけど。

 先生はその事を知らない。

 勿論、言えない。

 この電車には、僕ら以外同じ高校の関係者はいなくて、咎める人も居ない。

 まぁ、教師と生徒が同じ電車で隣同士で座って話すって、珍しい光景じゃないんだけど。

 園芸部で話し込んでいたせいで、外はもう真っ暗。

 周りはスーツばっかりで、先生はいいけど……僕はとても浮いてしまう。

「別に、毎日職員室に顔を出さなくてもよかっただろうに。
 どうせ園芸部に来るつもりだったんだろう?
 いずれ会っただろうが」

 僕は言われてその事実に気付いて、赤くなる。

 確かに、先生の言う通りなんだけど。

「だって……そんな事考えなかったんですっ」

「彩らしいな」

 笑いながら、先生は頷く。

 僕は別の意味で赤くなる顔を隠そうと必死だ。

「そういえば、先生?」

 だから、話題を変えようとした。

「ん?」

「精神美ってどんな人の事なんですか?
 イマイチ良くわかんなくて」

「うーん。難しいな……」

 先生は本気で腕を組んだまま黙ってしまう。

 どうしよう。聞いちゃ拙かったかな?

「…………」

「…………」

 あんまりにも考える時間が長くて、いつの間にか電車は駅についてしまった。

 僕はココが降車駅で、先生はココから乗換えだ。

「先生、また明日」

 仕方なく降りて、別れようとすると先生は僕の腕を掴んだ。

 ドキンと心臓が跳ねる。

 先生にバレてないと良いけど……っ。

「精神美の良い例、いたぞ」

「え?」

「お前だよ」

 先生はそれだけ言うと、僕の頭をかき回して乗り換える為に身を離してしまう。

「気をつけて帰れよ、じゃぁな」

 言い残し、手を振って。

「…………っ、言い逃げだっ」

 僕は赤い頬を押さえて、遠ざかる先生に急いで背を向けた。


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