お花シリーズ - 椿10

 教員棟の事務員には笑って誤魔化しつつ、逃げるように帰路に立った二人は、並んで夜道を歩いていた。

 まだ春の遠いこの時期 は、日が落ちるのも早く、6時を回ったばかりの時間でも真っ暗だ。

 それは、なんとなく周囲に対して悪いことをしてしまったような、でも自分はこれ以上なく幸せだというなんだか裏腹で気恥ずかしい気持ちを抱かせ、彩を落ち着かなくさせた。

「そういえば、なんで椿が出てきたんですか?」

 黙って歩く沈黙さえ落ち着かなくて、彩は思いついたように疑問を口に出す。

 彩のペースにあわせてゆったりと歩いていた司は、自然な動作で彩を見下ろしてくる。

 当たり前の事なのに、妙にドキドキしてしまうのは、浮かれすぎなんだろうか。

「椿? あぁ、昼間のか。あれは椿姫からだ」

「椿姫って……オペラでしたっけ?」

 赤くなりつつ可愛らしく小首をかしげる彩に微笑ましい気持ちで笑いかけながら、司は頷く。

 『至上の愛らしさ』という言葉は彩のためにあるんだろう、と考えながら。

「俺のクラスが音楽でやったんだと。で、椿の花言葉の話になったんだ」

「先生の花言葉好きは有名ですね」

「らしいな」

 笑いあえる幸せは、ほんの少し二人を大胆にする。

 そう、誰もいないこんな暗い夜道では、特に。



「あーや」

「……!!」



 街灯の裏、光の届かないくらい場所に引きずりこまれた彩は、浮かれた狼に素早くキスを奪われてしまった。


 end...


  →
 戻る