lucis lacrima - 9-9

 暗闇の中で、泣いていた。

 光が見えなくなって、何処へ行けばいいのか判らなくて。



 手を伸ばしてもがいてみたけれど、手に触れるのは冷たい闇だけ。

 自分を拒絶するような、暗い闇だけ。



 自分を包み込んでくれた、優しくて暖かい闇は何処にもなかった。

 つい、昨日までは、ずっと傍に居てくれたのに。



 もう、何も無い。

 自分には、何も無くなった。





 名前を、呼ばれた、気がした。



 生まれる前と同じ暖かさで。

 生まれた時と同じ優しさで。

 生きてる時と同じ眩しさで。



「……、……」



 顔を上げて探す。

 眼を凝らして、ずっとずっと闇の先まで。



 けれど、何も見えない。



 気のせいだったのかと諦めた時、もう一度声が聞こえた。



 ……こっち、こっちだよ。



 その声に、もう一度顔を上げて、今度は立ち上がって探した。

 足を、腕を、頬を刺す冷たい闇の痛みを堪えて。

 歩き出す。ゆっくりと。真っ直ぐに。



 闇が、薄くなる。

 光が、差し込んでくる。

 闇が、晴れる。



 光の中で、涙が溢れた。

 大丈夫、自分は、一人じゃない。

 ちゃんと、待っていてくれた。



 光に手を伸ばす。



 掴まれる。



 ぐいぐいと、幼い頃のように、先へ先へと走っていく。

 それが嬉しくて、思わず笑った。



 光に眼が慣れると、優しい闇色の瞳が視界に飛び込んだ。

 そして、その端に広がる、赤い情熱的な髪。

 随分近くに男の顔があって驚いたが、己の状況を省みて納得した。

 手に当たる、剣の柄と、柔らかい布と、暖かい濡れた感覚。

 腹部に感じる、冷たい剣と、熱く溢れる命の感覚。



 約束は、果たされたのだ。



「……ごめん」



 クロエは、微笑んで感謝する。

 シラナギも、微笑を返す。



 頬を伝う光の雫が一粒、剣の柄を握る手に落ちて砕けた。




 核を失った闇が、光に導かれ、風となって神宮を駆け抜ける。

 無数の傷ついた兵を飲み込み、血の海を浄化して。

 淀んだ空気を取り払い、空へと駆け昇る。

 白く眩く欲望に溢れた虚構の壁を剥がし、孤独で脆弱な廃墟へと変えていく。



 そうして、力を失った神宮は、静かにその機能を停止した。


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