lucis lacrima - 便りの風1
空気が気持ちいい。
クロエは目を細めて空を見上げた。
大きく腕を伸ばす木に茂る、葉の隙間から零れる日の光。
眩しいそれは己の体を蝕むはずのものなのに、今は暖かい温もりを運ぶ恵みの光に感じる。
高貴な雰囲気が充満しているこの神宮はあまり得意ではないが、この中庭の緑が多い造形は気に入っていた。たとえ、自分一人では足を踏み入れる事が出来ない領域だとしても。
昨夜の戦闘の疲れが尾を引いているクロエは、緑の爽やかな香りに思わず安堵の息を漏らした。
「疲れてるなら、寝ればいいのに」
頭上から、笑い声が落ちてくる。視線をずらせば、自分と同じ顔が太陽のような眩しい笑みを零す。
肩ほどまで伸ばしたサラサラの黒い髪。黒い瞳はとても利発そうで、頭の回る性格をそのまま表しているように感じる。その顔も、軍人という血塗られた職業についている自分とは違い、神官という神聖な職につく彼らしく、穢れを知らない眩しい表情を良く見せた。
ただ、17歳という年齢の割りに小柄で幼く見えるのは自分も彼も同じで、それについては産みの親を少し恨んでしまうと二人で話した事がある。
とはいえ、自分と彼を双子として産んでくれたことには、この上 ない感謝の念を覚えていた。
生まれてからずっと、二人で手を繋いで生きてきたおかげで、一人で戦場に出ていた時も寂しいと思ったことは一度も無い。いつも、何処かで繋がっている気がするからだ。
そんな大切で唯一無二の片割れは、のほほんとした雰囲気で、その手に花弁が幾つも折り重なった紫色の大きな花を弄んでいた。散り際に舞う花弁が鳥の羽根のように美しい、初夏の花だ。
クロエはそれを横目に見た後、後頭部に当たる馴染んだ感触を堪能するように瞼を閉じて唇を緩めた。
「勿体無い」
その返事に返る優しい笑い声。何処にも行かないのに、と呟きながら、ハクビは膝に乗せたクロエの髪を撫でてくる。
と、不意に頭に何かが刺さった。痛くは無い。が、突然湧いた違和感にクロエは再び目を開ける。
覗きこんでくる自分の顔と視線が合う。楽しそうに笑みを浮かべた片割れは、彼を満足げに見下ろして言った。
「良く似合う」
「何してるんだ」
頭に触れれば、柔らかく瑞々しい感触が指に伝わる。恐らく、先ほどまでハクビが手にしていた花だろう。
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