lucis lacrima - 便りの風2

 呆れながら頭から外そうとすれば、途端に口を尖らせ止められた。

「だーめ。似合ってるから」

「……俺は女じゃない」

「知ってるよ。俺も男だもん」

 男か女かじゃない。似合うか似合わないかだ。そう笑う片割れを、クロエは眩しげに見上げる。

 きっと、自分よりハクビの方が似合う。太陽のように、眩しく気高く美しい片割れの方が。

 同じ顔でも、きっと。穢れた自分よりもずっと似合うに違いない。

 だが、ハクビはクロエに刺した花を外すつもりはなさそうで、傍らに落ちた別の一輪の花をその手に収めて再び弄んでいる。

 クロエも口で言うほど嫌がっているわけでは無いので、結局溜息ひとつ吐いただけで自ら外そうとはしなかった。

「……ぁ……」

 強い風。四方を壁に挟まれた吹き抜けの中庭の上空を、強い風が吹き抜ける。

 クロエ達が居る場所には、ほんの少し、そよ風が降りてきただけだ。

 だが、頭上からは沢山の紫の花弁が舞い落ちてきた。羽根のように、ヒラヒラと。それは鳥の羽根の様に美しく、天使が舞い降りた後のように神聖なものに見えた。

「綺麗だね。天使の羽根みたい」

「そうだな」

 頭上でハクビが漏らす。顔は見えないが、きっと笑んでいるのだろう。その表情を想像しながら、クロエも笑んで頷いた。

「相変わらず仲がいいな」

 ふいに、ハクビの部屋に通じる扉から、低い男の声が聞こえた。

 顔を見なくても判る。ハクビの護衛だ。逞しい体と粗野な性格に似合わず、美しい金髪と琥珀色の目を持つ男。クロエの復讐の為に神宮まで乗り込んできたらしいが、ハクビと気があったのか、今は一時休戦となっている。

「ちょっと、もう戻ってきたの? 呼ぶまで来るなって言っただろ?」

 クロエが居る間は守ってもらえるから護衛は要らない。そう言って、ハクビは人払いをしていた筈だが、何かあったのだろうか。

 膝枕から身を起こすクロエを、ハクビは残念そうに見た後、乱入者を振り返って口を尖らせた。

「邪魔」

「へーへー、悪うございましたね。
 上官が呼んでるぞ」

「居ないって言ってよね」

 立ち上がるクロエを追って自らも立ち上がり、ハクビはそう返す。

 護衛は心底呆れた顔を見せた。

「お前がこの神宮から出たことなんて無いだろうが」

 ご尤も。きっと、直ぐにバレてしまう……というか、確実にあの上官から小言を喰らうだろう。



  
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