lucis lacrima - 春祭1

 うららかな春の日。

 城下の街中に植えられた春の花が満開になる時期に、春を祝う祭が行われる。

 長い戦争が終わって数年、漸く心身ともに感じられる春の息吹に、街中が浮かれていた。

「……行きたいなー」

 書類を処理する手を止めたハクビは、中庭を眺めてポツリ呟く。

 見習いという立場上、神宮に上がってから一度も春祭には参加していない。

 もう少し上級の神官になると、神宮をお忍びで抜け出す事も多々ある……というか、春祭の日は殆ど上司が居ないといっても過言ではないほどだ。

 ちなみに、片割れは、警備として何度か参加しているらしい。

「……行きたいって、何処にだ?」

 呟きを耳聡く聞きつけた男が、寛いだソファから声を掛けてくる。

 大柄な体に似合わない、綺麗な琥珀色の髪と瞳を見て、ハクビは祭に思い巡らす。

 今年は護衛もついたことだし、少し神宮を抜け出してもいいかもしれない。外でクロエと落ち合って、祭を巡りたい……幼い頃のように。

「なぁ、フェイ」

「何だよ。その薄気味悪い笑顔は」

 笑顔を向けると、あからさまに警戒の眼差しを向けられる。

 だが、祭に心馳せるハクビには、それを不快に思う余裕は無かった。

「祭、行きたくないか?」

「祭ぃ?」

「そう、春祭。この仕事が片付いたら、街に行こう」

「あぁ、だからか」

 掛けられた言葉に妙に納得した表情を浮かべる護衛に、ハクビは首を傾げる。

「妙に人の気配がないと思ってな」

「殆どの神官は、もう外に出ちゃってるからね。残ってるのは、秘書と、見習いの神官ぐらいだよ」

 ハクビは再び書類に目を落として答える。

 早く片付けて、日があるうちにクロエのところに行こう。

 そうして、二人で楽しむのだ。

 軍がクロエの体質を考慮してくれているのなら、彼の警護の時間は夜のはず。

「ふふ」

 ハクビは驚くであろう片割れの様子を思い浮かべて、思わず含み笑いを漏らす。

 その様子を、フェイは呆れた、だが慈愛の篭った眼差しで眺めていた。


 ← 
 戻る