魔王と救世主 - 2-9

「…………」

 救世主は、ゆっくりと優しい闇から意識を浮上させる。

 なんだか、とても暖かいものに包まれている。

 服……ではない。自分は、何も着ていない。

 かといって、毛布でもないし、シーツとはまた別の触感だ。

 しっとりとして、凸凹して、でも柔らかく肌に馴染む何かが、自分を包み込んでいる。

 辺りはまだ真っ暗で、仕方なく僅かな明かりの下、目を凝らす。

 規則正しく上下する肌色の胸板。自分を覆うように回された太い腕。

 顔を上げれば、自分とは違う、野生的で端正な作りの顔が視界いっぱいに飛び込む。

 閉じられた瞼に付いた、長い睫。その上の額にかかる金色の髪は、僅かな明かりの下で時折キラキラと瞬いて、妙に綺麗だと思った。

「…………」

 躊躇いがちに、救世主は顔を戻して、暫く考え込む。

 ほんの数刻前に己の身に起きたこと……目が覚めて、魔王に組み敷かれて……そして今、こうして腕の中で眠っている。

 逃げ出すチャンスかもしれない……が、これだけ密着していては直に気づかれるだろう。鎖は外されたようだがそれぞれ手足首に冷たい鉄の感触はあり、完全な自由ではなさそうだ。

 それに、初めて男に抱かれた体は、繋がった部分だけでなく全身がまだ気だるい疲労感に覆われている。俊敏な動きなど、到底無理だ。

 何より、今この状態には、休息を求める体を繋ぎとめる心地よさがあった。

 髪をくすぐる男の安心しきった寝息が、暖かく包み込む腕が、心地よすぎて、動けない……動きたくない。

 救世主は諦めると、少し身じろぎして周囲を囲む腕の中に体を固定し、再び瞼を閉じた。

 相棒である救世主の剣がない今、自分に出来ることは、体を休めてチャンスを窺う事だ。そう、言い聞かせて。

 瞳を閉じると耳に響く、規則正しい、心臓の音。

 魔王にも、心臓はあるのか……そんな、考えてみれば当然の事を思いながら、彼は再び優しい闇の中へ意識を投じたのだった。


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