魔王と救世主 - 3-11

「……そういえば、キーズの姿が見当たらないが」

「はて、どうしたのでしょうな。呼んで参りましょうか」

 救世主のところにいるのかも知れませんな、と呟く魔物に、魔王は少し考えた後、面倒そうに手を軽く振った。

「いや、構わん。これで食われるのであれば、それだけの獲物だったということだ」

 普段の彼であれば、湧き上がる不安に迷わず自分の目で確認しに行っただろう。
 だが、朔月で力を増した剣に精神を引き摺られた今の魔王には、救世主の存在をさほど価値のある物のように思えなかった。

 あれだけの美貌の持ち主だ。食せば美味いだろう、ぐらいの感覚しかない。

 救世主だ何だと言われているが、剣を持たぬ救世主など唯の人間だ。

 しかし、昔の魔王であれば、あれだけの良い獲物は朔月に美味しく頂いたというのに、今は全くそういう気分になれない。あれだけは、手を出せなかった。

 魔王は剣に目を遣り、考え込む。

 どうもここ50年ほど前から、もう一人の魔王……嘗て人間だった男の意識が強くなってきたように感じる。

 王になった当初は、毎日が朔月かと疑わんばかりに人間狩りを楽しんだが、平和ボケしてきたのだろうか。

 朔月はまだ何とか主導権を握ることが出来る。しかし、それを過ぎればたとえ帯剣していても、魔王の……魔物に近い剣の意識が表に出ることはまずない。

「面倒だな」

 このままでは、魔剣が唯の剣に成り下がってしまう。かといって、魔剣とこの肉体が離れることは出来ない。

 魔剣と人間、双方の意識が離れたいと思わない限り、どちらかが新しい相棒を望んでも離れることはできないのだ。

 嘗て、あれほどまでに剣を手放したがっていた青年は、今、決して剣を手放そうとはしない。

 恐らく、新たな魔王を作るのを恐れているのだろう。

「……まぁ、何とかなるか」

 今は楽しい宴の最中。そんな先の悩みに頭を使うのは勿体無い。

 王の呟きを捉えたレヴァが、しわくちゃの顔を此方に向ける。

「何か?」

「いや」

 魔王は微かな笑みを唇に乗せて首を振ると、空になったグラスを振って、宴に酔うための酒を要求したのだった。


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