魔王と救世主 - 5-15
「……わからない。ただ、何となく……お前には、ちゃんと知っていて欲しいと思ったから……かもしれない」
色々なことを教えてもらうから。どんなことでもいい。何かを返したかったのかもしれない。
色々理由は思いついても、どれもシックリ来ず、結局、どうして急に訂正したくなったのか、当の本人にも答えが出せなかった。
その心の迷いが見えたのだろう。些細なことだ、と金髪の青年は笑顔を見せた。
「ありがとな、話してくれて」
たった一言なのに、まるで雲の向こうから太陽の光が差し込むように、心がすっと晴れて温かくなる。
銀髪の青年は、覚えたばかりの『幸せ』を噛み締めながら、微笑んだ。
そして、折角立ち止まって話をしているのだから、と、彼はこの3日間、ずっと疑問に思っていたことを尋ねてみた。
「それより……どうして、俺をあの村に連れて行ったんだ?」
金髪の青年は、問いかけに少し沈黙した後、静かに口を開く。言葉を選ぶように、自分自身の本心を探るように、ゆっくりと、言葉を噛み締めて。
「魔王としてではない、俺自身を知っていて欲しかった……のかもな」
「……セナドール……」
寂しげな笑みに耐え切れず、銀髪の青年が彼の名を呟けば、低い笑いが返ってくる。自嘲気味の、どこか空虚な笑いが。
「俺は、魔王だぞ」
「違う。お前は、セナドールだ。魔王なら、腰に剣があるだろう」
「違いない」
銀髪の青年が断言すれば、金髪の青年は声を上げて笑う。
そして、ふっと黙り込んで、また静かに口を開いた。
「それと……俺が居なくなった後の事を、お前に任せたかった」
「…………」
真剣な赤い瞳が、銀髪に映えるもう一つの赤い瞳を射抜く。
顔は穏やかに笑っているのに、目は少しも笑っていない。
冗談ではないと、本気なのだと、強く語っている。
「まだまだ世界には、共存を望む酔狂な奴らが多いからな。あの村は、そいつらの救いになる。
……俺の代わりになれとは言わない。ただ、道しるべになって欲しい」
言い切って、ホッとしたように瞳の力を抜く魔王に、対する青年は俯いて、呟きを落とすのが精一杯だった。
「……お前は、酷い奴だ」
大切だと……愛していると言った口で、己が倒された後の事を口にする。
それは、この銀髪の青年に、救世主としての役目を果たせと言っているのと同義だ。
彼に、同じように大切だと想っている相手を、殺せと言っているのだ。
「魔王だからな」
「…………」
スッキリしたように、笑みさえ含んで返された言葉に、胸が詰まる。
握り締めた手は、酷く暖かくて。
泣くまいと唇を噛み締め、銀髪の青年は握る手に力を込める。
「お前は、酷い奴だ」
そして、もう一度、搾り出すように震える声で呟く。
俯いた彼の顔は、銀糸に隠れて誰にも見えない。
「……あぁ。そうだよ」
金髪の青年は、そんな救世主を抱き締めることなく、ただ握る手に力を込める。
そして、呪文もなく、その場から城へと空間移動を始める。
その間も、ずっと、二人は互いの手を握り締めていた。
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