魔王と救世主 - 6-10
目を開ける。
瞳に入る世界は妙に歪で、セナは泣いている自分に気づいて目元をぬぐった。
クリアになった視界に、ランプに照らされる薄暗闇の世界が映る。
見慣れた部屋。いつものベッド。横に息づく男の端整な顔。
まだ、日は昇っていないらしい。
安らかな寝息を立てる青年を起こさないように、セナはそっとベッドから降りた。
窓に近づき、ガラス越しに世界を見る。
薄い三日月の明かりが、山を、森を、街を照らしている。
世界の全てが、静かに眠っている。
その中でたった一人、時を外れたように自分は覚醒していて、取り残された気持ちになる。
「…………」
セナは、その赤い瞳に世界を映して、腫れ物に触るように、そっと思考を巡らせた。
そうしないと、今にも発狂しそうで、自分を構成する世界が壊れてしまいそうで、怖かった。
それほどまでに、今見た夢は衝撃的で。
夢の原因など、一つしか思い浮かばない。
「……剣……」
久々に目にした救世主の剣は、想像以上に彼を動揺させたらしい。
剣は、セナを目覚めさせようとしている。
救世主として。己の使命を忘れ、魔王と馴れ合っている彼を叱咤するように。
判っていたはずだ。自分は救世主で……どんなに彼と親しくしようとも、いずれは倒さなくてはならない相手だと。
剣の気配が近づくにつれて、それは遠い未来ではないと、判っていたはずなのに。
覚悟できているのだと、思っていたのに。
未来を見せ付けられて、動揺した。
「…………」
寒気を感じて、セナは己の腕を抱く。
震えている。恐怖と、絶望に。
本当に、出来るのだろうか。
自分に、あの男を倒すことが。
セナは自問自答しながら、ベッドを振り返ることも出来ずに、声も無く涙を零す。
気持ち良さそうに眠っていた筈の青年は、自分の隣が空いていることに気づいたのか、身動ぎをして声を上げた。
「……セナ……?」
此処からは表情は見辛いが、きっと此方の苦労など欠片も知らない、あどけない表情をしているのだろう。
想像すると微笑ましくて、セナはふっと笑みを浮かべるとベッドを振り返り、足音もなく静かに戻った。
「……なんでも、ない」
そして、再び青年の横にもぐりこむ。すぐさま伸びてきた逞しい腕に抱き寄せられるまま、頬を厚い胸板に摺り寄せて、瞼を閉じる。
温もりに安堵して、肩の力が抜ける。
「……暖かい……」
幸せで、幸せで、涙が止まらない。
胸元を濡らす滴に気づいているだろうに、青年は何も言わず、ただ細い体を励ますように抱き締めてきて。
心配させまいと思うのに、止まることを忘れたように、涙は次から次へと溢れてくる。
今はまだ、夢は、夢のままで。
涙を止めることを諦めたセナは、夢から逃避するように、耳に届く鼓動を一つ一つ数えて夜を明かした。
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