魔王と救世主 - 6-9

 向こうに、誰かが居る。

 金と銀の二つの影。

 遠い小さなそれがどうしても気になって、セナはもっとよく見たいと目を凝らす。

 足を踏み出したい気持ちはあるのに、見えない壁に阻まれて、動くことが出来ない。

 だが、彼の気持ちに呼応するように、徐々に人影は近づいてきた。

 いや、彼らが近づいている……というよりは、向かい合う彼らの映像が、まるで拡大されるかのような、そんな近づき方。

 そうして、影がはっきりしてくるのに合わせて、徐々に胸騒ぎが大きくなっていくのを感じる。


 近づいてはいけない……そう思う自分と。

 早く止めなければ……そう思う自分と。

 見届けなければ……そう思う自分と。


 色々な自分が混ざり合って、脈を早くする。

 金髪の青年と、銀髪の青年。

 魔王と、救世主。


 銀髪の男は、その顔に笑みを浮かべて、白銀の剣を構える。

 楽しげに、愉快げに。禍々しくも、美しく。

 抵抗を見せない金髪の男の胸に、容赦なく、深々とそれを刺した。

 銀の煌きが、染み出す赤に彩られて鈍くなる。

 真っ白なその直線を伝う一筋の赤は、悲しいほど酷く綺麗で。

 刹那、引き抜かれた場所から溢れる赤が、セナの全てを塗りつぶす。


「……、……!」


 声にならない悲鳴で、世界が震える。

 見えない壁に入る、大きなヒビ。

 崩れ行く愛しい人に、夢中で手を伸ばす。

 破片で手が傷つくとか、彼が倒すべき宿敵だとか、そんなものはどうでも良かった。

 もう、どうでも良い。

 とにかく、行かなければ。

 気持ちばかりが急いて、体が追いつかない。


 少しでも魔王に……セナドールに近づきたくて。

 その鼓動を確かめたくて。

 声にならない声で名を叫び、足を踏み出す。


 そして。


 そしてセナは、最後の殻を突き破り、その向こうに広がる悪夢の世界へと、身を投じた。


  
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