魔王と救世主 - 7-10

 目を開けると、冷たい風が顔を叩く。

 ショック状態から抜け出せず、暫くセナは泣きはらした目もそのままに、呆然と暗闇を見つめる。

 だんだん視界がクリアになって、それが見慣れた城の部屋だとわかる頃には、大分心も落ち着いていた。

「…………」

 座ったままの状態で寝ていた体が、痛い。

 一度ベッドに潜りこんだものの、寝付けずに起き出した事を思い出す。

 窓を開けて、冷たい風に当たろうと思ったが、流石に立ち続けるのは辛く、テーブルにセットされている椅子を窓際に持ってきて腰を掛けた。

 そして、そのまま眠ってしまったらしい。

 セナは、涙で塗れた瞼を拭う。しかし、その顔は表情がなく、無機質な人形のようにすら見えた。

「魔王は、死なない」

 『魔王』は、決して死なない。剣が有る限り。

 セナは、今見た夢を思い出す。

 倒れた、魔王の剣の主。

 そして現れた、セナの知らない顔を持つ、魔を統べる王。

 あれは、剣だ。魔王の剣が、主の体を乗っ取ったのだ。

 ありえない話ではない。

 死体を操るのか、それとも生きてはいるが意識のない体を操るのかは判らないが。

 恐らく、朔月の状態もこれなのだろう。

 キーズの報告が確かなら、まだ、肉体が死んだわけではない。だが、起こっても不思議はない状況であることに違いない。

「…………」

 今のは夢だ。

 救世主の剣が見せた、使命を果たせと促す夢。

 まだ、『彼』が消えてしまったわけじゃない。それを、確認したわけではない。

 確認するまでは、決して認めない。

「魔王は、死なない」

 壊れたカラクリ人形のように、同じ言葉が口から紡がれる。

 だが、それは意味を持たず、ただの音として部屋に響いて消えた。


 もう一度だけでいい。

 優しく笑って、名前を呼んで。

 『魔王』ではない、『セナドール』に会いたい。


 それまでは、決して使命を果たしたりしない。出来ない。


 セナは、ともすれば不安に砕けてしまいそうな心を硬く握り締め、夜明けが近い外の世界をその瞳に淡々と映した。


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