名前を、呼んで - 1
「セナ!……セナ!」
大声で呼びながら、金髪の青年が庭を歩き回る。庭といっても、魔王城の中にある、ちょっとした村程の広さ。木々が生い茂るそこで探し物をするのは、容易ではない。
しかも、彼が探しているのは、あちらこちら動き回る生き物だ。呼んでも来ないということは、聞こえないほど遠くにいるか、何処かで昼寝でもしているのだろうか。
「ったく、何処いったんだ、アイツは……」
跳ね気味の髪を更に掻き乱しながら、青年は緑の間を歩き回る。
部下を待たせているから、早く連れて行ってやりたいのだが。
「……!
……こんなところに居たのか」
がさごそと茂る葉を避けた先、大木の根元に探し物はあった。
思いも寄らない組み合わせで。
道理で部屋に居なかったわけだ。
木陰で、幹に背を預けて眠るバスローブ一枚姿の銀髪の青年。その膝には、白地に茶色の化粧模様がついた子犬。
穏やかな寝顔に、思わず頬が緩む。
近づけば、子犬が先に気配に気づいて目を開けた。
そして、嬉しそうに尾を振って、金髪の青年へと駆けて行く。
それを受け止めて、青年は満面の笑みを浮かべた。
「勝手に居なくなるなよ、セナ」
判っているのかいないのか。ワンッと返事をする子犬は、親愛の情を込めて青年の頬を、唇を、ペロペロと舐める。
「くすぐったい。こら、止めろ……セナ、止めろって」
鳴き声と笑い声で安眠を妨害され、銀髪の青年が目を覚ます。
そして、子犬と戯れる青年を、無表情のままボンヤリと見上げた。
ペロペロと顔を舐められ、制止の言葉を上げながらも満更でもなさそうに笑う、金髪の青年。
その楽しそうな笑顔を、銀髪の青年はじっと見つめる。
漸く視線に気づいた金髪の青年が、子犬を顔から無理やり離して、寝起きでも端麗なその顔に笑顔を向けた。
「良く寝てたな」
「その犬……お前のか?」
「いや。森の中に捨てられてたんだ。犬好きの魔物にやろうと思って、拾ってきた」
犬好きの魔物。そういえば、沢山の犬を家来として従える魔物が居ると、聞いたことがある。
今まで戦ったことはないが、従えた犬は戦闘だけでなく、諜報や伝令としても使えるらしい。
銀髪の青年は、改めて子犬を見、不思議そうに首を傾げた。
「その犬は、それほど大きくならないと思うが」
どうみても、小型犬だ。
だが、金髪の青年は再び顔を舐めようと暴れる子犬を苦笑しながら押さえつけて、言った。
「関係ないらしいぞ。適材適所で使うんだろう」
「……」
そういうものか。
納得した青年は、改めて犬と戯れる青年を眺めた。
子犬の元気よさに翻弄される……魔王。
この様子だけ見て、この金髪の青年が魔王だと、誰が信じられようか。
だが、その腰に携えた黒い剣は、間違いなく魔王の剣だ。
尤も、信じられないといえば、この銀髪の青年……救世主が、魔王の城でこんなにも寛いでいることこそ、摩訶不思議だ。
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