名前を、呼んで - 2
「と、そろそろ行くぞ、セナ」
急に名前を呼ばれて、銀髪の青年は、思考を現実に戻される。
だが、名前を呼んだ当人は、子犬に視線を合わせて語りかけている。
「お前のご主人様が待ってるぞ」
「……名前……」
「ん?あぁ、セナ。いい名前だろ」
何処となく、お前に似てる気がするんだよなぁ。と呟く魔王に、救世主は子犬を見るが、その表情の豊かさといい、元気のよさといい、自分と似ているとはとても思えない。
何よりも、敵である自分と同じ名前を付ける彼の、神経の図太さというか、怖いもの知らずというか、何処かずれた感覚にはついていけそうもない、と銀髪の青年は呆れたように静かに瞼を伏せた。
「すぐ戻るから、此処にいろよ」
子犬を抱いて、金髪の青年は、銀髪の青年に言い残してその場を去っていく。
残された救世主は、特に言葉に背くこともなく、木の幹に背を預けたままボンヤリと空を見上げる。
子犬と戯れていた、青年の表情が脳裏によぎる。
楽しそうな……幸せそうな、笑顔。
「…………」
あの子犬が、あの青年に『幸せ』を与えた。そう思い至ると、何故か銀髪の青年の胸に痛みが走る。
笑わせたい。自分が、あの青年を。
自分に向けて、笑って欲しい……のに。
それを何と呼べば良いのか、青年は知らない。
だが、モヤモヤした苛立ちにも似た感情は、彼の胸を徐々に支配して、締め付けてくるのだ。
「お待たせ……どうした?」
そうだ、この男が悪い。
銀髪の青年は、戻ってきた魔王を睨み上げた。
「機嫌悪いな、どうしたんだ?」
心配そうに顔を近づけてくる青年から視線を逸らして、彼は口の中で呟く。
「名前……」
「ん?」
「名前……犬のは呼ぶのに……俺のは、呼ばないのか」
口に出しながら、銀髪の青年は、胸の苛立ちが徐々に悲しみに変わるのを感じる。
赤い瞳は、胸の痛みに潤みだして、今にも涙を零しそうで。
「馬鹿だな、お前は」
それを嫉妬と気づいた金髪の青年は、苦笑いで銀糸に手櫛を通す。
さらさらとした手触りを楽しみながら、ゆっくりと顔を近づけ、その唇に口付けを落とす。
「犬とお前では、全然違うだろ?」
俺が大切なのは、お前だけだ。
吐息で囁かれて、銀髪の青年は苦悩の表情に隠し切れない喜びを滲ませて、正面にある金髪に指を絡める。
その動きに導かれるように、再度重なる唇。
「セナ」
「……ん……」
「セナ……セナ……」
何度も何度も、徐々に深くなる口付けの合間、噛み締めるように名前を呼ばれ、バスローブの下の華奢な体が熱くなる。
苦悩に満ちていた表情も、いつの間にか甘く蕩けて、熱っぽく愛しい青年を見上げていて。
その熱に煽られ、金髪の青年の体も熱く欲を帯びてくる。
「……んぁ……ふ……」
「部屋まで……我慢できるか?」
「ここで、いい」
「汚れるぞ?」
「いいから……魔王……」
早く、と強請る甘美な誘惑に、欲望に忠実な魔王は抵抗できるはずもなく。
太陽の下、緑に隠れながら、彼らは互いの体を思う存分貪ったのだった。
end...
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