酸いも、甘いも - 1

 バタバタ、ザアザア。

 脳に響くほど激しい音に、セナは目を覚ました。

 緩やかに視線を向けた窓の視界は激しく歪み、滝のように水がガラスを伝う様子は見えるが、それ以上を視覚的に知ることは難しい。だが、外で激しい雨が降っている事だけは判る。

 彼は隣で眠る愛しい魔王を目覚めさせないよう、ゆっくりと起き上がった。

 長い銀糸がシーツを伝うように持ち上がり、室内の僅かな光に反射して煌く。
 赤い痕に彩られた裸体を隠すように、ベッドの傍らにかけてある新しいバスローブを羽織ると、素足のまま窓に近づいた。

 今にも突き破らん勢いで、激しい雨が窓を叩いている。

 窓を流れる雨に外界は遮られ、ガラスは鏡のように反射して、セナの赤い瞳を映していた。
 目を凝らして漸く見えた空は厚い雲に覆われ、太陽が昇る時間であろうことは辛うじて読み取れるが、朝なのか昼なのかは判別が付かない。

 ただ、昨夜もいつものように遅くまで起きていたことを考えると、体の回復具合から見て、朝ということはないだろう。

 どちらにせよ、今起きたところで何かすることがあるわけでもない。

 ベッドの上の青年はまだ起きる気配が無いし、ならばもう少し、身を寄せて惰眠を貪っていても問題はない筈だ。何より、眠る直前まで酷使した体が、まだ休息を欲している。

 そう考えて、彼が踵を返したとき、窓の向こうから閃光が部屋を刺し貫いた。

 セナの足が、まるで石像のように床に固定される。暗い部屋の中、いつもの無表情で、まるで何かを待つようにじっと……身動き一つせず。

 15秒程数えたところで、小さく微かなゴロゴロという響きを耳が捉え、漸く彼の足は地から離れた。

 そして、何事も無かったかのようにベッドへ移動すると、ローブ姿のまま、魔王の横に潜り込む。
 むき出しの逞しい腕に体を押し付けるように摺り寄り、慣れた匂いに顔を埋めて瞼を閉じた。

 変化の乏しい表情からは、何も読み取ることは出来ない。だが、いつも相手を起こさないよう慎重に潜り込んでいる、彼らしくない行動であることは確かで。

「……ん……? どうした、セナ……?」

 当然、慣れない感覚に、決して鈍感ではない青年は目を覚ます。

 問われた側は静かに首を振り、なんでもない、という意思のみを伝えるだけ。

 無回答なのは相変わらずなので、それ以上追求はせず、魔王は耳を打つ激しい音に意識を向けた。


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