酸いも、甘いも - 2

「……雨か」

 バタバタと、依然激しく続く雨音に、彼は不満そうに呟く。

 暫く雨音を聞いていた魔王は、やみそうも無いそれに諦めたように、改めて腕の中の救世主を抱きなおすと、手に馴染む長い銀髪を指で梳くように撫でた。

 もう少し眠りたい気もするが、激しい雨の音が気になって、眠ることが出来ない。

 それはセナも同じで、結局無音の中、互いに体温を分け合うようにベッドの中で抱き締めあう。

 暫く雨音に耳を傾けるうち、激しいそれは耳に馴染んでくる。そのまま、ゆっくりと睡魔の誘いに乗ろうとした刹那、再び窓から閃光が飛び込んだ。

「雷まで鳴ってるんだな」

 若干楽しげに聞こえる魔王の呟きに、セナの体に緊張が走る。

 暫く間を置いて到達する雷の音を確認すると、細い体は安堵したように緊張を解した。

 だが、最初に確認した音よりも、大きくなっているそれに、無表情がより硬い物になっている。

「…………セナ? お前、まさか……」

「………………」

 魔王の言葉に、救世主は答えない。

 だが、再び煌いた閃光と響く音に走る緊張に、疑問は確信に変わる。

 そして、その事実は魔王の唇を慈愛に歪ませた。

「雷の魔法は使えるんだろう?」

 雷系の魔法は、威嚇としても効果的で、攻撃魔法としては広く一般的に使われている。当然、救世主として訓練されているならば、覚えていないはずが無い。

 案の定、セナは問いかけにゆっくりと頷いた。そして、厚い胸に顔を埋めたまま、小さく呟く。

 まるで、己を弁護するかのように。

「……魔法は、音のタイミングが読める」

 己が放つ雷は、光と同時に爆音を轟かす。目の前の敵を攻撃するのが目的だから、当然だ。

「確かに。自然の雷は、いつ鳴るか判らないな」

 楽しげに納得する声に揶揄を感じ、セナは顔を埋めたまま、悔しげに唇を噛む。

 苦しい言い訳だとわかっているから、余計に。

 確かに自分で魔法を放てば、目の前の敵を倒す時は音と光が同時に見える。だが、遠い場所で他者が放った雷は、自然の雷同様、光に遅れて音が届く。

 そんなものは、子供でも知っている道理だ。

 正直なところ、セナは魔法の雷もあまり得意ではない。
 高度な魔法を使うようになった今は、もっと便利な他属性の魔法を知っているから、余計に使うことが無くなった。

「………………大きい音は、苦手だ」

「怖いのか?」

「………………苦手なだけだ」

 怖くない、とは言えなかった。嘘は吐きたくない。


  
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