Tweet




00.序章

 


 とある山奥……海に面した絶壁の崖の上。

 山地でありながら海に面しているという特殊な地形で、海は荒れ、轟音を立てて四六時中とどろいている。

 それでいて雨は降らず、土も痩せている。

 山はうっそうとしていて、山菜などの恵みにも乏しい。

 不毛の地域一帯は、ある富豪が買い占め、その崖の上に、一軒の館を建設したのだった。

 人里離れており、麓には小さな町もあるが、誰もその崖には近寄らなかった。何重にも鉄条網がはられていて、入ることもかなわないが、それ以前に、誰もこの地域には近づこうとも思わないのだった。

 人々は不思議に思った。なぜ……この場所に、大きな建物が建つのだろう。洋館のような外観をしていながら、窓も塞がれ、頑丈な壁に守られ、中の様子をうかがい知ることもできない。漁もできず、農業もままならず、山の幸も採れないこの地域に、一体何のために……

 そんな怪しげな場所柄と、土地を買い占めた富豪についてほとんどいい噂を聞かないために、人々はあえて、この建物の存在を無視することに決めたのだった。

 洋館の外観は、全くのフェイクだった。

 実際には、そこである研究が、秘密裏に執り行われていた。

 富豪と結託している裏社会のフィクサーの発案で、人間を永遠に支配し尽くす方法を具体化する研究であった。

 恐怖、金銭欲など、さまざまな動機で人は他人の言うことを聞く。それが自分にとって不本意であっても、やらなければいけないと言われれば、ただひたすらに行う。さまざまな心理学の実験でも、このことは証明されていた。

 しかし、まだ不十分だった。

 人間は裏切る。

 勝手なことを言う。

 不本意でもストレスを抱えても言うことを聞かせ続けるのは難しい。まして、本人が「無理だ」と思えば、動いてくれないものでもある。

 もっと、手っ取り早く、確実で、裏切ることもなく、絶対服従をして決して疑わず、どんな無理難題でも人間の限界を超えてでもやり続けるような、そんな支配の方法はないだろうか。

 死ねと言えば死ぬし、筋力をセーブするような脳のたがを外して体がぶっ壊れても24時間ぶっ通しで飲まず食わずで死ぬまで働き続ける、あるいは兵隊として戦い続ける、そんな都合の良い支配方法はないだろうか。

 ある程度成功すれば、そのノウハウと装置を企業に売り込むことができる。会社の社長どもは、いかに休ませず、めいっぱい社畜どもを限界を超えてでも働かせ、権利で守られることなく、しかも給料は最小限、残りをサービス残業で自殺するまでこき使うことができるか、そればかりを考えている連中ばかりだ。それを、自殺なし、裁判なしで、社員どもが自分から24時間眠らず飲まず食わずで働かせられるなら、その利益は計り知れない。脳と手足をフル稼働させながら常軌を逸したスピードと正確性で業務をし続け、壊れたら代わりの者を雇う。人件費は最小限に抑えられるし、なんなら月給はゼロだといっても労働者たちは喜んで身を犠牲にし続ける。死ねば代わりはいくらでもいるのだから、こんなありがたい話はない。

 自動車よりも速く走り、しかもそれを何日でも休まず続ける。脳のセーブを外せば、造作もないことだ。心のたがを外しきってしまえば、命令どおりそうするだろう。心臓が破れても筋肉のすべてが断裂して死んでも、代わりがいればそれでいい。

 ブラック企業の撲滅方法なんて単純だ。「お前の代わりはいくらでもいる」状況を封じれば良い。逆に、その状況が続くかぎり、企業も国家も奴隷的な人間の扱いをし続けることになるだろう。

 そこまで人間を洗脳できるようになれば、今度は軍事利用がたやすい。企業などというチンケな商売ではなく、国家を相手に、まさに国家予算レベルの富を得ることができる。

 何なら、自分たち自身こそが、この世界の永遠の支配者になることだって、夢ではないのだ。

 そこまで洗脳しきれるほどの支配手段はないものだろうか。

 黒幕たちが模索し、見いだした結論は、「快楽で支配する」というものだった。

 フロイトによれば、人間は快感原則によってのみ生きている。

 あらゆる動機は、たとえ恐怖を避けるということであっても、快感がある、よりマイナスが少ない方へと動いているのだ。

 複雑すぎる防衛機能を、一気に打ち破る快感を与えれば、その快感のために人間はどんなことでも平気でやろうとするだろう。

 すぐに思いついたのが、麻薬による支配であったが、それはすでに大昔に行われ、失敗してきた手段だった。何より、費用が掛かりすぎる。

 睡眠、食欲……どの快楽も、一つの欠点がある。飽きてしまうのだ、人間は。

 では、飽きないようにすれば、強すぎる快楽を与え続け、快感の奴隷にして脳を完全にコントロールする手段を確立すれば、どうだろうか。

 睡眠欲では役に立たないし、食欲ではまず食費が掛かる。やはり……性欲が一番いい。

 性欲は生物の根源的な欲求。それを、通常ではあり得ないほどに与え、思考を奪い、そこに洗脳電波を大量に流し込んでやれば、人間どもは性の奴隷となり、快感に我を忘れた状態で、なんでもいうことを聞かせられるはずである。

 そのための洗脳電波の開発、人間を遥かに超える快楽装置の召喚を実現しなければならない。

 それこそが、この研究所の研究内容だったのだ!

 研究は慎重に行われた。

 絶対に情報が外に漏れないようにすること。雇った研究員たちは、研究が完成した暁には、全員快感の藻屑と消えてもらうと黒幕は考えている。

 また、危険な研究でもある。事故が絶対に起こらないよう、細心の注意が払われた。

 少しずつ研究は成果を収めていった。

 研究所内の自動洗浄装置、その内部にいるだけで一生暮らしていかれるライフラインの確保は完璧だ。水も食料も、転送装置で自動的に確保できた。殺菌消毒の類も完璧で、意図したウイルスや細菌を除くいかなる雑菌も、研究所内にはびこることはできない。つまり、何ヶ月経っても、食料は腐らない。

 メインコンピュータの開発にも成功した。ヒューマノイド型の量子コンピュータで、鼠径部の接合により意思疎通が可能となる。

 メインコンピュータには自身の意志もあるが、厳密かつ注意深くプログラミングされ、さらにその計算プロセスと思考内容が逐一チェックされて、絶対に我々の命令に逆らうようなことが、万に一つでもあってはならないとして、しっかり管理し尽くされていた。

 さらに研究は進む。研究員たちが命令すると、それに基づいてメインコンピュータが”召喚”を行う。転送装置で、いよいよ”快感装置”を呼び寄せるのだ。

 はじめの実験は大成功だった。

 ランダムに抽出された女子高校生たちが、彼女たちの意志に関係なく、いきなり研究所内にワープさせられる。本人たちは、何が起こったのか分からない。学校にいたはずなのに、次の瞬間には壁と迷路に包まれた研究所に送り込まれたのである。

 続けざまに、メインコンピュータ自身による”接触”が行われる。そのおぞましい外見や、訳の分からない拉致の状況を理解して、泣き叫んだりいやがったりする……そんないとまなど、一瞬たりとも与えられなかった。

 彼女たちは快感電流衝撃を受け、脳が擦り切れるほど、瞬時にして絶頂させられる。そこへ洗脳電波を流し込んだ時、もはや彼女たちは、外の世界のことなどすっかり忘れてしまうのだった。

 看護婦やOLや外国の美女たちも同じ方法で召喚し、子供も大人も関係なく、次々と研究所に呼び寄せては完全洗脳の毒牙にかけた。

 さらに、召喚装置には改良が加えられる。地球外の女モンスターや、精霊界の妖精、淫魔界の悪魔たちまでもが、洗脳のターゲットになった。

 最終段階として、分子構造組み替え装置が開発された。

 召喚にのみ頼るのではなく、洗脳が完了した人間を、意のままにその姿を変えさせる装置である。

 男性も召喚され、”実験台”にされた。

 若い制服娘たちにその男性を襲わせ、射精させる。その瞬間、絶頂時の快感に頭の中が真っ白になった男の脳には、精神的な隙ができる。その隙に大量の洗脳電波を当てると、男は自分の意志を失い、快感の虜となって、なんでもいうことを聞くようになるのだ。

 そこへ女体化の装置を当てると、男たちは次々と、女モンスターに改造されていった。

 こうして、”完全洗脳”の構造自体は完成した。

 黒幕たちは、次のステップへと進もうとした。いかにして、この洗脳電波の効力を永続させつつ、範囲を拡げることができるか、である。洗脳が切れてしまってはいけない。永久に切らさずに、強い快感を与え続けて我を忘れさせ、死ぬまで忠誠を誓わせる肉人形にできるか、これが成功すれば、研究も終わる。いよいよ販売だ。

 研究員たちの中に、一人の裏切り者が現れた。彼はこの悪魔の研究を世に暴露しようと、脱出を図ったのだ。だが、「裏切り者を許すな」とフィクサーが呼びかけ、彼はあっさり捕まってしまうのだった(のちに彼のクローンが作られることになる)。

 しかし、これと時を同じくして、急に、研究所内に異変が起こったのである。



イヴ序章1



「こ、これは……!!?」

 突然の出来事だった。研究員たちのズボンとパンツが、急に消え去ってしまったのである。それは富豪やフィクサーたちも同じだった。替えのパンツをはこうとしても、下着はすべて分子レベルで崩壊し、霧のように消えてしまうのだ。

「なっ……何が起こったんだ!」

 彼らは慌てふためく。

 プログラムを見直してみると、さっきまでまったく正常だったものが、異常なプログラムに書き換えられている!

 性欲増進装置が働き、研究所内の空気を吸うだけで勃起が収まらなくなった。これは、枯渇した“実験台”をも洗脳するために開発されたものだった。そして、上半身の着脱は自由だが、男の下半身には何も身につけられないようにプログラムされてしまっている。

 なぜこんなプログラムが、研究所全体に発動してしまったのか、誰にも理解できなかった。

 大急ぎで修復を試みたが、メインコンピュータが勝手に自身をプログラムし、研究員たちがコマンドを発することができなくなっている!

 そんなことは起こりえないはずだった。彼女が意志を持って行動しても、我々の命令には絶対になるよう、何重にも仕掛けが施してある。破られる前に、彼女自身が崩壊してしまうようになっていて、安全だったはずだ。

 「まさか……そんな……」

 研究員たちはあの手この手で修復を試み始めたが、端末からはどうしてもアクセスができず、こちらの命令は完全に無効となってしまっていた。

 快感……

 まさか……

 強い快楽はメインコンピュータ自身にも影響する。それが彼女自身を狂わせてしまった……そう考えるとつじつまが合う。

 研究員たちは、快楽のメインコンピュータへの影響を分断するようにプログラムを書き換え、送信した。これで元に戻れば……

 「……私は正常だ。うふふ……」

 「だ……だめか……」「こうなったら、地下一階の電気回路を一時的に遮断して、メインコンピュータの動きを止めるんだ。」「これ以上暴走したら何が起こるか分からんぞ!」

 まったく想定外の事態だった。メインコンピュータが狂ったり反逆したりすることがないように仕掛けをして老いたはずなのに、その仕掛け丸ごとが快感に毒されて、思ってもみない形でメインコンピュータの暴走を引き起こしたというのか!



イヴ序章2



「うふふ……」「くすくす……」

 召喚し、あるいは改造した女たちが、研究員の前に立ち裸る!

「ばっ……ばかな……」

 これもあり得ないことだった。モンスターたちは、洗脳電波によって、完全にその意志をメインコンピュータに握られている。そして、絶対的なコアのプログラムに、研究員たちを絶対に襲わない、と念を押して書かれていたのだ。

 だから、研究員たち自身が進んで彼女たちをレイプするのでもない限り、彼女たちとセックスをすることはあり得なかった。そして、研究員たちは、彼女たちの肉体で射精すれば、洗脳されて自分の肉体まで改造されてしまうことを知っているので、誰もモンスターに手出しはしない。

 従って、モンスターたちは、たとえ研究員とすれ違っても、道を譲って通り過ぎるだけだったのだ。

 だが!

 今は彼女たちは、はっきりと研究員を見据えて舌なめずりをしている。”男”として認識し、その精を奪おうとじりじり迫ってきていた。

 モンスターは絶対に研究員に手を出さないはず。その信念が崩された瞬間だった。

 研究所内には、大勢の男性研究員たちが、同じように下半身を露出させられ、性欲を増幅させられた状態で、いままさに、快楽装置たちの毒牙に掛かろうとしていた。

 富豪やフィクサーからの指令がない。まさか……もうすでに……!?

 「うわあああああ!!!!」

 ここから、研究員たちが、一人、また一人と、快感に負けて精を奪われ、洗脳電波を喰らって、次々と改造され、……ついには、クローンを除いてすべての男が消滅してしまったのである。

 ここからの物語は、そんな哀れな研究員たちが、モンスターの毒牙にかけられていく様子を記録したものである。


次へ


メニューに戻る(ノーフレーム用)