呪いの忘却 2



 ドクン!

 「!?」

 か、体が…動かない!

 しまった、金縛りだ!

 体が勝手に動き、僕はその場にあお向けに寝かされた。すると急に体が重くなり、大の字に寝かされた状態で、四肢が縛られているかのように、まるで身動きが取れなくなってしまった。

 「栗原君…」

 あああ! 唯ちゃん!

 唯が全裸のまま、僕を追いかけてきたのだった。

 幽霊娘は、僕の金縛りに専念しているのか、一向に姿を見せない。

 僕はその場からを逃げ出したことを後悔した。

 時間が止まっている間は、相手の体も心も止まってしまう。つまり、僕が止まった時間の中でしていることは、相手にも誰にも分からないようになっている。

 だから、仮にその娘で抜いても、時間が再び動き出せば、何もかも元通り。相手にも一切、事情が伝わらないのだ。

 しかし、唯ちゃんは、自分の意志でここまで来てしまっている。つまり、状況を彼女に知られてしまったということなのだ。

 「栗原君…もうわたし…だめ…げんかい…おねがい…」「…!」

 僕は声を出すこともできないでいた。彼女のオンナから大量の愛液があふれ、ふとももからしたたり落ちているのが分かる。

 幽霊どもめ、なんて残酷なことをするんだ。

 「頭の中でね…声がするの…栗原光平とセックスしろ、本番しろって、くり返しくり返し…それでね、体が熱くて、ほてって、うずいちゃって…どうしようもないの…お願い、たすけて…」

 唯ちゃんは半泣き状態だ。彼女だってそんなことをしたくはない。僕もそれは承知している。それでも、唯ちゃんは、女体を突き上げる激しい性欲と、そのターゲットを指し示す頭の中の声に逆らえず、どうしようもなくなって、半狂乱で僕を捜し、テニスコートまで追いかけてきたというわけだ。

 そして僕は、幽霊の報復といわんばかりに、あお向けで固定され、金縛りで身動きが取れないでいる。

 もはや、僕も唯も、することは決まっていた。それ以外のことはもはやできないのも分かっていた。

 唯ちゃんは僕に馬乗りになり、ペニス先端を自分のオンナにあてがった。「いや…こんなこと…ああっ…止まらないよぅ! うっく…ぐすっ…」

 唯ちゃんは嫌がっている。僕がいやだという意味ではないことはよく分かっていた。セックスそのものを、この年でしてしまうことが、たまらなく苦痛で恐怖なんだ。しかし、彼女の身に降りかかる霊障を、もはやどうすることもできないのだ。

 「うああ…」

 唯ちゃんはついに、ペニスを根本まで飲み込んでしまった。「ううぅう…栗原君…うう…」悲しそうに涙を流しながら、それでも腰を振る唯。

 これとは裏腹に、快楽は火のように全身に広がり、強烈な締まりがペニスを圧迫しながら、ぎゅっとしがみついた状態で無理にしごきたててくる。

 気持ちいいのは唯ちゃんにとっても同じらしい。

 泣きながらも、彼女は女体に襲いかかる快楽の嵐に身もだえし、上気した顔からは笑みさえこぼれ、可愛らしく喘ぎながらしっとりと眼を細めるのだ。さんざんじらされ、女体の疼きに狂わんばかりにさせられていたところへ、やっとペニスを入れることができ、その快楽はひとたまりもなく唯ちゃんを追いつめてしまうのだ。

 「あああっ! 栗原君! イクッ!!」ああっ、唯ちゃん! 僕ももう出る! 「出して! 栗原君! 一緒に…ひゃうっ!」

 びゅうるるるっ!!!

 大量の精液が、唯ちゃんの膣内に注がれる。が、それらは着床することなく、すべて幽霊どもの元に転送されていってしまうのだ。

 「はあっ、はあっ…はじめての…ううっ…でも、栗原君が相手でよかった…」

 唯ちゃんがボロボロと涙をこぼした。

 僕の心は鉄で縛られたようになった。

 セックスという行為の持つ気持ち良さと、同時に付随してくる、人間としての“重み”を、じかに感じ取った瞬間だった。

 軽々しくするべき行為ではない、そう頭では分かっていたが、それが実感を伴って味わうことになったのは、これが初めてだった。

 体は快楽に染まるが、心は…。

 相手の女性の心はとくに、冷たく傷ついてしまうのだ。

 ほんとうに、軽々とできるものではない。してはならないのだ。その深さと業を、肌で感じた瞬間だった。

 「くすくす…逃げたらこうなるのよ。分かった?」

 金縛りが解けると同時に、幽霊娘が姿をあらわした。

 「このやろう…」やっと話せる状態になり、僕は幽霊に怒りをあらわにした。

 「生身の人間はしがらみだらけだね。でももし、そんなしがらみがなくなったら、世界は楽しくなると思わない?」「ゆるさねえ…」

 「この子なら大丈夫だよ。ほら、キミのオチンチン、もうすぐ萎えるでしょ。そしたら、世界は全部元通り、この子も今の記憶を失い、処女膜も元通りだからね。…ただ、何日間は、夢でこの事を思い出してうなされることになるね。でもそれは夢だって彼女も思うから、結局平気なんだよ。」「どうすればこの呪縛を解けるんだ、教えやがれ。」「んもう。そんなに怒らないの! もっと気持ちいいことを楽しんだらいいんだよ。」「てめえ…」「粋がってても、結局男は…女のココには弱いんだから。くすくす…」

 ペニスが完全に萎えきった次の瞬間、すべては元に戻った。

 体育館で体操をしている。目の前には、何事もなかったかのように体を動かす、全裸の唯ちゃんがいた。さっきの事も、なかったことになっているらしい。何ひとつ表情を変えず、僕にも興味がない風で、ただただ体操をくり返している。

 僕は、彼女にひどいことをした。

 彼女を傷つけ、苦しめ続けた。表面は何もなかったように振る舞っているが、時々やはり、僕への敵意が現れているような気がする。どこかに、あの時の僕の罪、僕のしでかした悪いことが、彼女の心と身体の深層奥底に染みついているのだろう。僕はこの事を忘れない。この罪を背負って、一生を生きていくんだ、たったひとりで。僕は一生罰せられ続けなければならない。それが、彼女に対する侘びの印だ。それでいいんだ。すべては潰えてしまったのも、この身の罪悪によるものだ。背負っていこう。それが残りの人生の、僕のやるべき事なのだから。

 幽霊どもは絶対に許さない。人の心をもてあそぶ、邪悪な色情霊どもめ。絶対に、鳥居から裕太を救い出し、幽霊どもをどこかに封じ込めてやる。体を動かしながら、僕はあらためて心に誓うのだった。

 放課後。

 隣の町の、少し大きな図書館なら、何かあるかも知れない。さっそく行ってみることにした。帰り支度を急ぐ。

 「ちょっと、栗原君!」

 席を立とうとしたとき、女子二人が声をかけてきた。同じクラスの千夏と京子だ。

 「帰ろうとしてるところ悪いんだけど、今日、私と日直の仕事をしないとね。」

 ん? 日直?

 ああ、そうだった。日直だ。

 日直は、先生のところに行って、必要な書類を職員室から教卓の中まで持ってくる仕事がある。それを使って先生が、明日のホームルームを行うのだ。ここの学校ではそれがしきたりになっている。「帰りの仕事」と言われているものだ。簡単だがつい忘れられがちなので、しょっちゅうみんな注意されている。

 僕は今日、千夏と日直当番に当たっているのだった。京子はただの付き添いのようだ。

 彼女たちを見上げる。そこには、谷間のくっきりした、お胸の大きな京子と、控えめだが、形のいいおっぱいをした千夏がいる。二人の乳房を目の前で大きく見せつけられてしまっていて、その肌の吸いつくようなみずみずしさも目の当たりにしている。

 ああっ、思わぬダメージだ。

 机に寄りかかるようにして乗り出してくる二人。目の前にくっきりと、美少女二人のハリのある乳房が、若々しいつぼみとして僕の目の前に突きつけられている。京子の乳首はすでに、大人のそれにかなり近づいているが、千夏はまだまだ小さい。そのギャップと、白くすべすべの肌の質感と、もっちりしたやわらかそうな弾力が、大きく近く、僕のすぐ目の前に陳列されている。

 こんなに間近で、女の子のおっぱいを眺めたことはなかった。

 あああ…まずい。ずっと女子を見ないように見ないようにと気を張っていたところで、帰り際の、ふっと緩んだ隙に、美少女二人がかりのおっぱい見せつけ攻撃だ。

 僕の視線が彼女たちに悟られてはまずい。僕は目を逸らし、彼女たちをさらに見上げたが、もう遅かった。股間は十分反応してしまっている。おっぱいを見た後に彼女たちの顔を見たのも逆効果だった。そのやわらかな表情、二人のあっけらかんとした笑顔によって、器官としての乳房が、突然、人格としての乳房にすり替わり、それが僕の性的興奮にトドメを刺してしまったのだ。

 ピキッ!

 まただ…時間が止まってしまった。

 今すぐこの場を離れ、逃げ出してしまいたい衝動に駆られる。だがもちろん、そんなことをすれば、この二人がひどい目に遭うことも分かっている。

 何とか勃起を抑えなければ。

 瞬時に鎮める方法も分からない僕にとって、その試練はあまりにも過酷だった。

 目を閉じよう。幽霊が出てきても、その甘言には耳を貸さない。他のことを考え、時間が経ってでも勃起を鎮めてしまえばいい。

 「えいっ☆」むぎゅっ!「むぐうっ!?」

 僕のもくろみは見事に裏切られた。

 どこからともなく現れた幽霊娘の手によって、僕の後頭部が突然押され、机から乗り出すような格好で、顔面を二人のおっぱいに押しつけたのだ。

 幽霊はさらに二人の体を動かし、僕の顔を両側から挟み込むようにして密着させてきた!

 弾力のある乳房の感触が、僕の顔にじかに押しつけられる。右側には京子のふくらみの良いおっぱいの感触が、左側にはまだまだ発展途上の千夏のちっぱいの感触が、ぎゅっと密着して吸いつく。

 「ほれほれ。同級生の若いおっぱいじゃ、いい感触じゃろう♪」和服姿ながら幼い出で立ちをした娘の霊は、どれほど長く幽霊をやっているのだろうか、手際よく僕の顔面を少女たちの乳房で覆い尽くし、後頭部を押したり二人を押しつけたりして、ムギュムギュと乳房の感触を顔に刻みつけてくる。

 そこまでされても、二人は時間が止まっていて、何も言わず、表情も変えない。幽霊の動かしてくるまま動き、それ以外は身動きひとつしない。手を宙にあげれば、宙で止まったままとなる。物を宙にあげれば宙に浮かんだまま止まる。彼女たちは、自由に動かせる人形のようになっている。

 かわいいクラスメイトのおっぱいでぐりぐりされ続けていては、ペニスが萎えるはずもない。よく顔を知っている娘だからこそ、その肌に触れ続けて無事であるはずはなかった。

 何とか脱出しなければ。僕は立ち上がって難を逃れようとした。

 だが、それも和服少女霊の計算どおりだったらしい。

 顔をおっぱいから離し、ペニスが机にぶつからないように、椅子を大きくひいてから立ち上がって、さらに左右どちらかに身を翻して、二人と距離を取って離れる。脱出のためには、そこまでの一連の動作が必要だ。

 椅子を引いたときに最大の隙ができる。むき出しのペニスが、幽霊の目の前にさらされてしまうわけだ。

 「ほれほれ。萎えるでないぞよ?」しゅっしゅっしゅっしゅっ…「うああ…」

 幽霊は容赦なくペニスを数回しごきたてた。快楽に股間が包まれ、そのまま脱力してしまう。戦慄のためにせっかく萎え始めていたペニスが、再び快楽を得て充血してしまった。

 とっさに幽霊の手を振り払って、何とか立ち上がったものの、じわりと股間の奥をくすぐる性欲の疼きをどうすることもできなかった。しかも、知っている娘の裸が二人、目の前に立ちつくしている。

 彼女たちのあられもない姿を目の当たりにしながら、しかも若いペニスを萎えさせなければ、無事の脱出ができない。それだけでも無理だというのに、なんとか視線を逸らす・他のことを考えるなどして、とっさに股間の意識を飛ばそうとして萎えさせようと試みても、隙あらば和服少女がペニスを掴み、ちょっとだけしごいては、手を離してじらし続ける。その続きの快感を得たいという本能が、僕の理性を削っていく。それがこの霊のもくろみなのは分かっていたが、どうすることもできない。

 あっさりと僕は観念してしまった。京子や千夏で射精したいという若い欲動には勝てなかった。

 「んふふ。やっと素直になりおった。この机に腰掛けるがよい。」僕は幽霊の促すまま、自分の机に尻餅をついて座った。

 「んっふっふ…どれ。この金髪娘のおっぱいでいい気持ちになってもらおうかのう。」

 そう言うと幽霊娘は、京子ちゃんの背後に回り、彼女を操って、いきり立ったペニスに乳房を近づけると、手際よくその谷間に挟み込んできた。

 「このくらいの大きさならもう挟めるのじゃ。うりうり。」しゅっしゅっしゅっ!

 京子のおっぱいが勝手に動いてくる。幽霊が彼女の背後から乳房をゆり動かし、ペニスを上下に胸の肉でこすりあげてきているのだ。手でしごくのとはまた違った、やわらかくてみずみずしい肌ざわりで、それでいて幽霊の圧迫も強く、ペニスがおっぱいの肉にどこまでも埋もれていく心地よさが味わえた。

 大人の豊かさまではないので、どうしても肩も頬も僕に密着しながらのパイズリにならざるをえない。その肌ざわりさえも気持ちよかった。

 「うっ…京子ちゃん…」「ほれほれ。もう一人の娘の幼い乳首もかわいがってやるのじゃ。」僕は促されるままに、千夏の乳首に吸いつき、舌で転がした。密着する胸板の感触が心地いい。時間が止まっているので感じてくれるわけではないが、その分僕の方が心地よいダメージを受けてしまう。

 くっちゅ、くっちゅ、くっちゅ…

 京子の乳房がペニスを最終段階へと追いつめていく。千夏の腕が幽霊によって僕の首に回され、ぎゅっと抱きすくめられてしまう。僕はただ舌を動かし続けるしかできなかった。首を覆う千夏ちゃんの腕の感触が、とても心地よく、つい脱力してしまう。

 そこへ京子のパイズリがラストスパートを仕掛けてくる! 幽霊の手によって、ものすごいスピードで上下し、乳房の吸いつく肌触りが容赦なくペニスをしごきたて、精を削り取ってしまう。

 「んあ!」びゅくうっ!

 ついに谷間娘の首筋めがけ、大量の白濁液がほとばしった。ちっぱいツインテールの天使的な娘と、パイズリ金髪ストレートの小悪魔系の組み合わせは、僕の射精をことさらに強め、そして長引かせた。

 1分ほどで、ようやく射精が収まってくる。

 「ほっほっほ。オマエの精もなかなか美味じゃのう。」和服幽霊娘が消えていく。

 「帰ろうとしてるところ悪いんだけど、今日、私と日直の仕事をしないとね。」

 「…はっ!」ざわつく周囲。目の前には裸の京子と千夏。すべてが元に戻ったんだ。

 「あ、ああ…そうだね…行こうか…」僕は何事もなかったように、二人と一緒に職員室へ向かった。

 書類を抱えながら、三人で教室に向かう。二人のあとをついていく僕は、人一倍多くの荷物を持たされていた。まあ、そのこと自体は別にどうでもいい。

 問題は二つある。前方を行く京子と千夏のお尻が悩ましいことと、そしてもう一つは、奈穂美を初め、京子も千夏も、誰も裕太のことを口にしないのだ。先生も何も言わないし、裕太の親からも連絡はない。裕太のことが心配だとか、今ごろどうしてるんだろうねとか、なにか彼の話がこの子たちの口から飛び出してもいいはずなのだが、一向にその気配もない。それも霊の仕業だとするなら、大いに問題だ。このままでは、裕太の存在自体がかき消されてしまうのかも知れない。

 日直の仕事も終わって、晴れて下校となった。僕は部活娘たちを見ないようにしながら、足早に学校を飛び出した。

 学校から出てしばらく行けば、同世代の娘たちは疎らになり、裸の遭遇率がグッと減る。これで勃起の心配はひとまずはなくなった。電車で隣町に行って、図書館に行こう。

 図書館に着くと、さっそくオカルト関係のコーナーに行き、調べ物を開始。幸い、裸の娘は周囲にいなかった。ここなら、落ち着いて調べ物ができそうだ。

 郷土史まで含め、都市伝説の類を調べ始める。

 噂の話はすぐに見つかったが、どの文献も一部分だけの紹介で、あの廃村そのものについてだけ書かれた本はない。都市伝説のひとつとして、ちょっとだけ紹介が載っている程度だ。しかもそのほとんどは、ネットで流布されている情報と、まるで変わらなかった。つまり、この本の著者や編者たちも、例の鳥居は見つけられていないということだ。

 「何でも、その村にたどり着くには条件があってさ、よくわかんないけど、その条件に合わないと村にたどり着けないんだって。村に結界でも張ってあるのかな。村が訪れる人間を選ぶって噂だよ。」

 裕太がそんなことを言っていたな。そのことも本には書いてある。が、その条件が一体どんなものなのか、肝心なことは書かれていない。そりゃあそうか。条件が分かれば、その条件を整えて他の誰かがとっくに鳥居を見つけているさ。

 とくにめぼしい情報は得られないな。だとすると、別のルートから調査する必要がありそうだ。

 その周辺の昔の地図。昔話。郷土史。そっちから当たってみよう。

 その場所に因んだ様々な伝説や、歴史や、地図などを、あれこれ調べてみる。

 ごくごく、普通の歴史だ。村もあったが、ただの農村で、戦時中は疎開地として利用されていた節もある。その後、過疎化が進み、現在のように人も疎らな田舎の奥地に成り果てたらしい。

 地図も見てみたが、鳥居になりそうな場所は見あたらない。

 伝説もとくにめぼしいものはないな。

 「…。」ひとつだけ、気になるものが出てきた。

 妖石封印伝説というのがある。

 その昔、数年に一度、月日を隠す妖怪がいて、その月日が隠れたときには、不作、疫病などが流行し、村人が苦しんでいたとのこと。これを見かねた、ある僧侶が、祈祷の末、妖怪を見つけ出し、30センチくらいの石の中に封じたのだという。妖怪が石に封じられたとたん、扁平だったただの石は、真球に近い石に変化したという。その石は山奥のほこらに祀られ、厳重に封印が施されている。それが結界で守られ、人も魑魅魍魎も、足を踏み入れられないようにしてあるとのこと。その祈祷の後、不作・疫病は起こらなくなったのだという。

 結界、というのにひっかかった。

 月や太陽を隠すというのは、多分日食や月食のことだろう。それを妖怪のせいにして祈りを捧げて疫病などを防ごうとしたんだな。

 結界によって、人も悪魔も足を踏み入れられない場所にほこらが祀られている。

 もし、僕たちが迷い込んだのが、その結界の中であったなら、この妖石が何か関係しているのかも知れない。

 この伝説に絞って調べを進めてみようと思ったが、もう外は真っ暗だった。帰ろうかな、とも思ったが、裕太が待っている。一刻の猶予もないだろう。

 僕はさらに調べを進めた。不思議と疲れを感じなかった。いくらでも集中できたし、体も元気なままだった。

 だが、妖石の話は、数冊の本にちょこっと載っているだけで、しかもどれも同じ内容だった。その妖怪がどんなものだとか、僧侶が何者かとか、そういう情報は、マイナーすぎる郷土の伝説として埋もれ、記憶・記録の類も失われてしまっているらしい。

 今日はここまでにしよう。これ以上ここで探しても、新しいものが見つかりそうにない。

 家に帰って、調べたことを整理してみる。うーむ…とくにこれといって、確定的な情報や手がかりには繋がらなかったなあ。

 妖石伝説も、結局どこにでもある封印モノだし、その内実も、自然現象に対して説明がつかないものを、神やら妖怪やらのせいにする類だ。あまりにもありふれている伝説なので、風化してしまったのだろう。

 それにそもそも、この伝説と色情霊どもとの接点がまったく分からない。どう考えても繋がらないなあ。

 …まてよ?

 日食月食のことを説明したというのはただの決めつけか。大昔の中国などではそれらは不吉とされていたが、その正体は、かなり進んだ天文学によって、早々と自然現象として突き止められ、しかも次の食の周期までぴったり計算できていたはず。妖怪魑魅魍魎の仕業と恐れられたというのは早合点か。日本でも、平安時代にはすでに安倍晴明初め、優れた天文学者がいたし、農業も漁業も、そうした学問知識、民間の知恵がなければうまく行かない。日食月食とは別の現象なのだろうか。

 その辺のことはよく分からない。月日が隠れるというのが何か別の意味を持っているとすれば?

 うーむ…

 これ以上考えても難しいだろうな。

 夜になった。

 もう寝る時間だな。そろそろ眠ってしまいたいが、その前に、対策をひとつ立てておかないと。絶対に今夜も、中学生の幽霊どもが押し寄せてくるはずだ。昨日や一昨日のような失態は犯したくない。

 もう一度PCを立ち上げる。ネットで魔除け幽霊避けを調べてみた。

 御札…祈祷…塩…めぼしいものは大体ありきたりのモノに限定されてくるな。一風変わったものでは、幽霊の前でしこって一発抜いて撃退したなんてモノもある。もっとも、相手が色情霊じゃあ、この手は逆効果だ。

 これといって効果的なものは見あたらなかった。やれそうなものをやるか。塩を盛っておくことにした。この程度じゃあ、気休めくらいにしかなりそうもない。ないよりはマシといったところだろう。僕はふとんに潜り込んだ。

 夜中。青白い光が足元に現れる。やっぱり、塩くらいではビクともしないか。

 そうなると、めいっぱい抵抗するしか方法がない。かといって、ただ手で振り払うだけでは、しつこく抱きつかれて、結局欲情させられて抜かれてしまう。

 …抵抗する方法は、今思いつくだけ三つある。一つは、逃げる。二つは、電気を付ける。三つは、ばかばかしいが、ネットにあった通り自分で抜いてしまって幽霊に出させられる前に早々と終わらせて寝るッ!

 逃げるのは手っ取り早いが、何か決定的な崩壊が予測される。唯ちゃんがひどい目に遭わされたように、幽霊ども、逃げれば手痛い報復をしてくるだろう。だから、この選択肢は×。電気を付ければ、霊体を退散できるかも知れない。が、昼間でも幽霊娘たちは大活躍してたしなあ。効果のほどは期待できない。

 昼間さんざん抜かれているので、あと一回自分で出してしまえば、そろそろ疲れて眠れるかも知れない。幽霊なんかの相手はしていられない。これが一番確実な気がしてきた。

 「うおおおおお!!!!」

 僕はがばっと起き上がり、びっくりしている幽霊たちの前にペニスをさらけ出すと、一目散にしごき上げた。

 「奈穂美! 奈穂美! なほみなほみなほみいいいい!!!!」彼女の明るい声、仕草、そして霊障によるが彼女の裸体を思い浮かべながら、思いっきりペニスをしごきたてる。

 あっけにとられた幽霊娘たち。スク水、セパレーツ水着、浴衣姿の3人だ。が、彼女たちなど目もくれず、ひたすら奈穂美を思って抜きにかかる。奈穂美は幼なじみだ。小学校低学年の頃に一緒にお風呂に入ったこともある。そんな時期とは比べものにならないくらいに女らしくなった奈穂美。特別好意を抱いていたわけでもないものの、今は彼女のすべてが悩ましい!

 「うっく!」

 精液がほとばしる。近くのテーブルめがけて精子が飛び出していった。

 射精は数秒で収まり、しかも、幽霊どもによって消えてなくなることはない。そう、自分で抜いたのであって、幽霊によるものではないから、その精は彼女たちに奪われないで済んだのである。快感も普通、射精時間も普通だ。

 「よし! 寝る!」

 僕はいそいそとテーブルをアルコールティッシュで丹念に拭き取り、適切な処置を施してふたたび布団に潜った。

 3人の少女霊はしばらく、僕が再び潜り込むまでポカンとしていたが、やがてはっと気がついて、自分たちのすべきことを思い出したらしい。

 3人が潜り込んでくる。もう、少女たちの女体に包まれても、そのまま心地よく眠るだけさ。かえって女の肌に包まれた安心感が深い眠りを誘うだろう。

 僕はあえて抵抗しなかった。少女たちが服を脱がせてくる。生足が3人分絡み付いてくる。肌もじかに密着し合う。セパレーツの少女が上を脱いで乳房をあらわにして密着してきても、女の子たちのスベスベで柔らかい肉体がスリスリしてきても、心地よさがかえって眠りを誘うばかりで、僕には通用しないのさ。

 …と、思っていた。

 だが、一向にまどろむ気配がない。それどころか、性的な興奮はいや増すばかりだ。

 おかしい。今抜いたばかりなのに、勃起が収まらない。

 今日も昼間も、ずいぶん射精させられた。昨日だったら疲れ果てて、睾丸に痛みさえ覚えたのに、今日はその気配さえも感じられない。

 アビラウンケンソワカ…

 ウッ! まただ…おかしな呪文が頭の中に響く。

 アビラウンケンソワカ…

 「てめえら…一体何をしている…」

 「くすくすっ」「アビラウンケンソワカ」「この真言はね、キミの精力を絶倫にする呪文なんだよ。」「なっ!?」

 少女たちの甘い香りが鼻孔をくすぐり、性欲が格段に増していった。いや、香りだけのせいじゃない。頭に響き渡り、なおかつ性霊どもの唱える真言とやらを耳にする度に、僕の性欲が増大していくのをはっきりと感じた。股間の奥が熱くなり、くすぐったく疼く。まるで何日も抜いていないような、悩ましい色欲のたぎりだ。

 そして3人もの美少女が僕に密着し、惜しげもなく肌をこすりつけてくる。この上ない誘惑だった。

 「この真言はね、自分の思い通りに事を運ぶためのものなの。私たちにとって思い通りってのは、男がいっぱい出して何度も精を提供しても、一向に衰えないで、それどころかどんどん性欲が強くなること。だから…」

 くっそ…そういうことだったか。迂闊だった。

 「もう一ついいことを教えて上げる。濃い精は、一体の色情霊に吸い取られるだけで、3体の仲間を呼び寄せることができる。」「この3人に精を抜かれれば、一度に9人がこの下界に…くすくすっ」

 何度果ててもすぐに復活し、いくら出しても疲れもせず枯渇もせず、痛みさえ感じない。それではいくらでも彼女たちの餌食になってしまうではないか。

 「ほら…私の中でイッて?」浴衣娘が帯を解き、前半身を露出させる。後ろから押さえられ、横向きに寝た僕が逃げられないようにしてくる。このままでは側位で結合してしまう。

 だが、水着霊たちが巧みに僕の体や腰を押さえていて、脱出できない。

 くちゅ…

 「あふ!」

 「昼間の子たちよりイイでしょう?」「いっぱい出してね♪」

 浴衣娘がオンナを締めつけてくる。ペニスは悦ばされ、出したばかりだというのにもうイキそうになっていた。

 彼女はさらに腰を激しく前後させ、ペニスをぐちゅぐちゅとしごき上げてきた。それに合わせて、後ろのセパレーツ娘も腰を振り、僕のお尻を押し出して、ペニスの快感が最も高くなるよう、深くねじ込むように僕の腰を無理矢理に振ってくるのだ。

 「あああ!」あちこちから絡み付く女体の肌ざわりに包まれ、ペニスもやわらかい器官に締め上げられて、ぬるぬるのヒダにしごかれまくってしまった。ちゅっちゅっちゅっちゅ! すばやい腰ふりの音が快楽を倍増させる。

 うっく! どぼぼぼぼ!

 大量の精液が少女の子宮めがけて吸い上げられる。脈打ちはずっと続いた。長い長い時間、イク時のあの多幸感が僕にまとわりつき続ける。その間じゅうずっと、彼女たちは腰を動かし、射精の快楽を助け続けた。

 3分経って、やっと脈打ちが終わった。「これで3人分の射精。私たち一体で3人の色情霊が復活できるから、これだけで9人だね。」「くすくす…」

 「9、にん…だと?」

 「知らなかったの? ここでキミが私たちと交わる度に、キミの精が私たちの糧になる。一回の射精で3体の霊の糧になるから、昼間の分も含めて、ずいぶんの霊体がエネルギーを得ているんだよ?」「くっそ…!」

 僕の精は、霊どもを活気づける効果があったのか。しかも、一人の霊で3体の霊の分を得ることができるとは。

 このまま射精し続ければ、ますます多くの幽霊たちを活発化させることになる。やはり射精はしてはいけないんだ。

 霊たちは満足して消えていった。最初の作戦、自分で抜くというのは大失敗だった。何回出してもいくらでも出し続けられる(その分僕の生命エネルギーは確実に削られてしまうだろう)とすれば、やはり射精そのものを抑えなければならないだろう。

 次の作戦は、電気をつける、だ。

 霊どもが現れた瞬間、このリモコンで部屋を明るくしてやる。

 すぐさま青白い光が足元に3体分現れた。この光を、現代文明の光でかき消してやる!

 ぴっ!

 リモコンが電気を付ける。がばっと起き上がる。足元にはもはや、青い光はなかった。部屋の明るさが、幽霊どもの光を消し飛ばしたんだ。

 さすが現代の技術よ! 現代人の科学文明は幽霊だって消し飛ばせるんだ。

 ぐちゅ!

 「んあ!?」

 突然、股間にくすぐったい感触が強烈に走った!

 布団の上に尻餅をつき、全裸で開脚をしている。その僕のペニスに、挿入と同じ強烈な刺激が加わっている。だが、ペニスはあいかわらず空中にさらされていて、幽霊の姿が見えない。

 グチュッ、グチュッ…

 「!!」

 ペニスの形がおかしい。全方向からつぶされているように圧迫されて縮んでいる。根本から先端まで、ペニスのあちこちが波打っていた。

 そして、股間から全身へと突き抜ける火のような快感。内股にパンパンと打ち付けられる、女の子のふにっとしたお尻の感触!

 間違いない、僕はまだ、幽霊に犯されている。

 電気を付けても、姿が見えないだけで、幽霊まで消すことはできないんだ。

 「うわあ!」

 僕はとっさに起き上がり、テーブル近くに転がっているリモコンを取ろうと立ち上がった。

 ぐっぽ、ぐっぽ、ぐっぽ…

 「あ、あひいっ!」

 それでも挿入感は収まらない!

 幽霊だけに、ふわりと浮き上がって、立ち上がる僕にぴったり張りつき、浮かびながら腰を振ってペニスを悦ばせているのだろう。

 僕は幽霊を振り払おうと、床に転がり、手で払いのけようとした。が、手は空中を切るばかり。転がってペニスを布団に押しつけても、うつぶせになってさえも、挿入され犯されている感触は一向になくならない。幽霊は床さえもすり抜けて、ただひたすらペニスをむさぼり続けているんだ。

 せ、せめて電気を消そう。僕はリモコンに手を伸ばす。腰がガクガク震え、今にも脱力してその場に倒れ込んでしまいそうだ。

 ぴっ

 やっとの思いで電気を消し、霊どもの姿を確認する。

 「うわあああ!」

 視界に飛び込んできたのは、色情霊たちの恐ろしい光景だった。

 3体の色情霊。だが、その全身は現れていない。

 お腹の途中で霊体は消え、上半身が映っていない。その顔も分からない。腰から下も同様に消えてしまっており、見えるのは腰とオンナと臀部だけなのだ。

 腰だけの幽霊が宙に浮かんで、僕に3体、まとわりついている! これでは立とうと座ろうと挿入からは逃れられない。

 むちゅっ! 「うぐっ!」

 そのうちの一体が、オンナをあらわにして僕の顔面に飛びついてくる。口がオンナ表面で塞がれ、かろうじて鼻で呼吸できるものの、鼻腔に強く吸着する甘い少女の蜜の香りが、性欲を一段と高めてくる。僕は思わずそのオンナを舐め回し、蜜を吸い続けてしまった。

 もう一体は、僕のお尻に張りつく。女の子特有の女性らしい臀部のふくらみが、僕のお尻に密着してやわらかく潰れている。弾力を持ったヒップがくすぐったく押してきて、僕の腰を押し出し、無理矢理にでも腰を突き上げさせているんだ。ふくらみのしっかりしたお尻は、僕のお尻よりも一回り大きかった。

 そして3体目が、バックの体勢(?)で挿入し、高速でペニスをしごき上げていた。上下左右に腰がひねられ、後ろのヒップに突き上げさせられる度に、違う味わいのオンナの感触がペニスに刻みつけられる。

 若い幽霊の3体がかりのお尻とオンナの攻撃に耐えられる僕ではない。

 「むぐうう!」ごぼおっ!

 精液が放出される。やはり3分間、イク時の強烈なくすぐったさが持続し、僕は放心してその場に倒れ込んだまま、射精の快感だけを味わい、酔いしれていた。

 女たちが消え、やっと快楽が収まると、理性も戻ってくる。恐怖も。

 「うわああ!」夜中だというのに、僕は大急ぎで下着とジャージを乱しながら着込み、一目散に家から飛び出していった。家族は幸い、今日は誰もいない。

 靴さえも、左右で違う靴だった。よほどあわてて飛び出したのだろう。

 とにかく逃げるしか、選択肢は用意されていなかった。

 ”ニゲテモムダダヨ…アビラウンケンソワカ…”

 「うっく!」股間にくすぐったい疼きがぶり返し、ペニスがはちきれんばかりに膨張する。

 ”キミはすぐに性欲に負けて、この部屋に戻ってくる。私たちに抜かれるためにね…アビラウンケンソワカ…”

 「ああああっ…」

 ”さあ…戻っておいで…自分で抜いてもその性欲は収まらない…私たちしか鎮められない…アビラウンケンソワカ…”

 「ううっ…」僕はゆっくりと、家の中に引き返していく。強すぎて狂わんばかりの性欲の疼きに、ついに耐え切れなくなったのだ。

 「臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陣! 列! 在! 前!」

 ぴきい!!

 「うぐっ!」

 全身に痛みが走る! その痛みはとくに股間の痛みとなって直撃し、じわりと強まっていった。

 「あが…」

 「…少しだけ我慢してくれ。すぐに収まる。」

 声の主の言う通り、すうっと痛みが引いていった。体が重い。一体…なにが…

 「どうやら間に合ったようだ。…大丈夫か?」

 暗闇で顔はよく見えないが、男性だった。

 「よかった。君が”結界”を越えてきたので、やっと探知できた。…中に幽霊がいるんだろう?」

 僕は黙ってうなずいた。

 「よし、上がらせてもらうぞ。」

 男は勝手に家に上がり込んでいった。僕はあわてて彼の後を追いかけようとしたが、体が重くて、引きずるようにしか進まない。

 やっとの思いで自分の部屋にたどり着くと、スーツを着た男が一人、部屋に立っていた。思ったよりもずっと若い。

 「…幽霊どもは追っ払ったよ。」

 「!!」

 たしかに、霊の気配はない。

 「おっと、自己紹介が遅れたな。俺は大沢幹久。“性霊バスターズ”っていう、シケた除霊集団のリーダーよ。」

 「せいれい…ばすたーず?」

 「色々話したいこともあるが、もう夜も遅い。話は明日にしよう。このメモの所に、明日の夕方四時に来てくれ。…そうそう、君の体に除霊の結界を張っておいたから、一日中霊障は出ないよ。…じゃあ、きっと来てくれよ。」

 「あ、あのっ!」

 「ん?」

 「…ありがとうございました。」

 「いいって事よ。」

 男は立ち去っていった。

 何が何だか、わけが分からない。が、とりあえずお礼だけは言いたかった。謎だらけではあったが、とりあえず色情霊は退治してくれたらしい。

 どっと疲れが出てくる。あの奇妙な呪文ももう聞こえない。一気に眠気が襲ってくる。霊障によって無理矢理絶倫にさせられていて、それが大沢さんの除霊で失われたから、疲労が一気にピークに達したんだ。

 僕はどっと布団に倒れ込み、そのまま眠って朝を迎えた。

 次の日。

 「おはよー☆」「おはよう、奈穂美。…あっ!」

 「どしたの?」

 「あ…いや…なんでもない。」

 奈穂美は制服を着ていた。裸に見えない!

 色情霊の魔力が、一日限定だけど抑えられているというのは本当のようだ。

 午前、午後、無事に過ぎていく。勃起もしない。多分したとしても、時間は止まらないだろう。

 そのまま放課後になる。僕は所定の場所に向かうことにした。電車で3駅、歩いて30分、路地裏の喫茶店”マソゲモジャモジャ”だ。行ったことないなあ。

 メモのとおりに進むと、たしかにそこに喫茶店があった。しかし、駅から相当離れた場所にある、人気のない喫茶店だ。そもそも営業自体しているのかどうかも怪しい。

 中に入ると、店長とおぼしき人物が一人、そして、奥の席に座った、大沢さんの姿があった。案の定、他に客はいない。この店名ネーミングじゃあなあ…。

 大沢さんはコーヒーを僕の分まで頼むと、さっそく話し始めた。

 「…単刀直入に言う。君は色情霊たちの“運び屋”をやらされていたんだ。」

 「運び屋?」

 「ああ。幽霊を呼び寄せ、しかも仮想世界に引きずり込まされては現実の女とも交わって、射精し続ける。それによって、色情霊たちが霊界から下界へと送り込まれるんだ。」

 「?」

 「つまり、君が霊と交わり、射精すればするほど、町に色情霊がたくさん送り込まれることになるんだ。」

 「!!」

 身に覚えがあった。夜な夜な現れる少女霊たち。勃起したとたんに時間が止まり、目の前の女の子と破廉恥な行為をしては射精。そう言えば昨日、”一度の射精で3体が”とか言っていたな。つまり、一回色情霊で射精すると、3体の霊がこの世界に解き放たれるというわけか。

 「いやあ、思ったより早く運び屋を見つけられてほっとしたよ。邪悪な性霊の気配を察して調査に来ていたら、色情霊がわんさかいやがる。運び屋を見つけて、性霊が来る侵入経路を断たないとって思ってたんだ。」

 あの鳥居の事件以来、僕は異世界からこの下界に、色情霊を運ぶ役を負わされていたというわけだ。

 「それにしても、14歳限定の色情霊とは、敵も考えたものだな。」「えっ…?」

 「近所に住んでいる大学生の男の所に、少女の霊がやってきて、しきりに肌を押しつけこすりつけ、誘惑しては勃起させ、ついに性交におよぶ。現実の14歳をヤれば、それだけで犯罪、捕まってしまう。少女たちの甘い肉体は、その男にとって禁断の果実。めったに、というより牢屋に入ることを覚悟してでしか抱けない相手だ。その興奮も半端ではない。…彼の欲情が次々と少女霊を呼び寄せ、大学生は枯渇しきるまで幽霊を抱き続けたんだ。それこそ、死ぬ一歩手前までな。」

 「そんな…」

 僕が呼び寄せた色情霊が、誰かを死に追いやるなんて!

 「まあ、おかげで色情霊の場所は特定しやすかった。除霊もたやすかったよ。あとは…運び屋を探すだけだったんだが、昨日あっさり見つかったのはラッキーだった。通常、運び屋は性霊たちの結界の中にかくまわれてしまって、俺たちには見つけられないんだ。危険を冒して結界の外に運び屋が飛び出さない限りね。ただ、結界を出ても、色欲の誘惑に取り憑かれ、すぐに元の結界に自分から入っていってしまう。俺がたまたま近くにいたから、すぐに見つけられたんだ。ラッキーだったよ。」

 「…。」

 大沢さんの話によれば、僕は運び屋で、僕が射精すれば、一回ごとに霊界から3体の色情霊が解放され、この世界に送り込まれてしまう。解放された色情霊たちは、夜な夜な男たちの元に現れて、その精を奪う。霊の糧にし、人間を性的に堕落させることが目的だ。色情霊たちはどんどん増えていき、やがては運び屋なしでも自由に霊界から下界に大挙して押し寄せることができてしまうのだという。

 「…そうなれば、この世界は色情霊だらけになる。霊界と現世界との境目もなくなってしまう。そうなるとな、俺たちでは手が付けられなくなって、さらに魔族まで呼び寄せてしまえば、世界は崩壊する。それを事前に食い止めるのが、性霊バスターズっていう組織なんだ。」

 「…。」

 「とにかく早く見つけられてよかった。君も危ないところだったんだ。あのまま幽霊どもと交わり続ければ、君はさらにあの呪文を浴びせられ、ついには勃起が収まらなくなってしまう。」

 「あっ!」

 「分かるよな? 勃起したら時間が止まって、現実の女とも幽霊とも交わることになる。そして、いくら射精しても勃起は決して萎えることがない。…つまり、君は止まった時間の中に閉じ込められ、永久に現実の女と無限の色情霊たちとを相手に射精し続けなければならなくなっていたんだ。”運び屋”がそうなったら最後、ねずみ算式に色情霊たちが世界に増えていって、収拾がつかなくなっちまう。」

 「あうう…」

 「さあ。後は、元凶を絶つだけだ。君に来てもらったのは、運び屋を引き受けた経緯を白状してもらうためなんだ。」

 「あ…」

 「運び屋を引き受けるということは、どこかで、この一件の親玉と“契約”を結ばなければならない。色情霊を霊界からこの世界に送り込もうとする親玉がいて、その親玉と契約をして初めて、運び屋をやることができる。なにかの代償として、運び屋をやる契約に承諾しなければ、運び屋はできない仕組みなんだ。…君は、何を望んだかは知らないが、運び屋を引き受けた以上、責任を取ってもらわなくてはな。」

 「ま、待ってください!」

 「多くの運び屋は、大金や不死など、ろくでもない願いを叶えてもらう代わりに、運び屋を引き受ける契約をする。だがな、結局運び屋をやれば、止まった時間の異世界に閉じ込められて、永遠にセックスさせられて終わりなんだよ。騙されたんだ君は。」

 「ち、ちがう! 契約なんか…」

 僕は事の経緯を話した。興味本位で廃村に向かったこと、そこで、誰もたどり着けなかった鳥居だらけの霧の山奥にたどり着いてしまったこと。奇妙な頭痛に苦しめられたこと、親友の裕太が取り残され、自分だけが戻ってきて、その次の日から、自動的に運び屋になってしまっていたこと。

 また、図書館などで調べたことや、伝説のことも話した。

 「…それはおかしいな。脅して無理に契約することなんてできないはずだ。頭痛で無理に言うことを聞かせて契約させると、あっさりと契約は破棄できてしまう。君がセックスを嫌がり、射精するまい、勃起するまいと踏ん張った時点で、契約は切れてしまう。つまり運び屋にはならないんだ。…身に覚えがないか? どこかで、君はその親玉と契約を結んでいるはずなんだ。それが分からなければ、運び屋の契約を断ち切ることができないのだがね。」

 「そんな…」

 身に覚えなんてない。

 第一、あの鳥居の親玉になんて会ってもいないし、まして自分から進んで、何かを叶えてもらう代償で運び屋をやろうとは思わない。ほんとうに、いつのまにか運び屋をさせられていたんだ。それに、運び屋の代償も何も望んでいないし、叶ってもいない。

 「…とにかく、鍵はその鳥居の乱立している山中にありそうだ。今から行ってみるかい?」

 「はい…」

 「車ならすぐだ。夜には帰れる。目的は、鳥居の場所の探索ではない。…君が契約の内容を思い出すことだ。」

 「!」

 大沢さんは、完全に僕を疑っている。

 僕が、ある目的、願望を持って、鳥居の親玉と契約を自主的に交わしたのだと決めてかかっている。そのために自ら進んで運び屋をやっていて、大沢さんの前でとぼけているんだ…そう思っている。

 「いやだと言っても連れていくぞ。人類の危機だからな。」「…。」

 仕方ない。ついていくことにしよう。僕は大沢さんの運転する車に乗って、小一時間、れいの山の麓にたどり着いた。あたりは夕方モード全開。空が真っ赤に焼けている。戻る頃には、すっかり暗くなっているだろう。

 「どうだ? 言う気になったか?」「…。」「まだ白状…思い出せないか。いいのか? このまま思い出せなければ、人類は危機に瀕する。俺の結界も限界があるからな。」「…。」

 言うまでもなく、鳥居は見つからない。条件が合わないのだろう。

 「それに、君の大切な友人とやらも危ないんだろう? 裕太君だっけ?」

 ぴきっ!

 「ウッ!」

 一瞬だけ、強い頭痛に襲われた。

 「…俺の調査では、君の身辺に”中倉裕太”などという中学生はいない。君の学校に通ってもいないし、素性も何も分からない。霊障の一種か、君がこしらえた架空の人物だ。」

 「そ、そんな!」

 「これがもし霊障だとすると、敵は相当の実力者だ。魔王とまでは行かないが、上級魔族がからんでやがる。…そうやすやすと上級魔族のお出ましなんてあるものか。」

 「うぅ…」大沢さんは完全に疑っている。

 裕太がいない?

 奈穂美も、裕太の家族も、他のクラスメイトも、誰も裕太のことを何も言ってこない。山の捜索も、僕が見つかった時点で不思議と打ち切られてしまった。

 初めから、中倉裕太なる人物が存在していなかったみたいだ。

 ピキッ!

 「うぐっ!」また頭痛だ。

 「…まぁいい。もう一度だけ、結界を張って置いてやろう。だが、これが最後だ。それでも君が白状しなければ、俺たちは別の手を使う。君は、再び色情霊たちの餌食になり、止まった時間の世界で永遠に閉ざされることになるんだ。」

 「違う! 違うんです! ほんとうに裕太が鳥居の廃村に閉じ込められ、僕は何も知らないんです!」

 「ふん。」

 車が再び走る。町に戻るためだ。「白状したくなったら、喫茶店に来い。」僕の家の前に着くと、大沢さんはそう言い残して、僕を置いて行ってしまった。

 体がふらつく。おかしな頭痛が止まらない。裕太のことを考える度に、強い頭痛が僕を襲う。

 疲れた。大沢さんに疑われ、はらすこともできず、惨めな思いでいっぱいだった。

 僕は倒れ込むようにして、深い眠りに落ちていった。

 ”…だ”

 うーん…

 ”俺…だ”

 うぐ…

 寝ていながら頭痛に襲われる。目を覚ますことができない。

 ”おれ…みに…しようとおもってるんだ”

 ううっ…あたまがいたいよぅ!

 はっ!

 朝。

 目覚ましが鳴る10分前だ。

 やっと僕は起きることができた。

 どっと疲れている。たっぷり寝たのに、ちっとも疲れが取れていない。いや…寝ている間にうなされ、あらためて疲れてしまったということか。

 裕太…今ごろ…どうしているだろう。下界にいる僕がこんな状態なのだ。鳥居の廃村に残された裕太は、もっと快楽に満ちあふれた世界にたったひとり取り残されて、あっという間に吸いつくされてしまっているのではないか。その結果、裕太の存在そのものがこの世から抹消され、裕太の魂は、廃村の異世界で永遠に色情霊たちの餌食となり、快楽地獄に喘いでいるのではないか。

 ざまあみろ!

 …えっ!?

 今、僕はなんて思った?

 一瞬だが、邪悪な思いが頭をもたげた。

 な、ん、…だ?

 一体僕は、何を考えた?

 裕太が死んでいるのかも知れないのに、どうしてそういう不謹慎なことを考えられるのだろう。

 ああ! 僕は疲れているのだ。

 まともな精神状態じゃあないんだ。

 とにかく、忘れよう。考えるのをやめよう。学校に行こう。

 身支度を調える。

 「おはよー☆」「おはよう…奈穂美…」「どしたの? 顔色悪いよ?」「なんでも…ない…」「大丈夫?」「ああ…」

 ”俺、奈穂美に”

 ズキイイン!

 「がああ!」強烈な頭痛に倒れ込む。

 「ちょっ、光平、大丈夫? 今日は休んで、医者に行ったら? それとも救急車…」

 「うぅうるさいッ! 裕太とつきあい始めたくせにッ!!」

 「え?」

 「あっ…」

 「どうしたのよ! 大丈夫? ユウタって誰よ?」

 「あああ…」間違いなく、奈穂美の記憶から裕太が消えている。裕太と奈穂美がくっついたのに…

 「あああ!」

 さらに頭痛がひどくなる。

 ユウタ ト ナホミ ガ … クッツイタ ノニ…

 ぎゅううっと頭が締めつけられる。

 ”俺、奈穂美に告白しようと思ってるんだ。”

 ”はぁ?”

 ”俺とお前と奈穂美は幼稚園の頃から一緒の腐れ縁だけどさ、奈穂美のヤツ、あんなにかわいくなって…つきあおうと思うんだ。”

 ”そ、そう…なんだ…ふうん…”

 ”なあ、幼なじみで親友のお前だから言ったんだ。…応援してくれないか?”

 ”その前に、相手にされなかったりしてな。ははっ…”

 ”そ、そんなこと言わないでくれよ! 俺すっげえ不安なんだよ。頼むよ協力してくれよ!”

 ”あ、ああ! いいとも。”

 あああ…

 思い…出した…

 無理に自分の記憶を改ざんしていた。

 ”うまくいったよ”

 ”ほ、ほんとうか!”

 ”奈穂美がうんって言ってくれた。光平も俺たちのこと応援するって話して、それならって承諾してくれたんだ。ありがとうな。一生感謝するぜ。”

 ”よ、よかったなあ…おめでとう。”

 ”ああ。そうだ、お礼もかねて、お前におもしろい話を持ってきてやったぞ。お前も知ってるあの山のどこかに、廃村があるらしいぜ?”

 ”…廃村?”

 ”ああ。なんでも昔人が住んでいて、やがて寂れ…”

 ううう!

 僕はボロボロと涙をこぼした。奈穂美が心配そうに覗き込んでくる。

 「僕…行かなくちゃ…」

 「ちょっと! どこ行くのよ!」

 僕は駅に向かい、電車で3駅、歩いて30分の、あの喫茶店まで足を運んだ。

 「…白状する気になったんだな。」大沢さんが待ちかまえていた。

 「僕…無理に忘れていたんです。記憶を改ざんしていた…」

 「ふうん…まあいいさ。契約した相手のことが分かれば、それでこっちも手を打てる。…ところで、その子は誰だい?」

 「あ…」

 僕の後ろに、奈穂美がくっついてきていた。「だ、だって、あんなに頭痛いって言ってたのに、フラフラとここまで来るなんて…ほっとけないよ。」

 「はっはっは。仲がいいなあ。」「ひゃっ、違いますぅ!」奈穂美は赤面した。

 彼女が来てしまった以上、事情を話す他はなかった。が、それを話すということは、淫らな行為に僕がふけっていたことを奈穂美に伝えることに直結する。

 いい。全部話してしまおう。それが僕への天罰なんだ。

 「あーそれはな…ちょっとオカルトのもじりで失敗しちまって…」

 大沢さんが話し始める。僕と大沢さんはオカルトの同好の士ということになって、降霊会を裕太と僕と大沢さんでやったら失敗して、裕太が連れ去られ、その記憶が世界中から忘れ去られてしまったので、今から除霊して取り戻すんだ。そんな内容だった。

 上手に性霊のことを隠してくれた。

 「じゃあ、君の契約者のことを話してもらおうか。」

 「それは…その…」僕は奈穂美の方を見る。

 「あ…ゴメンね、込み入った話みたいだから、私はちょと外すね。」奈穂美が外に出る。

 僕は思い出したすべてを、大沢さんに白状した。

 裕太が奈穂美に告白しようとしていたこと、そしてそれが成功してしまったこと。その時初めて、僕の本当の気持ち、奈穂美への思いが分かったこと。後悔してもすでに遅く、僕は裕太を死ぬほど逆恨みしてしまったこと。

 そして…

 「鳥居の親玉はカゲウス・アカリンという妖怪です。大昔に色情霊を操って悪さをしていたところを、石に封じられ、ほこらに封印されていたんです。でも、時が経って祠が老朽化し、結界が外れ、そこへ強い怨みの念を持った僕を見つけて、僕に“運び屋”の話を持ってきたんです。」

 カゲウスアカリンは、色情霊を操り、男たちを籠絡して、村を壊滅させる妖怪だった。妖怪というより、魔族に近い。月日が隠れるというのは、昼も夜もなく時も忘れてセックスに興じる意味の隠語だったんだ。そして、働き手が疲労困憊によって失われ、男女昼夜かまわず乱れまくる連日を経て、性病が蔓延する。結果、不作と疫病が村中を襲うことになる。それが事の真相だった。

 「僕は、初めから裕太がいなかったことになれば、奈穂美が裕太の手に渡らなくなると思って、そう望みました。ああっ、僕が悪かったんです! ごめんなさい! ごめんなさいいい!」

 「うーん…話は分かった。泣くなよ。」

 裕太を抹消させたのは、僕の望みだったんだ。

 だが、後悔と良心の呵責が、強く僕を苛んだ。

 その結果、奈穂美への思いと共に、鳥居の出来事についての記憶まで改ざんし、決めつけ思い込むことで、心の罪悪感、後ろめたさから解放していただけだった。僕は、自分をごまかし、嘘で塗り固め、騙していたんだ。

 「とにかく、現場に行こう。君が白状した以上は、結界も破られる。鳥居の廃村まで俺も行かれるようになる。…裕太を助けに行こう。」

 「はい…」

 「だが…覚悟しておくんだな。裕太はもう、助かっていないかも知れない。」

 「!!」

 「日にちが経ちすぎている。君が山を下りるまで、実質一週間かかっているんだ。その間に君は、強い思い込みで記憶まで改ざんした。そしてそこから3日経っている。つまり10日経過だ。魔族に近い親玉と、その配下の強力な色情霊…結界まで作れてしまうほどの強力な廃村の集団が相手だ。…残念ながら、吸いつくされて性霊界の奥地へと運び込まれてしまっている可能性がある。…そうなったら、俺たちでも手が出ない。」

 「そんな…」

 「とにかく行ってみよう。その場所で、親玉と縁を切るんだ。俺はその上で、ヤツを再び封印する。」

 僕たちは外に出て、車に乗り込もうとした。

 「ごめん奈穂美。ここからは僕たちの問題だから。」

 「ううん、私も行く。光平の一大事だもん。」「えっ…」「大沢さん、お願いだから私も連れていってください!」「…まぁ…かまわないけどよ…」「お、大沢さん!」「大丈夫だよ。」

 奈穂美がどうしてもと言うので、彼女も一緒に山に行くことにした。

 小一時間で例の場所にたどり着く。僕たちは車を降りた。

 「臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陣! 列! 在! 前!」

 山道が拓ける。妖しい霧が周囲に立ちこめた。

 「…ここからは歩きだ。」

 10分くらい歩くと、鳥居がたくさんある場所にたどり着いた。僕たちが迷ったときには何時間もかかったが、大沢さんの力で、短時間でたどり着くことができたのだった。

 「よし。ここら辺でいいだろう。…汝契約者の破損の異議申し立てに付その解除を奏上仕り奉らん…破邪急障!!」

 ぱりん! 僕の周囲でガラスが砕ける音がした。

 「これで契約は解除になった。運び屋の契約ってのは、結局運び屋を異世界に閉じ込める詐欺的要素を含んでいるから、その契約内容が分かっている術者が呪文を唱え念を送るだけで、切り捨てることができるんだ。初めから、契約としてはおかしいからね。」

 「…。」

 「だが、大変なのはここからさ。一方的に契約を破ってしまえば、先方の親玉は怒り狂って術者に襲いかかってくる。…こんなふうにな。」

 オオオオン…

 不気味な声が周囲にこだまし、あたりが薄暗くなっていった。

 「きゃあっ…なによこれっ!」奈穂美が震えて僕にしがみつく。

 「だが、同じようなレベルの邪霊なら、これまで数え切れないほど性霊界に送り返してきたんだ。悪いが、お前さんも封じさせてもらうぜ。臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陣! 列! 在! 前!」

 ごごごご…

 周囲の空気が震える。地鳴りも激しい。

 「ふうん。けっこうしぶといんだな。だけど、もう一、二度やれば、お前さんは確実に石の中、そのまま性霊界に逆戻りさ。…臨!」

 「うごおおお…おまえ…それで…いいのか…」

 「ううっ!」頭痛がする。

 「おまえ…契約…破れば…裕太のこと…下界の者どもが思い出す…そこの女は…決してお前に振り向かなくなる…裕太の思い出を背負って…お前のことなど顧みなくなる…それでもいいのか…お前は…その女を好いておるのじゃろう…裕太を思い出せば…その女は裕太に操を立てる…お前など相手にされない…それでいいのか…」

 「…妖怪の甘言に騙されるなよ?」

 「うう…」裕太のことが奈穂美に思い出されたら。つきあい始めたばかりの大切な、幼なじみで彼氏である裕太を思い出したら、僕はただ道化のように犠牲になる。元の…裕太と奈穂美が幸せになって僕だけが取り残される世界に逆戻りだ。

 「いまからでも…おそくない…鳥居を潜れ…さすれば…我…が…封じられることもなく…お前はその女と…結ばれるのだ…今日の記憶もその女から消してやろう…すべてがうまく行くのだ…さあ…鳥居を…潜れ…」

 鳥居を潜れば…僕は幸せになれる。

 でも、そんな幸せは、他人を犠牲にする幸せは、本物ではない。

 「裕太を…抹消するのだ…ヤツさえいなければ…お前は幸せになれる…ヤツがいれば…お前は犠牲になる…二つに一つ…さあ…エラベ!」

 「僕は…鳥居なんか潜らない! 奈穂美とつきあえなくなっても、それでかまわない。…奈穂美、ごめん、僕、君が好きで、裕太に悪いことしちゃった。僕…そんな僕は、君とつきあう資格なんかないんだ。だから、全部思い出して欲しい。そして、僕のこと、悪人として責めてくれ。」

 「臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陣! 列! 在! 前! 性霊界へと滅せよ!」

 「うぼあああああ!!!」

 「ほお…まだ消えないとはな。だが、もうお前の命運はここまでだ。頼みの綱だった栗原を籠絡できなかったんだからなあ。」

 「うぐおおお…おのれ…後悔するがいい…栗原光平…その女と添い遂げること叶わず、生涯独身を孤独に過ごすがいい!」

 「そんなことないよっ!」

 むちゅっ

 「…うぐっ!?」

 突然、奈穂美に唇を奪われた。

 「光平、私、全部思い出した。でも、光平のこと、嫌ったりしないから。」

 「えっ…」

 「そりゃあ、裕太に好きって言われたときはびっくりしたよ。でも本当は、好きなのは光平だったんだ。その光平が、…裕太に協力するって言うから…私…」

 「奈穂美…」

 「ははっ、聞いたか!? 邪悪な親玉さんよぉ。お前さんの願望なんて、何ひとつ果たせなかったな。ま、悪党の最期なんてこんなものだ。あきらめな。」

 「おのれえええ…!」

 「そうだ、ひとつ聞いておこう。…さっき栗原君に聞いたんだけど、影が薄すぎて覚えられん。忘れちゃった。お前さん、なんて名前だっけ? 臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陣! 列! 在! 前!」

 「ぐぎゃあああ!!!!!」

 ばしゅっ!

 ごとっ

 大沢さんの足元に丸い石が転がる。彼はそれを手に取って、木の箱にしまい込み、厳重に封をして札を貼った。

 「さあて。これで終わった。こいつは祠じゃあなくて、性霊バスターズ本部にでもしまっておくことにしよう。…それにしても、やはり…誰だったか、君の大切な友人は、助けられなかったみたいだなあ。」

 鳥居の先には、傾きかけた神社と、あちこちに点在する古びたがれきの山が点在するばかりだった。裕太の姿はない。

 「うーん…俺が思い出せないって事は、どうやら、君の友人に関する人々の記憶は、封じられたまま戻らないみたいだ。お二人さんも、その友人のことはもうすぐ忘れるんじゃないかな。あるいは、もう忘れている?」

 「…忘れるもんか。」「うん…裕太のことは、忘れない。」

 「そうかい。ま、いいさ。戻ろうぜ。」

 僕は喫茶店まで送ってもらった。その先は自分たちで電車で帰ることになった。

 「奈穂美…やっぱり、裕太のことは許せない?」

 「そうね…光平は正しくはなかったと思うよ。」

 「そうだよね…」

 「でも、どうやら裕太のことを覚えているのは、世界中で、光平と私だけなんだ。あの大沢さんの記憶からも消えてしまって。」

 「うん…」

 「裕太がいた世界から、私たちだけ、裕太のいない世界に飛んじゃったのかもね。」

 「…。」

 「それなら、裕太の記憶を背負って、私たちで生きていったらいいと思うよ。」

 「奈穂美…」

 「それにね、私たち、まだ中学生だし。まずは高校入試をどうにかして、大学もがんばって入って、大人になって…その頃には、私たちどうなってるか分からないけど、できるだけ一緒にいようね。」

 「うん…」

 「一緒の高校に行って、一緒の大学に行って…そんなことができたらいいなぁ」

 「そうだね。」

 僕たちは自然と、電車の中で手を握り合っていた。

 裕太のことは、僕の心につけ込んだ悪魔の仕業で、でも僕の心の弱さが招いたことで。本当に悪いことをしたと思っている。でも、奈穂美に言わせれば、それを抱え込んでくよくよしているのはかえって裕太のためにならない、むしろちゃんと背負ってマジメに生きていったらいい、ということだった。たしかに、そうなのかも知れない。

 …その事件から、10年の歳月が流れる。

 職場に近いアパートで、僕と、奈穂美と、一緒に暮らしている。僕が主任になったら、結婚する約束だ。歳月なんてあっという間に流れる。子供はあっという間に大人になる。10年は、長いようで短かった。

 事件のことは、何となく僕たちの中で記憶に残っている。けれども、魔力のせいか、人間の記憶が忘却しやすいようにできてるためなのかは分からないが、誰か大切な友達がいた気がするのだが、その友達のことを、どうしても、二人とも思い出せなくなっていた。

 アパートの部屋の片隅に位牌がある。名前は書かれていない。大切な友人、思い出せなくなったその友人の分だ。名前も顔も忘れてしまったけれども、たしかにそいつがいたということの証拠として、この位牌を僕たちは大事に飾っているんだ。

 朝が来る。今日も奈穂美のために、仕事をがんばろう。


―呪いの忘却 END―

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