翔のあぶない冒険!

 

1 プロローグ

 カリギューラはいら立ちを隠せなかった。

 淫欲と堕落の女神であったカリギューラは、今から数千年前、天界を追放され、薄暗い地獄の底にあるみずからの館で、ずっとくすぶっていたのだった。

 それ以前は、神々の世界もずっと自由であった。さまざまな役割を持つ数多くの神々が気ままに暮らし、多少のいざこざがあっても、結局全員仲が良く、またバランスを保って平和に過ごしていたのだった。

 それが、数千年前のこと、一人の若き神が立ち上がった。神々の世界の退廃を嘆き、厳格の思想を持った若き神は、言論と武力によって他の神々を黙らせ、規律、勤勉、禁欲の三原則を強制したのだった。これに少しでもはずれる神がいれば、その者は神の称号を剥奪され、おぞましき悪魔とさげすまれ、天界から追放されるのだった。

 保たれていたバランスは、新たなる厳格な秩序に取ってかえられた。もはや神々に自由はなかった。憎しみをつかさどる者、欲望をつかさどる者などは真っ先に天界から追放され、次々と悪魔が“産みだされて“いった。厳格の神に少しでも逆らえば、同じように地獄送りにされた。規律正しい世界が出来上がると同時に、世界はその神の恐怖政治の統制下におかれたのであった。

 カリギューラなど、初期に追放された古き悪魔のグループの一人だ。数千年もの間、力ではかなわない厳格神に何とか対抗できないものかと、ずっとチャンスをうかがっていたわけである。そのカリギューラが、ここのところずっとイライラしている。

 もちろん、天界から追放されたことに腹を立てているのではない。数千年前の出来事は、自分たちが無力だったのが悪いのだ。だからこそ、チャンスをつかんでクーデターを起こすべく、力を蓄え、策をめぐらせればよいのである。

 いら立っているのは、まったく別の理由であった。

 今から3000年ほど前、カリギューラは人間世界に対して一粒の種をまいていた。種はナノメートル単位でばらばらに砕け、世界中に散らばった。これによって、世界じゅういたるところから、さまざまな種類の“気”のエネルギーを吸収し、熟成した種へと成長することができるのである。また、細かい粒子に分解することによって、種をまいたことに厳格神が気付かないようにする意図もあった。

 その種こそ、人間の心を堕落させ、カリギューラの忠実なしもべに仕立て上げる力を持つものであり、カリギューラの大きな賭けであった。この種が3000年の熟成を終えて発芽した時、すべての人間は一瞬にして洗脳され、カリギューラのものとなる。そしてその忠実な心がカリギューラのパワーを数億倍に増幅させるのだ。

 3000年間は粒子となっているので、厳格神が種に気付くことはない。そして3000年が経過したとき、種は一ヵ所に集約される。しかしそのころには十分熟成が進んでいるので、発芽まであっという間である。発芽さえしてしまえば、もはやカリギューラの力は厳格神をしのぐ。それによってふたたび、神々のあの平和の世界を取り戻すことができるのである。彼女の一世一代の賭けである。

 しかし、ごくわずかな“誤差”があった。計画は完璧で、種の集約も計算通りのはずだった。しかし、何らかの狂いが生じたのだった。ごくわずかな誤差が、種の運命を変えてしまった。そのことは、カリギューラの計画を致命的に駄目にしてしまう可能性があったのだ。

 粒子となった種は養分を吸いながら力を蓄え、最終的に一人の男の遺伝情報に書き込まれることによって、一ヵ所に集約する。その男の存在が、悠久の時を超えて出現した“種そのもの”である。種をまいてからきっかり3000年後のことになるはずだった。

 しかし、種として完成するはずの時期が、わずか5年ずれてしまった。微小な誤差が他の誤差を呼び、最終的に5年のずれとなってあらわれてしまったのである。それがカリギューラのいら立ちの原因であった。彼女はそうなってしまった原因が分からず、また誤差を生じさせた自分自身に腹を立てていたのだ。

 計画では、その男が15歳になった時に、彼の全細胞に内在している遺伝子が種としての機能を発動させ、それが一か所から放出されることによって、種の役割だけが世界に拡散していく。これが種の発芽である。その瞬間、カリギューラは絶大な力を手に入れる。そのはずだった。

 しかし、この男の種の機能は、彼が10歳になるかならないかのうちに、完成してしまったのである。彼の体じゅうがカリギューラの種そのものとなった。種としての強大なエネルギーが、彼の体から“気”としてにじみ出ている。早すぎた種の完成、それがカリギューラの誤算であった。

 「ええい、精通はまだか!」カリギューラは叫んだ。「…申し訳ございません、通常の男子ですと、そろそろなのですが…」「何か手はないのか!」「いけませぬ、かの者はカリギューラ様の大切な種でございます、うかつに手を出して種の性質にまたもや誤差や狂いが出てしまっては…」「うぬぬ…」

 種の遺伝子を持った少年はあふれんばかりの気、それも異性を強烈にひきつける気を大量に放出し続けながら暮らしている。これほどのエネルギーを、あの厳格神が気付かないはずはなかった。それが焦りとなって、カリギューラをますますいら立たせていた。

 種を発芽させるためには、その男を性交させ、射精させなければならない。単純な自慰行為ではだめで、異性との交わりの中で放出された精こそが、種の機能を発芽させる唯一の手段なのである。だからこそ、異性をひきつける気が放出され、種がいつでもセックスに及んで“発芽”させることができるように仕組んでいたのだ。精子と共に種のエネルギーが世界に広がればよいので、性交といっても妊娠などはいらない。あくまで射精自体が大切である。

 射精によって、体内の遺伝情報が気と共に世界に拡散する。枯渇するほどに精を放った時、すべての種のパワーが世界に広がる。その瞬間、すべての人間は完全に堕落し、カリギューラを崇拝するのである。だから、種の遺伝子を持つ青年は、異性のわずかな刺激でも精が放てるようにできている。だから、精通が終わっている15歳の男が種の機能を持てば、支配はあっという間なのだ。厳格神が気付いたところで時すでに遅く、カリギューラの勝ちとなる予定だった。

 しかし、その男はまだ精子を吐き出すことができない。したがって種のエネルギーを世界に拡散させることができない。それでいて異性をひきつけるエネルギーだけは大量ににじませている。厳格神がいつ手を出してもおかしくない情勢だ。カリギューラは悶々とした日々を過ごすしかないのだった。

 そんなある日のこと。

 「カリギューラ様! ついにやりましたぞ。種様が夢精をなさいました!」「おおっ、やっとか! よし、さっそく準備に…」「いえ…それが…」「なんだ! もたもたしていると計画が台無しになるだろう!」「今の人間の世界は3000年前とは大きく様変わりしております。かつてなら15歳といえば立派な大人、どのメスに射精してもおかしくはなかった…。しかしながら、いまや15歳ではまだ子供扱いなのです。性交などとても…」「なっ、なんということ…」

 「…ましてや10歳程度では、いかに気の力があっても、人間のメスはおいそれと彼と性交は致しますまい。わたくしの調べでは、今の人間の決まりで、男子は20歳で成年とみなされます、それ以前の性交は問題行動のようです。」「うぬぬ…あと10年などとても待てぬ! 明日にでも奴が邪魔をしてくるかもしれないというに!」

 しばし沈黙。「…それなら、多少のリスクはあるが、あの手で行こう。」「…夢幻時空ですね。」「うむ。私の力を大量に使うから、奴に気付かれやすくなる危険はあるが、その前にあの種の精を出しつくさせてしまえばよいのだ。…誰でもいい、身近なメスを使ってな。」「かしこまりました。では早速その準備を。」

 こうして、カリギューラたちの計画が実行に移され始めたのだった。


###人間界では###


 「なんだ、翔(かける)。またプレゼントをもらったのか。…まったくガキのくせにもてやがるな。オレの息子とは思えねーよ。」「うーん。僕もどうしてかはわからないんだけどね、最近になってから急に女の子たちにいろいろ親切にしてもらえるようになってね。先生まで急にやさしくなったんだ。」「ふん、まあいい。もてるのは悪いこっちゃねーや。」

 父さんはそう言って、昼間から安酒を飲み、タバコをふかしている。去年リストラで会社を辞めてから、ずっと家にいるのだ。それまでの貯えがあったし、借金やローンの類もなかったから、生活に困っているわけではないが、それでも父さんが仕事を辞めさせられたということが、僕なりに考えさせられるところもあって、生活のこととかいろいろ考えるようになっていた。

 母さんは僕が小さい頃になくなっている。男手ひとつで僕を育てている父さんが犠牲になったことは、たしかに僕の中に一種の暗い影を落としている。先のことは心配するな、オレが絶対何とかする、というのが父さんの口癖になった。が、うまくいかないことだらけのようで、そんな日は合成酒をあおる。そして、ここのところ毎日のように飲んでいる。募集自体がないとか言っていた。

 そんな父さんだけどしっかりはしていて、絶対に暴力は振るわないし、ある程度飲んだらいやなことを忘れて寝てしまうようだった。今はつらい時期なんだ、これを乗り切ってしまえば、絶対に良くなる。そんな希望を感じさせてくれる。僕は父さんを尊敬していた。

 部屋に戻った。宿題をやって、明日の準備を済ませると、ベッドにあおむけに横になった。部屋には何もない。ぼんやり考え事をしたり、本を読んだりするのが好きだ。最近では、よくクラスメートの女の子に手紙やプレゼントをもらうことが多くなったので、手紙を読んだり、返事を書いたり、お礼状をしたためたりすることも楽しみになっている。

 そうだ、今日も小さな箱をもらったんだっけ。教室の一番後ろに座っている、あまり目立たない女の子だ。三浦幸子。プレゼントの中身はかわいらしいハンカチだった。昨日はクラス委員長で背の高い高野真美に小さなノートをもらったな。よし、今日はその二人にお礼の手紙を書いて、明日渡そう。

 手紙を書いていると暗くなってきた。父さんはとっくに寝てしまっているようだ。おなかがすいたので自分で夕食を作り、一人で食べた。夕食後手紙の続きを書き、書き終わってからテレビを見る。そろそろ寝るかな。

 僕は自分の部屋に戻って、ベッドにもぐりこんだ。すぐに眠くなり、僕は深い眠りに入って行った。

 …。

 …ん…

 …翔君…

 「翔君」んん…誰かが僕を呼んでいる。僕を呼ぶ声は前後から聞こえる。目をあけると、そこはいつもの教室だった。目の前には、委員長の高野さんがいた。「あ、高野さん、昨日はありがとう。ごめん、僕まだ返事を渡してなかったね。」「いいの、受け取ってくれればそれだけでうれしいから。」後ろからも声がする。振り向くと、三浦さんがいた。「佐伯君、あのハンカチ、大切にしてくださいね。」「あ、うん、ありがとう…」

 「佐伯君…」「翔君…」前後同時に呼ばれた。「えっ…」次の瞬間、前後から女の子二人に抱きつかれた。「好き!」「私もです!」「ちょっ…!!」委員長のミニスカートからのびた生足が、僕の両足に絡みつく。気がつくと僕はなぜか全裸だった。後ろからもすべすべした感触が密着した。さっきまで服を着ていた三浦さんは、上半身裸だった。

 「なっ、やめ…」次の瞬間、股間がくすぐったくなった。今まで感じたことのない心地よい不思議な感覚だった。「んっ!」僕は大きく身震いした。股間がくすぐったいままびくびくと震える。おチンチンから何かが飛び出した気がした。その瞬間何も考えられなくなった。女の子の体が僕とは違うことは知っていたし、その体へのひそかなあこがれがあったこともたしかだ。その女の子の体が僕に密着することの心地よさが全身を駆け抜け、僕の股間がおかしくなってしまったみたいだ。

 「!」目が覚めた。真っ暗な自分の部屋だった。自分のパンツが異様に冷たい。ベッドから出てパジャマを脱いでみると、パンツにべっとりと何かがついていた。「な、なにこれ…」おしっこではない感じだ。まさかこれでおねしょなんて最悪だし。

 「それは夢精というのだよ、少年。」「ひっ!」「おっと、驚かせてしまったね。」三浦さんからもらったハンカチが宙に浮いている! それがテルテル坊主のように丸まって、マンガのような顔が浮き上がっている。

 そんなものを見ているというのに、僕はそれ以上恐怖を感じなかった。「慣れるまでは、君の感情をコントロールさせてもらうよ。驚きも恐怖もないはずだ。安心し給え、私は決して怪しい者ではない。」「あ…君は…何者?」「訳があって私の本当の名はあかせられない。”ポッティ”とでも呼んでくれ給え。」「ぽってぃ…」

 ポッティと名乗るテルテル坊主は、僕の顔の前で優しく微笑んだ。「あー、一応言っておくが、これでも私は神でね。この世界も神の世界も支配している者だよ。だから気安く人間に本名は教えられないというわけさ。」「はあ…」わけがわからない。まだ夢の続きなのかな。

 「ずっとこの時を待っていた。君が夢精するその瞬間をね。」「え…」「まず、夢精というのは人間の男性が自然に持っている生理現象だ。夢の中でみだらな思いをすると、刺激なしに精子がペニスから体外に出る仕組みになっている。」「…。」「おっと、難しい言い方だったね。男というものはね、女と体を触れ合うと気持ちが良くなって、チンチンから精子というものを吐き出す。これが女の胎内に宿されると、子供ができるんだ。だから大切な営みなのだよ。」あ、それなら分かる。

 「夢の中で似たような状態になると、自動的に寝ていながら精子が出る。これが夢精だ。」「なるほど…」「夢精は決して悪いことではないから、恥ずかしがらないでよい。だが…」「…だが?」

 「詳しい話はそのうち話すことにして、簡単にいえば、君のその精子が悪魔に狙われているのだよ。」「えっ…」「カリギューラという悪い奴がいてね。そいつが君の精子を奪おうとしているんだ。」「…。」事情がよく飲み込めない。

 「いきなり詳しく全部話しても分からないだろう。大事なところだけ言う。性交はもっぱら子供を作るためだけに存在する。だが、射精するとき、君は気持ちが良かっただろう。」「うん…なんか、くすぐったかった。」「その気持ちよさだけを追求しようという悪い悪魔がカリギューラだ。奴は子孫を宿すという大切な営みを無視し、セックスの快感だけを楽しむことを美徳としている、とんでもない輩なのだよ。」「…。」

 「詳しくは言わないが、カリギューラが君の精子を奪うと、世界はみな駄目になってしまうんだ。」「どうして?」「ぅ…それは、つまり、君の精子を悪用して、カリギューラが世界征服をしようとしているってことだな。世界征服のために、君の精子をすべて奪うつもりだ。」「なんで僕の精子で世界征服なの?」「それは今は言えない。そのうち話す。」「精子を奪われるとどうなるの?」「…言いにくいが、君は死んでしまうよ。」「!」

 「もちろん、射精して死ぬわけじゃない。性交はそんな危険なものじゃないよ。ただ、一度にたくさん出すとショックでだな、命を落としてしまうことになる。カリギューラは一度に君の精子をたくさん出させて、君の命と引き換えに世界を支配しようとしているひどい悪魔なのだ。」「そんな…」膝ががくがく震える。

 「だが安心し給え。カリギューラにそんなことはさせない。だから私が君のところに来たのだ。ただ、最高神としての姿を君に見せるわけにいかないから、この布に意識を一時的に宿らせてある。この仮の姿がポッティなのだよ。」「僕を守ってくれるの?」「ああ、もちろんさ。…と、言いたいところだが、この姿で私ができることは限られている。せめて君の体の力を強くし、大事な時に的確にアドバイスを送る程度だろう。あとは、残念だが、君自身の戦いになる。自分でやらなければならないんだ。」「そんな…」

 「事情があって、カリギューラは君が射精しやすい体になるように仕組んでいる。だから、簡単な夢でも夢精してしまうんだ。まずは、その体から治しておこう。君を強化する。といっても、もともと射精しやすい体を強化しても、標準的な10歳児と同じくらいに戻すのがやっとだな。それ以上にはしてあげられない。が、ないよりは断然ましなはずだ。」…まだよく事情が呑み込めていないが、何かたいへんなことに巻き込まれていることはたしかみたいだ。

 「では、ペニスを…って、もう出しておるな。」「あ…」パンツを脱いだままポッティと話していたから、僕はフルチンのままだった。おチンチン、正式にはペニスっていうのかな。これが夢精したてでしおれていた。「では強化する。少し痛いが一瞬だから我慢しなさい。」「え!」

 バチン! ポッティが僕のペニスに体当たりしてきた。そのとたん電撃のような痛みが股間に走り、そのショックで僕は気を失った。声一つ立てることができなかった。
 

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