翔のあぶない冒険!
22 エピローグ
地震、とはかなり違っていた。地面が揺れるというより、上の空気も空も、何もかもが揺れているような感じだった。激しい揺れにもかかわらず、祭壇が崩れたり、僕が転倒したりということがない。ただ、激しく揺れているのが認識できるというだけだ。
「ポッティ、これは一体…!?」
「地震ではない。揺れを感じているのは私と君だけだ。地球は回っているが、誰も自分の体が回転しているなんて認識しないだろう。時空すべてが同じ振幅で揺れていれば、世界の誰もがその揺れには気づかないのじゃ。この揺れは、世界が急速に元に戻っているために起こっている。君がその御札を取ったことを条件に、私の力で世界が元に戻るよう仕込んであったのだ。」
「じゃあ、この揺れは、世界が元に戻るための活動なの?」
「うむ。種が相当にばらまかれ、人間たちの意識も法律もだいぶ様変わりしてしまっていたからの。これを元の状態に数分で戻すためには、私の神通力も相当に消費し、世界の時空そのものにも強い負荷をかけることになる。だから、術者にはその“胎動”を認識できるが、その揺れは相当なものとなるというわけじゃ。」
「スゴイ! 数分で元に戻るんだ!」
「淫乱化し欲望に任せていた人間たちの意識も、記憶も、決まり事も、何もかもが元に戻る。乱交によって低確率で不特定多数に起こっていた妊娠着床も解消される。文字どおり元通り、人間たちは自分たちが変化したことさえ認識できないだろう。この変化や戦いそのものが、“はじめからなかったこと”になるのだ。」
「なかった、こと…」
「うむ。あと1分もすれば、世界は完全に元に戻るであろう。そして、そのために存在していたこの地か祭壇も、まもなく消滅する。脱出するぞ。」
「うん!」
僕たちはマンホールまで昇り、地上に出た。するとマンホールごと地下室は消え去り、何も残らなくなった。
僕が白い札を手にしなければ、いくらポッティが神通力で世界を元に戻しても、すぐに僕が射精させられて元の魔界化状況に戻ってしまう。だが、僕の体から完全に種が消え去れば、すぐにでもポッティは世界を元に戻せるよう、世界そのものに細工をしておいたのだった。
突然、揺れがぴたっと止まった。
空が青い。
車が走り、サラリーマンが歩き、学校帰りの子供たちが騒ぎながら下校の道を歩いている。僕だけが、事情を知っている僕だけが、何か仲間はずれのようにも思えたが、それは悪いことではなかった。
本当に、すべてが元に戻ったのだ。カリギューラの種の影響は、跡形もなく消え去ってしまったのだ。
そして、本当にすべてが終わったのだ。
最後の最後で、御札を取ることをためらった。その時自分でもどうして躊躇したのかわからなかったが、今なら何となくわかる。
「さて。翔君。」
「ポッティ…」
「ふむ。察しのいい君のことだ。次の私の台詞もわかっておるのだろう。…いよいよお別れの時じゃ。」
「やっぱり…そうなんだね。」
御札を取るのをためらったのは、すべてが終わればきっと、ポッティとも永遠に別れてしまうことになるのではと思ったからだった。
僕はただの人間で、ポッティは宇宙を総べる唯一神。
いつかは、永遠に別れなければいけない。
「なぁに。君からは私を認識することはできなくなるが、私は…神界から君を見守っておるぞ。これから先は、魔族が関わらない、君自身の人生だ。自分の意志と判断、決断、努力と勇気、つらいことがあってもへこたれない闘志、そして、人類と世界とを助ける博愛精神で、自分自身の人生を自分で切り開いていくのだ。」
「…。」
「天は自らを助けるものを助ける。君は、この戦いで、神と人との関わり方も学んだはずだ。闇雲に頼りにしてはいけない。私も、世界を救ってくれた君だといってもひいきして特別な幸福を与えるわけにはいかない。ま、多少ラッキーなことがこれから先に起こるようにしてやるのがせめてもの礼じゃ。それ以上は深く関わることはしない。…わかるな?」
「わかる・・・けど・・・」
「君には本当に感謝している。過酷な戦いに巻き込んだことを申し訳なく思ってもいる。だが、やはりけじめはつけないといけない。神と人とが直接交わることも、世界の安定からすればよくないこと。ここでお別れとしようではないか。」
「うん・・・」
「…私も、・・・ふっ。神も別れはつらいのだ。」
ポッティが遠い目をする。詳しくは知らないけど、フローリアも、あのカリギューラも、もともと神族、ポッティと深く関わっていたはず。その別れもポッティは味わっているんだ。
「ねえ、ポッティ。」
「うん?」
「いつかまた、会えるよね、きっと。」どうしてかはわからないが、ふとそんな気がしたのだった。
「はっはっは。また会える日が来る、ということは、つまりは、再びこの世界が淫魔どもによって危機にさらされることを意味するのだぞ?」
「あ。そうか。」
「もう会わないことを望むのだ。」
「そうだよね。うん。そうだよね!」
白いテルテル坊主がふわりと空に舞い上がる。
「では翔君。・・・さらばだ!」
「うんさようなら! ポッティ! さようなら! ありがとう! ありがとうーー!!」
テルテル坊主はどんどん空高く上がっていき、そして忽然と消えた。元の、神の世界に帰ったのだ。
「うっ・・・さようなら・・・ありがとうポッティ・・・さような・・・うう・・・うわああああん!」
僕はその場に崩れ落ち、思い切り泣いた。わんわんと声を立てて泣いた。
さようなら、永遠に会うことのない唯一神、会う日が来てはいけないポッティ、二度と…会うことのできない、大切な存在!
「あの・・・だいじょうぶぅ?」
背後から突然声をかけられた。涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃのまま、睨みつけるように後ろを振り返った。視界までぐしゃぐしゃだ。
「どうしたのおにーたん。」見ると、ランドセルをしょった小さな女の子が心配そうに覗き込んでいた。ランドセルにつけられた特別な飾りから、小学一年生の女の子であることがわかった。
「…なんだよお前。」僕はつい、無関係な彼女に突っかかるような口調で言ってしまう。
「あたち? あたちはミヨ。ナミキ。ミヨ。おにーたんは?」
「…。」
”なみきみよ”と名乗る子はますます心配そうに近づいてくる。
「佐伯翔。」吐き捨てるように答える。
「泣いちゃだめだよ? 男の子は泣かないってお母さんが言ってたよ?」
「う、うるせえ! お前には関係ないだろっ!」「ふえ…」「女なんか嫌いだ!」
僕は涙目のまま立ち上がると、女の子には目もくれずに一目散に走り出した。
ふと、あの子に悪いコトしちゃったなという後悔の念とともに、どこかでまたあの子に会いそうな予感がした。…多分気のせいだろうけど、ね。
ひとしきり泣き終わり、申し訳ないけど無関係な女の子に暴言を吐いて、おかげで気持ちが吹っ切れた。
そうだ。
僕のあぶない冒険は、これをもって終わりを告げたんだ。
何もかも、元に戻った。
あとは、ポッティの言う通り、自分の人生を自分で切り開けばいい。
僕自身も、元の生活に戻っていくんだ。
走るのをやめた僕の足取りは軽かった。家に帰ろう。一連の戦いで行方がわからなくなっていた父さんも、きっと戻っているはず。
僕は晴れ晴れとした気分で、家路につくのだった。
−−ー後日談−−−
予感は当たって、並木美世という女の子と再会することになる。同じ小学校だったのだ。けっこう勝ち気な彼女が僕の先日の暴言を抗議してきたので、今度はこっちが平謝りするハメになった。まぁ、後味が悪いままというのもおもしろくないし、これでいいか。
あと、父さんの就職先が見つかった。ポッティの言っていたラッキーって、これのことかな。
僕は何も代わり映えなく、平和で穏やかな学校生活を送っていくことになる。本当に、すべてが解決したのだな。
さらに後日談。
二度と会うはずのない、会うべきではない、ポッティと、結局再会することになってしまうのである。つまり、世界が再び魔族による危機にさらされたというわけである。僕はまた、その時に魔族との戦いに巻き込まれていくことになるわけだが…
…それはまた別のお話♪
###翔のあぶない冒険 完###