魔族新法 1

 

1.26歳男性の場合


 それはあまりにも突然のことであった。

 どうやったのかはとんと分からぬが、ある日突然、この世界のすべては悪魔の支配下に入ってしまったのである。いきなりで何を言っているかは分からないと思うが、起こったことをありのままに述べると、こういうことになる。

 宇宙から異星人が攻めてくる、これだけでもどうも突拍子もない空想的なお話になるに違いはないが、実際に起こったことは、それをも遥かに超えるような、奇妙なものであった。

 ほんの小一時間程度しか掛からなかったのである。

 世界中の司法、立法、行政いっさいが、ある日突然に、一瞬にして、魔族のものとなると決められてしまったのだ。

 誰かが抵抗するわけでもなく、軍が出動したり戦闘になったりすることもなく、瞬時にしてすべてがそのように決められてしまった。さも魔族の世界支配下にこの瞬間に入っていたのが当然であるかの如く、会議を経ることも決議をすることも投票もなしに、がらりと変わってしまったのである。

 まるで、一瞬にして自分が違う世界にワープでもしたかのようだった。祖父の葬儀をしめやかに執り行い終ったかと思ったら、次の瞬間には祖父と会話をしていて、祖父は死んでいなかったことになっている、それに似ている奇妙さだ。

 あたかもそれが当然であるかの如く、世界中は魔族の支配下に置かれた。だれもそれを不思議には思わないのだろうか。政治家たちは困らなかったのか、驚かなかったのか。

 一体どんな方法を使えば、異世界から突然やってきた、この恐るべき悪魔どもが、いともたやすく人類を統制しきることができるのだろう、しかも何らの抵抗も反論も騒動もなしに、だ。

 そばを食べればお金を払うことに、だれも疑いや疑問を持ちはしない。まったくそれと同じように、突然現れた悪魔どもが世界を支配下に置くことになったとて、いかなる混乱も起こらなかったのである。

 各国政府首脳の間でさえそのような状態であり、反対を唱えたり、違和感を覚えたりする人間がまったく現れなかっただけでも不思議である。そして、そう決められるのがさも普通のことであるかのように、世間一般もただひたすら受け入れていくだけなのである。

 異星人が攻めてくるともなれば、人類はあらゆる手段を講じてこれに抵抗するだろう。軍隊を出動させ、世界軍が宇宙人と戦い抜き、それでも圧倒的な科学力に対抗できずに大敗を喫する。それなら、まだリクツには合うというものだ。

 しかしながら、突然、空間上に出現した魔族ーー実のところその姿を見た者は誰もいないのだがーーは、出現した瞬間に、世界中の「意識」を操作し、洗脳などという生ぬるい状態ではなく、瞬時にして完全に受け入れられてしまうような、ある特殊な術を仕掛けたようなのであった。

 それで、世界のほとんどの人間が、魔族の統制下に置かれたことを当たり前のように、空気を吸うように何とはなしに受け入れてしまった。

 ごくわずかの人間が、その状態から外れ、「これはおかしい、一体何が起こったというのだ」といってネットやマスコミを通じて騒ぐ。これに小一時間が要された。

 しかしそれも、あっという間に収まってしまい、だれも騒がなくなった。

 日本に憲法が存在することに誰も違和感を覚えないのと同じように、その日を境に、日本が、世界が、魔族の支配下に置かれることを、ほぼ全員が受け入れてしまったわけである。

 ただし、僕のように、違和感が残ったまま過ごしている人間もいるようではある。

 昨日まで酸素を吸って二酸化炭素を吐くことが当然という世界が、今日からは二酸化炭素を吸って酸素を吐くのが当然となってしまう。しかし僕がそうしようとしても、まるでうまくいく道理がない。ほかの人間のように、肺に入ってくる気体が、血管をみたしていく気体が、ヘモグロビンと結びつく気体が、急に二酸化炭素に変わってしまえば、窒息してしまう。世界中の人間はそれで窒息せずに、自分たちはずっと当然のように二酸化炭素を吸っていたのだと思ってしまう。酸素を吸わなければならない自分だけが、息苦しくてたまらない。

 そのくらいに強い違和感が、僕を含め、世界中にごくわずかには残ってしまっているようである。実際、世界はそのくらいに突然、急激に変わり果ててしまっているというのに!

 いずれは、自分の中でも、そんな違和感さえ徐々に消えてしまうのだろうか。

 そうはいうものの、やはり多少の混乱は見られたようである。多くの人々は、政治家どもを含めても、「魔族の支配下に入った」ことが、実際具体的に、何がどう変わることとなるのかを、まるで理解してはおらぬ。僕ももちろん理解不能だ。そもそも異世界から悪魔が来て、統治者になるというだけでも十分、不可解だ。

 それでも、一日一日は確実にやってくる。

 僕たちは、さも何も変わらなかったように、普通に学校に行き、出勤し、普通に暮しているばかりである。

 そうこうしているうちに、僕のアパートに小包が届いた。役所からの郵便で、全家庭全世帯、人数分全員に郵送しているもののようだった。

 それは、魔族から送られたものであり、小包を開けてみると、小さな瓶の中に錠剤がぎっしり詰まっている。添えられた取扱説明書には、「若返りと不老長寿の薬」と書いてある。それによると、世界中、全国民は、ごく一部の例外を除き、この錠剤を飲む義務を負っているという。

 ただし、何錠飲むかは個人の自由と書いてあり、たくさん飲めばそれだけ若返ることができる、全部飲んでも、瓶が空になれば自動的に新しいのが郵送されてくる仕組みになっているとある。

 この薬を飲み続けていれば、永遠に老いることもなく、あらゆる病気を退治でき、若いまま何万年でも生きていられるという。それを飲むことによって、人類は永遠の生命を魔族から与えられるのである。病気にもならないし怪我も治まるらしい。

 こうした事態を何ら疑わない大部分の国民は、薬が届き次第、思い思いの年齢設定で、これを飲んだことだろう。

 この事態に強い違和感を覚えている僕は、こんな怪しい薬など飲めるはずもなかった。どんな作用が待っているかも分かりはしない。誰が飲むものかと、押し入れの奥にしまっておくばかりであった。

 すると数日後、警察官がアパートを訪れ、どうしても薬は全員が飲まなければならない、誰が薬を飲んで、誰が飲んでいないのかは、当局は100%把握しているので、ごまかすことはできないといってきた。

 それなら致し方ない、僕は一錠だけを警官たちの前で飲み、強制執行を免れるのであった。

 さらに数日すると、今度は大封筒にパンフレットが送られてきた。「さて。皆様もご存知のとおり、世界は私たち魔族の物になりました」で始まるパンフレットには、数日後より施行される法律のことが書いてあった。

 国民の大部分は、びっくり仰天もしなかったであろう。僕だけが、ひとり取り残されて、このパンフレットの内容を驚愕の目で眺めるのだった。

 曰く、「男性の精は魔族のものであり、これを人間が体内に保持してはならない」というのが、大原則だと書かれてある。魔族どもは、男性の精を糧にしている悪魔たちのようだった。

 それを魔族に効率よく捧げるための法改正がいくつも為されていた。その一つ一つに驚きを禁じ得ない。

 「男性は全裸、女性は下半身のみ裸(またはそれに類する下着着用が可)」という服装規定(例外処置として男子は女性用のパンティのみ着用可)、「男性は勃起したりさせられたりした場合、近くの女性によって精を奪われ、放出された精液は空間を超えて霧散し、魔族の物になる」という仕組み。どれもこれもがハレンチで、驚愕に堪えない内容ばかりだった。

 女性たちは、勃起した男性を見つけ次第、性行為によってその精を抜き出す義務を負う。ただし、彼女たちにとって、それはこの上ない快楽となるらしい。従って、法で認められていて、なおかつ精が魔族に送られて妊娠の心配もないので、彼女たちは積極的に精を抜き取るよう、奨励されている。

 男性はこれに抵抗し、逃げることは許されない。唯一の対抗手段は、彼女たちの性的な誘惑、積極的な接触に対し、ペニスを勃起させないことのみである。立ってもいないのに、無理に犯してはならないと書いてある。その点だけは安心できるんだか、できないんだか……。

 そうして、社会のシステムの中に、フリーセックスが堂々と組み込まれ、誰もがそれを堂々と受け入れる世の中に、あっという間に作り替えられてしまった次第である。

 いよいよ、法律が施行される期日となった。

 これまで持っていた服装は、いつの間にかクローゼットから消え去っていた。魔族の力によって、男性は靴下、靴、スリッパなどを除き、いっさいの衣服を身につけることができない。むろん、寝る時に着ていたジャージも、朝起きると消えてなくなっているのだった。つまり僕は今、完全に裸だというわけである。

 望めば、女性用の下着、ちいさなフリルでも付いたパンティだけは身につけることができるらしい。……そんな恥ずかしい格好をさせられるのか、あるいはフルチンで行動するか、イヤな二者択一となったものだ。

 それでも、仕事には行かなくちゃいけない。ただし、性的な行為に耽り、精を魔族に提供しているかぎり、遅刻も欠勤も許されるらしい。裸で仕事をするか、それとも街のあちこちで射精し続けるのか。これもイヤな二者択一だ。

 なるべく、魔族どもの軍門に降らないよう、洗脳されきってしまわないよう、勃起を控えて、普段どおりに仕事をするようにしよう。……それにしても、全裸で外を出るなんて、まったくの犯罪行為だったわけであるが、いまや合法、それどころか強制にそうならざるを得ない状態である。

 アパートから外を見てみると、ぱらぱらと学校や駅に向かう人が見える。服を着ているのは、戸籍を持たない浮浪者か、まったく性的な興奮を知ることのない幼すぎる男女(小学校低学年程度か)くらいなものだ。あとは全員が裸で靴を履いているばかりの格好で、男も女も、ほとんど恥ずかしがる様子もなく歩いている。

 ごくわずかに、胸や性器を手で隠しながらコソコソ駅に向かう人の姿が見受けられる。洗脳されていても、本能的に具わっている羞恥の感覚が、まだ残っている人たちのようだ。それでも、彼ら彼女たちであっても、魔族による支配は普通に受け入れてしまっているのだろう。

 正直をいえば、僕は外に出たくもないのである。仮病でも使って、会社を休んでしまおうかとさえ、考える。しかし、会社や上司に電話をしても、一向につながりはしないのだった。

 一体世の中がどんな風に変わってしまっているのか。なにか元の世界に戻せる方法はないだろうか、そんなことばかりを考えていた。しかし、会社からも連絡はない。誰も出勤していないとでもいうのか。上司も所在不明の状態だ。

 結局、うちに引きこもっているか、外に出るかするほかはない。引きこもっていれば安全ではあるが、無断欠勤の言い訳が立たない。外に出れば、魔族どもによって汚染された世界の餌食にさせられてしまう危険性がある。

 僕は思いきって、外に出てみることにした。

 人通りはすでにまばらになっている。駅までの道で誰かに出会うことはほとんどなかった。サラリーマンと思える若者が2,3人、僕の横を通り過ぎていくだけだった。銭湯であれば、彼らの体を見ても何ら違和感を覚えないのだが、ここは町中、男根もお尻も丸出しの若者を見て、強い嫌悪感ばかり覚えるのだった。

 いや……彼らが若者であるかどうかさえ、今となっては分からないのだ。薬を飲みさえすれば、その量に応じて好きなだけ、若返ることができる。老人でさえも、おばちゃんであっても、関係なく若返ることができる。さらに薬を多くすれば、小中学生の年代になることも可能だ。僕は一錠しか飲んでいないので、見た目にはほとんど変わらない。

 駅に着くと、すでにラッシュの時間帯が終わり、プラットフォームにいる人数もまばらだ。僕はなるべく他人の姿を見ないように目を伏せながら、電車が来るのを待った。

 何人かの女性が僕の横を通り過ぎ、みずみずしい裸体が垣間見えるのだが、僕は目を閉じてそれを見ないように努め、勃起しないよう細心の注意を払った。

 どうやら他にもそうしている男性がいるようで、僕たちは無言のまま、暗黙の了解で勃起を抑えようとしているのだった。

 女たちも、法律で定められているほどには積極的ではなかった。やはり僕たちと同じように、彼女たちも、少なからぬ羞恥心を残しているようであった。法律施行1日目で、あまりに急激な変化に、人間は対応し切れていないようだ。魔族と法律は受け入れながらも、一方では旧来の恥ずかしさが残り、どうしても踏ん切りが付かないといった風であって、僕のように強い違和感からそうしている男女はいないようであった。

 やがてのろのろと電車が飛び込んでくる。運転手はおらず、完全自動運転で運行が為されているようだった。新法律のために、一時的に人手が足りなくなっても大丈夫なように、技術や運営面では完全に魔族のサポートが入っているようだった。

 電車に乗ると、思った以上に人が少ない。羞恥のあまり、外に出られないでいる男女が、それでも数多くいることの証拠だった。

 だとすると、僕と同じように違和感に包まれている人も、思った以上に存在しているのかも知れない。そういう人たちとコンタクトを取って組織化すれば、この歪んだ世界に一石を投じられるかも知れない。うつむいたまま、そんなことを考えていた。

「あの……もしかして……立っちゃってます?」「!!?」

 女の声は、僕に向けられたものではなかった。

 反対側の座席の隅で、小さく固まっている若い男がいて、その前を、きわどい格好の女性が、吊革につかまって立っている。上半身は高校の制服だが、下半身はパンティ一枚すがたの少女であった。高校生らしい太い生足と、しっかり安定している若々しいお尻がくっきりと膨らんでいた。

 男性は、股間を両手で押さえたままうつむき、じっと固まって声を出せないでいる。どうやら、わざわざ彼の前に立ってパンティや生足を見せつける女子高生の視覚的誘惑に耐えきれず、彼は意に反してペニスを膨張させてしまったのであろう。

 勃起してしまえば、精を抜き取るのが女性側の義務となる。しかし、この女学生は、べつだん嫌がる様子もなく、羞恥で顔を赤らめているが、性的なものに興味津々のようにも見えた。

 彼女は下着さえ脱ぎ捨てて青年の横に座り、スベスベの生足をスリスリと青年の太ももにこすりつけた。ピクンと反応する若い男の体。

 こちらから見ると、下の毛も生えていない男女の寄り添う姿に、一種の倒錯したエロチックさをさえ感じさせるのだった。

「しょうがないですよね……決まりですから……ね、手をどけてください」少女は柔らかな手で青年の両手を外すと、見事に隆起したペニスが、彼女と僕の前にあらわになった。青年は羞恥が過ぎて、顔を真っ赤にし、無言でうつむいている。少女の方も、間近で見る異性の性器に興奮しているようだった。顔を染めながらも、それでもペニスから目を離せなくなっていた。

 女子高生はペニスを両手で優しく握りしめ、ゆっくりと上下させてペニスをしごき始めた。「うっ……くっ……」青年は女手のスベスベした感触をじかにペニスに受け、内股に固まりながらも全身をピクンピクンさせている。彼はあまり性行為の経験がないらしい。もっとも僕だって、同じ部類なのだが。

「気持ちいいですか?」女の子はぴったりと青年に寄り添い、しきりに両手を上下させてペニスをリズミカルに責め続ける。ときおり彼は体を打ち振るわせ、若い娘の手で醸し出されるオナニー以上の快楽に、どうすることもできないでいた。すでに彼の手は、女子高生の生足を撫でさすって、止められなくなっている。その太ももの肌触りにも酔っているのだろう。

 しばらく若い2人は行為を続けていた。青年は力みながら、前屈みになって、ペニスに加えられる手コキの快楽に耐え続けていた。だが、ペニスがやわらかい女手でしごかれればしごかれるほど、彼はどんどん追い詰められていくのだった。

 娘の方も、一心不乱にペニスをしごき上げながら、サラサラの髪を青年の方にもたれかけ、生足で青年のふとももを撫でさすって、青年の絶頂を今か今かと待ち構えている。

「んふうっ……ふうっ……うぅっ……」青年が今までもなく高ぶった溜息を漏らした。「いいですよ。このままイッてくださいっ!」少女の手はさらにスピードを上げた。

「んああっ!」ビクビクビクン!

 彼は体をのけぞらせ、妙な体勢で固まりながら、ペニスを激しく律動させた。精液はたしかに尿道を通って吐き出されるが、亀頭先端から出たとたんに異世界に飛ばされてしまうので、周囲を濡らすこともなく、傍から見れば、精通をせずに脈打ちだけをしたような状態になるのだった。

「気持ち、よかったですか……うれしい……。きゃあああああ!!!」
突然少女は、大きな悲鳴を上げた。体を引きつらせ、両脚をピンと伸ばして座席から床へとへたり込む。

 何が起こったのか、僕はびっくりして彼女を凝視する。少女は気を失ったらしく、わずかに白目を剥いて床に倒れてしまっていた。青年はゼイゼイ言いながらも、さっきまで自分のペニスをしごいていた少女の気絶したすがたを、何が起こったかも分からないまま見つめているのだった。

 思い出したぞ。たしかパンフレットに書いてあったはず。

 女性は、ただ男性を射精させる義務を負って終わりなのではなく、精を魔族に提供した暁には、これまでにないような強い絶頂の快感を与えられるのだった。少女にとって、生まれて初めての感覚だったはずだ。マスターベーションでは決して得られないような、複数回の絶頂が一度に押し寄せて、瞬時にして気絶してしまうほどの、強すぎる快感が女体全体に与えられたのである。だから彼女は、悲鳴さえ上げて気を失ってしまったのである。

 こうして女たちは、快感の虜となっていき、日を追うごとに積極的に男性を襲う美しき手先に変貌を遂げていくのだった。

 一部始終を目の当たりにしてしまった僕は、性的な興奮を抑えながら、その恐ろしさに戦慄してしまっていた。

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