魔族新法
”自分から動く”ことにすっかり慣れきってしまった僕は、もはや抵抗の意志など微塵も残されていなかった。
それが確認されると、僕は拘束を解かれ、別室に案内される。
そこで待っていたのは、40~50人くらいの、世界中から集められた美女たちだった。
全裸の女性たちは、人種も年齢もまちまちで、まんべんなく取りそろえられているといった感じだ。
僕にはもう、なにも考えることはできなかった。
夢を見ているようで、すべてが幽玄の世界の如く思われた。
ただ、目の前の快楽が、すべてだった。
僕はすぐそばにいた白人女性に抱きつき、両脚を彼女の脚でスリスリこする。やわらかな弾力と、スベスベの肌触りは、誰彼関係なく有している、女性的な快楽の源泉であった。
のみならず、全身のありとあらゆる部位こそ、異性の精液を搾り取るにふさわしい形に、あえて仕立て上げられていたのであろう。それは神の御業であるのか、悪魔の脚色であるのか。
おっぱいの弾力も、オンナ表面の肌触りも、お尻のふくよかな膨らみも、何もかもが心地よかった。
見ず知らずの女性にのしかかった体勢で、背後から誰かがやわらかな女手でペニスを掴む。それだけでも興奮が高まり、すぐにでも脈打ちそうになってしまっていた。僕の背中は、大勢の金髪美人に貼り付かれている。
ペニスの先端は的確にワレメにあてがわれ、さらに数人がかりで僕のお尻をぐいっと押し、一気に挿入に持ち込んでくる!
「あふう!」
射精の脈打ちはすぐに訪れる。我慢しきれない快楽への希求と、それを即座に満たそうとする魔性の肉体とが、しっかりマッチする。これに抗うことはきわめて困難を極める。
本来なら……この希求を抑え、男性としての理性と道徳的抑止を発揮させる必要がある。のみならず、女性側も、安易に自らの性を“提供”するという、悪の手先になるべきではない。
従って、こちらの気を保ち、射精しないよう抵抗しつつ、なおかつ悪魔の手先になって突き動かされている彼女たちを救済すべく、逆に性的満足を与え、洗脳を解かなければならない立場だった。
いや……
そういう感覚こそ、実は傲慢だったのではないか?
魔族はただ単に、人間の心を手玉に取り、その欲動の道具として、肉体を動員させているに過ぎない。本能は神の法則である。その法則に従って、人の心を悪用したものこそ、悪魔の正体なのだ。
鬼は我が内にあり。豆をまいたくらいで外に追い出せる類のものでは、毛頭ない。
神意は絶対だ。いかなる意志も努力も、それが意にそぐわない限り、かたっぱしから先回りされ、すべての道が始めから封じられる。そのくらいに絶対的である。新たに出会い焦れた相手。彼女との成就を希った数日後には、その女に彼氏ができる。願い祈り始めたとたんに、その仕打ちだ。凡ての物事も之に同じ。努力も「失敗を生かす」ことも何もかも、いかなる余地も始めからありはしない。
だからもう、世を捨てきるより他に、どうすることもできはしない。神意に対してできるただ一つの抵抗は、ただひたすら受け入れながらも、現実のいっさいについて見限ることだけである。もう……いいじゃあないか。あのひとの指輪とうれしそうな自慢話をニコニコ聞きながら、ただ無心に待って。時が満ちれば、世の幸を求め願い祈って、なおかつ自己のうちからこの世現実のいっさいを切り捨てること。夢の中にだけ生き、従って自己を完全にふたつに引き裂くことである。。
あの一件は、事実上、死そのものであった。自分はすでに死んでいるのだ。死者が生者のように振るまい、生者と同じ欲を持つなんて、まったくおかしなハナシだ。アンデッドでもあるまいに。
今、僕の目の前に拡がる乱痴気騒ぎも、途切れることのない快楽の波も、気を失っては補充される“当局”が用意した世界中の女たちも、ほんとうは、自分たちが呼び出してしまった“悪魔”なのかも知れない。
どこかで、我々は生物として、ひそかに性的快楽という本能的な欲動に、ただひたすら無心に浸ってしまいたいという、胸の内にしまい込んだ闇の深い願望を持っていなかっただろうか。
もちろん、それは神意に反する。実行しようとすれば人権蹂躙に繋がり、横取りや競合、小競り合いから戦闘へと発展する。仮に共同体全体の合意として性に開放的になれば、その村はあっという間に性病が蔓延し滅びるようにできている。神意は、絶対なんだ。
胸の奥にしまい込まれた、この一種の憎悪こそ、悪魔に付け入られた、人間の根源的な隙だったのではないか。
その隙を突かれてしまったがゆえに、我々はいま……”自分たちの意志で”この世界を出現させてしまった。表の世界ではなく、”切り捨てなかった”方の世界が、現実化して到来した。それがほんとうの魔族新法だったんだ。
気づいたときには、もう遅かった。
思考が働いている一方で後頭部はジンジン痺れ、唇までをぶるぶる震わせてしまう。にもかかわらず、僕の全身の性感神経は敏感に尖り続け、僅かな異性の魅力と刺激だけで、すぐにでも感極まることができるくらいに弱体化してしまっていた。
本来なら、決して触れることのできない、出会うことのなかったはずの、様々な女性たち。それが今、いかなる言葉のやりとりも意思疎通も儀式もなしに、出会えばひたすらセックスに耽ることだけが決まっているという、ひどく単純化された社会の構図として、我々に押しつけられている。
そこには、無限の快感と、思考せずに永遠を楽しめるという楽園がある。そしてその代わりに、人類の持つある一つの方向性、すなわち「不足」「不満」「飽き」を通して努力改善を進め、失敗から反省し学び、以て新しい時代を展開しつつ、さらにこれまで噴出していなかったか隠されていた一種の新しい野蛮状態を認識して、これに向き合っていくという、絶対に欠いてはならない方向性を、すべて失ってしまった。
何もない部屋。床だけがベッドのようなバネ式のマットになっていて、そこに数十人の少女やレディたちが、僕一人めがけて殺到している。
本来なら、それにも飽きてしまうはずの欲動も、この世界では決して飽きることがない。むしろいや増す肉体の心地よさと射精のリズム感が、僕をさらに溺れさせていく。
彼女たちは、手や口、生足やお尻、そして外国人たちに特有な巨乳で以て、ペニスを包み、挟み、撫で回し、舐めつけて、無理矢理にでもしごき立てては絶頂寸前まで追い詰めてくる。
しかし、計算され尽くしたかのような連携のとれた動きで、彼女たちは必ず、僕がイク直前に、ペニスをオンナにねじ込んでくる。射精はすべて、女性器の内部でのみ行われた。
仰向けになった僕に、ぐりゅぐりゅと騎乗位スマタでオンナ表面をこすりつけて高め、イク直前になると、スマタ女性も周囲の女たちも、一斉にペニスを掴んで狙いを定め、脈打つ直前の気持ちよさに我を忘れている僕の意志に関係なく、そのまま騎乗位で中に放出させる。
さんざんに刺激され、絶頂寸前の多幸感に苛まれているので、そこに加えてオンナの締まりに包まれたペニスは、もうひとたまりもなかった。
脈打ちが始まる直前の快感攻撃に、僕はなすすべもなく、10代から30代の世界中の民族女性にかかわらず、誰彼にでも精を放出した。どうして分かるのか、律動が始まる1秒前に、ぎゅみっとオンナの中に複数がかりで協力して、必ず挿入に持ち込んでくるのだった。それは、この部屋で僕を洗脳する女たちの、最後の仕上げとして欠かせない矜持のようなものなのかも知れない。
まだあどけない顔の少女が、ちいさな胸にペニスを抑え込み、裏スジに手をあてがうようにして、上半身全体を上下させてくる。未発達ながらやわらかい膨らみを持ちつつある乳房の感触、胸板のみずみずしい肌触り、幼いながら指の柔らかさと、裏スジを滑っていくちょっとゴリッとした骨の感触さえ手伝って、一方的に感じさせられてしまう。
両脚で立たされた状態でのちっぱいずりに感極まり、僕はこの娘の胸の谷間から首筋にかけて、大量の精液を吐き出したいという衝動に駆られた。
しかし、イク寸前に隣にいた美女にペニスが横取りされる。ツンと睨み揚げるような上目遣いの金髪美女が、まるで敵意を持っているかのようにじっと僕の目を見つめながら、大股を開いてオンナにペニスをねじ込んだ。
そんな……こんなに冷たい感じの女性で、凛とした美しさがあるけれどもちっとも情感のこもらない、セックスをただの処刑としか思っていないような女に、精を奪われてしまうのか。いやだ……隣のローティーンの胸でイキたい!
しかし、すでに脈打ちは始まっている。きりっと無表情なまま、オンナを強く締め、ぐにぐにと腰を動かして、最後の律動までペニスを咥え込み、むぎゅむぎゅ刺激して止まなかった。
射精が始まってしまえば、生理的にこれを止めることはできない。精液はお構いなしに玉袋から尿道を通って押し出されていく。そして、それは彼女の膣内に収まるのではなく、リアルタイムに魔界まで送られていくのだ。
最後の一滴まで出し尽した僕は、誰にどういう愛情を持って……感情を伴っての快楽が許されないことを知った。お構いなしに性をコントロールされてしまっているという現実。そこに愕然とし、そして完全敗北を悟った。
絶頂直前まで高めた本人が挿入してくる場合もあれば、出したいと思う娘以外の女性の膣内で放出することもある。それはランダムでもあり、計算ずくであるようにも見えた。
いずれにしても、僕の意志や意欲は、まったくと言っていいほど反映されなかった。
神の掟は、絶対だ。だが、それに匹敵するくらいに、こっちの世界でも、自分の意志や努力とは無関係に、物事が進んでいくことを、仮借なく思い知らされてしまった次第である。
夢は……実現する。
現実によって満たされなければ、我々は空想する。夢想し妄想し、これを理想に高めていく。魔術的な仕方で試行錯誤が繰り返されるとはいえ、時間をかければ、徐々にそれが形となって現れていく。我々は、異世界におらずとも、思念したものを、現実に持ってくることができる。何代にも続くこともあれば、生まれ変わりさえあるのかも知れないが、いずれにしても、人類が伝えてきた空想や理想は、実現可能である。
実現可能な範囲以上を空想することもできなければ、空想する以上はいずれ現実に反映される。時間が我々を超越しているだけのことである。
逆に言えば、夢は叶うが、すべて完全に叶ってはいけないんだ。
夢は実現するが、夢に追いついてはいけない。
それ以上何も改善できない状態とは、ただ自然によって与えられる楽園のサルと何ら異ならない。どこかしら不満があって、不足感があって、今あるものに飽きて、さらに……と願い、想像し、実現のための努力をする。その余地がなくなる完成した状態は、人間の理想状態では断じてない。
主よ、お手向かい申しあげます。なぜならあなたがそう決めたのだから……
ふっと意識が途切れた。
気がつくと僕は、真夜中の、誰もいないひっそりとした集落に、ぼんやり立ち尽くしていた。
数十人を収容した快楽の部屋に、僕がいつまでいたのか、思い出せない。
何日が経過して、この場所がどこで、世界がどうなったのかも、皆目見当もつかない。
ついさっきまで大勢の女性に囲まれていた気もするし、遠い昔の出来事のようにも思えてくる。
ただ……今は僕一人だ。いっさいは過ぎていく。ただ、自分ひとりだけいる。
性的な衝動は……不思議なことに、ほとんど起こっていない。だから、周囲を半狂乱で見回し、女性を探そうとする衝動にも駆られていない。いっさいは過ぎていく。それだけ。
暗がり。じじじッとかすかな音を立てる街灯。蛾の一匹も集まっていない。本当に、この世界は、人間の性的行為だけで、それ以外は取り残されてしまっているのだな。
そんな背景の奥から、黒い人影がスッと出てきた。女性ではなかった。
「……大丈夫か?」
ヒソヒソ声で、40代後半くらいの男性が近づいてくる。
「お前は、逃げてきたんだな……世界の異常さに気づいたひとりなんだな?」
その男は、レジスタンスだった。
僕は無言で、うつろな目のまま、その男性に首肯した。
彼はどうやら、魔族新法の洗脳に毒されず、永遠の命を得る薬も飲まずに、この世界を元に戻そうと、悪あがきをするひとりのようだった。
「こっちだ……見つかる前に……」
僕は男性に導かれ、ある民家に入った。そこは何の変哲もない、普通の家屋だった。
だが、次の瞬間、家屋の周囲にシェルターのようなものがせり上がり、なにやら電波のようなものをシャットアウトする機能がついた鉄の壁に、周囲天井をガードされてしまった。
これは……”当局”に見つからないように工夫を凝らされた、レジスタンスのアジトだった。
いうまでもなく、鉄の壁に四方阻まれた施設など、怪しいことこの上ない。すぐに当局の手の者が調べに来るはずだ。
だが、そこは彼らの方が、一歩上を行っているようだった。
ある部屋の隠し扉をくぐると、地下に通じるハシゴが取り付けられていて、そこから地下世界に通じているのだった。
どうやら、僕の存在を発見したときにだけ、シェルターを外して男性が迎えに来て、僕が家に入るとシェルターが閉じる構造らしい。その上で、全員が地下に潜ったあとは、隠し扉の反電波以外の鉄の壁はなくなり、普通の外観の民家にカモフラージュできているのだった。
つまり、男性が民家の中にいる時間だけ、シェルターが作動するんだ。当局が調べに来る前に、男たちは地下に潜って、シェルターを外す。仲間が来たときに、一時的にシェルターを外す。そのふたつ以外は、完璧に潜伏できる構造になっている。
(なるほど……レジスタンスは……こういうやり方で、女たちに襲われないよう潜伏しているのか。)
頭がもやもやして、何も深く考えられない。ペニスは萎え、性欲もなくなり、疲れ切ったような感覚のまま、男たちにつれられていく。
ついに僕は、やや大規模な、レジスタンスの地下アジトに案内され、その壁際で休むことが許された。
男たちは何かを囁きあい、特別無線で連絡を取って、大がかりな機械の前で何かを操作し続けている。
すでに知っている話ばかりが投げかけられた。やれ射精してはならないだの、相手の女をイかせれば彼女の洗脳が解けるだの、組織的に女性絶頂装置を開発するだの、地道にセックスバトルの“活動”を続けて行くだの、お前も元気を取り戻したら、鍛えて戦力に加われだの、いやまだ若すぎるから女性の肉体には耐えきれないという意見だの。もう、聞き飽きている。
僕はぐったりした様子で、裸で尻餅をつき、背中を壁にもたれかけさせ、体育座りで、時間が経つのをじりじりと待った。
どこかで……この光景を見たことがある。
そうだ……思い出した……
以前も僕は、レジスタンスのアジトにいた。
そこに案内されたときに、ちょうど僕と同じように、体育座りでぐったりしている小学生くらいの男の子がいたっけ。
いま僕は、その少年と同じように、意識もうつろなまま、じっと座っているんだ。何かを待っている。だが、……一体なにを待っているのか、自分だに分からないままだった。
「……そろそろ行くぞ。お前も来るんだ。」
僕を案内した中年男性が声をかける。今度はしっかり声帯を震わせ、僕の意志を確認しているかのようだった。
僕は黙ってうなずいた。
どうやら、子供や、僕のような未熟男性の確保および保護のために、いったん郊外まで、レジスタンスの手で輸送されることになったらしい。
ふふふ……もうすこしだ……
僕は数人の少年たちとともに、音のしないトラックに乗せられた。電気式に差し替えられた、逃走用のトラックのようだ。
トラックは深夜の無人の道路を走っていく。僕は、何も考えることなく荷台に載せられ、はためくホロの深緑を、裸電球の光でぼんやり見つめている。
当局はどんな手段で、このトラックを追跡してくるか分からない。バリアのようなものでもついているのだろうか。
ききき! ギーー!!!
周囲の少年たちは一斉に顔を上げた。僕だけが、そんな驚愕の男の子たちの顔を、落ち着いて眺めている。
トラックが急ブレーキを踏み、体育座りをしている少年たちはバランスを崩した。
僕だけが、本能的に知っていた。体勢を崩さなかったのは、本能が事前に分かっていたからなんだ。
そうだ……僕が始めに逃走したときも、どこからともなく女たちの集団が現れ、電車の中で、一網打尽にされたんだっけ。
彼女たちがどうやって僕たちを見つけ、襲いかかり、拘束できたのか。
……あの……少年だ!
彼は一時的に、意欲や能動的意志というものを失い、あまつさえ記憶の一部も奪われた状態で、一時的に性欲の虜から解放されたんだ。そうしてひとり彷徨っているところを、レジスタンスたちに保護された。
だが……少年の体内には、すでに発信器がついていた。
だから女性たちは、僕たちが乗った電車に、大勢を動員して先回りできたんだ!
いまは、僕自身が、レジスタンスの男たちグループの居場所を、当局に教えてしまったことになる。僕にもまた、特別な発信器が、いつの間にか取り付けられていたんだ。
しかも、ぼんやり思考が奪われた中でさえも、そうなることを予めなんとなく知らされ、明文化こそしていないものの、どこかでレジスタンスたちが捕まることを期待し、これを楽しんでいるように、自分でも思われるのだった。
そんな気がないように見えて、心の奥底で、この男たち・少年たちが捕まればいいんだと、どこかしらで思っていた節がある。だから、トラックが止まってしまったときも、それ来た大興奮!! という熱い思いしか去来しなかった。
僕たちは取り囲まれ、完全包囲されてしまう。僕がほとんど意図的にレジスタンスに潜り込み、彼らの居場所を教えてきた効果が、ちゃんと現れてくれたんだ。
女たちに連れて行かれる子供たち、レジスタンスたち。その有様を喜びながら、なおも僕は無表情を保っている。
あの少年と同じように、僕もまた、レジスタンスを見つけ出す道具にされたのだった。それも、仮に洗脳が解けたようでいて、じつはもっと深く深くまで、洗脳され切った存在として。
このあとの僕がどうなるかも、知っている。あの少年と同じように、施設に戻され、「いくら女性を絶頂させても、見ての通り無駄だよ……イかせ返せば再び洗脳状態になるから……」という光景を、男たちに見せつけるための、実験材料になるんだ。
すべて、わかりきっている。もう、……いいじゃあないか。
収容のためのバスが、男たちを乗せて走り出した。