呪いの白いワンピース 後編

 
 さわ…

 「あふっ…」

 さわ…さわ…

 ああっ…気持ちいい!

 全身が柔らかくすべすべの女手で撫でさすられている。マッサージするみたいに、体のツボのところは力が入って、しっかり解きほぐすように揉んでくれている。それがぞわぞわした快感となって、ますます僕は脱力していく。そこへ、優しい手つきでの愛撫が加わり、僕はさらに気持ちよくなっていった。

 肩を揉まれながら、両腕を撫でさすられ、乳首をいたずらな指先でくすぐられる。脇腹にも女手が這い回り、太ももにも内股にも優しい手が滑っていく。

 「おふうっ…」天国だった。

 すごいマッサージテクニックだし、愛撫の力も相当だ。僕の感覚がおかしいのか、まるで複数人の手が同時に僕の全身を撫でさすっているみたいだ。

 いきり立ったペニスに、さらに女手が覆い被さり、ゆっくりと優しく上下に撫でさすり、じっくり時間をかけてしごいてくれる。

 間違いなく、女性の手は数人分あった。ペニスをしごきながら上半身複数箇所を同時に撫でさすることは不可能だ。だが、僕はそれを何ら不思議にも思わなかった。ただ全身に受ける心地よさに我を忘れてしまっていた。

 「ひっ!」小さな悲鳴が外で響いた。が、僕たちはそんなことを気にもとめなかった。

 「あっ…舞ちゃん…でちゃ…ぅ…」「いいですよ? そのまま、私の手でイってください。」

 びゅるっ!

 体液が女の人のしなやかな手からこぼれ出る。ゆっくりスロー手コキを受けていただけなのに、全身に加えられる凄艶な愛撫に身も心もとろけきって、あっさりと精液を放出してしまったのだ。

 「んうんッ…」衰えないペニスを、舞ちゃんが咥えてきた。亀頭とカリが素早く舐めあげられ、ふにふにした若い唇がペニス全体を執拗にしごきたてる。玉袋も柔らかい舌であちこち舐めあげられ、こねくり回される。そのくすぐったさに、いつでも爆発してしまいそうだった。

 別の舌が僕のアナルとその周辺をくすぐったくなめ回す。そして、信じられないことに、僕の両乳首もいけない舌先がねぶり続けていた。それなのに、僕はいっこうに違和感を感じず、女の舌のいやらしい動きに身を任せ、ただ快感だけに身を包んでいた。何も考えられなかった。

 「んっ うっくん むぐっ うっふん ん…」

 フェラチオの速度が上がる。すると、ペニスにまとわりつく舌の動きも強さとスピードを速め、ぷるんとした唇の締まりも強まってしごきが苛烈さを増した。同時に、玉袋やアナル、両乳首を這う女舌の動きも猛スピードになった。

 「ああっ! だめ! 激しすぎるよ! イクっ! 舞ちゃん! あああ!」

 突然襲いかかった快楽の強さに、僕はどうすることもできず、彼女の口の中で精液を爆発させてしまった。「むぐっ…」舞ちゃんは喉奥めがけて激しく噴射された粘っこい液を、一滴残さず飲み込んでしまった。

 「次はこんなの…どうです?」

 寄せればふくらむ乳房。それが今度はペニスに襲いかかった。僕の腰に覆い被さるようにして、無理に谷間を作り、そこにペニスを挟み込む。そして両手を動かして、ちっぱいずりの宴が始まった。

 「あふ…」若くみずみずしい、吸い付くような肌で、柔らかな乳房がペニスをしごきたてる。あっという間に脱力し、僕は彼女に身を任せた。

 控えめな胸であるにもかかわらず、まるで複数人のおっぱいに前後左右上下包まれているみたいに、胸のめり込む肉にペニスが埋め尽くされるように感じる。変幻自在に上下するおっぱいの動きに絞られ、今にも吹き出しそうになっている。

 亀頭に乳頭が押しつけられるのを感じた。そのままこしょこしょと執拗に先端が大きな乳首でくすぐられ続け、そのピンポイント攻撃が、いやがおうにも射精感を高めていった。

 ごぼぶ! 大量の精液が、舞ちゃんのおっぱいにぶちまけられ、粘っこく張り付くのりのような液体は、彼女の首筋までかかって、なかなか落ちてこなかった。

 「あああ!」休む間もなく、ペニスに快感が押しつけられる! 舞ちゃんはただペニスをしごいているだけなのに、何本もの女手が、ペニスとその周辺を集中攻撃しているみたいに感じる!

 亀頭だけを指先がこちょこちょくすぐる。根本から先端まで、重なり合って何本もの手が素早くしごき続ける。玉袋も揉まれ、くすぐられ、撫でさすられる。アナルも何本もの指がねじ込まれているみたいに思えた。下腹部だけに集中した快感は、さっきのスローな全身愛撫とはまた違う、有無を言わさず射精させようとする淫らな手の動きだった。

 スベスベできめの細かい手の甲が、精液で汚れていく。もう、なにがどうなっても…

 最後は、横向きになった僕の前に抱きつき、生足でペニスを挟み込んできた。腰を前後させながら、同時に両足を左右交互にすりすりして、なまめかしい内股の柔らかい感触を刻みつけながらしきりにこすりあげてくる。

 オンナ表面までもがしっかりこすれていて、僕は彼女を抱きしめたまま、その生足の感触に酔いしれていた。別の足が僕の太ももに絡みついて、ひっきりなしにスリスリと滑っていく、その感触も何ともいえず心地よかった。女子大生の若い生足が僕の下半身を覆い尽くしている。

 程なくして、そのもっちりした足の肌触りが暴れ回る中、僕は5度目の射精を太ももの間で味わった。

 「ああ…好きだ…いつまでも…こうしていたい…」混濁する意識の中で僕はつぶやいた。「本当、ですか?」「…。」返事をする前に、僕は眠りに落ちてしまった。もちろん、ずっと一緒にいたいよ…本当だよ…

 「西! ちょっと来い。」

 またお昼過ぎに出社してしまった僕。限界だろうな。

 小会議室に呼び出された僕。上司と、その隣に、見たこともない初老の男性が二人、座っていた。

 「…どなたです?」

 「こっちの方が、”めぞん・ら・フランス”の管理をしている鈴木さんだ。」「…鈴木です。」

 らふらんす…ああ! 舞ちゃんのアパートの!

 「そしてこちらが、銅定神社の神主で、霊能力者の川口さん。」「どうぞよろしく。」

 霊能力者…銅定神社だと? 聞いたことないな。

 「西。結論から言う。お前、死ぬぞ。」

 「え…?」突然の上司の言葉に、僕は言葉を失った。

 「ここ最近のお前の様子がおかしいんで、悪いけど調べさせてもらった。そうしたらお前、ラ・フランスの空き部屋に入り浸っているそうじゃないか。」

 「空き部屋?」いや…そんなことより…舞ちゃんのことが上司にばれている!?

 「俺も気になってさ…あれは何日前だったかな。お前が初めて寝飛ばして、遅刻してきた日があっただろ。」「あ、はい…」「その時、あれ…体調でも悪いのかなって思って、もういいから帰ってもらって、療養した方がいいかなって判断して、俺はお前を帰らせたんだ。」「ああ…」

 「山本(女子社員)は気づかなかったみたいだけど、お前の体がみるみる不調になっているのを俺は日に日に感じ取った。それでもな、何も相談しないで、さっさと帰ろうとしたり、無断で遅刻しようとしたりするお前を見て、俺としても叱らないとなと思って、何度か呼び出した。」「そう…でしたね…」

 「だけど、あんまり遅刻や欠勤が急に増えたから、俺もヘンだなと思ったんだ。そしたら…昨日のあの顔だ。いつもの血色のいい顔のお前が、あまりに変わり果てた姿で出社してきた。みんな…怖がってたよ。山本でさえ、やっと異変に気づいた。」

 「いつもどおり…じゃない…ですね」

 そう、だ。

 確かに僕は鏡で、自分のやつれ果てた顔を見た。だが、その時は、別にいつも通りだと思えたんだ。どうしてそう思ったのか、皆目分からない。

 「それで、お前を帰したあと、じつは…密かにお前をつけていたんだ。俺が。」

 「!」

 ああ…僕の部屋を覗く怪しい人影、そして…一階にある舞ちゃんの部屋の窓の外から謎の悲鳴が聞こえたが…それはこいつのだったのか。

 「…見たんですね…!?」僕は怒りに震えた。舞ちゃんのことを…見たんだな。僕と舞ちゃんの幸せな空間を…こいつは…覗き見たんだな…ころしてやる…

 「ああ…見た! 信じられないだろうが、俺は見てしまった。…お、お前の上に…おおいかぶさる…うう…ばけもの…!!」

 「あぁ!?」

 「み、見てしまったんだ…いまおもいだしても…おそろしい…」チンピラ風の上司ががたがたと震えている。いったい…こいつは…何を見たんだ。

 「お、お前の上にいたのは、…信じられん…体はひとつで、かおが…ひいい…顔がい、五つもあちこちにくっついている、女の化け物だああ!」

 (参考資料:恐怖グロ画像につき、閲覧注意)

 「そんな…」

 「あの部屋は…」鈴木さんが口を開いた。

 「あの部屋は、ここ3年で、立て続けに事故が起こってるんです。」

 「あの部屋って…まい…あの部屋ですか?」

 「104号室。そこで立て続けに、女子大生が入居しては、みんな謎の自殺を遂げているんです!」

 「えええっ!?」

 「3年間で亡くなった女子大生は5人。あんまり多すぎるので、それ以来、そこは空き家として、最後の借り主の親御さんの意向で遺品は置いてありますが、誰にも貸さない空き家にしてあったんです。」

 「そんな…そんなことが…」

 「死んだ女子大生が5人。そして、俺が見た化け物の顔が5人分。ゆ、幽霊が融合してやがるンだ。」

 「そのとおり。」今度は神主さんが口を開いた。

 「色情の霊波動を感じる。お前さんの周囲に、その女子大生の霊たちがとりついておるのだ。このままでは、精気を吸い尽くされ、お前さんは確実にあの世に引き込まれることになるぞ。」

 「ちょ、ちょっと待ってください! 舞ちゃんは…」

 「3年前に亡くなった最初の女子大生は、小島舞さんと言いました。19歳の若い命を、自ら絶ってしまったのです。それからすぐに入居希望があり、事故のことも説明したのですが、どうしてもと借り手が入居したがって…その結果、入居してすぐに自殺する子が後を絶たなかったのです。空き家にしようと決めたあとでも、たっての願いでと入居した学生さんがいて、…でもその子も入居した次の日に首をつりましたよ。…それ以来、誰が希望しても絶対に入居させないと、親御さんと一緒に決めましてね。…それからすぐに、西さん、あなたがそこに出入りするようになったんですよ。」

 「こじっ…うう…」小島舞。間違いなく、舞ちゃんだ…そんな…そんなことって…

 「お前さんは確実に操られ、あの部屋に引き込まれておる。そのまま精気を吸い取られ、絶命の一歩手前にまで追い込まれている。すぐに手を打たなければ、大変なことになるぞ!」

 「川口さんとは旧知の仲でな。この人なら腕は確かだ。…もっとも、俺は元々幽霊なんか信じちゃいなかったけど、あの化け物を見てからは怖くなって、一目散に川口さんのところに飛んできたってわけさ。」上司がため息をついた。

 「分からんことが一つあってな。その霊は、なぜお前さんを選んだのかってことじゃ。あの霊との出会いの経緯を話してほしいんだが…」

 僕は、仕方なく、ぽつりぽつりと、ことの経緯を話し始めた。電車を乗り過ごしてしまったこと。倒れていた白いワンピースの舞ちゃん。雨の日にアパートに連れ込まれたこと。出会って3日目でセックスをしたこと…。

 話しているうちに、自分自身がどんどん冷静になっていくのが分かる。はじめから、おかしなところがたくさんあった。

 いくら助けた恩があったからって、いきなり傘を貸す女子大生がいるだろうか。まして、部屋に男を、しかも20近く年上の男を上がり込ませることもあり得ない。それに、いきなり泊まっていくことをねだってきた。泊まった時には…僕は冷静さを完全に失い、仕事のことも、何もかもどうでもよくなっていた。

 いきなりセックスに及んだことも不可解きわまるではないか。それに…手コキやフェラの異様な状態。ペニスをしゃぶられながら、同時に乳首までねぶるなんて、複数の相手がいなければ不可能なことだ。やはりあの場所には、舞ちゃんの他に、4人いたことになるのか。それなら、必ず5回射精させられたことも納得がいく。僕は、霊体一人一人全員に、精を放つまで、解放されなかったんだ。

 はじめから、舞ちゃんは、僕を狙って近づいてきたとでも、言うのだろうか…

 「あああ…」僕は急に恐ろしくなった。

 「よし。あとはお前さんの意思次第じゃ。…これを持っていなさい。」川口神主が懐からお守りを出し、僕に渡した。

 「よいか。これを明日の夜明けまで、自宅で肌身離さず持っていなさい。それは色情霊の魔の手をはじき返し、時間をかけて霊との縁を切る効力のあるお守りじゃ。今晩、お前さんが女の誘惑に負けず、部屋に女を招き入れない限り、霊体は自然と離れてゆくであろう。今は、お前さんの魂と色情霊が深く結びついておるため、除霊もできん。除霊したらお前さんの魂までも、おだぶつだ。だから、先に霊と魂を切り離す必要がある。そのお守りにはその力がある。」

 「…。」

 「くれぐれも。今晩お前さんのところに幽霊が来るはずじゃ。その時誘惑に負け、お守りを手放してしまえば、幽霊は容赦なくお前さんの部屋に入ってきて、最期の精のひとしずくまで奪ってしまうだろう。だが、お守りを手放しさえしなければ、夜が明ける頃には完全に縁が切れる。そうすれば、ワシが一気に除霊を行い、全員成仏させて進ぜよう。」

 「…わかり…ました…」

 「なあ、西…俺さ、あの社員連中の中では、一番お前に期待してるんだよ。俺みたいな年下の上司でも馬鹿にせずに、コツコツまじめに仕事に打ち込んでさ。会社が大変なことになった時も、お前が誰よりも率先して会社に残ってくれて、朝早くから夜遅くまで、誰よりも一生懸命働いてくれてさ。上の命令で、どうしても残業代は出せないけど、その代わりボーナスに反映させて恩返ししてさ。俺、うまく言えないけど、一番感謝してる。西、お前が会社を辞めちゃったら、残された奴らは、…もうだめだと思うよ。本当にやばい時、お前の経験とアドバイスが一番突破口になってたし、どうしようってテンパる社員に的確なアドバイスができたのもお前だけだしさ。だからどうしても、時間がかかるやっかいな業務ばっかり、お前のところに回ってきたけど、それを難なく連日こなすお前のこと、本気で尊敬してるんだ。だから、なあ! 元に戻ってくれよ! 頼む!」

 「…は、はいっ!」

 そうか…あの失恋以来、歪んでいたのは僕の方だったんだ。

 全部の出来事を悪いように受け取って、それがさらなる悪化を引き起こして…。期待してくれている周りの人が自分を敵視していると勘違いして…その心のゆがみがきっと、悪霊を呼び寄せてしまったのかもしれないな。

 僕は…もう一度…やり直せるのかな。すべてが尽きたこの惨めな自分が、もう一度、輝いている頃に戻れるなら…やってみよう。すべてがその結果破壊されるなら、どのみち定めだったとあきらめるさ。そこまで、失うものは何もない状態の八方ふさがりでも、それでも、僕は、もう一度だけ、立て直しを図ってみようと思う。仕事も趣味も、何もかもを、あの頃のように、若い頃のように、絶対に取り戻してみせる!

 僕はお守りを受け取って、家に戻ってきた。携帯は上司に預けてある。何もない、殺風景な部屋。これから、一晩かけて、邪悪な霊と戦うんだ。先に寝ておけというアドバイスに従って、僕は眠りにつくことにした。

 だが、なかなか真っ昼間から寝られるものではない。僕は睡眠導入剤を飲み、やっと眠りに落ちることができた。

 しばらく経っただろうか。

 目を覚ます。こつ、こつ…物音がする。インターホンが壊れているため、誰かがドアを叩いているんだ。

 「掛留さん…私です…舞です…あけてください…どうして…今日は来てくれないのですか? あんなにメールしたのに…」

 「!」

 来た…

 僕は布団をかぶり、お守りを握りしめたまま、ぶるぶると震えていた。舞は…間違いなく幽霊だ。僕はたったの一度も、自分のアパートの場所を話したことはない。特定できる情報も話していない。おしゃべりはしたが、そのほとんどは仕事の愚痴ばっかりだった気がする。あんな話を聞かされて愛想を尽かさない女子大生がいるだろうか。それもあり得ないことだし、知り得ない僕の住所を頼りにここまで訪ねてくること自体が、彼女が異形の物であることを物語っていた。

 「掛留さん…あけて…ねえ…私を抱いて…暖めて…おねがい…掛留さん…」ドン、ドン、ドン…ドアがしきりに叩かれる。

 「ううう…かえれ…帰ってくれ…舞…消えてくれえ!」

 「どうして…そんなことを言うんですか…おねがいです…あけてください…私と、ねえん…いい気持ちになろうよう。…掛留さん…若い女の肌…あなたが夢にまで見た、本物の娘の…気持ちいい体だよ…こうして約束を果たしたんじゃない…ねえ…私を入れてくれたら、いっぱいいっぱい…気持ちよくしてあげる…みんなで、ね?」

 「ううぅうるさいッ! かえれ!」そりゃあ、僕にはこんな若い娘を抱ける可能性なんて、万に一つもないのかもしれない。でも、それをネタに地獄に引きずり込もうったって、そうはいかないぞ!

 「掛留さん…おねがい…あけて…」

 甘く切なく、ささやくような声にぞくぞくする。開けてしまえば、地獄ではなく、間違いなく天国が待ち構えている。何もかも、どうでもよくなってしまうような快楽に明け暮れることができるだろう。

 だが、僕はぎゅっとお守りを握りしめて離さなかった。

 一時間…二時間…

 舞は、しきりにドアを開けるよう懇願したり、窓から裸体を見せつけてきたりして、僕を誘った。だが、僕は心を動かさず、じっと布団の中で反発し続けた。

 「…。」3時間くらい経った頃だろうか。夜も更け、午前1時を回っていた。

 「掛留…いいかげんあけてよ…掛留あけなさいよ…」

 まだ声は聞こえる。文字通り、一晩中、日の出まで耐えなければいけないんだな。

 だが、時間にすれば、あと4時間ちょっとだ。空が明るくなれば、舞も消えるだろう。

 うっ…

 急激な眠気が襲いかかってきた。

 しまった…睡眠導入剤が…まだ効いているんだ。薬に頼ったのは失敗だったか。

 ここで寝てしまって、うっかりお守りが離れてしまったら、一巻の終わりだ。

 僕はジーンズに着替えると、そのチャック付きのポケットにお守りを入れ、しっかりチャックを閉じ、念のため小さな南京錠までつけて、絶対に離れないようにした。

 これで…寝られる。目が覚めた頃には、色情霊との縁も切れ、除霊まで完了していることだろう。

 急激に、僕は深い眠りの中に落ちていった。


######

 人の話し声。男女が入り交じった、宴会の席。

 「いやああ! よかったのお! めでたいのお! のう五助どん! こりゃあめでたい!」「ほんにそうじゃのう! 姐さん女房とくらぁおめえ、二足のわらじってゆうじゃあねえか!」

 「…。」

 畳の広い部屋だ。周囲の人は…紋付き袴姿、女性は和服だ。

 立て付けはしっかりしているが、木は古びている、昔ながらの日本の家屋。

 僕は杯の濁り酒を飲む。

 僕も紋付き袴姿だ。

 周囲の人たちは…見覚えはない。だが、男性はみんなちょんまげを結い、女性は銀杏にまとめている。まるで江戸時代…農村かどこかの家の中みたいだ。

 僕の横には、白無垢の花嫁衣装に身をまとった人がいた。

 宴会の構図からして、結婚式、しかも僕と、横の人の…

 うつむき加減で顔は分からなかったが、自分が五助と呼ばれ、隣にいるのは、おぬいと呼ばれる女性であることが分かった。

 「ほんに、おぬうい…よかったのお。」老婆が花嫁に話しかける。

 僕は、喜びと戸惑いが隠しきれない心境だった。今の自分の状況が分からないというのではない。夢なのは分かっているし、何より、この結婚式のシチュがなんなのかも理解した。

 僕は「五助」。花嫁は「ぬい」。僕が22歳で、おぬいは41歳だ。いき遅れ確定状態だったぬいばあさんの
知り合い筋から、嫁探しをしていた僕の家の父が縁談をまとめ、結婚に至ったのだ。

 この時代は、農村では特に、結婚は当人ではなく、親や周囲の者が決める。おぬいの相手になる候補がなく、方々探したところ、僕の父と知り合いだったことから、「ちとトシは離れとるが、おらの息子どうだべ?」みたいな感じになって、親の決めた通りの結婚となったわけである。

 家は兄が継ぐ。僕は成人したのでお払い箱になっていた。ちょうどよい結婚相手も見つかったし、次男坊は家を出ろという口実に、僕はおぬいをあてがわれたんだ。

 正直、いい気分ではなかった。だが、当時、親が決めた結婚に異議を唱えることは許されない時世だった。僕は言われるがままに、20歳年上のばあさんと結婚したんだった。

 反対すれば一生独身だ。下手をすればリンチされて殺されるかもしれない。下手をしなくても村八分になって、一生を棒に振っちまう。僕はいやな顔もできず、へらへらと喜ぶふりをして、結婚式を迎え、顔にしわのできはじめたおぬいと添い遂げることになったんだった。

 だが、おぬいはとてもよく尽くしてくれた。子供はできなかったが、セックスもした。結婚してしばらく経つと、僕はおぬいのことを大事にするようになっていた。

 養子を取り、育てた。跡取りもできたんだ。僕たちは、貧しいながらも百姓として、円満な家庭を築くことができた。

 二人三脚で、いい人生を過ごすことができた。養子も成人し、家を継ぐことになる。

 「おぬい…」そんな幸せも、あっという間に終わりを迎える。

 当時は長生きできる者は限られていた。彼女もまた、60を前にして、寿命を迎えることになる。労咳…今でいう結核のようなものにかかり、不治の病として、死の床についていた。

 「おまえさん…ほんに、わるいことをしたのう」「なにをいうだ。わるいことなんぞしてねえべ!」「おらがもっと若かったら、お前さんより先に逝かずに済んだのにのお。それに、お前さんに女のいい味をいっぱい伝えることもできずに、はじめからおばあちゃんを抱かせることになって、ほんに気の毒だのお…」

 「ばっ! ばかをいうでねえ!」僕は目に涙を浮かべた。結婚した頃の自分の本心を見抜いたおぬいに驚くとともに、若い頃のおのれを死ぬほど恥じた。

 「おら…生まれ変わったら、またおまえさんといっしょになりてえ。今度は…おらが若くなって、おまえさんより20若ぅなってのお…おまえさんと添い遂げる。そしたらおら…若い女の体で、おまえさんとやりなおしてえ…」「おぬい!」

 それから数日で、おぬいは天に召された。数日泣きはらした僕は、それから10年の間…失意の晩年を過ごした。労咳にむしばまれ、僕も…50歳の若さで死ぬことになる。


######

 「!!」

 僕は目を覚ました。

 「思い出して…くれましたね?」「おぬい…」「今は…舞です。ごめんなさい…私、死ななかったら、あなたのことを思い出せなかった。」

 あれは…僕の前世だったのか。

 「馬鹿だよね。生まれ変わったら時代が変わって、結婚は親が決めるなんてことがなくなって…私もあなたも、生まれ変わって前世の記憶がなくなって。もし私が生きていたら、たぶん、あなたと仮に知り合いになったとしても、好きにならなかったと思う。」

 「そりゃあ…そうだよね…昔みたいな破天荒な結婚、まれにあるみたいだけど、一般的じゃあないよね。かたやくたびれた40オヤジ、かたや花の女子大生だもんな。はっはは…」

 おぬいの希望は叶えられた。だが、現代では、僕と彼女が添い遂げるのは奇跡に近い。あの頃も社会構造によって僕たちは結婚したが、今は別の社会構造によって、僕たちは引きはがされた。それも、おそらく舞自身の意志で。

 「3年前、私は自殺した。彼氏に女がいたから。つまんない死に方しちゃったな。でも、そのおかげで、前世のことも思い出して、五助さんの生まれ変わりが西掛留って人だってことも分かった。それで…」 

 「僕を引き寄せたというわけか。」

 「でも、私一人の霊力じゃ、どうしてもあなたを引き寄せることができなかった。だから、足りない4人分の霊的エネルギーを、ある約束を果たす代わりに使わせてもらうことにしたの。」

 「なんだと…お前、自分のために、他の女子大生4人を道連れ自殺に追いやったのか!?」

 「違うよ。私は、…自殺願望を強く持っている若い娘だけを引き寄せたの。元々、この子たちは死にたがっていたんだ。それで…悪いって分かっていたけど、彼女たちと一体化して霊力を高め、こんな姿になったけど、あなたを引き寄せることができたんだ。」

 窓に映る舞の姿は、頭が5つついている、たしかに恐ろしい化け物だった。どれが本体というのはもう関係なく、全員が舞であり、全員が死んだ女子大生たちなのだ。霊体として、完全に融合しきってしまっている。

 「さあ…掛留さん…五助さん…この世では結ばれずとも、私と一緒に来れば、あっちで添い遂げられるんだよ。来て…」「お…まい…ぬい…」

 僕はふらふらと引き寄せられるように窓に近づき、促されるままに鍵を開けた。すーっと、音もなく窓が開く。

 「さあ…こっちへ…」舞は僕の手を引く。外へ出た僕の目の前には、大きく真っ赤な鳥居があった。

 「私があなたと添い遂げるために、この子たちと約束したの。少しの間、あなたの体を借りたいって。それを受け入れる代わりに、引き寄せたんだ。だから、先に、この鳥居の先に行っておくれ、おまえさん…」

 鳥居の先には何があるというのだろう。暗く歪んだ穴が、空間にぽっかりと空いていた。

 「この先は、特殊な霊界とつながっているんだ。そこをくぐるとね、私と同じように、若くして自殺した女の子がいっぱいいるんだよ。その娘たちと、30年間、ずっと交わっていてほしいの。30年経ったら、私もあなたも解放されるから、そしたら、霊界で添い遂げましょう。…もう、生まれ変わらずに、ずうっと一緒だよ? …永遠に、ね…」

 だめだ…ここをくぐったらアウトだ。そんな心の警鐘が鳴り響く。

 「約束したんです。自殺者の霊たちを性的に慰める者を30年差し出す代わりに、私とあなたを添い遂げさせてくださいって。私は、霊たちを慰める者を霊界に連れてくる約束で、パワーをもらっているの。さあ…こっちへ…」

 僕を…自殺者の娘霊たちが大勢たむろす空間に案内することを条件に、彼女は霊力を4人分吸収した。結果、あの日、僕の前に横たわって姿を現し、メールもできるようになったし、セックスもできるようになった。

 そう言えば昔、どこかで聞いたことがあるようなないような…海で若い女の水死体を抱いた男が、同じように海で亡くなった娘たちの性的な慰み者になるべく、引き込まれてしまった話を。

 僕も…同じ目に遭うというのか。

 何とか、引き返さないと。ここに入っては、いけない…

 ああっ! 分かっているのに、体が勝手に動いてしまう! 一歩、また一歩、僕は鳥居の先にある黒い空間に向けて足を進めていく。何か大きな力で引っ張られているような、それでいて自分から歩いているような、奇妙な感覚だ。文字通り、操られているのだろうか。

 それだけではないだろう。

 窓を開けて舞を受け入れたが最期、もう、僕は霊界に足を踏み入れてしまっているのだ。あの黒い穴から漂ってくる甘い香り…若い娘たちの淫気が、僕を狂わせ、自分から吸い寄せられるべく足を進めてしまっているのだ。自分でも、止められない!

 ついに鳥居をくぐり抜けた。も゛っ! いやあな音がしたかと思うと、黒い歪んだ穴が急に大きくなり、僕を食べるように飲み込んでしまった。恐怖で声も出せなかった。

 「ここが霊界だよ。人は死ぬとね、その罪業や功徳に応じて、ふさわしい世界に送られるんだ。人を殺したら、地獄の業火に焼かれ、盗めば針の山に刺され、欲のために人をだまし泣かせれば、剣樹という地獄に行く。自殺した者は、それにふさわしい世界に飛ばされる。特に色欲関係で亡くなった者は、男女別に一カ所に集められ、一定の慰めを得たあと、罪を償うことになるの。どんな理由であれ、自らの命を絶ったことの愚かさを悔いるために、いやというほど性欲にさいなまれ、それを延々と解消し続ける地獄に堕ちることになる。それが…今私たちがいる場所…」

 若い裸の女たちが大勢たむろしている。

 薄暗い空間でありながら、無駄に広大で、床はふかふかの絹を何百枚も重ねて柔らかくなっている。そこに、10~30歳くらいの女たちが、しきりに自分の性器を慰め、あちこちでいやらしいあえぎ声を発している。自分の年齢を自由に変えられるらしく、25歳くらいのお姉さんがオナニーで絶頂したあと、12歳くらいの少女に姿を変え、ツルツルのオンナを自分で慰め始めているのが分かった。

 そんな女性たちが数百、いや、遠くの空間まで、数千人はいるだろうか。

 「これを…僕一人で?」「一人じゃないよ。同じように、引き込まれている男性も少なくないんです。特に、失恋して勢いが衰えた男性が、この世界に連れて来られやすいかな…あなたはここで、30年、おつとめを果たしてください。そのあとは、私と…永遠に交わりましょう。」

 昼も夜もない世界。30年間、寝ることも食べることもなく、ひたすら快楽をむさぼることになる。

 「ここではいくら交わっても疲れなければ、飽きることもない。引き込まれた男性は、一定期間ここで天国を味わう。そのあとは、もっと深いところに行きたければ自由だし、抜け出して別の霊界に行くこともできる。階層の深いところに行けば、人間ではなく、魔の者が相手になる。でも、そこに行っちゃだめだよ。」

 当然だ。深みにはまれば…舞と添い遂げられない。

 「時々は私も混ざるから…がんばって!」

 僕は頭の中に霧がかかったようになり、女たちの群れの中に入っていった。

 性欲に苛まれている16歳くらいの娘。僕は彼女のオンナにペニスをねじ込んだ。若い直情的な締まりがペニスを襲う。性欲のタガが外れているために、僕の性感神経も相当に敏感になってしまっている。彼女に入れたとたんに、僕も16歳くらいに若返っていた。

 「ああん! きもちいいよお!」女の子は自分から積極的に腰を振って、ペニスをどん欲にむさぼり続ける。若娘の肉の感触を身に受けながら、不慣れな僕の体は敏感に反応し、若いたぎりをこみあげさせる。その間中もペニスはひっきりなしにオンナで激しくしごかれ続けた。

 「うっ!」律動が始まる。ごぼごぼと精液が彼女の中に注がれていった。

 「あぎゃああ!!」女の子は白目をむいてびくんびくんと体を痙攣させ、その後ぐったりと気を失ってしまった。

 「オナニーでイクのは普通の絶頂。でも、男性の精液を子宮に注がれると、一瞬で数百回絶頂できるの。それが重なり合って、とてつもない快楽になる。…生きていれば命を落とすくらいに、ね。この子は、しばらく起き上がれないよ。いやというほど精を身に受けることが、彼女たちの償いになる。さ、次の子だよ。」

 僕はそばにいた23歳くらいの女性を抱いた。正常位で結合したにもかかわらず、彼女は積極的に下からぐいぐいと強く腰を振ってきて、またもやペニスを極上の快楽にさらした。挿入したとたんに、僕も23歳くらいの年齢になった。結合した相手と同じ年齢になれるんだ。

 程なくして、また射精感がこみ上げる。「ガマンしちゃだめだよ。どんどん出してね。精液が彼女たちの償いであり、死ぬほどの快感なんだから。」

 どびゅうう! 「ぎゃああああ!」断末魔に近い叫びを上げると、女性は気を失った。

 快感ではある。だが、通常の数百倍の快感だ。脳が破壊され、絶命するほどだ。だが、霊体である彼女たちは、気を失いこそすれ、しばらく経てば復活してしまう。

 「はあっ…はあっ…つぎはわたし…」舞が馬乗りになってくる。彼女は強欲にペニスをオンナに飲み込むと、一心不乱に上下してペニスをしごきたてた! 「気絶したら、何ヶ月かは気がつかないと思うけど、それまでしばしの別れ。おまえさん…おらが起きたら、また相手してくんろ…ひいいいいいい!」

 僕の体液を身に受けた舞は、ぐったりと横たわって動かなくなった。

 僕の周囲に娘たちが集まってくる。

 全身を撫でさすられ、敏感なところはすべてくすぐられた。そして、10歳くらいの幼い女の子の中にペニスが納められた。そのとたん、精に全く不慣れなコドモの僕になり、そこに少女の膣と全身愛撫が加わって、僕は全くあっさりと高められてしまった。

 女の子が果てると、大人の女性が跨ってくる。ペニスは大人の膣にしごかれ、僕も大人に戻ると、こっちからも腰を突き動かして、彼女の体を堪能した。

 周囲を十人以上の女たちが群がり、僕の全身を舐め続けた。玉袋もアナルも女の舌で埋め尽くされる。こうしてサポートを受けると、快感が数倍に跳ね上がり、射精までの時間を極端に短くすることができた。

 次の高校生くらいの女の子にバックで挿入すると、後ろの女性が僕の腰を動かしてくれた。制御が利かない動き、柔らかでスベスベの手が全身を這い回り、玉袋がくすぐられる。あっという間に高められ、僕は彼女の中に精液を放出した。

 スレンダーな美女が正常位で僕を誘う。僕は彼女の中に入れた。すると上に別の少女が乗っかってきてサンドイッチされる。上の彼女の腰使いにほだされ、僕はあっさりと高められた。

 次から次へと交代でペニスを飲み込んでくる女たち。そのむっちりした肢体は、きめ細かく僕を飽きさせなかった。僕は彼女たちの全身を撫でさすり、おっぱいを揉み、オンナを指で慰めながら、次々と精を放っていった。

 一人、また一人と、年齢の違う若娘たちがペニスを入れてくる。ペニスが外に出ている時間はほとんどなく、引き抜いた次の瞬間にはもう、別の誰かの中に収まっているのだった。

 そのたびに僕の年齢が変わり、ペニスの敏感さも変わってくる。子供になればあっという間にその筒の甘美な感触に耐えきれずに発射してしまうし、思春期のイキやすい年齢になれば、同年齢の少女の直情的な締め付けに耐えきれなくなる。

 大人になれば多少持久力もつくものの、そこは周りの娘たちの執拗な補助攻撃で打ち砕かれてしまう。全身を撫でさすられ、脇の下を舐められ、乳首をねぶられ、どんな体位でも必ず玉袋とアナルは数人がかりで執拗にかわいがられた。

 入れたとたんに脈打つことも少なくなく、1分で10人以上を気絶させることもあった。

 手コキやフェラやパイズリや尻ズリなどをされることもあったが、それで射精することはできず、ギンギンに高められイク寸前になっているところへオンナが襲いかかり、入れてすぐに射精できるための補助攻撃だった。

 尻餅をついて座っている僕の背中を、誰かのふくよかなヒップが這い回り、内股も玉袋もアナルも大勢の女たちの手に埋め尽くされている。足の裏までくすぐられ、さんざん多幸感を味わっているところへ、つぎつぎと娘たちが座位で結合しては、精を奪って次の娘と交代する。そんなことが数日、100時間以上は続けられた。

 それでも、僕は性欲を衰えさせることも、疲れて萎えることもなかった。

 それどころかますます、若い女たちとの快楽の虜となっていった。世界はどこまでも広大で、女たちもどんどん増えていき、きりがない。30年は、長いようで、とても短くさえ思われた。

 ピキッ!

 「うぐうっ!!」

 突然、強い頭痛が起こり、頭が割れそうになった! 痛みはびりびりと全身に広がっていく!

 「あっ!」

 気がつくと、僕は自分の部屋の中、アパートの窓の前に立っていた。

 「そんな…時間が…もどるなんて…」目の前には、異形の舞がいる。窓の鍵は閉まっていて、僕たちはガラスで隔てられていた。

 はっ!

 僕はお尻に手をやった。ズボンのポケットに…あのお守りが入っている!

 そうか、このお守りを肌身離さず身につけていたから、一度精神的に彼女の軍門に墜ちてしまっても、元に戻ることができたんだ。時間が戻り、僕は窓を開けずに済んでいた。その状態にまで戻ったということだ。

 「舞…おぬい……さようなら。」

 空が一気に明るくなっていく。

 「うぐあ…掛留さん…おまえさん…うぐああああ!」

 舞の体が溶けていく。いや…はがれ墜ちるという方が正確か。ぼろぼろと崩れ落ちるようにして、皮膚も衣服も崩れ、地面で崩壊、粉になって消えていった。

 5つあった顔面も、仮面のようにはがれ墜ち、土に消えていく。やがて…骨だけになった幽霊は、さらさらと粉になって、風に飛ばされ、消えていった。約束を果たせなかった上、お守りの「切る力」の前に、舞は消滅してしまったのだった。

 いや…舞はきっと、あの世界に行ったに違いない。自殺者が集う霊界に…そこで、他の男の精を受け、気絶し続けることになるんだ。数百年。

 「まい…ばかなことを…」僕はそれでも、涙を流さずにはいられなかった。

 前世でつながった縁は、今世でもつながるとは限らない。別の人と結ばれることもある。僕たちはきっと…そういう定めだったんだよ。

 ドンドンドンドン! ドアが乱暴に叩かれる。

 「俺だ! 無事か!」

 「はい。無事です…」

 「よかった! もう開けて大丈夫だ。日の出が来たからな。さあ、中に入れてくれ。」

 「…。」

 うーん…ほんとうかなあ。

 牡丹灯籠みたいに、開けたらまだ月でしたなんて落ちはいやだなあ。

 まあ、お守りがある限り安全か。

 僕はドアを開けた。上司が入ってくる。どうやら本当に安全だったみたいだ。すべては終わったらしい。

 「よかった。無事だったな。川口さんから連絡があって、除霊も終わったそうだ。」

 「そう…ですか…」よかった。確かに、命は助かったんだ。でも…どことなく、後味の悪さを残した。

 霊障がなくなったとたん、体が元に戻った。つまり、衰弱していた僕が、その不健康な状態を自分で認識できるようになったということ。僕はふらつき、そのまま倒れ込んだ。

 病院で短期入院のあと、僕は職場に復帰した。

 絶不調だった仕事が、軌道に乗り始めた。そのあとも時には始発終電なんてこともあったが、その頻度は激減。他の社員たちも定時で帰れるようになった。

 いつもぴりぴりしていた女子社員、山本さんだけ、ぴりぴりしていた。どうやら彼女、ダンナとかなりうまくいっていないらしい。そこへ仕事がピンチになって、ストレスをかなり溜め込んでいたようである。

 結婚したからといって、それだけで、「プラスの気分」になれるとは限らない。それさえあればどんなことでもがんばれるという根拠を、妻や子に求めるべきではないのかもしれない。その妻子という根拠が崩れれば、人生が台無しになってしまう。そうなれば、まさに亡霊どもの格好のエサだ。

 プラスの気分になるかどうかは、人次第ではない。自分次第だ。それによって、妻子かどうか関係なく、多くの人に、よいパワーを分かち合うことができるだろう。妻子なしでも、意気揚々と苦難を乗り切っている男はたくさんいる。僕の…依存的な考えが、霊障を呼び起こしたんだ。

 もう、固執するのはやめよう。

 何もなくても、自分の精神ひとつだけで、それだけに依って立つことができれば、たぶん、失恋しても平気でいられるし、たぶん、仕事がうまくいかなくても、それでも前を向くことができるんだと思う。

 今回の出来事は、天罰なんかじゃない。一連の出来事のすべてが、僕を成長させるために必要な、神様の教育だったんじゃないかな。そんな気がする。

 「西。新しい子だ。いろいろ教えてやってくれ。」

 「分かりました。」

 「茂木花穂です。よろしくお願いします。」「西掛留です。じゃあ、まずは職場内での基本事項からやっていこうか。」「はいっ!」

 元気な子が来てくれたな。いっぱい仕事を覚えてもらって、将来は、誰よりも活躍できる人になってほしいな。僕は目を細めて、「礼」の練習をしている若い子を見つめた。

 「何じろじろ見てるんですか西さん!」山本さんがにらみつける。

 「なんでもないよ…なんでも、ね。」「オヤジがいやらしい目で見るから、気をつけてね。」「ちょっ…失敬な…」「はあい♪ わかりましたあ☆」「ちょ…わかりましたって…おじさんちょっとショックだなー…あはは」

 これから、楽しい毎日が始まりそうだ。時には劇薬も必要な人生だけど、それもまた、通ってみればいいものさ。

 職場は笑顔に包まれた。



###呪いの白いワンピース 完###


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