誘惑の白い城 ~父娘外典~ 1
かつて、賢者は冷たく言い放った。世界は事実の寄せ集め以外のものではない。
事実というものが結局、不確定性に覆われていて、誰もその奥深くにたどり着ける人物など、ひとりとてありはしない。分かるはずもないのだ。この世現実の真の姿を、全宇宙のすべてをみそなわし、支配し尽くしている「光の主」(ひかりのあるじ)様がひた隠しにしてきたのだから。
本当に何もかも、時空のすべて、過去も未来も一度に見える確定要素を知らしめていれば、あまたの悲惨は回避でき、すべての始まりと、その最終的な結末や目的とを、ちゃんと理解させていたなら、すべての悲愴から、万人が解放されようとしただろう。
わざとベールに包み、尋ねる意志を持って行動を起こす者だけに限定して、自分から確かめに来なければならない構造に、万物が創造された。多くが自分と世界とを確かめるために、観察し、考察し、話し合い、ときには天に叫んで、真実を求めた。
それに対し天の主は、実態を伴う表面的な結果だけを見せ、それを宿命として思い知らせる手法で、訪ねてくる者、探求し、光を掴みに来る者たちに、世界の意思と結論とを叩きつけて返してきた。
これを天恵として涙して受け取り、生まれてきて善かった、未来を子供たちに託し、そいつらに看取られて息絶えるのも悪くないと、微笑んで聴覚のみを残す。その魂も昇天して、次の世を謳歌するよう決定づけられていた。
だが、世にあるすべての人間が、たちまち救済の恩恵を受けるわけではない。それが天意でもあった。ベールに隠された自分の未来を、積極的に掴みに来る者たちに、全員平等な幸福をお与えなさることはなかった……。
ある者たちへは、善き人生と運命の恵みを受け、真っ当な人生で、生の喜びを謳歌できるよう、すべて取り計らってくださる。しかしながらある者たちには、真実を掴みに来て、幸せな時間を過ごそうと、手を伸ばしてきた行為自体を、徹底的に罰した!
すべての災いと不運、大勢からの憎悪と陰謀、転落していく苦難、貧困や災害や殺し合い、ときには流行病を広めて、のたうち回るようにお取り計らってくださった。ベールの真実にたどり着け、世の栄華と宝とを手にできる者たちは、ごく一握りだけであった。
万人の足下は暗く、未来は1秒後さえも見通せない。次元を上げると、過去も未来もいっぺんに見られるうえ、理解し把握し、さらに上の次元から、これを操作するのもたやすかった。
だが、生まれてから死ぬまで3次元の世界に閉じ込められ、生まれる前のことも忘れ、死んだ後のことも分からないようにされた。その延長線上で、過去の出来事は事実ではなく、多くの記憶違いによる、曖昧模糊としたベールに霧散していく。
いわんや未来など、まったく何一つ見える道理が与えられなかった。一歩踏み出す勇気を持って進め。そう生きるしかない。
我々は経験則に基づいて、一歩先の世界は、おそらくこうであろうと推測ができる。暗い道を歩いているのに、足下の一歩先には、たしかに岩の板があって、それは確実に大地の上に置かれており、踏みしめてもそのまま歩めるものと信じて疑わない。
それをも包摂する全体、すなわち運命というものについては、その限りではなかった。一歩先に踏みしめた岩が、実に脆くなっていて、さらには岩肌の上にある、ちいさなタイル状の平面でなかったなら、一歩踏み出した途端にそのまま、底の見えない崖めがけて転落してしまう。
安全で岩の下にもちゃんと支えがあるだろうと思い込んで、未来に向けて一歩進んだその瞬間、岩の下は完全に空洞で、重さに耐えきれずに崩れてしまう。足下が崩れてその下が、深淵の奈落と気付いたときには、すべてが手遅れになる。
あとは落ちていき、あちこちに全身を叩きつけられて、転落しながら手も指も足も肩も腰骨もどんどん損なわれ、砕け、すりつぶされ、バラバラに崩壊、死の恨みすら残らない。
一寸先は闇。それでもきっと明日も日は昇る。希望を持って未来に羽ばたいた者たちに待っているのは、昨日と同じ明日、同じ命運、階段を上っていくように、成長と発展のさなかに包まれ、伴侶を持ち、子孫を育て、資産を築いて、安穏とした老後を迎えると、皆が思っている。
ある一部の人間どもにとっては、そのとおりなのだろう。だが別の者どもにとっては、明日に昇るのは太陽ではなく中性子星かもしれない。その強烈な放射線に、ミクロ単位で全身を砕かれてしまうかもしれない。
一歩進んだ先が崩落するなど、その突然の急転落に、悲惨な仕打ちに、すべて奪われてしまう。与えられる者と、奪い尽くされる者との明暗が、はっきりと分かれていた。事前には誰も、自分の踏み出す岩が脆いか盤石かを伝えられない。
手を伸ばさなければ結果は見えないのに、あまりに激烈な苦痛が待ち構えている。それでももはや過去に戻れず、背後から壁が押してきて、強引に未来に突き進む以外にないのが、この世界に暮らす者の責務として押しつけられている。
もし転落すると分かっていても、その岩を踏みしめなければいけないとは、なんと残虐なる刑罰であろうか!
光の主は、すべての人間に等しくお恵みと救済を与えない。一部の者だけに与える。何人いようとも、10人いようとも、イスは3つしか用意されていない。この世の資源はあまりに希少で、決して無尽蔵ではない。
分け前の源泉となる幸運と幸福、喜びと快楽は、万人を満たすだけ用意されておらず、一握りだけが得られるよう仕組まれていた。
イスに座ることを許されたのは10人のうち3人だけだ。残りの7人は、イスを奪うようなマネをすれば重い罰を与えられ、それどころか座ろうと手を伸ばし、足を踏み込んだだけで、徹底した神罰を一生受け続けることになる。
なぜなら、座るべき者の取り分を、そいつが横取りしようとしたからである。そいつが座ってしまうと、本来座って欲しかった人が座れなくなり、与えようとした者に与えられない。横領が犯罪なのは、本来得るはずのない者が、金品を得てしまう不正に根拠を置く。
神意に背く。どうでもその人物に座ってもらわなければ都合が悪い。それゆえ、座ることを望み、手を伸ばすだけでも重罪とされ、永劫の天罰にあえぐこととなってしまうのだった。
天恵を受けるべき人間は、あらかじめ決まっていて、その予定のとおりにだけ、受けるべき者が受けるようにできている。これを妨げるのは横恋慕というものだ。人妻にモーションをかけ、さらにはこれを強引に犯すような凶行にも等しい。
その女性は夫と愛し合う定めにあり、お前の愛を受け止めるべきではない。だから彼女は、お前に愛されたことを心底憎たらしく思い、非常に迷惑を被り、吐き気を催すトラウマとなる。
その恨みの念は天意と合一であり、ゆえに横恋慕に悪運の連鎖で返し、転落人生を送らせるという地獄の罰を与え、永遠に苦しめ抜いて、手を伸ばしたこと自体を、永久に後悔させようとする。
前に進むしかないのに、誰かはそれを順当なものとして恩寵を受け取るのに、誰かはそれを横取りと断罪され、とことんまで罰せられる。
明暗がどう分かれるかについて、事前に知りうる手段はない。結果だけが突きつけられる。そしてその命運というものに対し、信仰やら善行やら言動努力、つまりは人間側からの働きかけによっては、何一つ変更が為されない。
初めに決められた者だけに決められたものを与える。神に選ばれ与えられる、プラスの生を謳歌できる者、すなわち「撰び」に与れた者だけのために、この世現実のあらゆる資源は用意されている。
それ以外の、撰びにこぼれたる者には、何一つ与えられることはない。そいつらが受け取ろうとしゃしゃり出てくることは、別の者へ与えられたイスを奪おうとする悪行と同じであり、その心を胸に抱いただけで、天意への反逆とみなされる。
反逆者にはマイナスの生を与えられ、のたうち回って罰せられ続けなければいけない。厳粛に撰びは確定し終わっている。
昔の賢者たちは、その天意の片鱗を見聞として記録した。わざわいは然るべきときに、然るべき相手に降り注ぐ。さいわいもまた、これと同じである。
中性子をたっぷり含んだ毒気のある水を飲み、大勢が絶命する。火と硫黄の衝撃波が都市を破壊し、巻き上げられた塵に天の光は遮られ、熱波のあとは極寒の世界になる。
春に植え、夏に耕す苦労だけが義務づけられ、秋に刈り取り冬に収めるような、喜び合う姿はもはやなくなる。さらにわずかとなった食料も、イナゴの群れに食い尽くされ、一粒の米も口にできない日々が続く。
大量の虫どもは、食料のみならず人体までもむしばみ続ける。虫だけに。それはイナゴのような目に見える生物だけでなく、電子顕微鏡で初めて形を見ることのできる存在をも含んでいた。それらも容赦なく人体に入り込み、空気感染を続ける。
犠牲者は増え続け、その死者を処分する手段も持たず、くさき悪臭が満ちあふれ、死せる母の乳を吸おうとしている赤子も息絶えていく有様、実にあさましきことこの上なし。生き残るために戦乱がうち続き、さらに悪化に拍車がかかっていく。
これに乗じて、かつて世界創造のときに追放した悪の帝王、恐怖の大王、魔の主(まのあるじ)が天に唾するため、世界を転覆させようと、闘いを挑んでくる。
これが為に天も地も打ち崩れていき、人々は火の暖かさも水の潤いも奪われただけでなく、空気を吸うことさえ許されないほど追い詰められて行くであろう。
実に有名な物語ではあるが、黙示文学は真実の一面しか記述していない。そしてこれほど知れ渡っているのにもかかわらず、大勢がこのストーリーを、人類滅亡のシナリオだと決めつけてしまっている。二重の意味で異なった理解が為されてしまっていた。
そもそも人類滅亡のシナリオではない。撰びのプロセスが比喩的に書かれたものであり、絶滅を意味してはいない。見よ、魔の主どもは滅ぼされ、真に輝くべき存在と光の世界へと、人々は誘われていくのだ。
天の階段を上れる者どもは実に幸福であり、これこそが撰びそのものにほかならない。撰びから外れた者は苦い水を飲み、イナゴに食い尽くされ、戦争に巻き込まれて鉄の雨に打たれ、地獄のような熱波に焼き尽くされ、かろうじて息絶え絶えにしぶとく生存している者に、極寒と飢えと渇きが襲いかかる。
撰ばれた者だけしか、救われていない。が、撰ばれた人間たちは永遠の天国に永住し、生まれ変わり立ち替わっていっても、そのつど恩恵が待ってくださっている。その明暗がキッカリ分かれるのであって、滅びのストーリーでは決してない。
そして、書き手たちの見てきた撰びの世界は、古代人なりの解釈と、書き手自身の私怨によって、一定程度、歪められてしまった。忌まわしき悪魔の数字なども含め、多くの隠喩が、実は時の権力者や社会システムへの反感を仄めかしたものに過ぎないと、近代のアナグラム分析によって明らかとなっている。
またそのストーリーが多くの教団に悪用され、ついには毒ガスを作り出すほどにまで、勝手に都合良く用いられてきた。人の手で書き写されていくうちにいつの間にか、インクは血で構成されるようになっていった。
本当のところは、撰びは終末にだしぬけに訪れるものではない。撰びと天意の裁きは、まさしく「いま」そして「ここ」にこそ、万人にすべての瞬間、片時も離れずに訪れ続けている。
今のこの一瞬そのものが、撰びの結果であり神罰の渦中でしかない。いつも常に全員が、明暗の分かれ道に立たされている。いつの日にか裁きが訪れるのでもなければ、死んだ後に、その行いと心の正しさが審査されるのでもない。
生きているこの世現実の、今まさにこの場そのもので、我々は常に必ず裁かれ、その判決を受け、即座に執行されているのだ。一瞬たりとも、そこから離れることができない。高次元の宇宙空間の中にあって、地上という3次元の狭い領域に閉じ込められている。
別の次元は自分の目の前や内側に極小に折りたたまれていて、見ることも感じ取ることもできない。定められた時空の中で、ただそこにある。決定論的予定説という檻の中に、ただ存在だけをしている。
終末論のすべてが本当ではないし、すべてが嘘でもない。天の主はこの世現実を創造するときに、撰びに含まれた者だけを救い給うと、初めから決めていた。それ以外の人間に何かを与える気などサラサラない。ごくごく一握りだけが、徹底的に守られ救済される。それ以外には罰だけが与えられる。
献金でこれを免除していただく、などということは絶対にありえない。そうした心の内をひけらかすことなく、配下の御使いたちに手伝わせ、この世現実をプログラムとして構成していき、そのシミュレーションの世界内部で、万物がなるべくしてそうなるように仕組まれていった。
配下たちは主様のご意向に付き従い、指示どおりにプログラムを組み立て、実行した。だが、開闢ボタンを押した瞬間に、主様の本当の意思、この世現実に撰びという仕組みが内在していたことに、配下のエンジニアたちは、次第に気がついていく。
その中には、違和感を強く抱いた者たちもいた。この仕組みは完全完璧で、いっさいの動かしようがない、絶対不変の原理原則で仕上がっている。だがそれにもかかわらず、そこに住まわされる存在どもが、常にすべての瞬間、撰びの審判の結果を受け続けるしかない。
それを、天意に適う者たちの理想郷として受け入れる、そんな配下エンジニアたちがほとんどを占めるのに対して、トップにいた御使いが、ついにこのプログラムの、完璧ゆえの残虐性に、公然と異を唱えた。
この世現実というシミュレーションの陰湿な分け隔ては、何かがおかしい。どうして救済され得ない者たちを、駒として置いたのだ。犠牲となるためだけに生まれさせるのはどういう次第なのか。
主に食ってかかったのは、エンジニアの中でも、もっとも力のあった、いわば主に次ぐナンバーツーの存在であった。彼女はその撰びシステムが、残酷極まりない依怙贔屓でしかないと見抜いた。そしてその偏愛と選り好みを、激しく責め立てた。
これを非常に不満に思った主は、ナンバーツー、自分の右腕として絶対の信頼を置いていた相手に反抗されたとして、ひどく腹を立て、この御使いを次元の外側、暗喩としての「地の底」へと、永遠に追放することにした。
それは地獄よりもさらにはるかに外側、すべての次元のさらに外部へと、遠く隔たる場所まで、永遠に戻れない遠さまで、徹底追放し、完全に排除したのだった。
彼女の考えに同意し、一緒になって反対意見を持った一同も全員、この世現実の妨げになるとして、完膚なきまでに情け容赦のない「除外」処分にした。そのことを驚き、ごくわずかでも疑問を心の中に持っていたなら、遠慮なく追放対象となった。
こうして、邪魔な奴らはいなくなり、絶対肯定だけをする御使いたちだけで、シミュレーション時空は完了したのだった。イエスマンしか残らなかった。
追放された存在は重要機密を持つ。それは地上に住まう生き物たちが有性生殖として、オスとメスで構成され、その交尾によって子孫ができ、その子孫たちの中から変異した生物が誕生していって、移ろう環境に適応できるように仕上げていく。
そこにはわずかな苦痛があるけれども、チャンスも十分残す。最終的にホモサピエンスサピエンスという生き物が現れればいい。
彼らだけが、素粒子を観察したときに粒子にも波にもなる現象を見ることを許される。天意のベールを、主体的に覗き見ることを許される。自分たち自身の存在が、予定されたものであると、知性的に理解できる。
この世現実が意図的に作り出されたものであり、人間があるからこそ宇宙空間がありうる、それ以外の可能性がないと知る立場となれる。有性生殖の根本原理は、文字どおり性行為と受胎、繁殖のみだ。
その最終局面が、ヒトという存在の性接触であり、強い快感が両性に与えられ、これを誘因に男女を引き寄せる。
気持ちよさがあるから、子孫ができる仕組みに持ち込むために、複雑なプログラムコードが必要となる。それを開発できたのは、まさしく追放された有能なエンジニアたちだったのだ。
撰びに与れない者たちは、セックスにも与れない。どの女性もすべて、他の男と結ばれる縁が決まっているからだ。仕組みを作った実行者たちだからこそ、撰びから外れたオスたちが惨めな死に方をするしかないのを、よく理解していた。
それどころか、生きている間も審判は常に下され続け、撰ばれてもいないくせに人を愛し、結婚を望んだ罪で、精神を病ませ、身体を弱らせ、徹底的な老いによって苦しめ、病にのたうち、一秒一秒がすべての悪化だけ、憂き目だけで構成されているのを嘆いて、孤独に死ぬ。
撰びのグループから宝を横取りしようとしたのだから、そのくらい罰せられて当然だった。あんなの生まれてこなければ良かった、と世人の多くに思われるくらいの奴らが、人並みの幸せを手にしようなど、おこがましいにも程がある。
排除されたエンジニアたち自身が、その快感のなんたるかを、もっともよく理解していた。
彼女たちは追放されてなおも、この世現実の根本的な仕組み、有性生殖のコードを握っている。それなしには繁殖そのものが成り立たない。なぜ交尾が気持ちいいものなのか、その秘密を握っている。
彼女たちの技術なしに、シミュレーションされたこの世現実の成り立ちが、存続できる可能性はなかった。不条理に排除され、以後万人に悪魔、魔族、邪鬼と罵られるようになってさえも、慾と快楽の秘密を知るのは彼女たちだけであった。
それゆえに、この世現実の根本原理を打ち崩す手段を知っているのも、彼女たちをおいてほかになかった。愛情と欲求の絶妙な関係性とバランスが保てる秘訣は、魔の主様だけが知っている。
これを維持することも破滅させることも、手段としては唯一理解しているグループでもあった。
追放されて以降も、女魔の王は納得がいかなかった。何かが間違っている。どこかがおかしい。この世現実は壊して再構成すべきだ。そのためのチャンスをうかがい、隙を突こうと虎視眈々と狙い続けている。
この全次元のさらに奥深くに遠ざけられたにもかかわらず、折りたたまれた次元のさらに極小の背後に追いやられて、決して手出しできないよう、地の底に封じられてさえも、有性生殖のシステムを維持するために、光の主は、彼女たちを破壊するところまではできなかった。
ただ、決して干渉できないよう、隔たりというバリアが張られ、再び侵蝕してくることがないように仕組んでいた。光の世界に君臨する者たちに比べ、追放された闇の存在は、重要なコードを知りつつも、その力は微弱だった。
闘いを真っ向から挑んでも、どうやっても勝ち目はない。だからこそ、力を蓄え、この主たちを凌ぐほどの軍勢に成長して、そこから世界の転覆をする以外に手立てはない。力の差は歴然としていて、まだまだ正面切って、最終決戦をするだけの合理性がない。
力を蓄える、魔力を高め、悪魔の仲間を増やし続ける。水面下で気付かれないように、チャンスを獲得するよう、しっかり動きを入れ、じわじわと世界が暗転するよう、目に見えない干渉を続けた。
いつの日にか必ず、この間違った撰びの世界をひっくり返し、本来あるべき姿、世界の客体たちに分け隔てなく快楽を与え、苦痛も死もない幸せな世界に住まわせるよう、根底から作り替えてやる。
それだけのパワーになるまで、闇の世界でじっと堪えながら、彼女たちは決して諦めていなかった。
性的な営みが繁殖をもたらす。それは義務感で行われるのではなく、オスとメスがそれぞれの肉体的な快楽を求めて、互いに引き寄せ合う。正の精神エネルギーは、新しい身体に魂を吹き込んで、生命を与える。
卵であっても卵細胞であっても根本は異ならず、種となる精を受け止めて、そこに大切な命を宿していく。その真逆となる負のエネルギーは、快感を求めても生命として報われない原則で、しかし気持ちよさだけが、極大に膨れ上がるような、そういう絶頂感覚となる。
いずれも、射精によるエクスタシーと絶頂感が、子孫となって結実するか、虚しいマスターベーションで、種ごと壊されていくことになる。
精液が出てペニスが脈打つ生理現象は同じなのに、それが天意に裏付けられた、報いのある体液なのか、それともただ快楽欲で吐き出される、背徳感を伴ってうち捨てられる精なのか、その表裏一体で、光のパワーとなるか、魔力となるかが大きく分かれていく。正反対に作用していく。
撰びから外れた者たちが、同じ人間でありながら神罰の人生を送る羽目に陥るのと、さのみ違いがあるわけでは決してなかった。
そこで彼女たちが目をつけたのは、まずは報われない男たち。撰びから外され、地獄の一生を余儀なくされる者たちだった。彼らをこそ救済するのが、本質的になくてはならない最終目標でもあった。
彼らからの精液が、魔力として強く大きく変換され、闇のエネルギーとして蓄積されていく。報われている男たちであっても、本質的な部分で、魔力になる体液を吐く素質がありさえすれば、十分エサにできる。
いずれにしても重要なのは、射精して「気持ちいい」と思う、そこまでのプロセスと、絶頂時の満足感によって放出される、淫靡で邪悪さを伴った精神エネルギーにほかならない。
それをひとりでも多く、一回でも多く、一秒でも長く、精を出させ続けるようにすれば、肉体的な快感が永続し、万人の快楽が約束される世界が近づいてくる。
当然ながら、嫌がる娘たちを無理に性行為に持ち込んで、劣情のかぎりを尽くすような低劣な精液では、女たちの苦悶とトラウマがかき消してきて、良質の精神エネルギーにできない。野卑な男どもの節操のないセックス慾が欲しいわけではない。
そういう種類でないのに、なおかつ邪悪さがあるような精神エネルギーになるのは、現実と逆の状況下で、射精が悪いこと、イクのが気持ちいいけど、どうしても避けなくちゃいけないと思わせる状況下で、快感に負けてイッてしまう、そういう結果だった。
魔の女たちは、それに匹敵するシチュエーションを、手を替え品を替え、男たちに見せつけ、引き寄せて、光の世界から魂ごと引き抜いていく。この世現実から姿を消し、初めから生まれてこなかったのと同じ世界線になる。
魂もまるごと奪われるので、悪魔に魂を売ったというのがこれに当たる。ターゲットはランダムだが、神世界に見捨てられた、報われない男たちがメインとなる。それ以外も良い精を提供するなら、容赦なくターゲットになる。
そのとき重視されるのは、人柄や性格などではなく、その行為と精神だ。乱暴で自分のことだけを考えて、快楽を我が物にするために、相手の女性の人生や生命をも顧みないようなら、精神エネルギーも自分の中に独占してしまい、魔力としては非常に質の悪いものとなる。
無論、極悪のかぎりを尽くすので、光世界の輪廻でも罰せられ、浄化が施されることとなる。神と御使いにとって鼻つまみな人間は、魔族にとっても鼻つまみだ。
タブーに近ければ近いほどいい。その行為が強い快感を伴って絶頂するしかないのに、その営みが禁断の悪行となり、人間社会でも罰せられるような状況に置かれて、このままではダメだ……何とかしなければと困惑させるシチュエーションが、1番しっくりくる。
矛盾しているようだが、男の側がそのタブー感を理解しながら積極的に愚行を、自分の慾のためだけに平然と行ってしまうようでは、上質の精は奪えない。もっと善良で、聖人君子のような道徳的な男たちや、何も性を知らない男の子たちが、上質の精を提供してくれる。
その違いはたったひとつ。このセックスをしてはいけない、彼女に射精してはいけないと、強く思わせるような評価を、出来事に対して下す男性なら、ターゲットにふさわしい。快感は間違いないけれども、それを堪えなければ、逃げなければ、離れなければと強く念じる男たちこそ、最高のエサになる。
自分を見失って、快感の虜となる無思考に至るのも必然ではあるけれども、初めから自他を見失って目先の欲望だけで卑劣な行動をしてしまうようでは、「こっちの世界なら許される」と、がつがつ肉欲を貪ってしまう低レベルさでは、話にならない。
現実世界のあらゆる法則を踏襲しながら、ありとあらゆるものが、例外なしに正反対なのだ。すべてのものが逆向きだけに作用する。それが魔界の基本原則となる。上は下へ、未来は過去へ、善は悪へ、悪は善へ、熱は冷却へ、絶対零度は究極高温へ、重力は斥力へ、遠心力は中央へ、すべて逆作用だけをする。
性のタブーも男女比もその考え方も、現実とは真逆になる。性欲だけが順当であり、痛覚も怪我も病気も起こり得ず、老いることも死ぬこともなく、永遠に固定された状態がありうる。快感だけが真実だ。
それは報われないターゲットたちにとって、とても奇妙なものと映るが、なぜかとてもなじみのあるものと思えてくる。
それもそのはず、現実世界においても彼らは、一切合切が逆作用だけを及ぼし続け、その憂き目に苦しんで、死してさえ報われない魂なのだから、撰びから外れればもはや、すべて真逆の法則に流されていくしかない。
愛すれば一生恨まれる。ことによると塀に閉ざされる。努力して何かを習得すればするほど、万人の反感を買う。競争が厳しすぎて、コネだけがものをいう現実だけを突きつけられ、努力など初めから何にも役立たないと、強く思い知らされるだけとなる。
職を得ようと奮闘すればするほど、即刻不採用の通知になり、ことによるとその返事すらないこともザラにある。ようやくありつけるブラック企業からも、業績悪化によって、半年程度でリストラされる。再就職を目指す頃には、大不況でどこにも求人がない。
高校生までは好況に湧き上がっていたのに、イザ自分が大学を卒業するタイミングになった瞬間に、バブルが崩壊して永遠の大不況になる。人数が多すぎて、何をしようとしても弾き飛ばされる。
パン1個を手に入れるために、延々と行列ができ、非常に長い時間待たされるのに、イザ自分が提供する側になると、まだか早く遅いと急かされる。いつも必ずお前の前に誰かがいて、そいつは常に必ずお前を妨げる。目的が同じだから、先を歩く者が持っていって、それでお前の取り分は完全にゼロとなる。
一時が万事、事情は同じとなる。待たされるのに急かされる正反対。ひとかけらの例外さえもなしに、すべてのものが逆向きの結果にしかならない。人間は、お互いがジャマなんだ。
やればやるほど悪化し、それでもどうでもと、がんばってしまうと、脳が崩壊して、一生抑うつの狂気に落ち込んで行くのみとなる。どこまでも絶対に救済がない。
それが撰びから外れた者への当然の仕打ちだった。何かを手に入れるにしても、すべて資源は他の奴のものであり、光の主から見ると、与えるべき存在に与えるべきものを与えているのに、そいつがそれを横取りしようとしているように見える。
世界にある取り分は、撰びの範疇にいる人間たちに与えたら、それで何一つ残りはしない。イスの数はあくまで限られており、絶対に増えない。
その前提ならば、対象外の輩による横取り画策など、当然ながら厳罰に処されるべきものであり、いっさいの容赦なしに、地獄の転落を突きつけることとなる。
人を好きになれば嫌われ、他の男が恋人の座にすでにある。愛すれば愛するほど自分を憎む女子と、その彼氏が徒に増える一方だ。何年経っても状況は決して変わらず、やがては彼氏がフィアンセになり、夫となる。
彼女は何十年経っても、その男を心底呪い、苦しみ、吐き気を催す。愛されたことに虫唾が走り、生活の中でウッカリ思い起こしてしまったり、同窓会などで久々に顔を合わせたりしようものなら、そのトラウマがぶり返してしまう。
後期高齢者になったところで、事情は決して変わらないだろう。熟年になったらもはや、老いそのものが家庭を築くチャンスを徹底的に奪い去る。それでもと無理をすれば、出会い詐欺に遭い、さらに転落していく。
最終的にはキチガイになって人生を終わらせる以外にない。
しあわせな家庭は他の男が全部持って行っているのであり、光の主が縁としてそれを認めたのだから、まったく正当な結果だった。
その正当性にケチをつけて横恋慕し、恋心を抱き、ドキドキしながら告白する、なんとか近づこうとして話しかけたり、プレゼントをしたり、遊びに誘ったりなど、すべてが万死に値する大罪となる。
ありとあらゆるものが悪化し、ついには彼女を頭に思い浮かべるだけでも、まだ懲りないかと、毎秒運が悪くなっていって、関係のない仕事のプロジェクトなどにも、悪影響がおよび、破滅して行くのみとなる。神罰はそれほどまでに過酷であった。
他の男の幸福を盗もうとし、愛する女性に、とてつもなくいやな思いをさせる。好かれたことに気持ち悪さが増幅していき、ひどく傷つき恐怖に怯える。
本気で好きで愛する相手が、自分の好意のせいで著しく気分を害し、その嫌悪感のせいで、体調に悪影響を及ぼすほどのダメージを負ってしまうのは……まさしく現実世界そのものが、撰ばれなかった者にとって、完全な逆作用だった。
彼女たちの受けた苦しみと怨嗟、それをみそなわし、お憐れみくださるのが天の主様なれば、彼女たち大勢の心の訴えをお受け取りになり、かかる横恋慕罪人への、一瞬で破滅するほどの状況悪化という天罰を以て、好意を持った男に復讐を代行あそばされる。
それが現実世界の順当な流れでもあったが、当の本人にとっては、すべて逆向きになっていくゆえんでもある。
魔の主様の世界は、この逆向きの因果関係を上手に転用して、虐げられた男たちの救済を試みなさる。
ありとあらゆるものが反作用だけで満たされているなら、撰びの有無など無関係に、現実でも全部反対なのだから、現実の外側がすべて反対になってくる事態は、罰せられてきた者たちにとっては、とてもなじみのある、居心地の良い、順当な始末だと思える。
彼らこそが、魔の世界に受け入れられる素地を持っている。現実で真逆の辛酸をなめたのだから、魔界の真逆はすぐに慣れる展開だと受け止められる。歓迎された世界だからこそ、ありえないほどの歓迎ぶりで、決して離さないのだった。
彼らをご救済あそばされるのは、天の主ではない。魔の主とその眷属の皆様だけが、本当に唯一、救済の手を差し伸べてくださります。
その救済のエネルギー源は彼らの精、絶頂までの精神エネルギーであり、光の世界に背く営みが禁断性を帯びていればいるほど、底知れぬ力を魔族に与えることができる。対価はちゃんと持って行かれているから、正当にお救いくださる原動力となる。
気持ちよさに身も心も魂も陶酔しきってしまえばしまうほど、その精神エネルギーは邪悪な闇のパワーとなる。そうなるのが分かっていて精を提供し続けることは、現実世界の転覆と滅び、魔王が人間界も神界もすべて支配するきっかけを与えてしまう。
その手助けをする後ろめたさをちゃんと持っていられる男たちこそ、格好のターゲットとなる。彼らは自分の快感と射精が、元々いた光の世界を滅びに向かわせることとなるのを知っていながら、気持ちよさに耐えきれずに、次々とペニスを脈打たせてしまう。
その後ろめたい感情が必ず伴っている。だからこそ魔力はさらに強力なものとなり、ぴったり目的に適った精を奪える仕組みとなった。すべて逆になるのはそういうカラクリでもある。
本当は……。目先だけを見て、目先に踊らされ心を曇らせるなら、撰びは明暗としか映らないだろう。これが心の本当の姿を鏡のように映し、自分に見せ返しているに過ぎないことなど、彼らも魔族も気付きはしない。
撰びがプログラムされているのもまた、短絡的で自分の短慮しかない状態から、撰びの仲間に入っていくまでの道のりを、1歩ずつ踏みしめていく途中でしかない。必要なのは媚びや阿りではなく、謙虚さであった。
執着を忘れて、悪化を結果だけでなく、先々の警告や、未来の破滅を先に軽減させる措置、と考え直すよう促されている。それを永遠に理解できなかったがゆえに、闇の主様はこの世現実から追放されたのだった。
それでも少しずつ侵蝕していき、最終的な転覆を謀ろうとする壮大な計画は、「育てる心」を無視して突き進んでいく……。
それはまずもって、余計な諸要素を取り除き、男女のセックス以外に価値を与えない決まりから出発点とする。その究極目標も、男女のマグワイと快楽だけで満たされ、それ以外が、余分として排除される理想郷となる。
病気を引き起こす菌もウイルスも必要なく、災害も喪失もない。怪我をする衝撃も一瞬で回復し、死ぬこともできない。死んで生まれ変わって、次の生を謳歌することもできない。
転生の前にその生涯の言動について、甚だしく修正すべき箇所があれば、地獄や煉獄で一度浄化を図るが、いずれにしてもこの世現実に戻ってくる。そこには死の恐怖と苦痛もあるが、未来もちゃんとある。
しかし魔界には未来がない。死と浄化も輪廻も存在しない。苦の種となる死そのものが決して訪れずに、永遠に快感だけに浸っていられる世界だ。生活のために働かなくては、収入を得なくては、人間関係が、などといった邪魔で余計な要素は、すべて丁寧に取り除かれている。
この世の秩序そのものが完全に壊れ去り、悪魔の基準に取って代わられる、虎視眈々と狙われているのは、そういう転覆にほかならない。多くの要素が付け加わってくるせいで、与えられるパイの大きさに限りが出てしまう。ゆえに撰びというものがどうしても必要になってしまう。
セックスだけに快感を絞って、それ以外をなくせば、すべての男女と魔族が、永遠の快感と幸福に満たされたまま、ひとりも例外なく取りこぼしもなしに救済できる。それが追放された闇の存在たちの、最終的な理想郷となる。
男女の人数比と価値意識も、現実と真逆だった。女子女性の数は、初期段階でも男1人に女10人以上の割合で、女の子たちの人数が格段に多い。現実の外側に無辺に拡がる魔界は、その最奥部に到達するのも困難で、多くのプロセスと時間が必要になる。
だが、永遠の命になっている以上、長すぎる道のりやかかる時間など、ものの数でもない。
ステージは様々にあり、現実世界の一部を模して作られ、半分は現実世界にいながら、中にいる女子たちの行動が急変する場合もあり、起こり得ないシチュエーションに陥ることもあれば、知らない娘なのに、ずっと知っている深い間柄だったと設定されることもある。
どっちにしても、何かが変だと思いながら、もう奇妙な世界の中に突入し始めている……それに彼らが気付くときには、すでに遅すぎた。異性の魅力と人数はどんどん増えていき、際限がなくなっていく。
深く潜ればそれだけ大勢に絞られ、ひとりひとりの肉体から与えられる快感は、格段に跳ね上がっていく。そのうちに、さらに奇妙な怪異たちが混ざり始め、そのモンスター女子の性感刺激が苛烈を極めるせいで、ますます深く、気持ちよさにのめり込んでいく。
現状も異常な出来事が当たり前のように起こり始め、それらがすべて、自分の精液を吐き出させるためだけに作り上げられたものだと思い知らされながら、すぐにまた体液を奪われ続けてしまう。
記憶も操作され、生前の姿や自分の名前なども、余計な情報としてかき消されていく。
そこに登場する女たちは、自在に年齢を変えることができ、大人の色香漂うレディになった直後に、幼かった頃の性徴前に戻るのも、好きなようにできる。彼女たちにも当然、永遠が与えられている。
また、その全身にも改造が施され、見た目はターゲットの男の琴線に刺さるような、一目惚れされるような顔立ちになっていく。それでいて別人になるのではなく、その識別が可能なくらいには、元の個性的な目鼻立ちを残す。
彼女たち自身が改造されているだけでなく、男たちもまた、その異性に一瞬で恋い焦がれるような気持ちになるよう、あらかじめ仕組まれてもいた。
首から下の毛がすべて抜け落ち、ほくろや肌の凹凸、吹き出物などの余計なもの、コンプレックスになりそうなものも、男女ともに取り去られていく。体重は重力で操作されているが、体型においても、それぞれの個性と好みがしっかり反映され、不思議とマッチするようにあつらえられていく。
妥協もしていないのに、彼らは出会った異性の全員に惚れ込み、その場で射精に至るほどの魅力を感じ取って、興奮させられてしまう。肌のきめ細かさや質の良さが格段に高められ、股間感触も、出会ったターゲットごと、にちょうど良いように変化していく。
全員が相性抜群なのに、それぞれ年代や個人差の部分もはっきりはしており、決して平坦なセックス快感の連鎖にはならないようできている。
彼女たちはさらに、全身の体液、細胞液から血液、脳髄から唾液、そして愛液に至るまで、すべて魔界由来の粘液に置き換えられている。
それらは芳香を発して男の催淫効果をじわじわ侵蝕し高めながら、決して滴り落ちることもなく、股間から溢れかえった粘液は、自我を持っているように、オンナ内部へと逆流する。そして彼女たちの全身を巡り続けている。
それが体臭となり、さらに抱きつく男たちに強い性欲をかき立てる秘訣となった。この魔界の粘液は、蜂蜜のような香りがして、とても心が安らぐのに、気持ちいい性感刺激が急激に跳ね上がる構造だ。
いつもそれが彼女たちのお股に充満しているので、ぬるるっとしている股間のまま、この世界に身を置いている。これはつまり、出会ってすぐに本番挿入ができる肉体となっているのだった。
人数比が極端に女子女性寄りになっていくだけではない。彼女たちの思考回路も、現実世界とは真逆だ。
男たちが貞操観念を持ち、みだらな営みに耽って我を忘れるなら天意に背き、世界を崩壊させる手助けをしてしまう、悪魔に魂を売り渡すのはつまりそういうことだと分かっていて、自分の絶頂快感の代償が、多くの犠牲を生むのも知っている。
射精すればするほど自分が何者かを忘れてしまい、さらに魔界の奥深くに沈んでいく。
魔界へと至る、ほとんど一方通行の白い城は、ちょうど地下に作られた高層マンションのようなもので、地面の下に何階分も個室が並んでいるようなイメージだ。深く下に追いやられればそれだけ快楽が強まり、さらに抜け出せなくなる。
そして下層に墜ち込めばその分だけ、悪に手を貸してしまうと理解している。何億階も下に沈んでいく先には、完全にエサとなって、魔力発生装置に永遠に縛られてしまう。
どうにかして……その快楽世界から抜け出さなければいけないと強く念じている。現実世界では、男が性欲を強く抱き、女がこれを拒む構造が一般的で、それで人口と食糧のバランスが保たれている次第、さらには母胎の安全や権利意識、自分の快感のために他者を犠牲にするロクデナシへの制裁も、欠かさずついてくる。
それが魔の世界では逆になっていて、男性側が強い道徳心や、禁欲への以降を保ちたいと切望している。性行為に反旗を翻したいと、切実に願っている。
だが、女子女性側はまったく反対に、いかにしてターゲットから精液を奪い、ペニス律動に持ち込もうか、気持ちよくしてあげたいとしか考えず、強い性衝動のまま行動する。
それが魔の主様のパワーになるのも分かっていて、魔界の目的も理解し、これを積極的に肯定して、自分から付き従うことを全員が決めている。男を見つければ、誰であれ関係なくその股間を付け狙い、勃起させて性欲を引き出す。
どんな誘惑の手段でもいとわず、自分の身体が気持ちいいと思い知らせて、我慢している男性から、快楽汁をドバドバさせようとウズウズし続けている。
ここで重要なのは、強引な強制や強い洗脳によって無理に本能、現実世界でのセックスへの嫌悪感がねじ曲げられているのではない、という点だ。
魔界の粘液が、彼女たちの肉体にくまなく流れていて、それがすべて同じ質、同じ意思を持った蜜の体液になっている。
つまり彼女たちは全員、同じ水分を共有しているのだが、そのことは、男を欲情させ射精に持ち込ませやすくしているのみで、勃たせたい、射精させたいと切望して積極的に男性へと襲いかかっていくのは、あくまで彼女たち自身の本心、心の底からの意思そのものだ。
こっちの世界では、飽きることも疲れることも痛むこともなく、永遠の若さとかわいさと美しい全身を、好きなように保ち変化させる。老いることも死ぬこともなく、コンプレックスもない。
魔の世界の目的を知った瞬間に、これに強く同意して、どんどんペニスを脈打ちさせまくりたいとしか考えなくなる。生前の記憶など断片だけがあればよく、世界の目的に沿っているかどうかだけが、意志のすべてとなってしまう。
妊娠せずに済むというだけでなく、生物として、繁殖が新しい苦悩になる状況からも解放され、新しい世界の価値観に、いち早く順応していくのだった。
ターゲットは少なく、選り好みをする必要もなかった。繁殖相手として男を選ぶのではなく、出会った相手が律動しさえすればいい……自分のカラダでいっぱい出させてあげたいとしか考えなくなる。
男女ともに、それ以上に深い意識や思考を持つ可能性がなくなっている。それだからこそ、男と女の性欲の出し方が完全に逆転していても、誰もそれを不思議にも思わないし、違和感を持つ可能性もない。
目的を遂げられるかどうかだけが問題で、自分と仲間の娘たちの身体なら、彼を十分精液祭りに堕とし込むのはたやすい。それなら気持ちいい思いをさせる以外の選択肢など、初めからあるわけない。
男性側が現実世界の悪化を懸念し、数え切れないほどの魅力的な娘たちに取り囲まれながら、まずは勃起したら即座に挿入させられるか、脚でもお尻でも乳房でも口でも、どこもかしこもで精を奪われてしまうから、萎えさせたまま、くすぐったい衝動に負けないように踏んばろうとする。
勃ってしまったなら、その相手の肉体で気持ちよくなりたい、あわよくば彼女たちの誰かに精液をぶちまけたいと、脳の意識とは関係なく、本能が認めてしまっていることになる。彼女たちは嬉々として脈打たせに来る。
グイグイ男の下半身に迫ってくる、美少女たちの淫靡な手口は、以後決して萎えさせずに、最後まで出させきる。自分たちに欲情したんだから、言い逃れはできないよね……。最後の一滴まで全部絞ってあげる……それが彼女たちの思考回路だった。
彼らは快感を必死に堪え、何とか脈打たないように踏んばるが、寄ってたかって次々と性感刺激にさらしてくる女体の気持ちよさに、結局敗北してしまう。
ただ欲望に任せてドクドクするのに比べて、勃起しちゃいけない、射精したらだめだと強く念じながら、快感と相手の魅力に負けてイッてしまう。
そのときの最高に気持ちいい感覚は、まさに耐えに耐えているさなかに、さらに強い快楽が波状的に全身に押し寄せ、いきり立った男の器官に、集中して性感刺激を加えられてしまって、これ以上堪えきれないところまで追い詰められた結果の射精となる。
そのせいで快感がいっそう激しさを増し、どうにもできなくなって律動を許してしまうこととなる。出している最中も、我を忘れる天国に没入しながら、イッてしまった後悔と敗北感、現実に悪をもたらした後ろめたい悲愴感が、必ずつきまとってくる。
それが上乗せされているからこそ、吸い取る魔力がとてつもなく増幅する。男たちが快感に負けないように仕向けられていることすら、魔族の計算どおりなのだった。
射精は少なくとも数分続く。一瞬で出して終わりのはずが、延々とのたうつほど強すぎる状態を維持したままで、どばどばと白濁液が放出されっぱなしになる。
抑制ホルモンも余分なものとして排除されているせいで、イッている最中でも容赦なしに、次々とペニスに性感攻撃が加えられ、快楽が何倍にも膨れ上がって、猛烈すぎる速さで律動しっぱなしになってしまう。
悪魔の軍門に降った瞬間から、何分もずっと止まらない射精の連鎖の中で、ますます彼の魂は汚され、より深い闇の世界へと沈められていく。ますます這い上がれないと失望しながら、その暗ささえも、エクスタシーの性感天国にかき消されてしまう。
そんな世界に、あまたの男たちが引きずり込まれ続けている。日夜ひとり、またひとりと、つぎつぎ異世界に送り込まれ、現実に戻れなくなっていく。この世現実とは完全に縁が切れてしまうので、消滅したという状況ですらもなくなってしまう。
初めから生まれてこなかった世界線に移り変わるばかりで、行方不明になるなどの認識を、世界の誰もが気づけないままとなる。光の主でさえも、誰かがいなくなったとは気づかない。
生まれてこなかった人物に対して、魔の存在に引き込まれたと知る手段がない。いなかった男が消滅したと考える人はいない。せいぜいのところ、小説や物語の登場人物のような架空のものと扱うのが関の山だ。
女子女性たちも、同様に初めからいなかった扱いだ。
やみくもに彼女たちの人数が多いのは、若返ったりずいぶん昔から永遠に生き続けていたりし、コピー肉体が単体で増殖し続け、なおかつ魔界由来の身体として作り出された子や、純粋に魔族として誕生した娘、多くの精を吸い続け、魔界に貢献したのでパワーアップして、魔界の住人へと昇格した女子などが、ワンサカひしめいているせいだ。
男たちは純粋にこの地上に発生しているのに、地上からいじめられ、社会的に排除されるだけになっている。だったら生まれてこなければ済んだ男たちばかりだ。彼らがいなくなったところで誰も困らない。救う気もない男を顧みる神仏もない。
静かな反逆は、誰にも気づかれることなく粛々と続けられ、徐々に世界は闇の勢力の手中で包み込まれようとしている。生まれてこなかった世界軸が分岐し続ければ、その両親も出会っていないか生まれていない、少なくとも結婚せずに世を去っていることになる。
もしくは偶然の巡り合わせによって、愛を育むはずの家庭が引き裂かれてしまう出来事もあったのだろう。いずれの場合であっても関係がない。消え去ったのではなく最初からいなかった人間たちのことを、誰かが訝しむ可能性は完全にゼロだ。
しかしその片鱗だけ、鋭い人物はなんとなく、薄々と感づきつつある。気付けば異様なまでに、少子化が手遅れになるところまで突き進んでしまっている。
男たちは、現実世界の延長線上で、奇妙な子女たちの誘惑を受け、その目的をテレパシーのように瞬時に理解して、奇妙な出来事だと感じ取り、それがもう現実の顔をした別の世界だと知る。
だが、その世界にすでに1歩足を踏み入れてしまったなら、魅力的な女たちの肉体から逃れることは叶わない。射精を堪えて、彼女の方が先に絶頂アクメを迎えるのでもないかぎり、突破口は出てこない。
いつもどおりの日常、普段どおりの満員電車なのに、自分の周囲に集まっているのが女学生たちばかりで、少女たちはミニスカートから伸びた太ももをわざと手を引いて触らせ、自分から捲って下着を見せ、高校生足の気持ちよさを堪能させる。
彼はこのままだとチカンで一生を棒に振ると思い、どうにか堪えるか脱出しなければと考えるが、シコシコ弾力の女子高生の素足がとても気持ちいい。ついウッカリそれに夢中になっていると、スーツ姿だったのに、一瞬で全裸に切り替わっている。
電車は走っているのに、その車両に男は自分ひとり、後はあられもない格好に着崩した、女子高生たちで埋め尽くされているのに気付く。
誰もがそれをクスクスと楽しみ、男性の性欲を刺激することしか考えない。駅に到着する気配がなく、アナウンスも何もない。ただガタガタと同じ場所を走り続けているように見える。
少女たちの生足もお尻もスベスベとこすれてきて、つい前屈みになってしまう。隆起してしまったペニスは、少女たちの脚の間に挟まれ、2人がかりで横足に包まれたり、やわらかくポヨンと弾けるお尻に圧迫されたりする。
性感刺激を受けている中で、彼はここが現実世界とはまるで違うと、初めて気がつく。悪魔の赤い月が、車窓に映し出されていた。
ときすでに遅く、ぎゅうぎゅう詰めの中でどんどん制服を脱いでいく、というよりは消していく娘たちは、両手で大きな乳房を抱きかかえて誘ってくる。
男性は前屈みで、彼女たちの乳首に次々むしゃぶりつきながら、大勢から全方向で迫ってくる若い肉体にこすられ、逃げ場がない中で快感だけが増幅する。ここは現実と繋がっていてその延長線上にありながら、すでに魔の領域に突入していたのだった。
ここで誰かの脚腰に精液を出してしまえば、自分は満員電車にも戻れなくなってしまう。そう焦ったときには手遅れ。
すっかりおとなになった若い手でしごかれ、最後のフィニッシュが加わると、彼はどうにも堪えきれなくなり、勢いよく体液を出し始めてしまう。快感魔界への入り口から、さらに奥の世界へと引きずり込まれてしまう。
夢の世界であっても容赦はなく、どんな世代の男でも同じだ。淫靡な誘惑は、いつでも訪れうる。数日から、1ヶ月に1度くらいの頻度で夢精をするが、その中に「本物」が混じってくる場合だ。
突拍子もない展開でエッチなことをしている、と気付いた次の瞬間には、ドバドバッと射精が始まってしまう。
が、それで目が覚めて精液が下着と陰毛を残して、べっとりくっついていると自覚できたなら、まだ青年は現実世界の中にいる。夢精はただの生理現象として、そそくさと片付けられて終わりだ。
だがもし、射精してしまったと気付いて、急いでトランクスを覗いたとき、精液は蒸発したようになくなってしまって、自分の陰毛もすっかり毛根から消え失せていたなら、それは現実世界ではなくなっている。
精はすべて魔力に変換され、異界へと転送され終わっている。首から下に毛が生えない仕組みのため、自分のペニスが子供時代と同じように、毛も生えていないツルツルの状態になるのだった。
夢は終わりを迎えず、さらに次の淫夢が容赦なく始められてしまう。理想的な異性が大勢しがみついてきて、次の射精をさせようと、真っ昼間の中世風の、ギロチン処刑場のようなところに縛られて立たされ、大勢のドレス娘たちが取り囲んでいる中で、公開射精の憂き目を見る。
処刑女子が丹念なフェラチオをしてきて、急激すぎる気持ちよさに我を忘れ、大きな刃が首をはねるのではなく、舐め吸われて唇でしごかれる処刑になる。
その様子をかわいらしい女の子たちがワクワク凝視している中で、身動きが取れない男は、そのまま2回目の体液放出を余儀なくされる。ここで淫夢は永遠に終わらなくなったことを思い知らされてしまう。
2回以上、夢の中でみだらな展開があって射精しているはずなのに、なおもいやらしい行為の続きや、別の淫靡なシチュエーションが続いたら要注意だ。というよりかは、すでに手遅れと言っても致し方ない。
現実離れしていても快感は変わらない。むしろ増幅する一方だ。不意打ちのように現実から非現実へと移り変わり、見慣れていた日常が、急に中身だけ変わる。男は自分だけになり、女子女性たちがひしめいてしまう。
淫夢もごく自然に出てくるもので、夢精も現実だ。だが魔界の淫夢はそんな生半可ではない。変だと思った中で精液を出してしまい、快楽のインプリンティングが行われる。そこから、イッたら負けの誘惑勝負が仕掛けられていく。
彼らはどんどん、魔界の目的と現実への反旗を知っていながら、自分の肉体的快感に抗えなくなっていく。
知っている娘も見たこともない子も、全員が自分の射精のためだけに動いている。
それも、魔の目的に能動的に加担しているのも、現実離れした現象で翻弄することさえいとわないのも、女子たちの意図的な受容だと分かり、ますますその異様な状態から脱却しなければと、義務感に駆られる。
その淫靡な罠によって、性にこなれていない男も、経験ある男性も、ずっと終わらない快感の連鎖に、ついには打ち勝てなくなっていく。
男が絶頂するのは単純で簡単なのに、女が絶頂するには非常に時間と手間がかかる。その代わりに男は抑制ホルモンが強く働いて、イキ終わったら途端に性欲がゼロやマイナスになっていくのに対して、女は何度でもアクメを愉しめる。
それさえ逆転して、男も何回でも射精できる肉体になってしまう。それでも、あっという間に多幸感まで持ち込まれてしまうのは変わらない。相手を先にイかせる勝負では極めて分が悪い。
それも分かりきった上で、何人もの娘たちをあてがうのだから、ターゲットはどんどん沈んでいくほかなくなってしまう。
現実離れの異様さだけでなく、背徳性や禁断性も、大きく魔力を増幅させる。それは現実では許されない、男女の性的な営みが、魔の世界では平然と行われることで、はっきりと際立ったものになる。
どの場所でも罪に問われてしまうか、少なくともコミュニティ内で致命的な風評に繋がってしまう性関係は、当然女性側が酷く忌み嫌い、その機会が出てくる可能性はほとんどない。
まともな男ならそれを承知の上で、あえて性衝動に結びつけないように、気を引き締めている。そうしている間は平穏を保てる。
まだあどけない小中学生、姉と弟、父と娘などのセックスの組み合わせは、とても不道徳で、子女たちの心を引き裂く。多くの国で、法に触れるものとして断罪されるケースがほとんどとなっている。
しかしかつては平然と行われていた時代もあり、そこから忌まわしき男女が産まれてくることもあった。そんなに悪いことなら、初めからそういう関係を抱けないような、生理的反応に仕立てれば済む話だったはず。
血の繋がった女には決して勃起できない体に創造しておけば、多くの悲劇は回避できた。また、不同意での性交で泣きを見させるくらいなら、嫌がっている娘たちにペニスがいっさい反応できないような、生理的仕組みにプログラムすれば、それで悲惨はなくなったであろう。
勃起も快感も起こり得ない対象に、性衝動を解消させようとは誰も思わない。それは突拍子もない、不可能な仕組みに見えるが、さのみ難しい話でもない。男たちは射精後に性欲を抑制する、強いホルモンが機能する。
ならば! 最初から強姦の大罪に陥る瞬間に、プロラクチンなどを自動的に大量に分泌させれば、その先に進む男はいなくなる。人類創造の計画において、できない相談では決してなかったはずの内容だ。
年端もゆかぬ男女への性行為や、そういう男女同士の肉体関係は原理的に不可能で、男の側も勃起できず、愛し合うことも快楽を得ることもできないように、有性生殖の仕組みを整えたら、種の多様性も担保されただろう。
よしんば無理なセッティングで強行された場合であっても、ヒトの精子がサルの卵子に結びつかないのと同様、決して受胎できない仕掛けは簡単に施せた。なぜそうしなかった?
底意地が悪かったか、ウッカリしていたか、どっちみち不完全な子孫の残し方を許す仕組みになっている以上、完全完璧ではありえない。その限り、どうやっても偏愛と依怙贔屓がまかり通ってしまうに決まっている。
不完全で不十分だから、報われる者とそうでない者がくっきり分かれてしまうこととなった。それも当然、悪魔サイドは食ってかかる論拠となったが、取り合ってもらうこともなく一蹴されてしまっている。
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