誘惑の白い城 ~父娘外典~ 2





 それならば。

 邪悪で背徳的な性行為と快感に持ち込むことで、かえって禁断を破る後ろめたさと、だめと言われた相手と、秘密裏に結合してしまうような、社会的に否認される肉体関係を逆に前面に打ち出した方が、精液放出時の禁則を破っていると分かりきって出してしまっている気分自体が、強い魔力として変換できてしまう。

 現実世界では収監されてしまうような行為が、ここでは許される。それどころか積極的に奨励される。

 無能で不完全な光の主が見過ごした禁断を逆手にとって、男たちに「やってしまった」と強く思わせながら律動させていけば、自分たちのパワーもどんどん高まっていく。

 女子女性たちは現実と反対に、性行動も本番挿入もいとわず、むしろそうしたくてたまらない、もんもんと情欲に付き従って、ターゲットを気持ちよくしようとしか考えない。

 それは女の娘であっても、受胎可能年齢となる10歳の境目に至る前でさえも、一向に変わらない。

 ほんのわずかに魔力の補助が入るだけで、幼稚園児相手でさえ、なまでペニスを根元まで収めてしまって、陰唇断裂などの怪我が絶対に生じないのだから、そのまま強い狭い締まりで悦ばせ、脈打つまでぎゅっと離さなければ、激しく腰を振りながら、多幸感が訪れてこれ以上はマズイと死ぬ気で抵抗してきても、もう遅い。

 ターゲットは自分のこの幼くかわいい肉体で、びゅっびゅっと生殖細胞を出し尽くしてしまうだろう。

 妊娠可能になると、子供でも生足がすっかり女の肌に変貌するが、それを武器に禁断の快感を滑らせ、すっかり興奮してしまった男性に、毛の生えていない子供膣で、射精まで持ち込もうとしてくる。

 現実では少女の方、がそれを一生のトラウマになるほど嫌悪するのに、こちらでは彼女たちこそが、「禁を破る感」を最大限引き出す娘として、大勢動員されてしまっている。

 男たちはロリコンの気がまったくなかったのに、ここで初めて、稚さばかり際立つ女児のちいさな全身を、女としての気持ちいい異性のカラダと思い知らされる。

 こんな子供相手に、ペニスが大きくはち切れてしまう節操のなさに強い羞恥を覚え、それでも自分の劣情を抑えきれず、自力で萎えさせることも不可能だ。勃ってしまったが最後、女の子供は嬉々として、根元までくわえ込んで離さない。

 その内部の感触の良さは、成熟した女性の膣内とほとんど同じだ。魔力が加味されて、さらに強力で強い締まりとやわらかさに満ちあふれるせいで、想像をはるかに凌駕する気持ちよさに悶絶してしまう。

 それでも、お股の感触の良さは中高生でも大人でも、個人差はあっても年代差はほとんどない。

 同じ気持ちよさで大幅に代わり映えがないなら、わざわざリスクを冒して12歳を抱きに、海外渡航する必要などあるはずはない。

 ひとえに、社会的に許されていないセックスだからこそ、その一線を越えてしまうことに、強い快楽と背徳が、ドキドキと伴ってくるばかりだ。

 それをやってしまったら一巻の終わりと分かっていてさえ、暴走してしまったら、白濁液が子供膣と子宮内部に行き渡ってしまうこととなる。リスクに対してウマミなどない。愚か者のすることだ。

 ところが、魔界では決して妊娠しない。精はすべて魔力として最奥部へと瞬間移動してしまうからだ。

 そして娘たちも決して嫌がらない。それどころか、自分こそが気持ちよくできるよ、わるいコト、こっちの世界なら許されるんだよと、魔性の誘惑を積極的に複数で仕掛けてくる有様だ。

 彼女たちは、自分のような子供だからこそ、男たちを狂わせて射精まで持ち込めたら、魔の主様に捧げる魔力が、膨大になると分かっている。

 ちいさな身体でペニスを絶頂に持ち込めば、疚しい情念を伴って昇天する、男たちからの精神エネルギーが、非常に質の高い魔力になる。それを使わない手はない。

 それでこちらの世界では、女性側の平均年齢が大幅に押し下げられている。高学年生から女子高生までのボリュームゾーンが最も高く、ターゲットが出会う女敵も、この10代娘たちが、7割ほどを占めてしまう。

 中学女子は見た目は本当に子供っぽいまま、中身もいきなり女になっている部分は多くもない。しかしながら第二次性徴期で、乳房が大きく目立って膨らんでいき、それでいて乳頭はツボミのまま、というアンバランスな肉体になっていく。

 しかしその生足は確実に、ペニスを挟んでこすり立てるだけで、あっさりと精を吐き出させるほど、強い性感刺激をもたらすほど成熟してしまっている。

 制服を着た子供にしか見えないのに、脱いではその女性性を際立たせ、抱けば完全に、女の肉体としか認識できなくなるくらい、全身の肌のきめ細かさと気持ちよさ、股間の締まる具合の良さが抜群だ。

 男たちは、首から上だけが子供のままの女体と、セックスしているとしか思えなくなってしまう。当然だが、この年代の少女を性欲解消に選んで、一線を越えてしまえば、有無を言わせずに社会的な制裁を受ける。

 人間社会のこの世現実は、単純な繁殖だけで、生物の務めを果たしたとは言えない段階に達していて、それが神のプログラムとしてシナリオが出来上がっているためだ。

 受胎率が非常に高い10代女子が、たくさん子供を産むようになれば、その社会は確実に貧困と戦争にあえぐこととなる。自動的に人減らしが行われてしまう。

 それは治安の安定も制度の秩序維持も、不可能になるくらい深刻だ。だからこそ罪に問われ裁かれる、法律的な決まりができている。手軽に手を出していい相手ではない。

 それが分かっているからこそ、魔の領域では中高生も気持ちいいカラダだよと、強く甘い誘惑の手先に用いられる。子供でも女は女。彼女たち自身が有無を言わさず男を求め、セックスだけを求めて迫ってくる。

 逃げ場がない場所で勃起を堪え、さらには射精しないよう踏んばって、小娘を先にアクメ天国に導くなど無理に決まっている。大抵は先に男性の方が多幸感の連続に耐えきれず、どばどばと敗北してしまうのがオチだ。

 若くて気持ちいいスベスベ肉体に対して、社会性も理性も無力すぎた。魔性の世界ではこれを咎められはしない。その代わりに、より深い深淵の世界へと、どんどん沈められてしまうのみとなる。抜け出せない。

 女たちは年代を自在に変えられる。30代40代の女性も、もちろん混ざってはいる。が、自分とターゲット、お互いの好みに合わせてそうしているだけであり、例外的にターゲットの守備範囲、性欲対象年代以外でも、想像をはるかに超える魅力と快感だと思い知らせるために動員されることがある。

 それは子供娘でも熟女でも事情は変わらなかった。やりやすさは若娘の方がたやすいというに過ぎない。

 ターゲット男性も多岐にわたり、勃起を覚え、さらには律動できるところに持ち込めるほど、意識や世界像がたしかになりさえすれば、つまり小学1年生以降であれば、容赦なく魔の世界の誘惑にさらされる。

 精通前であっても、律動がビクンビクンと、ちいさなペニスから引き起こされれば、快感の精神エネルギーは同じとなる。

 むしろ今まで教わっていない、オナニーさえ恥ずかしいと本能的に思っている男児を、禁断の世界と行為に持ち込んで、男の子たちをいけない世界に引きずり込む。

 くすぐったさとは格の違う性感刺激に脈打って、いけないことをしちゃってると強く思わせておけば、やはり背徳性を加味した強い魔力吸収ができてしまう。これはこれで、子供でも男は男というわけだ。

 このように、一度引き込まれたら最後、男の子も、おとな男性も、結局性的な気持ちよさとエクスタシーの絶頂からは逃れられず、どんどん下へ下へと引きずり込まれていく。

 いつまでも長時間の脈打ちに悶え、イキそうになっては渾身の力で踏んばろうとがんばって闘い続けるが、それをも超える快楽の連鎖が、大勢から寄ってたかって押し込まれてしまう。

 そのために、出してはダメだと強く思いながら、イク気持ちよさの頭がカラッポになるほど原始的な愉悦には、どうしても勝てる要素がない。

 ほぼこの魔界からは脱出不可能で、いっそう暗い下層世界へと、じわじわと吸い込まれるように堕ちていくしかない。そうすればするほど快感が強くなってしまい、もっと抜け出せなくなると分かっていながら、どうにもできなくなっている。

 ただ、魔の存在と言っても、ただ悪逆非道のかぎりを尽くそうとは思っていない。それでは魔力吸収の妨げになって本末転倒だ。

 たしかに彼女たちは、ターゲットを有無を言わさずに引き込んでくるけれども、その一方で、男たちにはちゃんと、永遠に「チャンス」を与えている。その気になりさえすれば、元の世界に帰れる可能性も約束されている。

 高等な悪魔、デビルと通称される者たちは、もともと神意の側にいて、反対意向を表明したために、地の底に落とされ、封印された身だ。その精神は復讐と転覆の闇に染まってはいるが、あくまで高潔のまま維持されている。

 約束はしっかり守る。策略で裏切ることはあり得ても、契約の範囲内であって、人間ほど約束を守らない下賎に身をやつそうとはしていない。

 同じ悪魔でも低劣な種族、たとえばデーモン種のような理知のかけらもないような存在や、さらに下等な生物では、そもそも約束の概念もなく、それを守ることもない。義務の意識自体がない。

 その場限りの約束だけをして、あとになって手のひらを返すのは、ホモサピエンスサピエンスと、デーモン種、理性のかけらもなく、自身の魔力で病も不幸も死も自在に与え、悪のかぎりを尽くすような下等魔物だけだ。

 一緒くたにされること自体を、彼女たちは快く思っていない。

 有名どころとしては、ハーピーのような下賎の女魔などが格好の例だろう。元々は御使いの一種族だったが、やはり不興を買い、醜い悪魔に転落した身だ。

 しかしそれは、世界の根本的な決まり事に異議を唱えたためではなく、卑怯者を罰するうちに、自らも卑怯者に成り下がってしまった経緯を持っている。

 その精神は下等で、動物以下。それでいて考える能力だけはあったせいで、狙った相手を執拗に追いつめようとする、狡猾で陰湿な性格だけを残した。

 できる嫌がらせなら何でもする、そんな性格の人間も腐るほどいるが、それに輪をかけて魔力まで浪費するせいで、さらに気味の悪い、忌まわしい魂を背負ったまま、弱いものを見つけては死ぬまでいじめることだけにしか、楽しみを見いだせない。

 ハーピー、あるいはハルピュイアと呼ばれる下等な魔物は、こうして無理性の邪鬼に成り下がってしまった。

 神魔ともに、この化け物に対して、嫌がらせを絶え間なく行う卑劣さと、それに苦しめられる人間たちの有様は、「魔族の風上にも置けない」評価となっている。

 本来はこの醜い女の怪物は、呪いと不幸と死を与える邪悪な妖魔だった。

 猛毒の糞をばらまいて食糧もすべて奪い、飢えに苦しめ、渇きは彼女たちの排泄物だけで満たさせて、いつも強い吐き気と、全身に行き渡る寄生虫(小水に卵がたっぷり混ぜられている)にのたうち回らせる。

 一瞬たりとも眠ることを許さず集団で妨げ続け、全身ひっかき傷だらけにして、肉体の表面も内側も精神面も、ひとつ残らずボロボロにしつつ、すべての生理欲求を徹底的に奪って、苦しめ抜いてから絶命させる、おぞましい性格だ。

 こいつらに付け狙われたら、ただ殺害されて終わらない、その前のプロセスで長時間のたうち回る羽目に陥る。地獄の亡者たちにも、この妖魔が差し向けられている。

 限りなくこれに近いことを、社会的な嫌がらせとして行う人物は、正義の鉄槌だとむしろ嬉々として行っているのが通例だ。人間もハーピーも同じ穴の狢というわけだ。

 そのため、魔の主様はデビルとして、この邪悪な妖魔の精神を乗っ取り、違う存在に根底から作り替える。

 魔の存在の意志に賛成するかどうかを、そのときに判断する最後のチャンスを与える。それに従わないなら、魔族の名を冠することも許さない。人々が苦しめられる数億倍の苦痛を、異時空で味わわせてから素粒子単位以下まで分解して、絶対に復帰できないようにする。

 ハーピーには、中途半端だが思考能力はある。ゴルゴンのようにやみくもに対象を石化するか、捕食するしか能のない野獣のような魔物も、その精神に干渉して、チャンスは与える。

 自分たちの仲間として、今後の生命と快楽を享受する存在となるか、神にも人にも悪魔にも嫌われた以上、絶対に戻れないところまで分解されて無に帰する、もしくはブラックホールに吸い込ませて、宇宙の外側に完全追放するか、選ばせるのだ。

 高位の悪魔のご意志に賛同したなら、配下として、男の精を吸う目的だけで動くように仕向けられる。

 魔力も増幅され、その暮らしは安心安定で快い。女の怪物たちに性的絶頂の伝説はほとんどないのに、魔界の従者になる決意をすれば、これまでの悪意が馬鹿馬鹿しくなるくらいの天国アクメを、いつまでもご褒美として与えられる身になる。

 ハーピーも人の精神を破壊することをせず、その生活を奪うこともしなくなった。だが、美しく転生し永遠の若さと魅力を獲得して、これを存分に用いて、男たちを欲情させ、自由自在に動き回る乳房でしごき立てて精を噴き出させ、空中で結合して何度も何度も股間内部で脈打たせ続ける。

 奪い取った精は上司に献納し、褒美を与えられる。邪悪な妖魔はすでに、その段階で完全に淫魔として蘇っている。

 人間の男たちはよき糧になるが、同時にその身口意の志を見て、これに適した選択肢を確実に用意しているのだった。

 ここで重要なのは、高度な魂、善良な精神の持ち主、理性的で博愛を優先させる男は、魔族にとっては非常に質のよい精を吐く点だ。生まれる前までの宿業も含めて、高潔な魂が射精するだけで、普通の男よりも、ずっと多くの魔力を得ることができる。

 質の高い精を奪えれば、それだけで魔力は格段に向上する。聖なるパワーの高い者であればあるほど、射精させることができれば、得られる糧は、比べものにならない莫大さになる。

 穴を掘って銅や鉄の鉱石を手に入れようとしているところへ、莫大な純金とプラチナが、加工済みの状態でザクザク湧いてくるようなものだ。神に報いるために魔力を溜めている存在たちにとって、目の色を変える出来事であるに違いない。

 より多くの男たちを引き込み、精通前でも無関係に、魔力に貢献できるなら糧にしようとする。

 現実と違って、絶対的に有無を言わせないのではなく、必ずチャンスを与え、選択をし、その魂のレベルを見定め、評価した上で、最適な状況を作り出そうとする。何もかもが、天の世界の逆になっている。

 彼らが選択肢を与えられ、光の世界に戻れるかどうかは、その意志に任されている。もともと光の世界で誕生したのだから、本能的にそこへ帰ろうとする。

 これまで生きてきた、なじみのある世界とは、すべてが正反対に作用する場所に、いきなり送り込まれれば、その新世界へさらに馴染もうとするかどうか、熟考させられるだろう。

 報われている順応者は、すべてが正反対の結果になるような魔の世界には耐えられない。球を地面に投げれば落ちる。が、こちらの世界では重力どおりに落ちていくのではなく、瞬時にして大気圏外へと、ボールが跳ね上がってしまう。

 もしそんな現象を目の当たりにするなら、そんな奇妙すぎる世界は願い下げだろう。

 淫魔の世界では、ボールが重力どおりかどうかを試すチャンスすらもない。性快楽と射精に関係のないものは用意されない。

 だが、男女の人数比、タブーのない誘惑と、いつでも誰にでも精液を出せる、もしくは精通前なら脈打つだけの気持ちよさを永遠に味わえる、その極上の気持ちよさは共通項となる。

 異性たちが性に奔放になることこそ、元の世界とは180度違っている。そんな逆行に対して、帰るか帰らないか、いつも選ぶことはできるようになっている。

 原理は簡単で、この新しい魔族の快感世界に、本気で脱出したい、帰りたいと強く願い、それを身体でしっかり意思表示するだけでよい。

 その証拠として射精せずに、先に相手の女子をイかせ倒せば、その約束は守られる。もしくは、一定時間約束された期間に、脈打ちせず耐え切れればよい。何事もなかったように現実世界に戻っている。

 ことによると、時間も記憶も操作され、さっきまで見ていた夢をほとんど忘れてしまうのと同じく、異世界での出来事も、それだけインパクトが強いにもかかわらず、すっかり忘れ去って、元の日常に戻って生活できるだろう。何も代わり映えしない、昨日と同じ明日へ。

 強く願い、元の世界を選ぼうとするなら、その手段はひとつだけだ。

 怒濤のように押し寄せる異性のキレイな全身を見て、触って、抱きしめて、さらには手でも口でも脚でも、ペニスが気持ちよく刺激され続けていて、交代で少女たちからお姉さんたちまで、千差万別のオンナの感触にしごかれ続ける。

 中にはもう霊体化しているものや、淫らな女の怪物まで、セックスの快楽宴に混ざってくるだろう。

 そのさなかにあって、帰るんだと強い意志を誇示するなら、周囲に何十人もの異性が取り囲んでいても、その下半身と男の棒に、集団で快楽だけが与えられ続けようとも、誰かの膣内でドクドク脈打つのではなく、強い意志でその甘い誘惑をはねのける。

 具体的には、全身女体まみれになりながら、気持ちいい異性の股間、素足、乳房をなまで味わい続けている中で、気力だけでそのペニスを萎えさせることができれば、もはや魔界の快感に対して、オスの本能をも出さないという、強い意思表示になる。

 それだけのことができるなら逆転もたやすいだろう。彼女たちの方が先に果ててしまうのは目に見えている。

 射精と気持ちよさを堪えて、交尾の刺激を克服できさえすれば、何億年宴に参加し続けても、その次の瞬間には、まったく元の世界で、元の状態を再開できる。彼らにはいつでも、その選択肢が与えられている。約束は破らない。

 相手が禁断の女子女性であればあるほど良い。抱いてはいけない、性欲対象にしてはならないと強く思える異性こそが、もっとも甘くみだらな誘惑にかり出される。

 彼の前にはそういう娘たちが大勢集まってきて、初めのうちは抵抗し、女として見ないようにする。

 けれども、どうあってもその肉体の淫乱さと、直球でペニスと精液を求めてくる態度、かわいいのにいやらしい物腰に胸が高鳴り、その肌を見て、自分を抱いてと迫ってくる相手に、快感の期待値が高まってしまい、ついつい勃起を許してしまう。

 彼女たちにとっては、その社会的常識の垣根を取っ払ってしまうことが、初めの関門と映っている。それはじかに触れる、抱きつき生足をこする、ツルツルの股間表面を触らせるなど、多岐にわたって視覚と聴覚と触覚、魔の蜜の嗅覚や味覚全部をフル稼働させて、情欲のたぎりに持ち込む手段だ。

 非常にバリエーションも多く、勃ってはダメだと強く思わせていながら、意に反して股間が大きく膨張していく情けない有様に、軽い失望感を与える。

 そのことを彼女たちは心底面白がり、自分こそが気持ちいいんだよと教えていった結果、体が先に反応してしまっているのを、言い逃れできないようにする。

 勃起を隠し通すのは不可能だ。そして、隆起してしまえばあとは、好きな体位やフェラテク、素足の弾力など、全身どこもかしこもが、精液を吐き出させる快楽道具になる。どの方法でも、背徳感を強く感じさせながらも、快感に負けて体液が出っぱなしになったらいい。

 それで彼女たちの勝ちとなる。ターゲットの側は、出してはマズい、後戻りできない一線だと分かっていながら、あまりに妖艶で気持ちいい性感刺激に耐えきれず、ビュッビュッと絶頂の汁を吐き尽くしてしまうのだった。

 第一の関門を越えてしまえば、その最終関門に至らせるのは、実に容易でもあった。

 踏んばらせるだけ踏んばらせて、甘くとろけさせる性感神経への働きかけが、苛烈を極めるせいで、引き裂かれた心のまま、肉体の昇天感覚に我を忘れてしまう。その結末こそが、魔の主様への最大の貢献となる。

 少女とおとな男性、少年とおとな女性、中学女子と大学生など、組み合わせは様々だ。中には実の姉や妹、姪っ娘や既婚者、意識して遠ざかっていた幼なじみや、反目していたクラス女子6年生でもいい。

 時間が操作されて、昔の姿のクラスメイトや中高生が相手になることもある。子供ペニスでも挿入できる世界のため、インピオからオネショタまで、何でもありになってしまう。

 もう一つ肝心な要素がある。それらの搾精の宴は、魔界に記録されつつ、これを動画として見せる、文字に直して読ませる、リアルタイムですぐそばで直視させる、もしくはホログラムのように生々しい実物として、別のターゲットたちが目の当たりにするシーンでもある。

 自分の射精まで持ち込まれる一連の誘惑から挿入まで、何分かかっても勢いよく放出されているペニスに、女たちがさらに快感刺激を加えて、もっと長く、たっぷり、いい気持ちのまま維持して、一滴残らず絞り尽くす有様を、別の男たちに見せつける。

 そうすることで、見た男性たちも劣情を催し、我慢しているのにうっかり海綿体を膨張させてしまう。嘔吐連鎖のようだが、男どもはAVでも欲情する。連鎖は止まらず拡がり続ける。

 こうなっては、この見ているだけの男性もまた、魔娘たちの餌食になって、おいしい精液を奪われる憂き目に遭ってしまう。使い回され再現された、実感あるエロシーンは積み重なり、さらに多くの男たち男の子たちを、誘惑の罠に沈めていく。

 魔界の深淵の闇に至るまで、気の遠くなる時間がある。そのほとんどが、迷路や小部屋のように脱出できない場所だ。精液を積極的に、異性たちに奪われていくプロセスで満たされている。

 闇の主の世界に誘われた世界は、その壁の白さから、誘惑の白い城と称されている。この変幻自在なキャッスル構造で、あまたの男たちが女魔のエネルギー源になり、そこに閉じ込められたらまず抜け出せない。

 こういう城の中に誘い込む手法は、魔族にとっては常套手段のひとつでもあった。

 ここに、40代前半の男性が2名、狭い部屋に閉じ込められている。2人とも妻子持ちの身だ。お互いに家族ぐるみの付き合いがあり、気心の知れた間柄だ。しかし、透明の仕切りに阻まれ、お互いの顔を見合わせつつ、自分も相手も全裸になっていることを確かめるしかできない。

 前後左右とも仕切りが狭く、2人の間の衝立も透明なのに堅牢だ。何より天井が低く、寝そべるしかできない体勢で、2人の男が並んで横たわっていた。彼らは立ち上がることも、その狭い畳一畳分の、異空間部屋から脱出することもできない。

 他の場所とはつながっているものの、出入り口がなく、行き来ができない切り離された空間に、中年男性が2人、仰向けに寝かされている。

 言葉を出そうとしても、何を言ったらいいのかが分からない。くぐもった声が出るだけで、それ以上の意思表示ができなくなっていた。さらに、自分の背中やお尻が床と接着してしまっていて、起き上がることすらできなくなっていた。

 2人の頭の中には、魔の存在からの感情がない説明が流れ込んでくる。彼らには一人娘がいる。その娘たちは成人式を終えたばかりの女子大生で、とても仲がよく、近所づきあいもずっとしてきて、同じ学校にも通っている。

 父と娘の普通の間柄でもあったけれども、外部に向けては仲良しに見える。そういう親子関係でもあった。どこにでもある一般的な家庭だ。それなりの地位と経済、貯蓄もある。

 彼女たちの母親、仰向け男性たちの細君ももちろん健在、のはずだ。が、奥様方の姿はこの小部屋に見当たらない。悪魔のささやく情報で、彼女たちの安全と安寧は生涯補償されていると聞かされる。

 同時に、仲良しのこの2家庭のうち、元の世界に帰れるのは、どちらか片方だけだと聞かされる。

 もう片方は、永遠に魔界で過ごさなければならず、特に娘さんは、魔の誘いで帰る意志を持たなくなり、お父さんは永遠の絶倫のまま、セックス天国に、永久に閉じ込められることを理解させられた。

 仰向けから体を動かせないのも、床の特殊構造で、男の身体に食いついて離さない結果だった。

 残酷なルールが告げられる。元の世界、元の暮らし、団らんのある家庭の生活、為すべき仕事、立場、家族の健康、異常のない人間としての幸福な暮らしは、片方の家族にだけもたらされる。

 解放されたなら、ここでの記憶は忘れ、勝負に勝ったことさえ忘れる。しかのみならず、もう片方の家族、敗北した一家との記憶までも、完全に抹消される。20年以上の付き合いがある、近所のよい関わりの歴史も、すべて忘れ去られる。

 すべての人間が、その敗北した家族のことを覚えていない。生まれてこなかった、初めから存在していなかったものとなり、昔から何らの接点もなかったのと同じになる。記憶の断片も残らない。

 これはつまり、もう片方の家族全員が、初めから生まれてこなかったのと同じ世界軸に戻る、ということだ。初めから存在していなかった。だからいかなる付き合いも、記憶も記録も事実も存在しない。

 自身の半生を、とことん後悔した人間は、初めから自分を生まれさせなければ済んだ話だと、光の主を心の底から憎悪し、絶縁を宣言した。初めから生まれていない、父も母も生まれていない、祖父祖母は若い段階で、戦死し空襲に打たれ、見合いにも至っていない。

 だから自分も初めから生まれる道理がない。神意が万物を究極目的に向かわせたいものであるならば、そのような世界軸でなければいけなかった。話が違う。

 そのことを悪魔たちも理解し、そういう世界軸の異なる場面に、それぞれを誘う決断を下した。負けた側は魔界に残り、元の世界では初めからいなかった。それを勘ぐる可能性すらもない。

 近所の空き地に本当は家が建っていて、その住民と自分の両親とが懇意だったかもしれないが、実際に自分が生まれ育った世界線では、その場所は空き地であり、誰も住んでいない。

 懇意だった家族なるものも、初めから実在していない。その場所は時代が進むと買収が進み、現在は倉庫になっている。その空き地が、存在を抹消された家庭の名残だった可能性など、誰も考えもしないだろう。

 30年前の無残な事故で落命した女子高生が生きていたなら、自分の妻になったかもしれない。が、実際には彼女たちは、重すぎる岩盤に押し潰されて、即死であった。

 そして、彼女が事故に巻き込まれていなかった、事故そのものが起こらず生きていたなら、それで即座に、自分の配偶者だったはずというのは、あまりにもお粗末な、自分の都合だけを考えた下賎な妄想に過ぎない。

 生きていたなら、普通に他の男の妻になっただけであろう。お前には関係ない。

 しかしながら、魔の存在はその下卑た発想をも取り入れ、巧みに快楽に利用する。死者を悼むことはない。なぜなら彼女たちにとって、死は無縁のもの、魔界には死そのものが存在しないので、悼む対象が誰もいないからであった。

 誰しもが一度は、都合の良い”IF”を想定しはするものの、その実現を強く希うことはない。

 そういうおいしい展開を想像したところで、結局は別の誰かが幸福を持っていってしまい、自分の分け前は厳格に神に奪い去られ、徹底的に引き裂かれるだけだ。想像したこと自体を大罪として、天罰を与えるであろう。

 結果が変わらないのではないし、やっても無駄で無意味なのでもない。やったからこそ結果は「悪化だけをした」のであり、無意味どころか完全に徹底した有害性だけをもたらした。

 何もしない状態が最もよい結果であった。そこへお前が邪魔立てに入ったせいで、事態は急激に悪化してしまう。その罪業によって、害悪の分の責任は当然取らされることとなる。

 孤独な狂人としていじめの対象になり、借金してまで法廷で争ったあげく、自死に至る未来だけを与えられる。

 なら生まれてこない運命だった方が、はるかによかったではないか。だったら初めっから生まれさせてこなかったら済んだ話ちゃうんかーーー!! こう責めなじって露と消える。光の造物主を、心の底から憎みきる。

 魔族はその仮定を、実際のものにすり替える。元の世界とは完全に異なる世界であり、その基準もルールもまったく異なる。

 生まれてこない世界軸の方が、何億倍もマシだったではないかと怒りを爆発させた男に、「生まれてこなかった場合」の世界像を見せる。

 彼は現実世界には、初めから存在せず、魔界だけでその意識を芽生えさせた、概念だけの存在になる。現実に初めから発生する可能性がなかったもの、という扱われ方を、実際に目の当たりにすることとなる。

 そこでは誰も喪失をしない。あったはずのものが消えたと気付く可能性も決してない。初めから生まれてこなかった、そこには誰もいなかった、家はなく空き地であって、自分を含めた両親も祖父母も誰もいなかった。

 その前提で動く世界は、自分の知っている時代の流れとまったく同じであった。生まれてこなかった場合でも、何一つ結果は変わっていない。彼女はあの男性の子を産み、幸せな家庭を築いた。

 自分がいるかいないかにはまったく影響を受けていなかった。むしろ、その後の仕事でも人間関係でも、一切合切が、自分がいない方が、万人をわずかに幸福にしている。どれだけ人の邪魔をしてきたかを、ありありと思い知らされている。

 まさしく試練にかけられた一家も、初めから存在していない扱いになるか、元の世界に戻れるか、その瀬戸際に立たされていた。

 悪魔は片方だけを、元の世界に戻すと約束した。約束である以上は、必ず果たされる。また、戻れなくなった男女は、現実世界では初めから存在を抹消されるが、それで死ぬことはあり得ず、あくまでこちらの魔の世界で永遠に生き続け、魔界の掟に沿った悦楽を過ごすことになるのも、合わせて絶対的なものとして約束した。

 仰向けで動けない男性のそばに、裸の若い娘、ちょうどぴったり20歳になったばかりの女子大生が1人現れた。それは、よく知っている相手でもあった。自分の実の娘、ではなかった。

 驚いてアクリルボードの先を見返す。自分も親友も、全裸で仰向けになっている。透明の仕切りに区切られていて、お互いの言葉のコミュニケーションも取れない。

 だが、首から上だけ自在に動かせる2人は、ほとんど目配せに近い状態で、相手の全身と、そのすぐそばにいる若い女の子の姿を確認する。

 友人のそばにいるのは、間違いなく自分の娘だった。彼女の名前も、友人の名前も、娘やその友達の名前も覚えていない。それどころか、自分自身の名前さえも分からなくなっている。

 一時的な忘却でしかなかったが、もし魔の世界の住人になったら、もはやそれらの情報は余分となり、永久に思い出せないし、思い出そうとさえ考えなくなると直感している。

 自分の首から下が動かないまま、仰向けに固定されている。発するべき言葉も思い浮かばない。それでいて、言語分野での脳のダメージや衰えがあるわけではない。悪魔から直感的に伝えられる目的を、4人ともちゃんと理解している。

 陰毛すら生えてなく、首から下がツルツルの全身になっている。また、よく知っているはずの友人の体つきが、いきなり太すぎず細すぎず、皮下脂肪の多くが取り除かれている。顔立ちも幾ばくか若く見える。

 身体的能力、とりわけ性欲とその発露の側面で、衰え始めた部分も、一瞬で回復してしまっている。

 妻以外を抱くことが社会的にも法的にも許されておらず、なおかつ散々若い頃に、最愛の女性と結合し続けた。その1人がいれば十分だった。それでも、子供の数は経済的に制限する必要があり、2家族にそれぞれ、子供は1人か2人に抑えられた。

 つまり中出しを行ったセックスは、1回か2回程度に留まり、それ以外は避妊具を必ずつけての行為になる。

 なまの実感はあまりに新鮮な感触ではあったが、結婚できたとしても、そうそう簡単には異性の膣圧に、じかに晒される回数は多くもない。そのうちに衰えが出はじめ、体力的にも精神的にも、子作りに励む営みからは卒業し終わっている。

 長女を育て、その弟がいる家なら彼も一緒に育て、実費をかけて大人にしていく責務がメインとなっていく。成人式を終えたばかりの愛娘も、遅かれ早かれあと数年程度で、結婚して他の家庭を築いていくだろう。

 卒業までは育て上げる。そこまではどの家でもほとんど変化がない。隣にいる友人も、似たような収入、似たような習慣で、同い年の娘を持っている父親だ。

 お互いの娘が、これも完全に裸で、好色な目を浮かべ顔を上気させて、仰向けの中年男性を見下ろしている。彼女はすでに、自分の大人のカラダに十分自信がある。友達の女子大生もまた、成熟した女体になっている。

 実の娘ではなく、親友の娘が、同い年の見知った若娘が、自分の目の前に迫ってきている。そういえば、もう10年以上前、彼女たちが幼かった頃には、一緒に風呂に入ることもあった。

 全身を洗ってやるくらいはした。彼女たちも性的意識がほとんどなかったのか、羞恥心を出すことなく、友達と一緒にお風呂、万一の時に具えて見守る大人が1人いる……あとは目先を楽しもうというだけの時間だったのを思い出す。

 彼女たちはそれで十分だったし、自分もまた、子育て中で、久々の休日に気心の知れた相手の実子を預かることに、何ら抵抗感はなかった。

 当時に比べて、からだの大きさも乳房の膨らみも、生足のキレイさもお尻の出っ張りも、桁違いに成熟している。若くハリのある裸体になり終わっている。

 本当なら2人とも、股間に陰毛が生え揃って当たり前だったのが、毛根から消え去ってオンナ表面を丸出しにしている。こっちの世界で首から下に毛が生えないのは、共通のルールになっていた。

 当時と比べても、大きくなった、女になった、完成したと実感できる部位ばかりだ。そういえばあの頃の2人は、胸は膨らみかけだが、お尻は震えるくらいに肉付きを得ていたし、太ももはすでに大人の肌感触と同じシコシコ滑らかさを、確実にその細い両脚にたたえていたのを覚えている。

 だがもちろん、実の娘に欲情することはあり得ないし、ましてその友人の娘へ性欲を持つことも考えられなかった。そういう衝動的な欲動は、すでに自分の妻に出し切ってしまい、一緒に入浴する頃には、連日玉袋はカラッポになっている。

 今更子供の全裸を目の当たりにしたところで、仕事の疲れと妻への射精で、彼女たちの下半身に女性性を感じ取る余裕はなかった。

 だが当時、2人の娘はすでに、友達とお風呂で楽しむ一方、見守る保護者が男であることはちゃんと理解していたし、実の父親であっても、その気になりさえすれば、実の娘のカラダで射精できる存在なのも知っている。

 ツルツルの全身を洗ってもらい、シャンプーも手際よく、頭を洗っている間、そして浴槽に一緒に浸かっている間も、娘にとっては父親が、その友人にとっては友達の父親が、自分たちの上半身も下半身も触り、その女らしい感触に驚いているはずと確信していた。

 少女たちは胸も背中もお尻も股間も、惜しげもなくその大人男性に見せつけ、触らせ、泡まみれで磨かれた、きめ細かい肌を密着させていた。

 特に浴槽に3人で入るときは、強く体中を密着させ、大きな男の人の全身に、背中やお尻の弾力を滑らせ、生足で彼の両手を包み、オンナ表面も密かに滑らせていた。

 それもまったく自然な動きで、勝手にくっついた、こすれた、見える位置にいたという風に装って、少女たちは自分を、相手男性に性的興奮させるだけの全身だ、と自覚している。

 父親はすでに性衝動を出し尽くしており、彼女たちの肉体の心地よさを認識していても、一線を踏み越えれば、自分の人生も娘の人生も詰むと知っているので、あえて意識することなく、入浴イベントを終わらせる。

 体を拭いてもらい、そのままドライヤーで長めの髪を乾かしている娘たちは、いつまでも下着一つ身につけないまま、背中もお尻もオンナ表面も、2人がかりで父親の視界に収まり続けた。

 髪が乾かないうちにキャミソールなどを着用すれば濡れてしまうという理由を建前に、しばらく彼女たちの裸を、父親に見せつけていた。

 それでも父の方は、彼女たちの身の回りの世話だけをして、それ以上の情念を、この年端もゆかぬ娘たちに抱くことはなかった。日夜多忙を極め、性衝動が衰えて、さらに妻の相手もしているさなかでは、能動的欲求に直結することがない。

 少女たちの下半身に、異性へ抱く興奮の記号性を見いだせない。その股間はまるではち切れることもなく、力なくぶら下がっているだけだった。

 そのかわいらしいあどけない表情も、それとは連動していない、お尻のフルルンとひしゃげる弾力の心地よさも、両方じっくり密着し、凝視しているのに、手を出せば自分の社会生活が完全に破壊されて立ち直れない、そんな規範意識から、意図的に性衝動を持たないようにもしていた。

 肉体面からも道徳面からも、彼が娘たちに勃起する可能性はない。少女たちはそのことに、わずかだけれども不満な心境と、同時に性知識皆無でも、本能的に性的接触がリスクを生むのを感知していて、そこに至らなかったことへの安堵と、相反する感情を胸に秘める。

 この両極端に引き裂かれた精神は、異性を求めながらこれを避けようとする、羞恥と嫌悪と、興味と好意の入り交じる心情のまま、学年が上がるごとに、さらに女性的な体つきになればなるほど、その引き裂かれた心情を強く保持してしまう。

 誰であれ惹きつける肢体を持っているはずが、実際にはそうでなかった。すべての男が自分の肉体に対して、その裸に対して勃起するとは限らないと学んだ。そして、とりわけ近親者への性衝動が、強い嫌悪とタブー感を維持することを、決して忘れない。

 魔界でそれらが取り外されないかぎり、彼女たちは外側へと目を向けていくこととなる。そこで出会った男性、同世代の異性が近づいてきたとき、受け入れるかどうか、瞬時に判断する。

 ひとり受け入れたら、もう他の男性を同時に受け入れることはない。こうした生物としての本能的な夫婦一対の原理は、まさしく一粒の卵子に一匹の精子だけが結合すること、同時に複数の子種が着床しないようにしつつ、排卵も限定的になることと、見事に合致している。

 ひとつ受け入れたら、もはや別の存在は徹底的に排除し削除するのが、女の本性のひとつだった。その引き裂かれた状態も、成熟とともに健全なものとして、共通認識に高まっていく。

 そのまま成熟した、娘たちの全裸を目の当たりにするのは、かなり久しいことでもあった。自分の娘は親友に、親友の娘は自分に、確実に胸も股間も脚も完熟した、若い肌をさらけ出し、クスクスと性衝動の虜に、目の色を変えている。

 彼女たちは元の世界の倫理観や抑制意識を失っていた。長年かけて培ってきたはずの貞操観念もないし、年の離れた男を、異性として強く自覚しつつ好意を寄せるのも、かなり不自然だった。それも相手は、自分の父親と同い年の、よく知っている子のお父さんだ。

 目の前に裸のまま、胸もお尻も股間もしっかり見せつけながら、すすっとさらに距離を詰めてくる。ぷるんと大きくなった乳房を揺らしながら、2人の若娘は、お互いの父親に襲いかかろうとしている。

 こちらの世界では、出会った男にすべての女子女性が、強い好意と性欲を抱く。相手がどんな間柄なのか、性格も年齢も体型も、まったく判断材料はない。唯一、絶頂に持ち込んで、魔の主様にパワーを提供できるかどうかだけが取り沙汰される。

 精神エネルギーを提供できる者しか魔界にワープさせられない。従って、この世界で出会うすべての男は、彼女たちの強い好感の対象であり、すぐにでも精を抜き取りたい欲動に、他のすべてをなげうってでも最短ルートで、その状態に持ち込もうとする。

 だが、それだけでしかないなら、魔界の原理どおり、ペニスの興奮度合いに関係なく、挿入を意識して跨がるだけで、勝手に根元まで吸い込まれ、いつまででも体液を絞り出させ続けられる。

 今のところは、そういう勝手な挿入までに至ることもなく、いきなり親子スワップの性結合と肉体関係に突入して、彼女たちの股間内部に、子種を吐き続ける状況に持ち込まれていなかった。

 好色な目でじっくりと近寄ってきて、さらに仰向けの男の真上に四つん這いで迫ってきているが、そのままぎゅみっと上から抱きついて、ペニスをその内股に包み込むなどの快楽に、なかなか至らない。

 見上げてくる若娘のかわいらしい顔立ちは、大人の女性でありながら、どこか確実にあどけないかわいらしさを残していて、きれいな肌や頬を見るにつけ、どきっとさせられてしまう。

 抱きつくか肌が触れるか、その少しだけ上に留まっているので、若い乳房が真下に垂れ下がって、大きな谷間を作り上げている。そのきめ細かい白い胸の膨らみを凝視すれば、どうしてもそこに、異性性を感じ取るしかなくなっている。

 父も娘も、どこかでモタついていた。すぐにドッキングに耽ろうという動きにならない。仰向けの男たちも、目の前にいる子は友人の娘だと思うからこそ、機械的にその肉体に劣情を抱くことができない。

 男女が裸で閉じ込められてしまった場合、たとえごく短い時間でも、男は女性の肌に対して、特別な思いを寄せてしまう。見ているだけで、若くピチピチした心地よさそうな肉体を凝視する。

 昔の子供時代の彼女たちに比べ、顔立ちや面影はきちんと残っているが、性徴そのものが、少女たちを大人に変えてしまっている。

 友人の娘に劣情を抱いたことはないし、ただ性欲だけで突き動かされてしまったら、その後がどうなってしまうのかも、よく分かっている。まして、血を分けた親子であったらなおさら、そこに性衝動を抱いて参加しようとは考えない。

 2人は女子大生の顔と肢体を間近で見つめ、娘たちのまなざしに釘付けになりながら、どうにか理性的であり続けようとした。たとえ……魔の存在によって、脱出方法を教わっても変わらなかった。

 初めのうちだけ、2家族はお互いに顔を見合わせ、娘たちは自分の父親と、仲良しの裸を交互に見つめる。父たちは首だけ動かせるので、相手の男性と、自分の娘、そして目の前にいる娘の友達を交互に見つめ、ややためらいを抱く。

 もし仮に、現実世界で、実の父親が性的に迫ってきたら、女子大生は徹底的にそれをはねつけるだろう。心の底から禁忌に対する侮蔑と悪寒で、欲情などカケラも持ちはしないだろう。

 それは友人のお父さんであっても、まったく変わらない。年齢的にも、これまでの思い出の上でも、彼らとの性接触はどうしても避けたいと思う。

 彼氏か好きな人は、同世代、1歳くらい年長の若い男の子だ。父と同じ年代の男に抱かれるくらいなら、見た目のいい若い男子の方を好むに決まっている。父親たちももちろん、妻子ある身で、こともあろうにその子の方に劣情するなど、もってのほかだった。

 妻をスワップすることも、なかなかの危険な遊びとなり、本来は仲良し家族同士であっても、そのような淫らな関係に突き進むことはない。ましてやその娘たちがスワップされ、親友の子供といけないことをするなど、誰も望んでいるはずはなかった。

 そのタブー感は、女子たち以上に、男たちの方が強かった。家族を守るべき存在が、肉欲の軍門に降るわけにはいかなかった。

 しかし、その貞操観念を強く持てる男たちは、もともと撰ばれた存在だったはずだ。それが、ふとしたきっかけで、何らかの転落を受けることがある。

 思わぬ災厄によって、想定外の出来事に振り回され、全面的にリア充だったはずが、一歩踏み間違えただけで取り返しのつかない事態へと落ち込んでいく。取り戻すことはできない。

 それは偶然によって破壊されてしまう場合と、自身のつまらない選択ミスによって引き起こされてしまう場合がある。

 そして誰であれ、一度道を踏み外した者に、再びチャンスが巡ってくることはない。幸運の総量が限定され、なおかつ自身の努力や心配りなどが、まったく影響を与えない以上は、「もはやこれまで」と覚悟を決めるほかはなくなる。

 そういう転落の惨劇は、あまり頻繁に起こることはないが、高い位置に鎮座する者ほど、転落するときには、あっという間に破滅する特徴がある。

 分け前の維持が難しくなったときには、容赦なく「人減らし」をするしかない。別れのあとにひとり、部屋の中にたたずんだとき、急激に強い喪失感とさみしさに襲われる。次があるなら、その思いは継続しないが、次どころかさらに悪化だけをし続けていくなら、強い寂寥観念は、そのまま世界への怨念で、幕引きとなる。

 魔の者たちは、こういうわずかな滑落の惨劇が、撰びに与れた中にも起こる場合があるという世界の決まり事を、上手に悪用する。

 人数はかなり少なく、引き起こされる確率も極めて小さいが、救済できる制限を超えてしまえば、この世全体でのリストラが図られる。それだけのことだった。

 いきなり転落をするのは、状況が変化して、用意されたイスが2つあったはずが、1つに減ってしまったときに、よく起こる。2家族のうちひとつだけが、そのイスを獲得できる。どちらか片方しか、救済されることはない。

 元に戻ろうと願うなら、奪い合っているライバルは叩きのめさなければならない。男たちは、それに躊躇している。魔の存在に、たいせつな娘たちが悪用されている。

 その邪な意志に従い、アクリル板の向こうに仰向けになっている親友を、蹴落とさなければいけないのだろうか。相手の男性もやはり、同じように考えていた。異様に過ぎる運命の取引に、唯々諾々と応じることに、強い抵抗感があった。

 立ち直れない敗者が怒りの拳を突き上げるなら、そこに目的意識も生まれ、日中の生き様を、いっそうエネルギッシュにしてくれるだろう。

 しかし、すでに報われている2家族が、今後は片方しか救われないと、突然宣告されてしまったら、怒りの拳を突き上げることに慣れてもいないために、ライバルを押しのけて闘い抜く精神を持ちにくい。

 すでにそういう若者時代は終わり、残りは安泰だと思っていた矢先だったので、反撃方法が分からなくなってしまっている。

 狭量な世界に慈悲は要らぬ。敵の急所を狙いあぐね、ためらっているなら、敵どもは遠慮なく、貴様の急所を滅多打ちにしてくる。二度と立ち直れまい。

 女子はその点では強かに過ぎ、反撃するか、順応するか、押しのけるか、逃げるか、即座に自分の身の割り振りを決断できる。躊躇することがない。自分を妨げた敵は、容赦なくどん底に突き落とす。

 見た目が悪く若くもないくせに、自分に好意を持った男を一生恨む。絶対に許すことはない。

 その順応性の高さは、無慈悲に邪魔者を始末できる冷酷さと欲深さによって、親以上に割り切って行動できる。魔の者たちは、彼女たちのそういう本能的分野をも、遠慮なく悪用するのだった。

 すでに彼女たちには、寝そべっている対象を、気持ちよく脈打たせる目的に、思考が染まってしまい、他の可能性を模索する余裕を持たない。そんな必要をまったく感じない。片方だけが生き残り、元に戻れるなら、もう片方、つまり友達のお父さんは、魔界へ追放されたらいい。

 ためらいもなく2人ともが、目の前の「お父さん」に対して、好色な舌なめずりをし、襲いかかろうとしている。

 背徳感や迷っているさなか、本当はこの20歳の若くキレイな女体をじっくり見て、しかもその相手が、セックスに積極的になっていると理解しているなら、オスとしてはこれに応えて、その異性からの快感に、我を忘れ没頭するはずだった。

 幸運に恵まれていた者たちは、急に状況が変わって戦闘を余儀なくされるとき、変化した状況に戸惑うだけで、本来の性衝動までも見失ってしまう。どうにかして、2家族とも助かる方法はないかを模索しようとする。

 闘うときにそんな悠長なことを考えていたら、敵兵は容赦なく銃乱射してくるだけだ。生き残ろうとする強い本性を、この土壇場で出せなくなる。押しのけられて世を恨む者たちと異なり、もたもたと後手を踏んでしまう。

 予告なしに敵の足下をすくうなら、そういう気後れによって生じる隙を付け狙うだけでいい。

 ところが、女子たちはいち早く、自分たちが生き残り、相手が転落していくと理解した瞬間に、すぐさまルールを把握して、勝つための手段を平然と採用する。

 そしてまた、セックスに興じるという、羞恥が伴ったり、いやな相手との結合を仕方なく受け入れたりといった、本能的に避けたい部分まで、魔の世界のルールを優先させ、まったく嫌がる要素も二の足を踏む気分も、出てくる余地がない。

 本当は性欲のとおりに、どんな男だろうとそのペニスを悦ばせ、絶頂させようと、体中のすべてが、男にとって気持ちいいと熟知しているので、惜しげもなくそれを提供して、体液を奪う、などというのは、現実で見せる彼女たちの、抑制的閉鎖的な精神とは真逆になっている。

 だが、魔の洗脳パワーに頼らずとも、もう嫌いな男の子供を産むことに、抵抗感を抱くこともない。そもそも受精が起こらない。

 男を選んで他を排除する現実の仕組みと異なり、女の方が圧倒的に多い中で、さらには出会う男全員を、心底大好きになるような思考をしている。

 これで自分のカラダでドクドクさせちゃおうと、いたずらっぽく笑い、遠慮なく相手に覆い被さっても、むしろそれが自然な動きなのだった。


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