「ねえ、ランサー」
銀色の冬の少女は紅茶を飲むと、ひとこと告げた。アマレットの匂いがするマドレーヌをひとくち齧って、咀嚼。っくんと上品にそれを飲みこむ。
一方のランサーはといえば、洋風のティータイムを楽しむイリヤとは正反対に菓子皿から煎餅を一枚手にとってばりぼりと噛み砕く。
急須から器用に緑茶を自らの湯呑みに注いで。
「……あら、いやだ。淑女の前でその態度、ちょっと下品じゃないかしら?」
「勝手知ったる仲じゃねえかよ。バイト帰りで疲れてるんだ。ちょいとは、見逃してくれや」
「あなたのお店で最高級の紅茶をご馳走してくれるなら考えてもいいわ」
「―――――げ。そいつは勘弁してくれよ、嬢ちゃん」
天を仰ぐしぐさに、イリヤ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは天使のように微笑んだ。うそよ、そう言って笑う。
「最初から期待してないわ。あなたみたいな甲斐性なし、大体シロウを預けるだけでもハラハラしてるっていうのに」
シロウがあなたのこと好きって言わなきゃ、おねがいしなくちゃ絶対にありえなかったんだから。
へえ、とランサーは煎餅をまた一枚齧る。
「……言ったのか」
イリヤは刹那、まずいという表情をしたが、仕方なく。
「……ええ。言ったわよ」
長い髪をかきあげて、だからね、とちゃぶ台に足を乗せてランサーに詰め寄る。小さな少女、だがその視線はするどい。
「ランサー?」
「おうよ」
「このこと、シロウに言ったら……消すわよ」
「了解だ」
「よし!」
約束よ。
華のように笑んで、イリヤは首をかしげた。その愛らしさから先程までの物騒な会話が想像できるだろうか。否。降り積もる雪のように年相応の愛らしさが残酷さを隠して、イリヤはただのいとけない少女になる。
まったく女ってもんは怖ええ。ランサーは軽く身震いをして煎餅をもう一枚。商店街で気に入りの煎餅屋の煎餅はいろいろな種類があり全部が全部とても美味だ。セイバーほどではないが際限なく食べてしまいそうになる。アーチャーと士郎に怒られるので、そんな馬鹿なことはしないが。
「それにしてもよく食べるわね。セイバー並みとは行かないけど。なあに、ウエイトでも増やそうって算段?」
ああ、さっきの話に戻るわ。イリヤは菓子くずのついた手をぱんぱんと払うと、身を乗りだしてランサーの顔をじっと見、たずねる。
「ねえ、ランサー。あなたとシロウっていい仲よね。あなたがシロウを抱く役割なんでしょう」
「……嬢ちゃん、あんたどこまで」
「このわたしをなめてもらっちゃ困るわ。それでランサー。気にしたことない? あなた、シロウに比べて身長も体重も少ないでしょ?」
「まあな」
イリヤがシロウと呼ぶ男。―――――英霊エミヤ、アーチャーは確かにランサーより身長も体重も上だった。どちらかといえば、細身のランサーと比べて体はしっかりと鍛えてあるし、どう見ても体格差では負けている。
けれど。
「そんなの、関係ねえことだろ」
「あら。人は中味だとでも言うつもり? 結構意外……でもないかしら?」
オレはアーチャーの外見を好きになったんじゃねえ、中味を好きになったんだ、とかなんとか。意外と純情なのねランサー、とイリヤが槍兵をからかおうとしたとき。
「そうだろ? オレがどんな姿だろうとオレはオレだ。多少あいつより身長が低くてなんになる? なんの障害になる?」
なんでもないような顔で槍兵が言うので、イリヤは目をぱちくりとさせた。うさぎのような赤い瞳。
「……あなたの話?」
「他に誰の話があるんだ?」
不思議そうな顔で言うランサー。イリヤは重ねて問う。
「あなた、シロウとの体格差、気にしてないの?」
「そんなちまちましたこと気にしてどうする。それに、力じゃオレの方が上だ」
そう言ってにっと子供のように笑ってみせる。それを見てよっぽど幼い外見をしたイリヤの方が、大人のような嘆息を小さな唇から漏らした。白い手で額を押さえ首を振ってみせる。さらさらと白銀色の髪が揺れた。
「それに」
また菓子皿に手を伸ばすと、ランサーは胡麻煎餅を取って。
「オレはアーチャーを愛してる。そのまえにゃ、なんの問題だって関係ねえよ」
背丈だとか、体重だとか。そんなのはささいなことだと。
アルスターの英雄は言ってのけた。
室内だというのに、イリヤはまぶしそうに目を細める。
「ランサー」
「ん?」
「さっきのこと。つつしんで訂正するわ」
「なにがだ」
「あなたになら、安心してシロウをまかせられる」
両手で頬杖をついて、にこり笑ったイリヤをランサーは煎餅をくわえて不思議そうに見る。ばりん、と奥歯で噛み砕くと、半分をちゃぶ台の上においてにやりと笑った。
「どういう心境の変化だ? 嬢ちゃん」
「さあ。淑女は気まぐれなのよ」
「でも、まあ―――――嬢ちゃんのお墨つきがありゃ、ますますなんの問題もねえな」
見つめあうふたり。赤い瞳。
じっと見つめあったあと、くすくすくす、とふたりはそろって笑いだす。そこに。
「なんだ。ずいぶん楽しそうだな、ランサー……イリヤ」
買い物袋を手に、衛宮士郎と戻ってきたアーチャーが障子を開けて立っていた。声は呆れたようだったが、顔はやさしい苦笑だ。
イリヤはこれも愛されている証拠かしら?と自分より大きな弟を見て、満足げに微笑んで―――――
「ランサー!?」
絶叫に、目を丸くした。
「よお、待ってたんだぜアーチャー。さ、オレの部屋に行くか」
「何故だ!」
「野暮言うなよ。……言わせてえのか? おまえも案外……」
「誰がだ! ええい下ろせ、下ろさんかたわけ!」
俵担ぎにされてじたばたともがくアーチャー。力をこめてなんとか拘束から逃れようとしているようだが、筋力の差からか敵わない。
もしくは、動揺が作用して上手く体が動かないのか。どっちにしても、無駄な抵抗だった。
「おし、行くか!」
「待っ……買ってきた食材が、」
「ああ。頼むわ、坊主」
そう言ってするりとアーチャーの臀部を撫でるランサー。瞬間、担ぎ上げられた体が強張って、どさどさどさ―――――と手にしていた食材の入った買い物袋が落ちた。焦ってそれらの無事を確かめる士郎を尻目に、ランサーはまさに最速の勢いで己の部屋へと駆け抜けていった。
ああもう、などと言いながら卵が割れていないか確かめている士郎。イリヤはサーヴァントふたりが消えていった曲がり角を見ながら、大きく嘆息してつぶやいた。
「まあ……あの調子なら身長差だとか、そんなの気にすることはないわよね」
そんなわけなのだった。



back.