幕間。
「なあおまえよ、なんでそんなにキリツグとやらに懸想してるんだ?」
相変わらず真っ赤な顔でなつくアーチャーの頭を撫でていた士郎はランサーのその言葉に大きく噴いた。ななな、とアーチャーに負けず劣らず真っ赤になって、思わずすりよせられる頭を撫でる手を止めた。と、上目遣いで催促されて慌てて手を動かす。
動かしながら、
「よりによって懸想はないだろ、ランサー!」
「……慣れたな。坊主」
呆れたようにあぐらをかいて頬杖をつくランサーに、口をつぐむ士郎。だって仕方ない。仕方ないじゃないか。
なにが仕方ないのかは具体的に言わない。言ってしまってはいけない気がするから。
アーチャーは士郎に熱い体をもたれかからせながら、当然のように言う。考える時間はほとんどなかった。
「すきだから」
「…………」
「…………」
「って、答えになってねえよ」
ランサーがつっこむ。士郎は口元を押さえて複雑な感情に耐えた。すきだから。好きだから?なにそれ。なんだよそれ。誰が好きなんだ?いや、俺を爺さんとして見てるんだから爺さんなんだろうけど。あれ、でも、いまは俺が爺さんなんだよな。え?それってどういうこと? わけがわかりません。
きょとんとしているアーチャーに噛んで含めるようにランサーが言う。
「なんで、キリツグが好きなんだ? どんなところが好きなんだ?」
「ちょ、ランサー、別にそんなこと詳しく聞かなくてもっ」
「別に坊主に根掘り葉掘り聞いてるんじゃねえんだからいいだろ」
「……もしかして、まだふてくされてるのか……?」
疑惑。
ランサーは真面目な顔で士郎を見つめた。士郎も真面目な顔でランサーを見つめる。そのあいだで、きょろきょろしているアーチャー。
「で、どこがどう好きなんだ?」
「ランサああああ!」
その後ろ髪ひっこぬくぞ!とでも言いたげに叫ぶ士郎。顔は依然真っ赤なままだ。やっぱりふてくされてたのかあんた、と舌打ちひとつ。まったく大人気ない英雄様である。
アーチャーはうーん、と思案するように唇に指先を当てて、へにゃりと笑う。世の中のしがらみやらなにやらすべてから解き放たれた、素敵な笑顔だった。
「かっこいいところ。あったかいところ。かっこいいところ。あと……やさしいところ」
「やさしい?」
「やさしいところ」
繰り返して、アーチャーは目を閉じる。胸元に手を当てて、まるで恋する乙女のようなポーズを取った。かっこいいところ、と二度言ったがそこには士郎とランサーはつっこまなかった。よっぽど惚れているのだろうな、と片方は微笑ましくも歯噛みして、もう片方はただひたすら恥ずかしかった。いろんな意味で恥ずかしかった。
「きりつぐは、やさしかった。だからオレはきりつぐのことを好きになったんだ」
「アーチャー……」
そういえば。
だらしないところもあったけど、やさしかったよな。爺さん。
ふと回想を始める士郎。―――――衛宮切嗣。養父であり、憧れの人。確かに彼はやさしかった。だめなところもあったけれど、とてもとてもやさしい人だった。
懐かしい寂寥感に襲われた士郎は、小さく鼻をすする。
「きりつぐ?」
はっとして顔を上げた。小さな声がしたほうを見てみれば、眉を寄せたアーチャーの顔。まずい。
まずい、と反射的に知覚する。なにがまずいのかはわからないけどなにもかもがまずい!
「どうしたきりつぐ? どうしてそんな顔して、」
「な、なんでもない! なんでもないから!」
慌てて手を振る。必死に。本能がそうさせた。知られてはいけない。知られては。
けれどそれは。
「―――――言ってくれないのか」
「へ?」
「きりつぐが悲しいとオレも悲しいのに」
オレには、言って、くれないんだ。
オレとは、分け合えないんだ。
そう言うとアーチャーはくしゃりと表情を崩す。あ、やべ。
士郎はとっさにそう思ったが、時すでに遅し。
「あ」
ランサーがつぶやく。
士郎は蒼白になった。
ぼろぼろぼろ。
拝啓、爺さん。
滂沱の涙を流すアーチャーというのは、とてもめずらしいものですね。
―――――なんて思ってる場合じゃない!
「あーあ。なーかしたなーかした。ぼーずがーなーかしたー」
「なっ……小学生かよ!?」
「いーけないんだいけないんだ。じょーちゃんにーいってやろ」
「それだけはやめてくれ……!」
ガンドでめった撃ちにされる。
土下座して頼む士郎。ランサーは口笛を吹いている。大人気なさすぎる。あげくのはてにどうしよっかなー、などと言っている。相っ当、大人気ない。戦士や英雄の誇りなどもうどっか行った様子だ。愛とか恋とか好きとか嫌いとかっておそろしい。
士郎はがばっと顔を上げると、ぼろぼろと言葉なく涙を流すアーチャーの肩を掴んだ。まっすぐに目を見つめて、説得するように早口で、
「泣くな! アーチャー、泣くな!」
「だ、って、きりつぐが、」
「男の子だろ!」
「だ、って、」
「男のくせに坊主はアーチャーを泣かしたけどな」
「はいそこ外野うるさい! ……いいか」
変な泣き癖がついたのか、ひくひく肩を揺らすアーチャーを強く抱きしめて士郎ははっきりと言った。
「……泣くな。アーチャーが泣くと、俺も悲しい」
すると、ぴたりと泣き声が止まった。体はまだ震えているが、喉も鳴っているが、アーチャーは泣くのをやめていた。
「……悲しい?」
「ああ、悲しい」
「オレと一緒なのか?」
「一緒だよ」
細い腰を抱きしめて、反対の手で後頭部を撫でて。士郎は、訴えるように言った。
「だから、泣くな。……笑っててくれよ。俺は、その方がうれしい」
アーチャーはしばらく体を震わせていたが、次第にその呼吸は落ちついてきている。士郎はここぞとばかりに細腰を抱きしめていた手を背に回し、さすりながらとんとんと軽く叩く。ゆっくり、体を抱きながらゆらゆらとあやすように揺らして。
肩がぬるい涙で濡れる。士郎はしばらくその動作をつづけていた。
は、とため息が漏れた。
「ん」
やがて小さくうなずく気配がして、士郎はほっと体の力を抜いた。
「よし」
そう言って、体を離すと目元を腫らしたアーチャーの頭を撫でてやる。もっと抱かれていたかったのかアーチャーは少し残念そうな顔をしたが、それでもうれしそうに、照れたように肩をすくめて笑った。
士郎もそれを見て笑う。
―――――と。
じっと自分たちを見る視線に気づき、勢いよくそちらを振り返る士郎。そこにはあぐらをかいたランサーがいた。
「坊主よ」
「…………」
「父親の才能あるぜ、おまえ」
「……うれしくない!」
絶叫する士郎に、不思議そうに首をかしげるアーチャーだった。


衛宮邸の夜は心なしか生ぬるく更けていく。



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