道行く者がみな振り返る。それは美麗かつ異様な光景だった。
「な、あとどこ行くんだ?」
「魚屋と……江戸前屋にも寄っていくか。大判焼きを買って帰ろう」
「よし」
つながれた白い手と褐色の手。すらりとしたスタイルの、170センチを越すであろう長身の女性と150センチ前半と推定される小柄な少女。明らかに血のつながりはないが、まるで姉妹のような親密さでふたりは商店街を歩いていた。
がさがさと自由な方の女性の手の中で、ビニール袋が音を立てる。
「ランサー。その、やはりその荷物、ひとつ……いや。半分は私に持たせてくれないか」
「そんな小さななりしてなに言ってんだ。こういうもんはな、オレみたいなのに任せておけばいいんだよ」
「しかしそれでは私の気が済まな―――――」
「相手の好意は素直に受け取るもんだぜ、アーチャー」
な?と微笑む美女、もといランサー。う、と言葉を呑む少女、もといアーチャー。
彼らがどうして彼女らになったのか。
ギルガメッシュの仕業だと思われがちだが、今回は違った。それではなにかというと、
「しかしトオサカの嬢ちゃんもたいがいうっかりだよな。実験の失敗なんていかにも学生らしいが」
「……言ってくれるな。凛とて、わざとではないのだから」
額を押さえるアーチャー。歯をむきだして笑うランサー、美貌がだいなしである。
「ま、一週間程度で戻るって言ってるし、いいんじゃねえの。面白れえしな」
「面白いかね」
「面白れえ」
テンカウント。
ちょうどきっかり十秒、頭上にある顔を見上げてアーチャーはため息をつく。ふるりと赤色の唇が震えた。
「酔狂な」
ランサーは笑ったままで言う。
「楽しんだもん勝ちだぜ」
がらり、と戸を開けるとぱたぱたと小さな足音がふたりを出迎えた。
「おかえりなさい、アーチャーさん、ランサーさん」
廊下を走ってきたのは間桐桜。エプロン姿にスリッパ、おたまとまるでどこかの新妻のようだ。
「ああ、今帰った。桜」
「ごめんなさい、手が離せないからっておふたりに買い物なんて頼んでしまって、わたしったら」
「いいっていいって。ほら、これで大丈夫か?」
ランサーが手にしたビニール袋を差しだす。桜は少し驚いたようにその大量の袋をひとつひとつ受け取ると、丁寧に中を確かめてにこりとまさに桜の花がほころぶように微笑んだ。
「はい、ありがとうございます」
「あと、これは土産だ」
はい?と首をかしげた桜だったが、袋に印字された店名に気がつくと、ぱっと顔を輝かせる。その表情は素直に愛らしい。
「ありがとうございます!」
先程よりもいい返事に、微苦笑するふたり。まったく現金だな、という言葉にはっと我に返ると、桜は頬を赤らめて慌てふためいた。
あの、ちがうんですよ、これは、などと言って。癖なのか、何度も長い髪をかきあげて懸命に弁解する姿もまた実に愛らしく、ふたりは笑いながら靴を脱いで中へと上がった。
「あ、アーチャーさん、ランサーさん」
台所へ荷物を運び終え、さて自室へと引き上げようとしたふたりは鈴の音のような声にそちらを向いた。と、そこには微笑む桜。
「なんだろうか」
「例のもの。お部屋に用意しておきましたから」
ぴし、と空気が凍る。
―――――アーチャーは後ずさり、ランサーは面白そうにまばたきをした。ゆっくりと、ぱちぱちと。
かすかに青い、長い睫毛が音がしそうに宙を掃く。
それはまた、と楽しそうにランサーは言った。舌なめずりをする美女というのは、妖艶でいてひどくおそろしい。踵を返そうとしたアーチャーは白い腕がやけにふんわりと動くのを見た。こんなに緩慢な動きなのに、何故自分は逃れられないのだろう、と思う。
思ったとたん、つかまった。
「サンキュな、嬢ちゃん」
「いえ」
やわらかく微笑む桜。意趣返しか!?それは先程の意趣返しなのか桜!?と内心で叫ぶアーチャー。首に絡みつく腕をなんとかして引きはがそうとするが、筋力の差か。無理な体勢のせいか。出来ない。
くっと唇を噛んで、アーチャーは軽くランサーの腕を噛んだ。ランサーはあいて、とふざけたように言っただけで、もちろん手を離しはしなかった。
白い腕に残る小さな歯形を見て、桜はくすくす笑っている。かわいい、と声が聞こえたような気がした。ちょっと黒かった気もした。
やはり意趣返しなのだろうか。
「言ったろ、アーチャー」
ウインクをしてランサーは言う。ついさっきの再現のように。
「世の中、楽しんだもん勝ちだぜ」
「そうですよアーチャーさん。あ、わたしもあとで見に行ってもいいですか?」
「さ、桜!」
「冗談です。人の恋路を邪魔すると、ライダーの大事なペガサスに蹴られちゃいますから」
だけど見たかったなあ。ほう、と両頬に手を当ててうっとりと嘆息した。ぱちりと開いた目が、ほんのり赤く光っていたような気がする。
アーチャーは無言でぱしぱしとランサーの腕を叩く。了解、とばかりにうなずいて、ランサーはそれじゃあと桜に向かって片手を上げた。
「オレたち、そろそろ行くわ」
「あ、はい。ごゆっくりどうぞ」
にこり微笑んだ桜の目は、いつものとおり深い藤色をしていた。ほっと息をつくと急いでふたりは自室に移動した。
さわらぬなんとかにたたりなし。
レースにフリルにリボン。
「……こりゃまた」
「壮観だな」
商店街のとある店舗の袋に詰めこまれていたものを見て、ふたりは呆然とする。淡いピンク、濃いブルー、目にまぶしい純白。
下着、下着、下着、下着。
凛のうっかりのせいで女性化してしまったふたりは、上だけは桜、ライダーのものを借りてブラジャーをつけていた。
下はというと、さすがにそこまでは他人のものを借りられないということで、男物を着用していたのだが。
「そんなのいけません!」
という猛烈な女性陣の―――――主に桜の反撃に合い、女性用の着用を命じられたのだ。
“だけどよ、オレたちに女の下着を売ってる店に行って自分たちで買ってこいってのか?”
“さすがにそれは……勘弁してはもらえないだろうか”
ふたりの言葉に、女性陣たちは顔を見合わせて。
“大丈夫ですよ”
なにが大丈夫なのかは知らないが。
桜が、にっこりと微笑んで告げたのだった。わたしが調達してきます、と。
そのあとメジャーでふたりのスリーサイズを測ってメモしていた桜の目は、輝いていた。女の子の本能、といえばそういえなくもないのだろうが、男である―――――否、今は女性だけれど―――――ランサーとアーチャーは、少しそれが怖かった。
口に出せばもっと怖くなるのがわかっているので、言わなかったけれど。
「お、」
白地にピンクの花をあしらった一式を手にとって、ランサーがつぶやく。
「これ、おまえ用だな」
「……何故だね」
「おまえに似合いそうだから」
理由になっていない。
世の男性が見惚れる美しい笑顔で言ってのけた美女、ランサーはほら早く脱いで着てみせろよ、などと平然と言う。
鼻の頭に皺を寄せて己の体をかばうように抱いた少女、アーチャーは君の前で?と問う。
「いいじゃねえか別に、女同士なんだからよ」
「―――――」
首を振ると、アーチャーは素直に服のボタンに手をかけた。するりと上着を脱ぐと、たわわな胸がこぼれる。
桜から借りたピンク色のブラは少しきつい。押さえつけられた胸は余計に存在を強調していて、童顔のアーチャーには不似合いで、だがしかしそれがいいという男もいるのだろう。
……それがいいという女もいるけれど。
「相変わらずいい胸してんな」
美貌がだいなしな言葉を吐いて、ランサーはアーチャーの胸を揉んでいる。ごく自然なその行動に、アーチャーはしかし慣れたように眉をひそめるだけだ。
「君もだろう」
そう言って、アーチャーはランサーの胸を揉み返した。お、とランサーが反応する。意外そうに服の上から自分の胸をわしづかみにするアーチャーの手を見て、それからにやりと笑った。
「大胆だな」
「やられたらやり返すのが信条でな」
「はん」
鼻で笑うと、ランサーはなだらかなアーチャーの脇腹に両手を添えた。そして猛烈な勢いでくすぐりだす。
「なら、これはどうだ!」
「っな、こら、ランサー! 悪ふざけはやめっ、は、あっ、んっ、や、ちょ、あはっ、」
あはははは、と笑い崩れるアーチャー。敏感な素肌に攻撃を食らってはたまらない。なんとか反撃しようとするが、笑ってしまって力が入らない現状では無理だ。自然とランサーの胸を掴んでいた手も外れてしまう。
畳に転がって笑うアーチャーをなおもくすぐるランサー。形のいい臍のあたりにも手を伸ばせば、細い足がばたばたとせめてもの抵抗のように動いた。
「らん、さ、たわけ! やめんか、こら!」
「やだねー」
こんなこと、今しか出来ないもんなとほくそ笑むと、ランサーはアーチャーの体の上に覆いかぶさっていったのだった。
それを。
「ふふ……いいですね、女の子同士って……!」
(サクラ……わたしはときどき、あなたが少しおそろし……いや、そんなことは……)
騎兵主従はこっそり、見ていた。
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