「ランサー、重い」
「んー」
「あと髪が邪魔だ」
アーチャーは華奢なその肩を流れて、洗濯物を畳む手元までを侵す青い髪を払いのける。と、眉間に皺を寄せてそれをわっしと掴んだ。
小さな頭に顎を乗せていたランサーの頭ががくんとずれる。うお、と声を上げたわわな胸を持ち上げるように胴体に回していた腕に力をこめて、アーチャーの息を詰まらせた。
「苦しいわ! たわけ!」
「だってよ、おまえがいきなり」
「人のせいにするな、それと風呂から上がったらちゃんと髪を乾かさんか」
「やってくれ」
「…………」
心底呆れた瞳で見上げれば、きらきらと意外に無邪気に輝いている瞳。てっきり下心に満ちているものとばかり思っていたから、調子が崩れる。ため息をつき、洗濯物の中からタオルを一枚取りだして向かい合う。正座をし、もう一度ため息をついて。背伸びをして、届かなくて、もっと背伸びをして、それでも。
届かなかったので。
「協力したまえ!」
赤くなると、アーチャーは畳に向かい人差し指をつきつけた。この体になってからというもの、ランサーよりも背が低くなってしまって調子が狂うったらない。しかも、衛宮士郎よりも小さくなってしまったのだ。これは屈辱である。
やれ「それは重いから」だの「そこには届かないだろ」だのうるさくて仕方ない。ああ、いや。衛宮士郎のことはいいのだ。思いだすともうきりがない。
今はランサーだ。
「へいへい」
などとにやけて身を屈めたその青い頭の上に白いタオルを乗せ、がしがしと拭く。上半身は裸に、下は擦り切れたジーンズをだらしなく履いてあぐらをかいているその顔はやたらとうれしそうで、楽しそうだ。へへへ、と犬歯を見せて笑うその様は無邪気な子供のようで、そんな顔をされるとアーチャーは邪険に出来ない。
母性本能……ふと頭に浮かびかけた単語を振り払う。違う。私は女性ではない!それは確かに今は女性の姿ではある。だがそれも、繰り返す四日間の中のバグで変わってしまっただけで本来はきちんとした―――――というのも変だが―――――男だ。
規格外のバーサーカーを除けば背も一番高かったし、体重も一番重かった。……腕力は……ノーコメントだ。
「いてててて」
―――――はっ、と気づく。無意識にかいらない力をこめてランサーの頭を拭いていたようだ。
「す、すまない」
「いや、大丈夫だ」
方々に跳ねてしまった髪を指先でつまんでいるランサーに頭を下げる。かあ、と耳が熱くなるのをアーチャーは感じていた。
この程度で取り乱すなど、まだまだ修行が足りないということか、と。ぐるぐると思っていると、手を掴まれて引き寄せられた。
あ、と漏れる声。ランサーの胸板に頬が触れて、近くに鼓動を感じる。湯上りのせいかいつもよりその体温は高い。鼓動さえ早いような気がして、心がざわめいた。
「ラ、ランサー、」
「おまえが爪立ててなにかするのなんか、せいぜい子猫に引っかかれるようなもんだ」
だから平気だと。
な?と首をかしげて微笑む気配。それは。
あんまりな言い草ではないだろうか。
「こ、の!」
「おーおー子猫が暴れる暴れる」
「誰が子猫だというのだね! 取り消したまえ!」
「おまえだよ、おまえ」
「…………ッ、この駄犬が!」
「駄犬で結構」
もうおまえに犬呼ばわりを撤回させるのはあきらめた、と手をひらひら振って、ランサーはアーチャーを抱きしめてくる。
「だからおまえはオレの子猫だ」
「なにが“だから”なのかわからんのだが、ランサー!?」
「あーどこもかしこもやわらけー」
「人の話を聞いているのか!」
「はいはい聞いてますよっと」
「!」
頬に音を立ててくちづけをされ、硬直したアーチャーに声を立てて笑うと、ランサーはその丸味を帯びた頬をべろりと舐めていった。
ぽたん、と雫が青い髪から滴って竦んだ肩に落ち、あられもない叫びを上げたアーチャーにランサーはさらに声高く笑ってその体を強く抱きしめた。
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