「だからね、おかしいと思うのよ」
「……凛、そろそろ家を出ないと学校に遅れるのではないかね?」
「大丈夫」
だ、い、じょ、う、ぶ、とひとことひとことを区切って言いながら、遠坂凛は紅茶を飲む。ひどく優雅に。
彼女のサーヴァントであるアーチャーはキッチンの方が気になって仕方ない。それを察知したようにつぶっていた目を片方だけ開けると、遠坂凛は嘆息した。
「あのねアーチャー」
「なんだろうか」
「あなたの作るご飯も淹れてくれる紅茶もすごく美味しいわ。だけど」
上目遣いで見られ、何故だか気まずくなって後ずさるアーチャー。遠坂凛は少女とは思えない眼光で彼を射抜き厳かに告げる。
「わたしはサーヴァントを召喚したのであって、お母さんを召喚したわけじゃないの」
「お、かあさ」
「だから、わたしと話してるときくらいは家事のことは気にしないで話に集中して。いい?」
しばらくアーチャーは口をぱくぱくと開け閉めしていたが、額に手を当てるとつぶやいた。眉間の皺がものすごいことになっていた。
「……了解した。マスター」
「よし」
満足そうに言って遠坂凛はカップをあおった。
最後の一滴まで残さず飲むと、息をついてソーサーにカップを置く。ひどく上等そうなそれからかすかに漂う紅茶の香り。
薫り高い一杯は朝の目覚めに最適なはずだ。
だから、こんな朝からアーチャーはマスターに説教を受けている。
遠坂凛は腕を組む。
「確かにわたしは優秀な魔術師よ。そっちへの魔力の供給もきちんと行えてると思う」
「ああ」
「だけどね。だからって、あなたが食事のひとつも摂らなくていいっていうことにはならないと思うのよ」
―――――来た。
「マスター、しかしだな。私は……」
「わたしに食事の大切さを懇々と説いたのはどこの誰だったかしら? ねえアーチャー?」
「…………」
「セイバーみたいに執着しろとは言わない。だけど、せめて夕飯くらいわたしと一緒に食べてくれてもいいんじゃない?」
「……凛。君はもう子供ではない。夕食くらいひとりで食べられるだろう」
「ええ、そうね」
「ならこの話は終わりだ」
背を向けようとしたアーチャーは、不意に何かに縫い止められたように動きを止める。見下ろせばそこには外套の裾を掴む遠坂凛の姿があった。
「凛、離してくれないか」
「いやよ」
わたしの話を最後まで聞きなさいアーチャー。
真剣な顔で彼女は告げる。一瞬なにかまぶしいものを見たかのように目を細めると、アーチャーは顔を伏せた。ぼそぼそと言う。
「そこまで言うのなら令呪で縛ればいい」
「冗談言わないで。ふてくされるのはやめなさいアーチャー」
「私は、」
ふてくされてなどいない。
その言葉がまるで砂糖菓子のように宙に溶ける。上手く口には出来なかった。何故だろう、と彼は思う。
彼女の前ではすべてが暴かれてしまうようだ。
「わたしはね、アーチャー。なにも自分がさびしいからこんなこと言ってるんじゃないの」
小さな子供のように。
アーチャーは、縮こまる。
「あなたがさびしいんじゃないかと思ったのよ」
小さく小さく。
ぼそりと、告げた。
「そんなことは」
「なら、こっちを向いて言って。わたしの目を見て言いなさい」
「…………」
「アーチャー」
目を閉じる。
そうして、目を開けて。
彼女の前に、立った。
「ばかねアーチャー」
遠坂凛が笑う。
「そんな顔してちゃ、なに言ったって無駄よ」
チェシャ猫のごとくにんまりと。
笑って、外套の裾をぐん、と引いた。突然のことにたたらを踏むアーチャー、その勢いを利用して遠坂凛はアーチャーの髪に手をかけた。シャンプーでもするかのように、わしわしわし、とかき乱してしまう。
「り、凛!」
「いーい、アーチャー」
笑いながら、好きなようにふるまいながら彼女は告げる。マスターとしてではなく、ひとりの少女として。
「今日から夕飯はわたしとあなたのふたり分用意して。わかったわね」
さびしがりのサーヴァントさん?
アーチャーは前髪を懸命に整えつつ、なにか言いたげにまた口をぱくぱくとさせていたが。
「……了解した、マスター」
そう、口元を少しゆるめて答えた、のだった。
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