背筋が震えた。―――――いま、自分はなんて音を立てた?自問自答する、押さえた口元は唾液に濡れていた。涎にまみれていた。
つまりはそういうことだ。
「…………ッ」
と、またも胸元を大きな手で探られて喘ぐ代わりにおかしな音を鳴らしてしまう。なんて卑しい。懸命に口内に溜まった唾液を呑みこもうとするが、喉が上手く動いてくれない。んく、と子供がぐずるような声が漏れる。それはまるで泣きだす一歩手前のように聞こえて、たまらない。たまらなく恥ずかしい。
ランサー、と背後の男の名を呼ぶことも出来ない。不用意に口を動かせば余計に口の周りを濡らすか、おかしな音を立ててしまうかだ。シーツにぽたりと涎が落ちて色を変える。それを間近に見てしまって、かあ、と体が熱くなった。
恥じ入る。
「!」
また、おかしな音を鳴らしてしまった。口内は唾液でいっぱいだ。顔を伏せるが耳朶に噛みついた男はそのまま覆いかぶさるようにしてついてくる。ちるちるとつたない音を立てて吸いつかれ、ぞくぞくと背筋に戦慄が走る。耳のすぐ傍で、聞いている方が恥ずかしくなるような音が間断なく響くのに耐えられなくなってまぶたを固く閉じた。
と。
「いいのか? アーチャー」
糸を引く感触。一旦口を離して揶揄するように言った男は、また耳朶に、軟骨にしゃぶりついてくる。いいのか、とは。
一体なんのことかわからなかったが、すぐにその言葉の意味がわかった。
暗い視界。音は際立ち、なおいっそう耳を侵す。しまったと思ったがいまさら瞳を開けることも出来ずにいっそう固くまぶたを閉じる。眉間に皺が寄り、頭が痛くなるほど。
「……そうか、」
いいんだな、とささやく声が熱い吐息と共に耳の中にささやかれ、体が竦む。また恥ずかしい音を立ててしまい、頭痛がひどくなる。喘いだほうがまだましだ。こんな卑しい音を立ててしまうくらいならこの口を塞がれてしまいたい。永劫に。
けれどそんなことは恥ずかしくて頼むことは出来ないし、こんな汚れた口を誰が塞いでくれるというのだ。
頼めない。出来ない。無理だ、無理に決まっている。
いやだ。
そろそろと目を開ける。
「は、」
ぽたりとまたシーツが濡れた。背後から手で体中を弄る男にもそれは見えたろう。そう思うと恥ずかしくて恥ずかしくてたまらない。
ああ、もう嫌だ。ぬるぬると濡れたこの唇も、顎も、伝って落ちる首筋も。
なにもかもが嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ。
「―――――嫌だ……っ」
その声は悲鳴のようだと思った。いや、実際それは悲鳴だった。抱きこまれた形から暴れる。男は驚いたように、けれどやすやすとアーチャーを押さえつけてどうした、とたずねてきた。蹂躙から解放されたことで、外気にさらされた耳が冷たい。
正面から顔を合わせるように、体勢を変えさせられる。
「いや、だ。いやなんだ」
「だからどうした。何が嫌なんだ」
「君の前で卑しい音を立ててしまうのが…………卑しい己を見せるのが、たまらなく嫌なんだ」
男は瞠目して懸命に体を揺らす自分を見ていたが、ふ、と表情を緩めて笑った。
思わず己をかばうかのごとく両腕で目元を隠したその唇に自らのそれを重ねる。そうして舌を差し入れて、喉を鳴らしてとろみのついた唾液を啜った。
びくん、と体を強張らせ必死に舌で男の舌を押し返そうとする。だが、触れたとたんに熱を、肉を感じてしまって、力が抜けた。
「卑しくなんかねえだろ」
「…………―――――ッ」
「おまえがオレに感じてる証拠だ。何の悪いことがある?」
長いくちづけの合間に真剣な顔で男が言う。けれど、それでも恥ずかしくて。
ゆるやかに首を振ると、男は意地悪く、わざと意地悪く顔を歪めて。
「……なら、そんなもん気に出来ねえくらいにしてやるよ」
熱い舌が口元を拭っていく。汚い、と思ってとっさに腕を突っ張ったが、筋力の差か男の体はびくともしない。赤い瞳が見据えてくる。ぞくぞく、と背筋を走るのは。


「ラン、サー…………」
ぼやけていく視界と意識の中で男の名を呼ぶと、乱れた髪をくしゃりと撫でられ不覚にも、安堵してしまった。



back.