「―――――意外だったな」
「あ?」
「いや、君はこういった堅苦しい場所は好かないものだと思っていたのでね」
いちいち嫌味な言い方をするなてめえは、とわざと意地悪く言って笑って、ランサーは首をかしげた。テーブルの上のランプがその髪の青味を際立たせる。イリヤスフィールに用意してもらったスーツは品の良いスレートグレイ。
“馬子にも衣装ね”
そんな風に言った彼女に悪気はないのだろうけど。
ただ真剣に驚いていた様子の彼女と、ぶすくれたように眉間に皺を寄せた彼の表情の対比がおかしくて、アーチャーはつい堪えきれずに噴きだしてしまったものだ。
商店街の福引きで当てたんだけど、と遠坂凛が話を持ちかけてきたのは先日のことだった。
『わたしはこういうのに興味ないから。アーチャーの作る食事の方がよっぽどいいわ』
そう言って手渡されたのは高級レストランのペアチケット。アーチャーが瞠目してマスターである彼女を見ると、遠坂凛は髪をかき上げウインクをした。
『まあ、いつも尽くしてくれてるサーヴァントに日頃の感謝をこめてってやつよ。それともなに? いらないのかしら?』
『ああ、いや。君がくれると言うのならもらっておこう』
めったにないことだろうし、と言葉を呑みこんだのは内緒だ。
しかし、誰を誘おうか?
金色のチケットを手に、立ちつくすアーチャーに遠坂凛は言った。薫り高い紅茶を飲みながら。
『ランサーでも誘って行ってきなさいよ』
『ああ―――――そうか』
すとん、と。
素直に納得してしまったのは、何故だったのだろうか。からかうのが目的だったらしい遠坂凛は目を丸くし、なに、あんた、とおおよそ淑女らしくない言葉遣いでつぶやいてみせた。いやじゃないの?とかなんとか。失礼なことを言われたような、気もする。
けれど、いやではないから。いやではなかったから、こうしてランサーを前にレストランの椅子に座っている。
食前酒に口をつけていたランサーはアーチャーの視線に気づき、グラスから唇を離した。
「ん?」
「…………」
「どうした、じっと人の顔見て」
めずらしいもんでもないだろ?と彼は言うが、充分めずらしいものではないかとアーチャーは思う。スーツ姿のランサーなど。
「いや。なんでもない」
「変な奴だな」
快活に笑うかと思えば、静かにランサーは微笑んでみせた。その違和感、悪くはない違和感に少々どきりとする。
気持ちを落ちつけるためにアーチャーも食前酒に口をつけた。かすかに甘い、黄金色のシャンパン。
喉を微炭酸が滑り落ちていくのは心地よい感覚だ。満足げに息を吐いて天井を見上げれば、シャンデリアの灯りがまぶしかった。淡く、視界も黄金色に満たされる。
いい気分だった。
「お待たせいたしました」
料理が運ばれてくる。どれも見目麗しく、美しい食器に飾られたものばかりでアーチャーは思わず感心した。
「これは……なかなかだな」
「美味そうだ」
「……がっつくものではないぞ?」
「わかってるって」
呆れたように答えると、ランサーはフォークとナイフを手に取った。まずは前菜からということだろう。
少々はらはらしながらそれを見守っていたアーチャーだったが、その心配は杞憂に終わった。
ランサーは、実に美しくフォークとナイフを操って前菜を片づけていった。日頃の彼からは想像もつかない、そう、いっそ優雅に。
ランサーと優雅、このふたつは結びつかないようでいて実にしっくりとなじんでいた。アーチャーはぼんやりと魂を抜かれたかのように、そんなランサーを見つめる。ありえないことではあるが、先程の食前酒で酔ってしまったかのように、思考がふわふわと上手くまとまらない。
見惚れていた。
ランサーに。
「おい、」
ふわふわと、思考が上手く。
「おい、アーチャー?」
ふわふわと。
「アーチャー!」
はっと、覚醒した。
大きくもなく小さくもなく、適度の声でアーチャーを目覚めさせたランサーは怪訝そうな顔でアーチャーを見やる。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
「そ、んなことは、ない」
「じゃあ、どうしたってんだ」
ん?と顔を覗きこまれてかあと耳が熱くなる。
「なんでも、ない」
「そうか?」
どこか悪いんだったら言えよ。
そう言う姿まで、紳士的に見える。いや、紳士的なのだ。今夜のランサーは。
「……調子が狂う」
「は?」
「なんでもない!」
早口に小声で言うと、アーチャーはフォークとナイフを手に取った。
ランサーは不思議そうな顔をして。
そして、変な奴、と端正に笑ってみせた。
back.