■domine-domine seil:03 翅と針とアリ 01

「分隊長、無事か!」
「……いや……あんまり」
「……ああ、わかってる。スマン」
「いーよ……ちょ……とて、いうか、か……り……ヤバ……今回は、ヤバい……」
「っ! おいあんまり喋るな」
「ん……りょかい」
「だから喋るなって、何だよ!」
「ヤバいかも」
「そりゃさっきききました!」
「……あー……そだ……け? あー……アレ……だ。伍、長……」
「……はいよ」
「伍長。あと……任せていいか……」
「ああ」
「ありがとう。えーと、あー……とに……く、任せる」
「Ay,sir.」


 任された以上指揮をとるのはおれだ。すぐにシールドを解かせて操縦もオートにさせた。幸い駆動系やスラスターに損傷はないようだ。あとは万が一に備えて──追撃があるかもしれない──ネットを被せる。やり方次第じゃ簡易なシールドにもなるしな。
 しかしだ。
 保つのか。
 運良くなのか悪かったのか、この件に限りは良しとする──大気があるから何とかなってる。ニードルに開けられた穴を防ぐだけのシールドが張れてなかった。両脇を抱えて別の2機で肩代わり出来れば良いが手が空いていない。


 一体どのくらいの数値を叩き出したのか、ホンモノの雲──この星のクソ重い分厚い大気の底だ──に一瞬でも穴を開けた虚晄[フォトン]の渦は、楯にも矢にもなるコアの発現。オーロラに似た曖昧な翠が雲。その雲さえ突き破る、桁外れでバカみたいな針が雨。ニードルとフォトンで出来た台風は、混ざり合って嵐になっているが殺し合いをした。
 殺戮ワードにおれ達の隊を思い浮かべるやつは少なくないだろうが、カマキリだって齧られる時は齧られる。
 コアべったりのゲスいフリークスの集まりだって、兵隊なんだから援け合いはする。
 相手がマジモンの異形なら尚更だった。
 ケチりにケチって温存したバッテリーを使い切るつもりで、帰艦するNN[にゅーろのうと]はどれもボロボロだ。ハナカマキリってかゴミカマキリだな笑えねえ。しかも、どいつも肩組んだり担いだり、要するに1機じゃろくに飛べないやつがいる。
 手前が喰われてでも持って帰らせたい積荷を預かった。だから捨てられねえ。だから手一杯だ。
 何度ガリガリやっても効かない鎮痛剤にか、人影まではっきり見えるのに全く近くならないような気がする視界にか、おれはイラついてカタパルトを見続けた。はやくおうちにかえりたいなんて子供かよ。ガンガンする頭の中身で、愚痴は製造され続けた。そうでもしていないと別の考えに侵蝕される。らしくねえ。無様だ。
 まあ、逃げ回るってのは疲れるんだよ。


 退却命令が出たのは128秒前。遅い。両隣の隊は潰れて、片方は救援要請を聞いてる間にレーダーから消えた。その断末魔が誰だって迎えたくないにしても酷い響きで、おれは思わず片耳を塞いだ。無意味だがやってしまう。便利なようで不便な脳。まあ生きているからこうなる。
「ヤバいですかね」
「ダメだねありゃ」
 ピライとレビの声を拾った。
 何もいわない奴も同意見だ。拾ってやるかどうかも、同じだ。
 もう一方は、ビームの光が見えるくらい近い。艦が違うからあまり顔を合わせた事のない奴らだが、編成は覚えている。実弾がコッチより多いのはなんぼか恵まれているが、メインウェポンはビームガンで、ご愁傷様なのは同じだ。
 行けと言う割に準備がなっちゃいない。大気の中で使う機体じゃない。
 おれ達もそうだった。
 資材が足りないなら今やる必要があったのか。言っても仕方がない事は言わない。
 大体の奴はそうだ。
 機体の損傷、バッテリー残量、弾数、各自のコンディションを報告する。退却する前から回避に絞れと言われていたからダメージの割には武装が良い。良いだけだが。
 使えないから残っているだけだ。極端に高い湿度の中では光学兵器じゃ不利だ。
 勝てないからって勝手に止める事は出来ない。敵前逃亡がどうなるかはガキだって知ってる。
 各分隊からの報告を受けて順に現状が伝わるが、指示出来る奴は決めたくなさそうだった。chの振りを変えると今も怒号が飛び交う。小さく絞り直す。流して耳に入る程度でいい。聞いて萎える程おれはナイーブじゃないし、切りはしない。
 分隊長の決断は早い。
「どうせこのまま後退したらあの崖にぶつかる」
 そんな進路や配置はおかしいが、やり合ってるうちにこうなった。
「コッチもギリギリだから無理はするな」
 頭は切れるがこのへんの説得力はない。おれ達はそれでもAy,sirと言うだけだ。分隊長が決めるのを待つ──って程待たないが──、そして動く。


「さっきはみっともなく取り乱したが、死んでも助けろなどと言わん。手一杯までいったら遠慮なく見捨ててくれ」
「了解しました」
 山ってよりはただひたすらにデカい一枚岩だった。地層も全くない。こんな状況じゃなきゃゆっくり眺めたい。
 半分逃げながらだが、おれ達は救援要請のあった場所まで来た。
 このまま援護に向かえば討ち損じた何体かを引き連れる事にもなるが構わないか──放っておかれるのとどちらがマシか、分隊長の通信に、相手はこのままじわじわ死ぬより確率の変化に掛けたいと返していた。最初の焦った声じゃない、落ち着いた言葉だった。
「仕留めたのか……アレを」
「いいえ」
 そうだ。簡単に死なないから厄介だ。
「だが、墜としたんだろう」
 メシェの機体が腕のバルカンを6発撃った。毒々しい縞の、ある一点が潰れた穴に変わる。
 途端にホバリングが不安定になり高度を落とす。
 どうやって、と尋く必要は無くなった。
「簡単にやってくれるな……」
 ──カンタンじゃネーヨ! あともう弾ヤバいぞ〜。
 電脳通信で、メシェがぼやいた。
「ビームじゃ抜けん!」
 カルロがライフルを構えた機体を止めた。
 目視出来る程シールドの強度を上げ、2機のNNが突っ込む。
 鈍い2つの太陽と歪な惑星の影を大きく映す空に、透明な翅が一瞬浮く。全部で4枚。それは地面に着く前に食い尽くされるか射抜かれる。自分達以外の動くものは餌。そういう風に出来ている。元は手前の体でも、戻らないなら違うらしい。
 折角のチャンスだから距離を稼ぐ。それぞれ近くの機体に後退を促す。動けない奴はパージする。
「……光学兵器は超近接でないとバッテリーの無駄です」
「……了解した……」
 向こうの隊長のため息が聞こえて来そうだ。そんなこと出来るかと逆ギレしないだけでもかなり冷静だ。
 翅を斬り落としたダガーを構えて片腕のNNが再びシールドの出力を上げる。ンバギの機体だ。
「あと何回やれる?」
「13回。うわ縁起悪」
「12+1な。りょかい」
 分隊長は自分もダガーを構え直した。
「ポールウェポンなら若干リスクを抑えられますが、配備は」
「お手上げだ。元々うちはスナイパータイプでな。先の渓谷で狙い撃ちにせよとのお達しだった」
 示した近接武器はおれらより型落ちのダガーだった。ソードも持たされてないのかよ。
 全滅は免れたにしろ、半数以下になっているのはそのせいか。光学系でロングレンジ。死ねと言っているのと同じだ。ここまで下がってきただけでも相当出来る隊なのに、勿体無い使い方をする。
 その辺りはおれ達も似たようなもんか。
 代わる代わる、シールドを展開し、特定の機体に集中させないように接近と離脱を繰り返す。重力が無きゃもっとやりやすいんだが文句を言っても仕方が無い。あるから一時的にでもヤツらを沈黙させられるわけだしな。
「味方を巻き込む気か!?」
「ウワサどおり……」
 生き残りが口走る。言いたい事はわかる。あと、一瞬disりそうになって引っ込めたのもわかる。
 まあ、理由があるんだよ。おれの呟きに脚にニードルが刺さったNNが反応した。
「そうなのか」
 歩けないだろうが、飛ぶことは出来る。スラスターにかすった跡がある。火力は死んでないが機動力が落ちているそうだ。おれ達のものより新しいバージョンの青ラインが5本、肩にある。
「コアに反応するだろ」
 正確には、ImG+[アイエムジーポジティブ]の高い奴に集まる。だからシールドを厚く張れば張る程注意を引く。
 そしてソレに釣られている間に腹の穴を狙う。俺はピライが外した一個をすかさず潰した。翅を落としに行く奴に当たる恐れはあるが、対ニードルに張ったシールドなら相殺出来る。
「コアか……」
 暗い声だ。
「……情報が入ってないのか?」


 おれ達のやり取りに、分隊長は拾い集めた情報と、上からの指示をまとめて向こうへ渡した。同時に、向こうからも届く。
 当たり前だが、半分犯罪者の出歯亀どもとは違う、だから向こうの様子の方が深刻だった。
 おれは受取ったデータをみて顔をしかめた。指揮系統がメタメタだ。新たに判明した事はリアルタイムで上げている筈──開いたままのchからは今も奴らについての報告が含まれる──だが全く反映されない。


「お前達はスキルだけは突出しているだろう」
 向こうの分隊長──さっき軍曹と呼ばれていた──の暗い声が聞こえる。
「だから、いや、すまん」
「続けて下さい」
 ダメ人間なのは自覚ありますその辺統率取れてるんで、とか余計なつぶやきも聞こえる。
「……お前達ならかわせる……アレの翅を毟ろうというのだから出来るんだろう。だが、残念ながら此処へ降ろされた中にやれと言われて違わず動ける者は僅かだ」
「せめて……ImG+の情報だけでもあれば」
 おれの脇で、青ラインが呻いた。
「私はこの歳だ、もうコアに干渉出来る程の数値ではない」
 ほぼ♭♭に近い、と軍曹は言った。歳を食うとアクセス出来なくなる奴は少なくない。
「元々あてに出来る程の数値は出せずに来たからな。我が隊はコア主軸にしないパターンを積んでいる」
 こうして会話している間も、艦へ向かって後退を続け、止まりはしない。回避が困難になれば交互に突っ込んで翅を落とし腹の穴を潰す。
「それでもシールドは大きな戦力だ。ImG+持ちがいれば積極的に展開させてきた」
 今回はソレが仇になったというわけか。シールドにしか使っていないのならコアの扱いにも長けていないだろう。ロングレンジメインなら白兵能力には劣るだろうし、軍曹の言うとおり機体の操縦スキルは、おれらが異常なだけだ。他の奴らがダメなわけじゃない。
「撃墜されたNNは、コアを抜かれた」


 今度はコッチが緊張する番だ。コアを抜くといえば、撃つか刺すかして物理的に破壊することだが、軍曹の口から出た言葉の意味は違った。仕留めたNNからコアを運び去る、或いは補食する。
 だから、死に際の叫びが派手だったんだ。コアは通常コックピットの下にある。コアをむしり取るなら中の人間諸共つかみ出す勢いでいかんと無理だ。潰されたか、食い千切られたか。ハチに似た頭部パーツは、ミツバチというより、スズメバチだった。
 1位には遠いが、迎えたくない死に様ランクインだ。
 おれ達は誰も齧り取られた奴はいなかったが、アレがImG+の高い奴に寄って来ることは知っていた。イカレタサイバー有象無象だから2秒やり合って気付けた。降下させてからの情報じゃ遅えなんて愚痴を言いながらもナントカソレを利用した対処でギリギリ後退してきた。
 だが、軍曹の隊は違う。汚染寸前までコアにアクセスし続けるフリークスとは違う。ImG+はコアを経由してシールドを展開する為のツール、という程度の地位しかない。ソレは劣った策でもなんでもない。役割によって、相応しい運用方法を無数に持つのがNNだ。生身の軍隊と何一つ変わらない。むしろバリエーションは多いかもしれねえ。最近は現場で気軽にパーツの換装が出来るシリーズも実装が進んだ。
 ただ、今回の作戦──なんて呼びたくもねえクソ采配だが──には、相性が悪かった。四六時中コアに構っていれば気付く動きもわからない。ソレだっておかしくはない。おれたちはそもそも敵の何たるかもロクに知らされずにばら撒かれたカワイソーな兵隊だ。
 ImG+に反応して向かってくる、ソレが分かっていれば厚いシールドなど無理して張らせなかっただろう。軍曹は一日の長だ。分隊長の評判と人形じみた物腰とは裏腹に、奴が生かす≠ニ決めたら突っ込んで行くホームラン級にお人好しのバカってトコを見抜いて、釘を刺していた。若さにまかせて出来ることと出来ないことを見誤るなとか。だが、今の奴さんの腹の中はアホの分隊長と大してかわらんハズだ。
 悔やんでも何にもならねえって知ってても、悔やみきれないだろう。おれらみたいな愚連隊じゃねえからクソッタレなんて天を仰がなくても、上に対する気持ちは同じだ。


 過激派の設備を制圧しろって単純な作戦。
 だがソレには緊急性など全くなかった。そこそこに何とか出来ればよかった。
 叩きたかったのは派閥の都合だ。対抗勢力に先を越されたくなかったから、適当な調査で纏めて、適当な資料を配り、適当に集めた艦隊でミッションを組んだ。
 これは早急に行わねばならん作戦であると何が言いたいのかよく分からない訓示をだらけた態度で聞きながら、相変わらずココの提督はイマイチだと脳の隅で考えたり……したような気もする。まあなんつーか、あんま頭の良くない男だ。普段は積極的に前線には出ない。ドンパチより腹芸のお好きな会議屋タイプだ。自分では旨いと思ってるようだがはっきり言って底辺のおれらにでもわかるくらいマズい。税対策の為に開いたコンビニに据えられた使えない店長くらい使えない。つまらねえ欲かくより、提督になれただけでもありがたく思って退役まで地味に座っているべきだ。
 なんていったがおれだってこんな目に遭うとまでは予想してなかった。
 つくづく、兵隊ってやつは使い捨てなんだと思った。
 ソレを上手い事並べたり引っ込めたりするのが上の役目で、おれ達には何の権限もねえって事もな。思い知ったわけだ。
 降下する衛星──今ココ──は総て相手側が制圧済、施設はもう何年も前から潜伏兼保管庫となっている。奴らもバカじゃないから全力で飛び出してきても宇宙軍とは桁が違いスギ、数にものをいわせて百隻単位なんかのマジモンの艦隊を寄越されたら行殺だなんてことはわかってる。精々組織が大きすぎる事を突いたようなセコい手で弱った辺境を小突くか、中央に対して面白くなさそうな自治区なんかを焚き付けるか、近くを通った船団にメンチ切るかくらいで凌いでる。別に宇宙軍を滅ぼしたいわけじゃないんだから当たり前だ。思想の問題だ。火を付けたいんじゃなくて意見を通したい。お祈りをしたら引き金を引いて良いっていうのはどうかと思うがおれが言えた義理じゃない。
 幾つもある思想的な集まりの中では大きな規模だ。ニュース見てれば名前もきく。そんな奴らだからずっといる。このまま押したり引いたりしたりされたり向こうは正義の為、おれらはまあ、メシのタネってやつだ。
 できるもんならうぜえからサッパリさせたいがそうもイカンのが政治。ソッチは専門家に任せておけばいいのに何故かエラくなるとマツリゴトに執心される御大尽が多くてご苦労なこった。つかやんのはいいがこんな風にワリを食うのは御免だ。おれらが生きてそのショボクレた顔を拝めるかどうかはワカランが、こんだけ派手に損害出したら無事ではいられないだろうあの提督サマ。お付の方々もどこまで道連れになるんでしょうな。
 ご覧のありさまってトコロで、ミッションは混迷を極めている。退却命令が出た以上、報告は失敗で上げるしかないだろう。ソレだって恐らく何とかその二文字を記録しなくていいように渋りに渋った。だから司令系統がガタガタなんだ。アンタらが諦めても、雲の下には撒いた兵隊が山程いるんだよ。
 ミッションの概要には、自前で作った新型機が大量に保管されている。施設の制圧と並行してソレを燻り出して叩けとあった。まあサンプルを少々残すくらいの余裕あると踏んでたんだろう。実際、データからはこの規模の降下作戦なら間違いなくこなせると判断できた。
 適当なデータだったが。


 適当なデータは、敵機の詳細を見抜けていなかった。そして何故こんな大した土地も資源もないローカル衛星をこれ見よがしにチラつかせていたのかも、見抜けていなかった。
 向こうだってハマれば儲けもんだと思っていただろう。
 何せ件の新型、奴らもまだ制御し切れていなかった。
 ソレがアレ。
 バケモノじみたハチどもだ。
 こいつらはこいつらでまた頭の悪そうな演説家が、小馬鹿にし切った態度で回線全開にして宣言しやがった。
 ──彼らには正直我々も手を焼いていてね。丁度良い機会だから、習性を調べる礎になっていただこう。
 NNのパーツは色んなメーカーが手掛けていて、素人でもフルスクラッチする奴はする。こいつらみたいなテロリストでも自社製品? をバラ撒ける。
 だが、コアは貴重品だ。可能ならば喰ってしまうより鵜飼の鵜みてえに上手く飼いならして収穫したいだろう。
 コアは基本、工廠とトヨダの独断場。奴らにしか作れない。
 ──諸兄らも稀には民衆の役に立てて、清々しくはないか?
 ムカつく演説でハチどもがこの衛星固有の生物を元手にした生体融合タイプの機体だと判明した。見ればわかるが。生体融合とは凝った事をしやがる。制御が難しいのもお約束なのによくやる。本来獲物にする蟲の条件を書き換えてコアをソレであると認識させ、捕食及び貯蔵をさせようとかいうトコロか。手に余っているようだが一応自立型、パイロットが不要なら数で劣る連中には実にありがたい駒だろう。あの調子では放置しててもあと10年そこらは懐かなかっただろうがな。藪を突付いてヘビを出すって言うがまさにソレ。突付いた本人じゃなくて棒がボコられる辺り全く面白くもなんともない。
 闇雲に振り回した棒は、ハチに追い回されて折れた。


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