■domine-domine seil:03 翅と針とアリ 02

 コックピットを開くのは簡単じゃなかった。貫通しなかったニードルの位置から考えて、普通に持ち上げればパイロットは分割、というか裂ける。刃物でスパッとならまだしも、金串で肉をバラす様子を想像して、絶対迎えたくない死に様だと胃がムカムカした。
 そうだ、信じ難いが中身は生きた人間──だと思う──だ。どこをやられたのかははっきりしないが、確か、胴体は生身だ。無駄にバカな事言ってたから呼吸器に損傷はないだろう。縫い止められているのがサイバーパーツだったとしても、奴みたいな深接続タイプは手前の血液で賄っているし、感覚は遮断出来ても失血死はする。あの様子だと、多分危ない。
 おれは自分も手当てを受けながら、指揮官機の前面をバラす作業をみていた。その間に隊の奴らの容態も確認した。皆傷だらけだが生きてる。報告すれば、あの呆けたような目を向けて笑ったつもりの顔をするだろう。
 資材が勿体無いくらいの軽い怪我だ。すっかりおれの手当ては終わり、足は分隊長のNNに向かう。
 外せるパーツは外して、装甲の薄くなったハッチの隅を焼き切ったらしい。今もバーナーの火が散る中、整備の1人が狭い隙間に上半身を押し込む。
「内側から切るしかないな。工具を寄越せ。あと時間が惜しい俺に構わずどんどん穴開けろ」
 火の粉を気にしている間も惜しいのか。
「おいお前っ……おっとなんだ、意識があるのか!」
 声がデカいのは怪我人の意識Lvだとか、生きる意志なんかを引き上げる為だ。
「中の奴助かりそうだ! 焦って揺らすなよ! 転かしたら殺すぞ!」
「アイサー!」
「よし、お前根性あるな……返事はすんな! このまま開けるとお前がヤバいニードル切るぞ。死ぬ程痛いが痛いうちはタマシイが川のコッチ側にいるって証拠だ!」
 言葉の途中で鋭い擦過音が走り、止まった。
「……大丈夫じゃないだろうが、生きてるな。よし、デートしてやるDolores次いくぞご先祖様が手振ってもシカトだ!」
 そして2本目のニードルも切れた。
「班長!」
「何だ」
「工……医療チームが着きました」
「……そうか。固定は出来てるな!」
「済みました」
「なら、終いのパーツをバラせ! コッチは最後の1本落とすぞ歯食いしばれ」
 カッターが止まるのと胸部パーツの前面が浮くのはほぼ同時だった。這い出てきた整備班長と巨大なマニュピレーターに掴まれたハッチの下部は赤い液体で汚れていた。よく見るとコックピット内側の壁面にも小さな赤い点が沫んでいる。
「後は医者次第だな」
 忌々しげな顔でドアを眺め、班長は半分撤収を始めた。幾つかマニュピレーターを残して、パーツは下げてしまう。洗浄すればいくらでも使い道はある。
「あんた隊の人間か」
 班長がおれの部隊章を見て顎をしゃくった。
「会ってやれ。但し触んな嬢タマは無茶苦茶デリケートだぞ」
「あいよ」


 その頃にはおれに次いで軽く済んだ奴らがタラップを上がってきていた。ただでさえ死人みたいなデスマスク顔のメシェが蝋人形だ。止血の為か腕の付け根に固く包帯が巻かれ括られている。ピライは捻挫したらしい足を庇いながら不安定に移動している。因みにこんな時でもゴーグルは付いたままだ。


 ライトが眩しいという理由でシートが被せてあったが、そいつはタテマエだった。
「……っ」
「分隊ちょ……」
 おれは顔を背けそうになるのを堪え、メシェとピライはそれぞれ、呻きそうなのと叫びそうなのを堪えていた。
「手短に言う。ミッションは達成出来ずだが我が隊は全員生還」
 寝そうな顔で、おれをみた。
「以上だ」
  いつもより増して目に光はないが、持ち上がらない腕をもどかしそうに見て左手だけを小さく振った。死んではいない。
「こ、コアが?」
 つい口に出してピライがしまったという素振りになった。コイツと分隊長は別の方向で顔がはっきりしないから表情が読みにくい。ピライはそのまま回れ右してタラップを降りようとした。多分、これ以上口が滑らないようにだ。恐くて逃げ出す奴じゃない。まあそんなヤワな人間はカマキリでいられない。
「……潰れてはない」
「ちょ」
 その声にピライは素早く向きを変え、止めるジェスチャーをした。
「また今度聞きますからスンマセン」
「……つになるか……」
 いつになるか。そりゃそうだ。小さいのにやたら耳に残る声はいつもどおりだったが、抑揚どころか、今は生気すら薄い。
「会話スンナ」
 メシェに小突かれてピライはしょげた。
「スンマセン……」
「この、右手にあるやつ」
「アンタもだ」
 右腕は先まで全く動かない。貫通したらしいニードルに肩を抉られて血だらけだ。だが問題なのは肘の付け根部分だろう。切断はされてないが壁面に接してもいなかった筈だ。ニードルは槍でいう石突きの部分が見えている。あの辺の装甲は内部でも硬く作ってある。勢いが死んで半端な位置で止まったんだろう。
「避……切れ……くて、接触」
「いいから黙ってろ」
「ん……」
 妙に時間が長く感じる。とんでもないものを見たからだ。串刺しの人間ってだけでもアレなのに、正気を削る。
「亀裂が」
 おれにうなずいた癖にまた口を開く。今言っとかないと後悔するこってもねえだろ。子供か。
「大体わかる。もうおとなしくしてくれ。コアが半分イカれてんだろ」
 大人にもぱっと見みえないのがマズい。余計酷くみえる。
「まあ……喰われなくて良かったな」
 この様子だと暴走した自己修復に巻き込まれたのはサイバーパーツと体の表面だけだろう。大気圏内だから見た目薄いがNN乗りのスーツは頑丈なもんだ。
「いや」
 痛いのか。そりゃそうだろう完全義体じゃないんだ。オマケにコアに侵蝕されてればいらん回路が出来てるかもしれない。
「……背中がくっついてる」
「!」
 サイバー者らしく、ピライが飛び上がりそうに顔を上げた。むしろ無口になったのが深刻さを上手く表してナンセンスだ。
「もう大丈……整備班がとめて……くれ、から」
 強制終了を受け付けるなら、分隊長の言うとおりそれ以上喰われることはない。コアのリユース率は下がるが物理的に切り離せば無理なアクセスは出来ない。舟に積むようなコアなら得体がしれないし、現場Lvで制御なんて不可能でも、NNクラスのコアなら何とかなる。
「じゃ、また」
 藪から棒に挨拶されて、おれらは黙って分隊長の顔をみた。相変わらず分かり難いが笑顔なのが信じられない。確かに根性はある。何でも努力と根性で片付けばおれらっつーか軍用機なんざいらんのだが。
 世の中理不尽で血生臭い。
 しかしそうやって文明は発達するとでも一説かましそうな連中が見える。ああ整備班が言ってたなと思い出す。
 ピライは何か言いたそうだったが、スタッフは無言でおれらを押しのけた。下手な新兵より統率がとれている。まるでアリだ。カマキリだって寄ってたかってバラして巣に帰るアレだ。しかも3割サボったりもしない。
 邪険にされながらもタラップを下って──飛び降りても良かったが捻挫してる足には拷問だ──アリとは違う色の作業着と白衣を眺めた。
「あっカルロさんもう良いんスか」
「……問題ねえ。縫うのに時間食っただけだ。何話してんのかまではワカランかったが予想はつく」
「ここにいたんですか」
「そーだ。医務室も満員だからなこの場で処置していいか言われてこれ幸いと居座った」
 こいつは人混みを嫌うからな。ある意味おれより神経質だ。あと気難しい。それ程セクハラはしないタイプだが分隊長に最後まで警戒を解かなかったのもこいつだ。
「花とか持ってたら気悪いですかね見舞いなら普通ですよね」
「あ?」
 メシェが変な色のサングラスを押し上げた。なんだこいつとピライのゴーグルを向く。
「だからって菓子持ってくとかヒドいでしょ」
 今に始まったこっちゃないがバカだ。自分で言った事に引いている。そもそも胃があるのかとか考えてでもいるんだろう。
「そこはエロ本だろJK」
 メシェはもう一度サングラスを上げて薄く笑った。今から生贄の儀式でもやりそうだ。
「そっすね無難にいきましょうか」
 不吉な姿にほっとした声を掛ける。おかしいが、別におかしくはない。おれらはいつもこうだ。
「ガキにはロリマンガで十分だろ」
「えw 伍長が買って来てくれるんですか」
「ネットで買え」
「アイサーツマンネ」
「助かる思ってんのか」
 黙って座っていたカルロが振り向いた。誰も責めちゃいないが不機嫌なツラだ。
「そりゃ助かるでしょ」
 ピライはへらっと笑って自分の肩越しに指した。
 カルロは返事をせず、眉間に皺を寄せて目を閉じた。が、2秒して更に不機嫌な顔を上げ、一度腰を浮かせた。おれらを振り返って、バツが悪そうにまたじっとする。口は開かず、床を睨む。分かり易い奴だ。


「何故システムを落とした!」
「……しかし」
「全く、雑に扱ってもらっては困るんですよ」
「コアが死んだらどうしてくれる」
「人命救助を、優先させた判断です!」
 たまりかねて、整備の若い奴が叫んだ。が、腰が退けている。そんなにあの安全第一ヘルメットが怖いのか。古臭い社章が、脳内で描かなくても目に付く。
 まあ誰でも工廠には嫌われたくない。おれも関わりたくない。あいつらのやることはどうもワカラン。コアの調律なんかやってれば関わらざるを得なかったが、好かれるのも嫌だ。
「そんなことは宇宙軍さんに期待しておりません」
「半端な知識で引っ掻き回されては迷惑なんだよな〜」
「そんな……」
「医療行為は我々に任せていただきたい」
「整備士に余計な心配されてもねえ」
「医官の1人も寄越さずどういうつもりなんだ」
 そりゃお前らが手出すなっつたんだろ。俺が思った事を直接やり取りしてた整備班が思わん筈がねえ。
 確か、コッチで引き取るから作業し易いように場所を空けとけとかそんなんだった。責任は取るから別の負傷者の治療を優先しろ、というとまあ格好良いが動機が不穏だ。あんな傷? は艦の設備じゃ治せんが、必要なのは別の物か。
「……」
 整備士はうつむいて工具を握り締めた。


「そのくらいにしてやってもらえませんかね」
 足元血塗れの男が歩いてくる。ツナギの前面も、あちこち赤い。
「もう行っていいぞ」
「あんたが責任者か」
「困りますねコアは貴重なサンプルです。落とすなら規定の手順を踏んでいただかないと」
「今後は気を付けます」
「分かれば結構」
「しかしですね……コア以外にも、大事なソフトはあるでしょう」
 班長はキャップ越しに自分の頭を指さした。血の飛んだ軍手の指先で軽く叩く。
「状態が良いことに越したことはないと思いませんかね。あと、綺麗に穴開けるのは、骨が折れました。まあその辺は我々の管轄ですから、今後も大船に乗った気でいて下さい」
「も……勿論だ、回路を避けて分割したパーツは大変ありがたい」
「駆動部の保存も見事だった」
「それはどうも」
 班長はキャップの縁を下げ、軽く会釈して連中に背を向けた。その服装と形相で警察に行ったら帰れないだろう。つーか入口でズドンも有り得る。
「再起動かけますか」
「いや、これ以上侵蝕が進めば分離出来ない。死んでいないなら惜しい」
「てかココから死なせたら我々の責任ですよ。ソレはマズいですね」
「縁起の悪い話は止めて貰おうか」
「……申し訳ありません」
「で、どうやって運ぶつもりだ。そこらの部品と一緒にされては困る」
「まさか。軍の奴らじゃあるまいし」
「コアは機体ごと保存してラボで分解、解析の予定に変更ありません。パイロットはこの場で分離しますが、思ったより損傷がヒドいですね、タイミングを間違えると生理活性がなくなる可能性が」
「この手順でどうか」
「いきましょう」
「始めたら手を止めるな。今どうなってる?」
「融合箇所検分終わりました。どちらを残しますか」
「馬鹿なことを言うな。どっちも棄ててもらっては困る」
「ではサンプルはどのように」
「30、いや駄目だ20で……ギリギリだな、15%、輸血はしているか、足りなければ代替でも構わん。慎重にだぞ、必要最小限の量生体組織を付けろ。範囲は偏り無く、融合部位の15%を採集、残りはコードの側で切れ」
「了解」
「ニードルを抜いたら失血死する恐れがあります」
「コレヤバいねどうする」
「サンプルは確保したか」
「まだです」
「なるべく急げ」
「君、僕らのことわかる? おけ。ちゃんと見えてるね」
「分離完了。サンプル確保しました」
「よし、保護は丁寧にな」
「了解」
「抜いてから動かしたらまずい。一旦降ろす。切断は済んでいるのか」
「いや、右側のは無理だ」
「コレかあ……これで最後? コレ無きゃ降ろせるんなら外そう」
「そうだな」
「スリットが潰れているがどうするんだ」
「ココ、よし、誰か続きやって」
「了解」
「止血した。どうせ使えないからいいでしょ、あそこで切っても」
「任せる」
「了解。じゃ、ココから下、落としてっと、待った待機。痛感遮断出来る? ……ダメか。スロット開いて! え……いいの? うんまあ、その状態でダメなら外から抜いても無理かもしれないけど……じゃあやるよ。ケーブル下げて。いらないってさ、何してる一気にやった方がいいんだ。君、いいね」
「保護します」
「やってくれ。どうだ?」
「大丈夫、上手く止血出来てる。いい子だ! 降ろしてあげて。ニードル引っかけないでよ〜。サンプルは採れたかな」
「ああ、綺麗に切れている」
「先に降りる!」
 白衣の割に身軽だ、強化ブーツの足でタラップを飛び降りる。右手の銃に似た器具が気になる。アレを使う気か。
 あんな扱いをしたのに、当たり前のように整備班を呼び、パイロットのいなくなったNNを搬出に掛かる。まるで蟻だと感じたのは間違いなかったと思う。ギリギリまでデータを取るつもりだ、引かれていくNNにはまだ薄い色の人影がある。頭には白いヘルメット。古臭い社章がチラチラする。
 よく働く奴らだ。


「いけるよ。他のパーツは痛感遮断が生きてる」
「そうか」
「落とす?」
「そうだ、腹腔と背中のダメージが酷い。内臓は繋げそうだが、なるべく心肺機能を低下させたくない」
 白衣の右手がトリガーを何度も握って緩める。ロックの掛ったソレはカチカチと樹脂の安っぽい音をさせるだけだ。だが、カートリッジの中身は強制的に拍動を起こす薬液で満たされている。恐らく、奴らの仕様なら死人でも1日2日コキつかえるLvだろう。シリンダーにシリンジか。笑えねえ。
「うん。出来たらコレは使いたくない。透析がめんどい。でも、確かにヤバいよ。血液の送り先が偏ってる。体、治そうとして傷口と融合で削られたトコにとか、心臓の動脈とかに、まわしてる」
 カーテンの隙間から、白く細い腕が見えた。もうあまり血だらけじゃない。スーツはあちこち切り取られている。こういう時は丈夫な素材が邪魔になるからな。
「……朦朧としてきてる。もうやるよ」
「弱っているのか?」
「そこまでいってない。手前だね。だから脳にまわす酸素ギリギリまでケチって浮いた分で再生スピード上げ底しようとしてる」
「高速再生も考えものだな」
「今後の課題。あーヤバい。起きて、サイバーパーツの感覚閉じて。でないと耐えられないよ」
「押さえろ! 動かすな!」
 半透明のカーテンが揺れて、白衣がざっとストレッチャーに集まる。少し赤いものが跳ねた。
 計器の音が不穏だ。
「……腹部のニードル、もう帰ってから抜こうかって思ってたけどダメだ。抜かないと保たない。止血終わった? スリット開いて結線して。最初は右脚から外す」
「いけるのか」
「これでどう?」
「……ああ。アリだな。充填の用意はあるか」
「はい。足りますか」
「十分だ」
「ソッチ任せていい?」
「いつでも」
「じゃあ、パーツ外したら即抜いて。処理は手伝う」
「了解。聞いたか、待機」
「右脚外して。いけた? 血液足りないよ。おけ、あっ目開けて、何でもいいから音聞いて、返事はいいって……っ! 血液除去して、少量だからそっちのでいける。気管に入ったらマズい、そのまま見てて、ペースあげるよ左脚……」


 腕時計の針をみた。驚く程進んでいない。
 無駄口叩いてるようで手は間違い無く動いてる。得体のしれないフリークスどもだ。案外おれらに近い。面白くないが、イカれてるトコロは同じか。
 笑えてきた。蛇蝎のごとく避けられる、ああ本当に似てるじゃないか。アリとカマキリか。笑えねえよ。
 だがあいつはそんな目をした。現実味のない奇妙な色の瞳だ。あの色合いのせいで虹彩がはっきりしないから浮いてみえる。だから表情が読みにくい。
 まあ、それなりに苦楽を共にしたから、おれらも慣れた。


「左腕離しました。充填いつでも可能です」
「ニードル抜けたら即流して。投薬準備出来てる? ここ、一気に下がるから、慌て上げすぎないで、心臓止まるよ」
「了解」
「除去する」
 どれがどれだかはワカランが、今までも聞いてきた音だ。白衣の隙間から見えるケーブルや管の束。おれも繋がれた事はある。戻らない奴もみてきた。そうだこういう狂ったような警告音が、鳴っているならいい。断末魔をあげて止まったときが終わりだ。
 こいつらのようなアリなら、この程度半分遊びだろうがな。
適度にスリルのある課外活動だ。ラボに帰って何をするか内心浮かれてる。


「全く……こうも度々使い潰されてはたまらんな」
「ヤレヤレだね。換えがあるからって軽くみられてんのかな……手間暇掛かるんだ、弁償してもらわなきゃ」
「連中にそんな金ないだろ」
「そーだけど。どう? 規定値外れたら直ぐ報告」
「了解。今は安定しています」
「乱暴にしたら死んじゃうから優しくね」


 手早くだが静かにストレッチャーを押す。おれ達など見もしないでアリの白衣がひるがえる。安全第一が馬鹿みたいに浮かぶ。緑と茶色の社章は、古い映画の町工場を思い出す。
 カーテンが軽くめくれて、包帯とケーブルの向こうにそこだけ黒い髪があった。頭はかすり傷だったからな。貼り付いたガーゼとは白さの違う部分が顔で、一瞬だけ目が合った。


 おれ達をみつけて、嬉しそうにしてた。あんなときに笑うなんて、らしい。だからカマキリの頭だ。


「ごちょ〜」
「何だ」
 椅子に転がったピライが雑誌を放り出して言った。完全にだらけきった声だ。待機中にしてもヒドい態度だが、おれ達に注意する物好きはいない。
「分隊長……帰って来ませんね〜」
「お前働きたいのか」
「そんなこといって伍長だって何回リロードしてんですかw」
「いちいち人の頭の中を覗くな殺すぞ」
「いや〜だってヒマ? じゃないですかあとそんな侵入って程みてませんて」
「……」
「そういや検査大丈夫だったんですか」
「駄目だったらこんなとこいねえよ。お前と違って勤労意欲は低いんでね」
「……マジ何ともなかったんスか? 結構無茶してましたよね」
 分隊長の網マジでヤバイトコまで潜りますからあんま回路≠ノ付き合ってるとしにますよ、だとかそんなんはわかってんだよ。
「うるせえなだったら手前が納得いくまでスキャンすりゃいいだろ」
 さっきはあんな事を言っていたがおれのアドレスくらい持ってる筈だ。
「え? いやですよおっさんの脳なんかハックしても盛り上がらないし」
「……」
 コイツとマトモな会話しようとしたおれがアホだった。
 そんで、アホの頭目(今度ばかりはおれも心底そう思っている……)に死ぬなつっといてご自分は華々しくおなりあそばした軍曹の隊は、辛うじて半分──最初の頭数からだと半分の半分──残った。おれが付いていた青ラインとは今もたまに連絡を取っている。向こうはまだデスクワークらしい。おれらはまあ、半殺しの目に遭った奴もいるが通常営業ではばかっている。なんだあんな弾幕無理ゲーだなんて悲鳴を上げていたピライの張った網と解析が無かったらハチの巣だったかもしれない。いや、針だらけにされるからハリネズミか。ハチにハチの巣って笑えなさ過ぎるからな。
 全く。指揮官機が何でグレード高いのか新兵じゃあるまいし一から解説なんかできるかよ。つーか隊長自らガン無視ってのはアレかね。ルールは破る為にあるってか。
 若かろうが年寄りだろうが持って生まれたもんは直らねえ。
 指揮官機は墜とされたら意味ないんだよ。
 いい加減見慣れたバカデカいシールド、幻のように透けて薄く晄くアレは、小さな艦なら止められそうだった。ウソみたいな乱流を熾すカゲロウの翅。
 ImG+無しの闘いをみせてやるとの軽口、ホンモノのNN乗りはこうやるんだなんてどこのミリオタアニメだ。だが、歴戦の男のジョークはDQNのビッグマウスとは違った。ああ、確かに生一本な操縦技術だけの粋をみた。
 だが笑えねえ。何で人の為に死にたがるかね。
 バカは死ぬまで治らんなんて、マジで笑えねえだろ。
「てか、皆元気ですよね。レビさん明日から出れるって言ってたし、ンバギさんも来週には退院出来るって」
「あいつは暫く田舎に帰る言ってた」
 カルロがソリティアの最後の一枚を取って口を開いた。
「あ、ツキありますね、てかそうなんですか」
「伍長がサインしてたろ」
「そうでした!」
 二人はおれの顔をみた。
「……」
 面白くない。メシェだけが無関心でいてくれたが単に気付いてないだけだ。ゾンビパウダーでも撒きそうなウィッチドクターぶりだ。腕の調子も良さそうにみえる。因みに音楽を聴いてエアドラム最高潮。
 やりたくはないが、誰もやらないのでおれが隊を管理している。で、やりたくなくて指示が出たときゴネた。嫌そうな顔が怖すぎる殺して山に埋められそうだとかコイツらが茶化した。上官のクセに小隊長はブルブル震えていたが今に始まった事じゃない。あの時はメシェもニヤニヤしていた。埋めるどころか喰いそうな感じだった。おれのツラだけ特殊じゃねえだろ。
 カマキリはことごとく不審者だ。
「そこはね君、め、命令だから、ね」
 ぼやいたが噛みつきはしなかった。永久にって訳じゃねえしよ。小隊長は震え過ぎて脇腹を押さえていた。確か肋骨を折ったとかだ。骨に響く程脅える理由はねえ。ずさんな作戦だったが立てたのはもっと上。おれらのいた場所は最も攻撃を受けたが、死んだ奴がいる部隊も他にザクザクあった。いちいち反応するこっちゃねえ。こんなビビりの怪我人小突いてもつまらんしな。
 分隊長が復帰するまでは我慢しよう。
 しかしめんどくせえ。
「新しいのが来たって落ち着かないだけだろ」
 また出たり入ったりされるのはかなわんとカルロが眉間に皺を寄せた。ツキが逃げるぞ。
「ようこそステキな掃き溜めへヒャッハー!」
 夢の国から半分程戻っていたメシェがエアスティックを振り上げた。絞めたてのニワトリが2匹みえた。
「俺はお前で異存ない」
「やりたかねーっつったろ」
「Y.ヤッチマイナYO! オマエの不吉フェイスでグレムリンも転進? すごいよマイケルこの魔除け」
「なら手前がやれ」
「だが断る」
「ムカつくなお前らだからやりたかねえんだよお前らの面倒みるとか期限付じゃなきゃやれるかよ」
「なんか駄目なの前提ですね〜」
「無い」
 ピライのつぶやきに足りなすぎる言葉が続くがカルロの喋りはいつも省略が多い。皆馴れてる。
「戻って来たそうな顔はしてたが」
 駄目だろうな。おれはそう言いながらまたアクセスした。特に更新はない。待機。当分そうだろう。人数も揃ってねえし。これでも研修は受けてるが、おれの評判は悪い。誰も使いたがらないだろう。
 あいつがいれば少しは違うが、もう戻って来ることは、無い。
「つまんないっスね」
 生きてるなら見舞いくらいさせてくれたっていいのに、ピライはぼやきながらまた雑誌を開いた。
「ロリマンガ無駄になりましたよ〜もう俺読んじゃおっかな」
 ガチガチのサイバー者なコイツが一番理解してる。本当はそうだが、言いたいんだろう。


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