■domine-domine seil:03 翅と針とアリ 03

「ひさしぶり」
「ああ」
「調子は?」
「皆変わらずだ。パーツのメンテも済んでスーツで出てる。生身もほぼ元どおり。工兵の手伝いばっかだけどな」
 デブリの除去、抗生生物が過ぎた後の修理、資材運び、資源の採集、そんなんの護衛か、手が足りなきゃ作業もする。口に出して普段とそう変わらんなと思ったりもしたが、場所や比重が違う。ミッション失敗による艦隊へのマイナス評価、それと単純に頭のないカマキリに目立つ仕事をさせたくないからだ。
「入院してた奴らは?」
「どっちも出てきてる。レビは先週ボルトが外れた。ンバギはちと痩せたが休暇から戻ったらソレも見事に戻った」
 まあ、体が戻ったら戻ったでおれ達がまた前みたいに誰彼構わず噛みつかないか煩わしい。
「ソレナニ」
「何って花だよ」
 いかにもありあわせなリボンで囲ったケースをサイドボードに置く。他には何も乗っていなかった。
「何でカエルはいってんの」
「コンビニくじの景品だからだ。見舞いにやれそうなもんなんかねえしっつってたらピライの奴が見つけてきたんだよ。全員でソレ当たるまで引きまくったんだ」
 お陰で隊にはアホ面のカエル引っ付いたグッズがほぼコンプリート状態でディスプレイされてしまっている。メモだのタオルだのは無理矢理使うとしてもあのぬいぐるみはどうしようもない。
「イロイロおもしろいありがとう」
 女でも子供でもないがコイツにやっても良かったんじゃないかと今更。時間が無さ過ぎて思い付かなかった。因みに、コンビニでラッピングはやらない。やったのはカルロだ。何でこんな綺麗にリボンが結べるのか。神経質な奴らしいが、はっきり言って不気味だった。
「何だあの召喚。ステーションのテナント寄る暇もなかった。お前んトコの親方はいつもあんななのか」
「まあ、出来ない指示はしない頑張ればギリギリ出来る要求はする」
「そういうのに無茶振りっつーんだよ」
 所々水色だの緑だの黄色だのが混ざった白っぽいプリザーブドフラワーの真ん中から、無駄にファンシーで無表情なカエルが顔を出している。緊張感のなさが目の前の白い物体に囲まれたこいつに似てなくもない。
「仕様だからしょうがない」
「オヤジギャグかよくだらねえ」
 遠くない日に、まとまらない隊は解体されるだろう。だとしてそれぞれを何処が引き取るのか、ハズレを引くのは誰なんだろうな。こいつの次に。暢気というより、普段のソレと違って五感が曖昧なのかもしれない。前の晩運び込まれたっつっても違和感ない有り様だ。
「伍長は?」
「おれか? ご覧のとおりだよ」
「頭が気になってた」
「……他に言い方はねえのか」
「おかしくなってないのかとか」
「ひどくなってるじゃねえかまあいい。大事ねえよ」
「そうか」
「あんたは?」
「早く菓子食いたい」
「食えないのか」
 ピライの言った事を思い出す。
「いや、内臓はあるよ……でも今……まだちゃんと動いてな、か」
 2秒おいて続ける。
「ら……味無い」
「大丈夫かよ」
「……あー、一気にしゃべったら……つかれた……」
「寝ろ。目閉じろ」
「そんな寝れるか……もーイロイロ飽きた」
 特に食い物、と分隊長はつぶやいた。そういやコイツ、しょうもないもんばっか食ってたな。あとガキか女学生が喜びそうな菓子。
「レトロフューチャー宇宙食w これはひどい」
「……」
 コイツも変わらんなと呆れる。
「ん……栄養があるのは、わかってます」
 おれが言いそうな小言を想像してたのか。
「でも俺ロボコップ無理絶対」
 やめろ笑えねえ。
「はやくにんげんになりたい的な? 気合い入れろ俺の臓物みたいな」
「そんなん思うんだったらしっかり養生しろよ。隠れて何か食ったりすんなよいいか」
 あーこのガキがとため息が出る。
「りょかい。指示は、まもります。これも仕事……あー……まあいいや……えと」
 不吉ワードが混ざっていたがとりあえず保留だ。記憶の中より顔が白い。
「いいから、寝ろ。黙って目閉じるだけでも違う」
 おれはそう言ってドアに向かった。
「ごめん」
「なんだよ」
 仕方なく戻る。喋るなっつって声張らせちゃ意味ねえ。
「またって言って……嘘……なった」
「そうか」
 かなり不自然な寝具だ。フラットになっている部分がおかしいからだ。
「どのくらいかかりそうだ?」
 年単位必要か。次会うときに敵じゃなきゃいいが。宇宙軍も一枚岩じゃねえ。
「NNにはもう乗れない」
 妙な姿勢で置かれてると思ったがソレか。
 俺が部外者だからか、脇の機器からベッドの下部分までほとんどが白い布で覆われている。変に上の奴を呼ばないのもコレかもしれない。
「そんなに悪いのか」
 喋らせたくはないがおれは黙るのも出て行くのも忘れた。
「コアからの侵蝕、結構噛んでる……から完全には取り除けないって」
 布を透かす光はこいつの目に似たぼんやりした青か緑で、規則正しい音は静かだった。消える警戒はまずいらない。
「幾……かは脊髄に入って……いうの、あると同位の……違うコアと……コンフリクト」
 どうした、ときかれた。
「顔がコワい」
「生まれつきだ」
 サンプル、をどうしたか。脊髄と聞いて固まった。どうやって。アリどもは巣に持ち帰ったのか。
「……だから長くアクセスできない」
「……そうか」
 もっといてくれと言える程ガキじゃない。そのくらいは分かる。座るつもりの無かった椅子に座る。部屋は広いが椅子はこれしかない。医者か……研究員以外に誰も来ないというより入れないか。
 まあどっちもだろう。
「退役するのか」
「わからない。できたら残りたい」
 クラインは目を閉じた。
 随分体積が減った姿を暫く眺める。アチコチ白すぎてショボイ造花がそれなりに見える。何にもない部屋だ。
 今度こそ出ようとしたが、目が合った。
「伍長」
「なんだ」
「結構寝れそう」
「良かったなそうしろ」
 ソレは寝たって訊いて寝たって返事するアレか。ナンセンスだ。
「……伍長……」
「わかった聞いてやるよ」
 少しだぞ、と付け足す。子供か。感傷に浸る隙がねえ。
「たいしたこと、じゃないけど……」
「手短かに話せ」
「りょかい。さっきあんなん、じゃなくて、コアはさて置き………」
「アホか」
「……ごめん……」
 少し休ませながら聞く。
「普通に動くのは、すぐ出来る予定」
「ああ、そうか」
「ずっとここで寝てる……ターン、とかおもわれるの、いやだし」
「日常生活は出来るって言っとくよ」
「ありがとう」
「気にすんな」
「世話なった言……といて」
「おう」
「伍長」
 クラインは小さく笑った。
「ありがとう……健闘を祈る」
「分隊長も、お元気で」
 俺はやれと言われる以外で、二度目の敬礼をした。
「カッケーな」
 目を閉じてまた笑う。
「返せなくてごめん。俺今左手しかないから」
「キニスンナ」
「りょかい」
「じゃあな」

 (1stup→130926thu)


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