■domine-domine seil:0b 俺の甘いものとついでにやらかしたっぽいもの 01

 久しぶりの非番だ。と言っても、俺とアミで交代しているんだから実質12時間なり平常時なら一日おきのシフトだ。モチロン、非番が2日に1回廻ってくるなどという楽園は有り得ず、ブリッジに上がらないだけで仕事は山積みだ。平時ならばまあ、拘束時間に応じて規定どおり確保とあるがあくまでも目安なのはご愛敬。軍隊なんてブラックなものだ。で、なけなしのソレがいつ以来かっていう部分は、提督が出てこない日だ。指揮官には代わりがいない。だから艦が一度動き出せば、ほぼ不眠不休も覚悟だ。
 とはいえ、人間24時間戦えないものだ。戦闘中でなければ、休日に相当する時間も確保しなければならない。健康管理も、軍人の立派な心得だ。
 しかし、いかんせん代わりの無い身、提督が全く仕事をしない日なんて、数える程しかないのが現状だ。
 まず書類。弾幕うすいぞなんて面白おかしくスペオペごっこしたりするが、アレだってリアルじゃ撒く度に申請(後付けだけど)し報告し適切な方法であったことをアピらねばならない。技術部から上がってくるメンテの見積もりに目を通して、資材は補充して、各部からの報告のチェック、請われれば回答も必要だ。
 兎に角、山のようにあって、副官のサポートがあってもカツカツ。出来ればもう何人か、人員が欲しいくらいだ。ムリだけど。
 先任が言ったみたいに、クライン提督は俺たちをコキ使わない。作戦行動中とか、シミュレーションじゃ悪魔かと思うときもあるが、何でも秘書に投げっぱなしの有閑社長タイプとは違う。連れてけ食わせろ取ってくれ、そういうギリギリアウトな私用も要求してこない。全くもって手の掛からない人で、ああみえて渉外も巧いし懸案もじっくりと耳を傾ける。
 但し、手際はイマイチだ。
 『フユツキに随分絞られたけど、まだまだだ』って、本人も自覚してる。仕事は丁寧だが、どれをいつ誰に割り振るべきなのか、要するに俺たち副官に廻してしまえば済む些末な出来事にラインを引くのが下手なんだ。
 結局一人で全部抱え込んで、食う物も食わずに片付ける。あの集中力はさすが神がかっていると思うが。不安定なエンジンだ。事務に関してはチョット、仕事にムラがあるタイプだ。思考時間が長いというか、手が頭についてこないというか。ゼッタイそうはみえないけど、要領が良くない。
 それにしても、恐ろしい人だ。マジで。あの人のタフネスさには俺もついていけない。俺はこの密かに誇る胸板のとおり、健康体だ。頭脳労働系のブリッジじゃ、誰よりも疲れ知らずだと思ってた。それなのにあの吹いたら倒れそうな体で、提督は延々と手を動かす。黙々と読み進める。自分の為の時間さえ削れば、優秀に手が届く量をこなしてしまう。質も伴ってるし。
 それで1時間も休めば、戻って来る頃にはケロリとしている。
 いつ食っていつ寝てるのか全く。
 DoloresかDiabolosかって、その頑丈っぷりはフロウ=マンティスから聞いてはいたが、付き合えば付き合う程、呆れるというか感心するというか。まさに魔人だ。
 しかし、提督は人間だ。どこかの国じゃカミサマだって年に一度休暇を取るっていうし、休息は必要なんだ。
 実際、顔色がよろしくないとかはあまり見ないが、作業が長引いてくると、
「ソロソロ飽きてきた……」
 などと不穏な事を口走る。因みに、形式だけの会合や拙い演説だと、きいてないこともしょっちゅうだ。マズいコーヒーがもったいない、会計監査が必要だ。高いケーキお取り寄せとかない。下らない見栄で輸送艇つかうな。艦内のコンビニのケーキあるだろどんだけ単価違うと思ってんのか、あああのミルクレープは神だ。ていうか会議の茶菓子なんか100円ケーキで十分だ。などと小声で呪いをかけてたり。提督が口にすると本当に発動しそうで不安だ……。だがいちいちごもっとも。
 退屈がピークに達すると、躊躇ナシに寝るし。背筋を伸ばして目をあけたまま寝られるなんて。居眠りされるとこっちがハラハラするのでやめて欲しい。
 まあ、体は兎も角、気疲れは多少なりともしてる筈だ。
 ストレスはヒューマンエラーと密接に関係しているって、自分がクルーに訓示してたのに。肝心の本人がコレじゃナンセンス過ぎる。
 いっそ少々ターボがかかったくらいで出来る子になる程聡明だったり勤勉だったりしない方が楽に生きられるんじゃないか? 俺はあの人がチョットだけかわいそうになった。
「あんれジョスさん。お食事ですか」
 宇宙W軍公式ミニコミ(おかしな言葉だが堅い機関誌は別にある)の『彼女にしたい副官ランキング』常連が台無しな言動をしにやってきた。職務には勤勉かつ献身的でさえあるこの同僚に、随分な言いようだと、俺の心中を読んだ者がいれば怒り出すかもしれない。
 俺(と提督)が不在? である故に、彼女は勤務中である。少しずれた帽子、小さな肩にケープを纏った制服姿が可憐だ。
 大変に無駄に愛らしさを揮発させて、俺を見上げている。今日も拳を下ろしやすい位置に頭がある。
 何故かお食事≠強調したあの喋りは何だろう。
「昼食ならもう済ませた。ミクラ中尉は今からなのか」
 ピークはとっくに過ぎている。
「はい。今日は特に変わった事もありませんでしたから、私もソロソロお昼ごはんにしようかと」
「そうか。お疲れ様」
「お疲れ様です。おにぎり残ってました?」
 アミは俺が持っている袋をみた。艦内にあるコンビニのものだ。
「そうだな……そんな豊かではなかったから早く行った方がいい」
 アミ曰く入荷(といって戦艦に毎日配送出来る便があるワケないので拡縮処理して長期保存された商品を復元して並べている次第だが)直後の棚にギッシリ詰まったパンやおにぎりであれば豊かなコンビニ=A売り切ってしまって品薄になり、僅かな残りが真ん中(企業的にそうしなければならない決まりらしい)にあれば貧しいコンビニ≠セそうだ……。
「そうですか……おにぎりがなければお菓子を食べる、のはイヤなので行きますね。ソレはケーキですか? 百歩譲ってパンが無かったらロールケーキでも良いかな……ソレでさいごですか?」
「いや、さっき行ったときは6個あったぞ」
「ん〜では店頭には4個以下ですな」
「……なぜ4個と断定する」
「深い意味はありませんが6ひく2は4だし、奥ゆかしいジョスさんが残り少ない商品を余分にお求めになるとは思えないのです。因みにロールケーキであると断定したのは人気商品だから日日に小賢しいすういーつ(苦笑 などに興味を示さないお堅い副官様でも興味をもって、まれに購買意欲が芽生えても不自然ではないと判断されたのではと考えたからです」
 無駄に深く掘り下げていると思うのは俺だけだろうか。ヒットアンドアウェイ的な戦略は苦手なタイプだが、ミクラ中尉は頭の良い人間だ。残念ながら提督のように万人が感じ取れる切れ者的な天恵ではなく、他人には理解されない孤独な天才だろう。しかし俺は評価している。運動部のマネージャー的な青春の香りなど、天使のような労いの言葉など真の意味で飾りに過ぎない。雨の中の接戦、じっと巣を張って獲物を待ち続ける蜘蛛のような、18回裏まで投げ続けてまだ刺殺を企む脳みそと根性が、敵対勢力への脅威となるだろう。ソレが未来のアミセル=ミクラ提督の武器だ。
 俺とて提督に最も近い(出世的な意味で)男≠ネどと言われて調子付いているわけではない。むしろ昇進などしてしまって……まあいい。ゴシップめいた賞賛など真に受けるつもりはない。自分の得手不得手は把握した上で日々研鑽に励んでいる。安っぽい同情や下心で贔屓している訳でなく、俺はミクラ中尉が自分よりも提督に近いと感じている。
 だからその才能の無駄遣いはやめとけ。
「それでは失礼いたします」
 アミは世の中のさびしさや悲しみなどお花とリボンに変えてしまいそうな声と笑顔でぴょこんと礼をした。
 そりゃあ色んな奴らの恋の戦線に混乱を来すだろうな、と俺は思った。嫌な見方をする奴もいる――彼女がいつも1人で買い物をしているのは役職だけが理由ではないだろう――が、アミはぶりっこ(化石)≠ナはない。この態度は天然で、だからこそ俺は世界のときめき≠竍かわいい≠ニいった素敵資源が無駄になっていると言いたいのだ。
 みろ。立ち話なぞしているからヒソヒソとこちらを見ながら女子クルーが隣の娘の肩を叩いているぞ。俺は君のようなブルネットの女性が好みなんだ。すれ違ったパイロットスーツにはロックオンレーザーを押さんばかりの目でみられるし。やめろ俺の人型特殊は実戦で磨いたものじゃない。ペーパードライバーってヤツだ。乗らずに持ってれば勝手にゴールドになるんだよ。ドッグファイトなんかできん。拳で語れ? 嫌いではないが貴官と闘う理由はない。兎に角俺はもっと落ち着いた雰囲気の女性が好きなのであって可愛いタイプは妹としか思えない。ソレはソレで許せないのか? だがお前らが嫉妬するようなこと何もやってないんだって!
 俺は心の中で愚痴を言った。俺とアミは副官コンビとして1セットで語られ、噂には変な尾ひれがついていく。閉鎖空間だから仕方がないが、不満だ。
 戦果に対してなら良いが、何でも恋愛に結びつけるのはダメだろ。みんなもう大人なんだから。
 俺とアミは付き合っていることにされたり疑惑にされたり、おかげで今みたいにあらぬ怨念を向けられる。たまに女性からも奇妙な否定のまなざしを感じるがアレは何なのか。何か彼女らの願望を裏切るような真似を俺はしたのか。別に俺のファンという訳でも、アミに敵意を持っている訳でもないのに。
「あ。そうそう」
 まだいたのか。
 俺の手をちらりと見て彼女はつぶやいた。本当に恋人同士なら色気のある言葉の一つも出るんだろうが、違う。
「大丈夫っぽいですね」
「どうした」
 気弱そうなメガネが俺達の脇を通り過ぎていく。羨望の眼差しが痛い。去り際の自信なさげなため息に罪の意識を感じる。誰も悪くはないが。
 アミが俺の肩に背伸びして、俺にしか聞こえない小声で囁く。
「爪とかは切っとかないとかわいそうって思っただけです」
 なんという悪魔だ。
「それでは」
 アミは微笑みながら素早く退いた。
 オレンジのようなさわやかさだ。
 俺は呻きながらその場を後にした。


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