■domine-domine seil:0b 俺の甘いものとついでにやらかしたっぽいもの 02

「お休み中、失礼します」
「なに」
 寝起きなのか? 少し緩い声だ。言い方がぞんざいなのは、俺だと分かったからだと思う。が一応名乗る。
「ジョズエ=エッケルベルグ大尉です」
「どうぞ……」
 ロックが解除される。
 部屋に入るとクラインは私物のノートパソコンに蓋をしていた。寝起きではなさそうだが一瞬パジャマなのかと妙にざわつくような格好である。スナップボタンのチェックシャツにウエストを紐で括るタイプのラフなコットンパンツだ。
「提督」
「何だよ」
 クラインは片眉をあげて俺をみた。
 俺はソレをワザとスルーして彼の胸元に触れた。服だけをそっと辿る。
「ボタンがずれてます」
「えっマジで」
 少し焦った顔で俺に背を向ける。
「朝からコンビニ行ったのに」
 などと呟いているが、ぷちぷちとボタンを外しとめる音の方が気になった。
「食堂行ってないんですか」
 食べてないんじゃないかと不安になる。お菓子で済ませたとか女の子じゃないんだから、と説教したくなる。
「コンビニ行ったって言ったろ。菓子じゃないものも食べました」
 機能性食品の類だろう。ダメではないがソレでいいのか。
「たまには普通の料理も召し上がって下さい。下りていくのが手間なら届けさせるとか」
 出来ないのだ。人に何かさせるのが嫌なんだ。勤務中ならためらいなく、恐ろしい命令も下すのに、個人的に何かしてくれとは言いづらい模様だ。
 あえて厳しい指摘をするなら、人にかしずかれるのも提督の仕事だ。何故指揮官の私室が他の居住スペースと離れているのか。コールへの迅速な対応とセキュリティ的な理由からだが、生活に必要な用事があれば部下を呼んでやらせれば良いんだと誰もが考えているわけだ。あんたの艦隊[ふね]なんだからお大尽でいいんだよ。
「とりあえずゴロゴロしたかったから、ドア開けるのも面倒だし。挨拶するのもメンドクサイしなー。あと、お前が心配しなくて良い程度には調理されたものも食ってるから」
 過保護だな、とぼやかれる。そうだけど。
「……わかりました」
 もう一つだけ言わせてくれ。
「お疲れなのではないですか」
 人に会いたくないとか重症だ。
「そんなことないよ。朝まで寝れたし。巣で一人になりたいのはヒッキー体質だからだし……朝からネットやってたらさすがにダルいな」
 このダメ人間が。しかし遊びでよくそんな長時間モニタに向かえるな。俺には耐えられない。
 まあ、趣味的なものまでとやかく言っても仕方ない。食事らしい食事をして欲しい、というのも単なる俺のこだわりだ。健康管理なら、彼の出自を考えれば完璧に、合理的に、こなしているだろう。
 クラインにあまり無機的な暮らしをして欲しくない、なんて思う俺は煩わしいだろうか。
「休みに外出たくないって思ってたけど、ジョスから電話あって嬉しかった。お前の顔見たかった」
 わざわざ上がって来てくれてありがとう、と言われる。俺はほっとしつつ恥ずかしくなった。クラインは素直すぎる。
 そうだ。俺は提督に意見しに来たんじゃない。
「私……俺もです」
 恋人に逢いにきたんだ。


 彼の部屋にティーセットはない。
 誰が言い出したのかは知らないが、提督というノーブルな生き物は、優雅に紅茶を傾け、シニカルでウィットに富んだ言葉遊びに興じなければならないらしい。そういうのとは縁遠いがこの提督もコーヒーより紅茶派で、ブリッジで俺が葉から淹れた紅茶を出したらとても喜んだ。うれしそうに飲む顔をみて、俺は幸せ過ぎて死にそうだった。あの頃はこんなとき何故心拍数が跳ね上がるかに気付いてなくて、俺は、行き過ぎた憧れと忠誠心がそうさせるのだと片付けていた。
 クラインは小さな電気ケトルのスイッチを入れると、アルミのカップを2つ置いた。
「どうぞ」
「恐れ入ります」
 俺はベッドの横にある小さなテーブルに着いた。以前茶を出そうとしたら『客はお前』と拒否られた。多分そういう事をしてみたいのだろう。俺は嬉しくて、それから少し切なかった。
 自分の部屋に誰かが訪ねて来ることなんかなかったんだろう。テーブルにも椅子は一つしかない。貸与されたままの状態で部屋を使っている。インテリアらしきものも全くない。これならばまだ美少女フィギュアが飾ってある方がマシだ。しかしああいう立体物に興味はないらしい。
 クラインは俺の向かい――自分のベッドの縁だ――に腰掛け、インスタント紅茶の袋を開けた。粉を入れてお湯を入れる。合理的だ。ゴミも出ないしな。
「甘いものが良い? 違うものが良い?」
 言って再び腰を上げる。俺はそれを制してコンビニ袋をテーブルに置く。
「これをどうぞ」
「ありがとう。見ていいか」
「どうぞ」
 俺は勧められた紅茶を口にしながらクラインを眺めた。うれしそうだ。簡素な備え付けカップから伝わる温度が心地良い。味などは二の次だ。


「お前は食わないの?」
 クラインは俺の前に置いたパッケージを指した。
「ダイエット? 恋わずらい? ……不気味だ……」
 自分で言ったジョークにダメ出しして呻く。そのとおりだが随分な言われようだ。
 プラスチックのスプーンを持ったまま、俺の後ろに回り込む。
「……!」
「ハラ気にする歳じゃないし、ていうか出てないし」
 何食ったらこんな堅くなるかね、と撫でられる。
「……鍛えてますから」
 戯れとはいえ簡単に触らせているようじゃ、こんな腹筋など大した意味を持たないかもしれないが。
「俺だって鍛えてるよ」
 などと言ってシャツの裾を僅かに上げる。俺は紅茶を飲むフリをして目を逸らした。
「お前みたいにはならないけど」
 掴めそうに薄く細い腹周りだ。
「なったらなったでなんか気持ち悪いコラみたいになるか? しまらない顔だしな」
「確かに不気味でしょうね」
 ちょうどいいので仕返ししておく。
 おとなしいクラインの容姿に筋肉はアンバランスだろう。俺が乙女チックにクネクネと恥じらうのと遜色ない不気味度だ。やめよう。イロイロ不毛だ。
「ジョス」
「なんですか」
 座り直したクラインが俺をみている。
「ちょっと食べてみる?」
 食べたことはある。ケーキというよりはクリームの付録にスポンジが付いている感じだが、かなりおいしい。
「あっ」
 しかし俺はクラインの差し出したケーキを口に入れた。
 にこりと笑う俺をみて、クラインは気まずそうにスプーンを引いた。
「ごちそうさまでした」
「ホントに食べるとは思わなかった……ていうかお前、男の食いかけなんて……気持ち悪くないのか」
「あなたは駄目なんですか? だったらこの新品と交換しましょうか」
「そんなことしてもらわなくてもいいよ。ココだけの話チョット嫌だけど」
 他のクルーには黙っててくれと口止めされる。余計な気を遣わせたくないのか。
「……でもお前なら、平気かも」
 照れくさそうにうつむいて、続きを食べ始める。
「俺も同じです」
 俺は自分の分として置かれたスプーンを取り出すとクラインのケーキを掬い取った。
「あっお前」
 済まして食べる俺にクラインがおこりだす。子供のような表情だ。
「そんな食い方ナシ! もーやめろって、そういうコトするなら……あっなくなった、おまいの分からかえしてもらうからな」
「お好きにどうぞ」
 俺はパッケージを裂いてケーキを取り出し目の前に置いた。クラインは俺を恨めしげにみつめて黙ってソレを掬った。おこった顔をしようとするが、できてない。
 しあわせそうに食べている。
「おいしいですか」
「……うん」
 それでは、俺はにこりと微笑みクラインの隣に座った。
「全部召し上がっていただいて結構です」
 手の上にのせて差し出す。
「な……なんか食べにくいな」
 クラインは恥ずかしげに俺をみた。
「ていうか何故コッチに来る」
「言ったら私をあわれんだ目で見そうなので言いません」
 のばしたスプーンを止め、クラインは少し赤くなった。困った顔がいい。
 そうなんだ。俺には、ケーキよりも甘く香る。
「お前ってさ……お前って、ベタ」
 手のひらごと、スプーンをテーブルに置いてしまう。一方の手も縁を掴む。恥ずかしくて倒れそうなのを支えてでもいるのか。
「正直だし」
「いけませんか」
 クラインは俺の顔を見てはっきり赤くなり、柔らかな仕草で目を伏せた。こうしてるときにしかみられない姿だ。
 滑稽なくらいのまっすぐさが、俺の不器用で馬鹿みたいな正直さが、この人をつなぎ止めている。俺はそう自負している。笑われたっていい。なりふり構わず掴んだからあずけてくれたんだ。
「……わかりやすい方がいい……」
 クラインは一瞬淡く笑って、俺の肩にもたれた。
「プライベートでまで駆け引きとかイヤだし」
 俺はケーキを落とさないよう気を付けながら恋人を胸に招いた。
 心地良さげに目を閉じ、クラインが腕を廻す。俺の背中を撫でながら、シャツに顔を押し付ける。心底ほっとしたように息を吐く姿に、切なくなる。俺しかいない事を無邪気に喜ぶべきなのか。
「ジョス……」
「はい」
「……ん……」
 クラインはとろりとまどろみながら俺の名を口にする。会話をしたいわけではない。ただそうしたいだけなんだ。
 俺は俺の胸に軽く収まる、クラインの背中を撫でた。
「ごめん……」
「どうしました?」
「こうしてると安心する……何かぼーっとしてきて……勝手にくっ付いてご免」
「……いいですよ」
 俺だって抱きたかった。
「……ん……でもお前」
 クラインは俺にもたれたままつぶやいた。
「デザートの代わりに俺を喰いにきたって」
 それはそうだが。
「このままが良いなら、構いませんよ」
「ジョス……」
 半開きの瞳が猫のようだ。たまらなく愛おしい。頭を撫でる。触り心地のいい髪。儚い香り。それはもう、余さず貪り尽くしてしまいたいが。
 無理矢理はいけない。
「……ソレ食ってからでもいい?」


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