■domine-domine seil:0b 俺の甘いものとついでにやらかしたっぽいもの 06

 折角なんだから、夕食でも誘っておくべきだった。いや、寝るって言ったんだから断るよな。引き返してもムダだ。かわいそうだし。寝かせてやろう。ってなんかエラそうだな。
 俺のものでもないのに。勿論他の誰かの所有物であってもいけない。工廠とか工廠とか工廠とか。あいつらは特にダメだ。クラインは誰のものでもない。
「……」
 どうも、ラフな格好じゃしまらないな。やっぱり、あの――余所の軍勢からは衣装くさいって笑われるが――制服でないといかんな。
 俺はそんな事を考えながらエレベーターに乗り、ガラスに映る自分をみて固まった。なんという悪魔だ。いや魔人か。
 途中何人かのクルーに顔を合わせたが、笑顔が引きつりそうだった。元気良く敬礼してくる下士官に、俺は不自然なポーズで返す。兎に角ダッシュだ。……廊下を走るのはよくないな。目立つし。人通りの少ないルートを選んで早歩きで部屋へ。
 鏡の前で赤面する。
 我ながらキモい。
 恥じらいなどというのは少年少女、あるいは女性やクラインみたいな線の細いタイプがみせるから絵になるのであって、俺みたいな身技体揃った体育会系がやるとサムい。不気味だが仕方ない。首筋をおさえる。甘い感触が蘇るような錯覚に、鏡の前の無様な自分に軽く呻く。
 俺はもう一度シャワーを浴び、ついでに他にも跡がないかチェックした。
 髪を拭いているとだんだん冷静になってきた。コーヒーが欲しいが着替えないとな。いくら非番でもパンイチで共用スペースへは出られない。とりあえず上はスタンドカラーだ。あと絆創膏を貼ろう。見せ付ける訳にはいかない。
 着替えてみると全く目立たない。制服の襟なら間違いなく隠れるだろう。
 なんて人だ。
 俺は慌てふためいたのに、計算してたのか。きっとそうだな。
 この辺なら、つけてもみえなくなるしおkとか。提督自重……。
 俺はやれやれと横になった。
 ――キスマークのヒトツくらい男の勲章だろ『リア充氏ね』とか非モテクルーの視線浴びてみろよヒャッハーキモチイイーみたいな?
 ――黙れ下郎が主君の愛の証を晒すなど悪戯に持たざるものへ嘲笑を向けるものではありません愛は高貴なるものヒメヤカニみたいな!
 脳内でベタな天使と悪魔がベタな小競り合いをしているがスルーだ。例によって俺の姿をしているのでキモいし。しかも天使! お前が憤慨するのはそこじゃないだろ! 愛の証ってナニありがたがってんだ……イヤ、チョット嬉しいけど……ああ! ダメだダメだ! 甘やかしたらダメだ。いい加減俺をエロネタでからかうのはやめて下さいってこの辺でハッキリチョットおこったりとか?
 ――じゃあお仕置きだな。ケシカランモットヤレ! そんなジャージが好きならって体操着着せてしまえ! らめぇオニイチャーン!
 ――ナニをハレンチな! ここは由緒正しいセーラー服です(下は短パンを推奨)。いいですか、宇宙軍というのは指揮官の呼称から察するに海軍の流れを汲む組織です。セーラー服とは女学生のユニフォームとして知られていますがそもそもはさる国の……。
 うるさいだまれ。俺は2匹をどこへともしれないトコロへ放り出し目を閉じた。天使よ、オマエの方がタチ悪いと思うのは俺だけか。何気にお仕置き≠ヘ否定してないし。お前が意義を唱えるのはそこだ。お仕置きとかソレナンテエロゲ。
 ……いかんな。最近周囲のおかしな言葉遣いが伝染ってきた。主にあの人のせいか。だからといってお仕置きはいかん。体操着は兎も角、セーラー服って……イヤ逆か? まあ軍服だしな。確かどこかの制服は襟があんな感じだったな。
 そんなことはどうでもよろしい。
 提督にコスプレなど!
 ハロウィンならありか? 期待しそうな自分を殴る。ルチア祭は? むしろ朝起こしてくれだまれ不謹慎だ。ヴァルボルグは? メーデーメーデー(違 だれかたすけてくれorz 夏至祭は? ……俺よ妄想歳時記でも作る気か。
 何にしても駄目だな。万が一そんな余裕ができて誰かがそんな催しなど企てても、自分がいるとクルーが弾けられないからって、挨拶以外は顔を出さない。
 俺は寝返りをうちながら考える。
 いつか休暇が取れたら、映画でも? そしたら私服(部屋着以外)姿が見られるかも……マテマテそんな誘い方は縁起が悪すぎる。戦争ものにおける死亡フラグ。俺でも知ってるスラングだ。
 だってしょうがないじゃないか。提督が可愛いからだ。お兄ちゃんとか俺がらめぇ……セーラー服も体操着もメイドも猫耳も却下です。ていうか提督はそんなショタっ子じゃない。確かに……時々変な目でみてくる狒狒爺な将官とかいるし童顔だけど、成人済みだし=俺犯罪者じゃないし保護法的な意味で。
 邪悪なコスプレじゃなくて、ふつうの服、着てるところをみてみたい。リボンタイのスーツなんかどうか。昔の寄宿学校みたいなナシいまの無し! 発想を制服から離そう。日系なんだから着物とか。ユカタ? フリソデ? 少女綺想? 男は巫女って言わないんだよな。オンミョージか? 知らない事が多すぎてイマイチ浮かばない。悪くないんだが。地味だけど中国の国民服なんか似合うだろうな。あああ。結局俺は制服から遠ざかることはできないのか……神よ。
 無骨な軍人の発想など貧困ということだろう。制服フェチなどというワケではない筈だ。断じて。
 確かに提督の制服姿は天使……ダメだなんかヤバい気持ちになってきた。
「この不埒者! お前なんか……お前なんか軍法会議にかけてやる! ……こんな事……こんなコト……銃殺だ! 拷問だ! とにかく拷問だ!」
「何とでも仰って下さい」
「やめろ変態!……修正してやる! 営倉送りだ! ……や、この……ケダモノ……強制労働だ! 斬首だ! ひゃ……やだぁ……そんなトコさわんなっ! あ……工廠に言いつけてやる……ひぐ……お前なんか! っ……も、いっちゃ……お前なん……か……こんなトコでだしたくないの! ……実験して解剖して合成して……ひあ……ドロドロにされちゃえぇ! らめぇ、しんじゃえ! ころしてやる……(はぁと」
 だから、そんな陵辱ゲーやらないから……提督も工廠とか拷問とか斬首とか(特に工廠嫌スギ)言わないでドロドロも嫌だし……もっとやさしくしてください。


 嫌な睡眠だった。寝汗でびっしょりだ。年甲斐もなくマズい事になってやしないかと焦ったがなにもなし。胸を撫で下ろす。妄想と戦っている間に気付かず眠ってしまったようだ。仕方がないのでまたシャワーを浴びる。まあ、水は浄化サイクルがあるから捨ててる訳じゃないんだが。
 時計をみるととっくに夕食の時間を過ぎている。結構疲れてたのか俺。体力は回復したしヨシとしよう。
 気分を変えて食堂に向かう。ちょうどいい服がないので首にタオルをかける。ジムに行ったときはこうしてるから、まあ不自然じゃないだろう。非番のエッケルベルグ大尉≠轤オい格好だ。
 何を食おうか考える。メニューは減るが夜間も食堂は開いている。でないと艦は24時間営業だ。夜勤のクルーが干上がってしまう。
「あっエッケルベルグ大尉!」
「お……おう」
「いい所に」
「?」
「ちょうど僕らブリッジのメンツで呑んでた所なんですよ」
 察するに前回の作戦終了時の打ち上げに参加できなかったスタッフだな。
「副長が許可を取ってくれて」
 と連れて行かれる。食堂に行くつもりではあるが。
 食堂に行くと、こぢんまりと見知った顔が集まっている。まあ、みんな酒が入ってるし、細かい所に気付くこともないだろう。
 端の方に席を取り、食券を出す。
「大尉〜野暮ですよ〜! とりあえず呑んでくださいよ!」
 ああ、俺のミートボールとマッシュポテトのプレートは出てくるんだろうな……食券を受け取りながら、食堂の中の人がトックリを置いていった。
「待ってくれ私は何も食べていない……」
「待ったはナシですよ」
 副長も笑ってないで止めて下さい。無理か。あの人は確か生粋の日本人だ。先祖はアシガルだって言ってたからサムライなのか。酒に関しては、俺は彼らのフリーダムさが苦手だ。他はチョット政治関係に弱い気もするけど、細かい仕事が得意で、心地よく距離感を保ってくれる人達なんだが。
 俺は副長に助け舟を出してもらいながらトックリを空にした。
 ミートボールを食ったのは覚えている。無事晩飯にありついた。だが、ささやかな筈だった宴会の記憶が、俺から消えていた。
 チョット羽目を外して、年少のスタッフ達が際どい話題に触れたような気がする。しかし俺は副長の隣で呑んでいて、若いなとか言いながら、コッチはコッチで彼と艦長の意外な嗜みを肴にしていた。何だっけ。忘れたので惜しいことをした。


「ミクラ中尉の斜め帽、超可愛いですよね」
「あーいいねー。溌剌としてていいね」
「ハツラツですか。中高年らしい語彙ですね」
「むっまだ若い奴には負けんよ」
 呑み給え、と徳利を持ち上げる。
「いや、駄目っス俺これ以上いったら明日ヤバいんで」
 参りました、と机に手をつく操舵スタッフ。
 副長は満足げな顔で銚子を傾ける。
 この時点でまだ杯の中身がアルコールであるものは少ない。明日の朝に引きずることは出来ないからだ。自制出来ない者は近場のクルーによって部屋へ強制送還済みである。
 本当の意味での飲み会、酒宴などは彼らには行えない。
 常に忘れてはいけないものが、あるからだ。
 で、酒自体は足早に切り上げるものの、酔うことは諦めていない。アルコールなどなくとも、勢いで酔った気になり弾けられる次第だ。人数と面子の都合で、今回は普段出来ない話題に触れる方向となった。
 デリカシーに欠けない程度のプライベート、副長が一度浮気が原因で妻に別居を言い渡された――現在は修復済み――自虐ネタとか、酒の上のバカで済む程度のエロス話、リアル女性の何割がガーターベルトを装備しているか、などといったものである。あとはチョットした、仕事の愚痴とか。
「医務室のテッセ曹長なんか絶対そうですよね」
「あの人エロいですよね〜。ブーツもヒールあるタイプだし。でもチョットせっかちで恐いな」
「あっ恐いな、そこが良いって奴もいるけどさ。俺ぁオバハンでもフローレン少尉の方が頼りになるし、怪我ならあの人に看てもらいたい」
「ところで……エッケルベルグ大尉ヤバいんじゃないですか」
「大丈夫ですよ醒めるの早いですから」
「食わずに呑んだからまわっちゃったんじゃないですかね。チョット寝たらすぐ復活っぽいですよ。いつも最後まで呑んでるし」
「しかし晩飯食ってないって言ってたけど、何やってたんですかね? 逢い引き?」
 知らない奴もいる。まあ、当人のエッケルベルグだって自分の事でなければ同じ状況の仲間の秘密になど気付かないタイプだろう。
「エッケルベルグ大尉、モテそうですからね」
「ああ……」
 話を振られた副長の目が泳いでいる。
 ナニをやってたかって……是か否なのかは知りたくもないが、逢いには多分行った筈だ。
「ところで、広報から聞いた話なんだが、次の寄港先でハロウィンイベントやるって話が出てる……」
「まあウチからじゃそんな人は出せないんじゃね?」
「それがさ、一隻丸ごと一般に開放するんだと」
「そんなの使ってない艦でやりゃ良いだろ!」
「俺に怒るなよ……そこで我々ボロブネ艦隊≠フ出番さ。ナスーはアレ積んでるし言っちゃ砲台だから、本部も首を縦には振らんだろ。そこいくと旗艦[アジダハカ]はまあぶっちゃけ箱だから。ついでに武装のブラックボックス抜いて見直すって言ってたしな」
「んでヒマしてる俺らによい子の相手しろってか」
「相変わらず便利に使われちゃってますね」
「はろういん……」
「おっとエッケルベルグ大尉お目覚めですか」
「……」
「多分、そのうち報告上がって来ると思いますが、俺達仮装ぱーちーやるんですってさ」
「……こすぷれ……」
「コーヒー、砂糖ナシでしたっけ……はは、ノリいいっスね……?」
 ミルクだけ入れたコーヒーを渡す。
 が、再び突っ伏すエッケルベルグ。
「あれ? 何ですかね」
「さっきおかしなコト呟いてたから……このヒトからコスプレなんて俗いワード変じゃね?」
「案外フェチ入ってたりな。で反応して覚醒ぶべら」
 突然立ち上がったエッケルベルグの逞しい肩に押され転がるOP主任。しかし衝撃は別のトンデモナイものに塗り替えられる。


「……制服着たままヤらせてくれ!!」


 アチコチで飲み物を噴く音が重なる。あのデカい声が無かったら毒物を疑ったトコロだとため息をつく食堂の責任者だった。しかしあの勤勉実直を絵に描いたような副官が制服……。今日からアニキと呼ぶ事にしよう、心の中だけだけど。


 据わった目でどこともしれないトコロ──誰をなどと考えたくもない──を見つめ、自分を折り畳むように席に着き再び寝てしまうエッケルベルグ。
「あーあ、エッケルベルグ大尉酔いが醒めてませんね」
「ていうか思いっ切りフェチじゃないですか」
「全開っスね」
 むしろ好感が持てたのか、事情を知らない連中は苦笑しつつも和んでいる。
「アレ? どうしたんスか皆さん。もしかして、制服フェチって引きます? てか実は重罪とか?」
「イヤ……そういうコトではないんだがね……」
 完全に酒気が抜け、目だけ黒くなった副長が呻いた。他にもタマシイを抜かれてテンプラにでもされたかのような人間が発生ししつつある。微妙に赤面したりとか。


「いいかな」
「……何でしょう」
 やや緊張気味にOPが振り返る。微妙に距離があるのは気のせいか。このメンバーの中では比較的心安いつもりだったんだが。エッケルベルグは思案しながら切り出した。
「スタッフの挙動がおかしいのは気のせいだろうか」
 消えかけてはいたが念の為に張り替えた絆創膏を思い出す。コレのせいではない筈だ。
「業務遂行上の支障は感じられませんが」
「そうだな……手間を取らせた」


 おまいのせいだよ。


 ブリッジではアクセス出来れば虚心[コア]が何らかの顕現を起こすのではないかと思われるほど、複数の脳みそが同じことをつぶやいた。


 さすがに昨日の酒を引きずるようなバカはいないか。
 俺がなりそうだったみたいだが、幸い醒めるのは早い質だ。しかし俺としたことがとんだ失態だった。ここは副長の言葉を借りておこう。酒の席でのことだ気にしたら負けだ。
 記憶がないのは勿体ないな。今朝、部屋に連れて帰ってくれたらしいスタッフに礼を言うと、笑顔でまた飲みましょうと返された。いつの間に親睦を深めたのか。
 思ったとおり、提督はいつもの置物みたいな提督だった。俺と同じように、時々怪訝な顔をしつつも、定常業務をこなしていく。コンソールに触れる手袋の指は細く、伏し目でモニタの流れを追う姿はクールでそこはかとなく品があった。魔人と呼ばれながらも清廉な姿は、やっぱり天使だ。
 俺はいつものように密かに見蕩れる。誰にも言えなくても構わない。誰よりも近くにいて、自由に交わす事が出来ないのは辛いが。いいんだ。
 しかし。俺が提督を見る度に視線を感じたり、種々のやり取りをする度に視界の外で変な動きをするのは何なんだ。
 俺はソレがひっそり終息するまでの数日間、怪現象に首をひねったのであった。

 (1stup→110107fri)


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