■domine-domine seil:10 艦長の悪夢(と俺の初夢) 01

「副長? どうしました?」
「ああ、コレね」
 艦長に届けるつもりらしいプレートから、何やら熱心に取り除いている。
「艦長の好物だからと思ったんだがチョットしくじったな」
 タコか? そのペスカトーレからタコを取り出してるのか?
「果てしなくないですか」
「まあ……味が嫌いなわけではないからな……この足が見えていなければ……問題ナシ」
 おわった。と除けたタコを自分が食べて席を立つ。
 もしかしてあの渋めフェイスで、気持ち悪い生物が苦手なのか? イヤ、でも納豆をうまそうに食ってたな。生き物じゃないが俺はアレが苦手だ。あんなものがメニューに許されるならシュールだって……まあいい。
 グロテスクな外見から、タコを敬遠するものは少なくない。合成食品のタンパク質の素体を考えれば今更だと思うんだが。
 しかし、確か艦長は竹虫を食った話をしていたぞ。美味いらしいこと言ってたし、ゲテモノがダメってこともないだろう。
「ジンクス的なものでしょうか」
「……いや」
 ナゼ目を逸らす。
「ああそうそう」
 俺がジンクス、を思いついた物体に目をやり、副長は話を変えた。
「今日は元旦だからな。艦内にある食品取り扱い店舗でスキャンすると饅頭が1セット付いてくる」
「そうなんですか」
 プレートの端には、シール包装された丸い菓子がある。色は白と淡いピンク、2つ1セットの縁起物らしい。
「色々考えてくれるのはありがたいが、めでたいから何でも紅白饅頭かというとそうでもないんだがね」
「違うんですか?」
 苦笑する副長に相槌をうつ。赤白が好きな人たちだと思ったが違うのか。
「そうだな……正月なら餅か? まあ餅を貰っても困るな……隠れて焼く奴が出そうだし」
 副長は物騒なジョークを言った。祝い事なら非番の人間には酒が出るから、ないとも言い切れない。
「菓子なら干支を模った生菓子などが一般的だな」
 そうすると饅頭もあながち的外れではないな、と付け足す。
「誰のIDでも一律付くからまだなら君も貰うといい」
 饅頭はふんわりと小さくてなかなかかわいらしい。デザート付きも悪くないな。
 話題に釣られ、俺の脳内からタコが消える。菓子というと浮かぶのは一人しかいない。
「提督が喜びそうですね」
 あからさまな動揺だ。
「……」
 副長はわざとらしい笑顔を浮かべて俺に話を合わせた。
「そう……だな、彼は甘いものが好きみたいだからね」
 提督の分も数に入ってる筈だ、だから教えてあげなさい、なんて言うが先にブリッジに帰ろうとしてるんならあなたが教えて差し上げればいいでしょう。と思うがダメなのか。
「もしかして……」
 俺は小声で囁いた。副長は早く離れたそうだ。
「過去に餅でも焼こうとしたんですか」
 誰がって、提督がだ。ないとは……言い切れない。空想の餅なら焼いて欲しい気もするが、実物はイカン。火気厳禁だ。ってそのくらいあの人もわかってるよな。
「いやこの艦隊で餅が配られたことはまだないよ」
 この艦隊ってコトはヨソではあったのか? クルーがソレをどうしたのか激しく興味深い。がソッチの推理はさて置こう。
「じゃあ、パスタが冷めるのでこれで」
 俺はタコ(の触腕部分)除去済みのペスカトーレをみた。副長がシマッタと言う顔をする。
「関連があるのはソッチですね」
 チェックメイト。
 この2秒で時空を超え、プレアデス星団の図書館にでも行ってきたのか。副長の顔は目の部分が完全に黒かった。
「君は知らない方がいい……」
 副長は俺を強引にスルーして歩み去った。
 背中にはいいか、きくなよ! きくな! ゼッタイにきくなよ!≠ニ書いてある。


 逆 効 果 で す。


 隠されると暴きたくなるものである。隙無く着込んでいると脱がしたくなるのと同じだ。異論は認めない。
 俺は食事を終え、ぼんやりとクラインのことなど考えながら歩いた。饅頭はなかなかうまかった。一緒に食べたかったが、というか、おいしそうな顔をして食べるところがみたかったが、次に2人になれる日を待っていては腐ってしまう。期限は1週間後になっていた。
 ──おめでとうございます。
 ああ、今日はまだ直接話していないのか。アミからの電脳通信だ。もっとも、この概念距離で副官である俺にアクセスできるサイバー者は限られている。
「ミクラ中尉か」
「さーイエッサー、ことよろでアリマス」
「なんかいまかなりよろしくしたくない心境だぞ」
「なんとシッケイな。提督がお一人でハイカイしてるから報告しようとしたまでなのに」
「失敬なのはおまえだ。色々ヤバい人みたいにいうな」
 みたいじゃなくてヤバい人そのものでしょ違う意味でだけど、と小さな声で呟きつつも、アミは俺に位置情報を送ってきた。
「シフトみたらなかなか一緒じゃないっぽいし、おせっかいでした?」
「いや。感謝する」
「……ジョスさんて正直ですよね。えーと、みせつけきんしなのでほどほどに」
「!」
 同僚の嫌がらせなのか親切なのかわからない通信が一方的に切れる。仕方が無いので握り拳だけ念で飛ばしたつもりになる。あたれ。
 彼女の性格上、データがニセモノ、ということはない。やはり親切なのか。認めたくはないが。
 程々と言われるような事をするつもりはないが、逢いたいのは逢いたい。疑問とかもついででいい。饅頭のことは真っ先に教えてやるか。多分喜ぶし。


「何……してるんですか」
「饅頭食ってる」
 緊急事態か? と言うので俺は首を振る。一人になりたかったのかも。チョット野暮だったか。
「何でこんなトコに」
「狭くて居心地がいいから」
 俺には少し窮屈だ。同じ座り方をするのは諦める。
「見晴らしもいいしな」
 なるほど。この隅からだと、外も見えるし、通路なんかも見渡せるのか。
「食事は?」
「食ったよ。まあ、今は開店休業みたいなもんだし、時間も残ってるから寄り道してた。戻ろうか?」
 紙コップからはまだ熱そうな湯気が出ている。5分もいなかったみたいだ。
「いいえ」
 帽子とマントがない。目立つから置いてきたのか。
「……少しお休みになりますか。急ぎの案件もないので問題ないかと。戻って私が伝えますのでこのまま自室に帰られても結構ですよ」
「いやー、いいよ」
 クラインは苦笑いしながら手を振った。部下に気を遣わせたことが恥ずかしいのか。意外にそういうコトを気にする質だ。
「了解です。では私はこれで」
「お前なにしにきたの」
「邪魔をしにきたつもりはありません」
 折角なので饅頭の事を教えてやるつもりだったんだが……もう貰ったのなら問題はない。察するに、アチコチ歩き回るのに提督セットが邪魔だったんだろう。どこでIDを通したのかは知らないが、スキャンした奴は驚いた筈だ。
 早くブリッジに戻ろう。
 きびすを返す俺に、クラインは暢気に手招きした。
「折角だから座っていけ」


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