■domine-domine seil:10 艦長の悪夢(と俺の初夢) 02

「私ではそのように隙間に入ることはできませんのでこれで」
 俺はクラインのいる隔壁の凹みには寄らず、少し離れて腰を下ろした。
「で、ご用件は」
「でっていう?」
 クラインはまた苦笑すると、クルーの歩き回るフロアをみた。
「何もないよ。ただまあチョット、正月気分を味わいたかっただけっていうか」
 そういう空気の味がしないか、と言われるので俺もフロアを見る。
「そうですね……」
 こうしていると、何となく最初の日という気がしてくる。
「とか言って、冷たくて澄んでる気がするのはあの上から浄化済みホヤホヤ? ひえひえ? の空気が出てくるからなんだけどな」
 台無しにするなよ。俺はチョットだけガッカリする。が安心もする。
 こうでないと。
 肩を抱いてしまいそうだった。何か盛り下がることでも言われないと、もっとケシカラン考えに至ってしまう。
「ジョス」
「何ですか」
 キスならダメですよ。誰がみてるかわからないんですから。ネエヨ。甘いものは食べるのに、甘い言葉は滅多に出てこない口だ。プライベートじゃないなら尚更だ。
「今年もよろしく」
「……こちらこそ」
 キスしたいのは俺だ。クライン可愛いよクライン。挨拶は早朝に済ませた。でもあの訓示──相変わらず巧いと思ったけど──は提督が皆に贈ったもので、今のは、個人的に、俺にだ。そっけないけど俺だけに。
 何か初々しいな。簡素な制服がそう見せるのか、まだ清い関係のような。新しい雪のような。
 イヤ、決して普段がフシダラだとは思っちゃいないが。済ました顔してエロネタで部下をからかう魔人は、この2秒にはいない。
 ココで奪ったら何ていうだろう。抱き締めたかったし、もっと色んなコトにも及びたかった。清楚が際立つ程、俺は煽られる。
 駄目だよ、誰か通るかも、とか言うのか。酷いことしないで、とかいわれたらしてしまいそうだ。服が……ダメになってもいいでしょう。
「ご馳走様でした」
 俺はギクリとして提督の顔をみた。
「饅頭くいおわったし、茶も飲んだから言ったんだが、そんな驚くことか」
「い……いえ」
 まずい。俺は赤面しながら手で顔を覆った。
「お前って……ホント血の気多いよな」
 性的な意味でも。と小突かれる。清純なのはミタメダケデスカ。わかってますが。
「申し訳ありません」
「あやまるなよ。違うで通したらわからないのに」
 笑われた。どうせわかりやすい男です。
「気にするな。男がエロいコト考えなくなったら病気だから」
 説得力がありません。
「何だその顔、大した自信だとでも言いたいつもりか。違うよ。そこは俺の魅力に皆がメロメロっていう意味じゃなくて、ていうか心配するなお前くらいしかいないからそんなバカ……まあいいや、兎に角男はだいたい下心満載の永久機関だからって意味で」
「わかってます」
「ならばよし」
 よくないです。
「んー? なにおこってんの」
「怒ってませんよ」
「じゃあ言ってみ」
 口に出したら羞恥プレイになりそうだ。この格好で恥ずかしがるところは見てみたいが、イヤだめだ。それか、理解できなくて困惑するか? だがそういうイノセントなトコロが良いんです。言おう。
「あなたみたいな潔癖な人には当てはまらないでしょう」
「はあ? 汚れるのがイヤな病気ならこんなトコでもの食わないって」
「潔癖症のことなんか言ってません。体じゃなくて心の事です!」
 人がいなくてよかったな。我ながらスゴい内容を大声で叫んでしまった。少し反省する。
「お前ソレ本気で言ってるならどつくぞ」
「ナゼ俺が逆ギレされねばならんのですか!」
「当たり前だよくかんがえてみろ!」
 怒られた。
 恥じらいはどこへ行った。そんなこと、わからない、とかじゃないのか。解かないとほどけないリボンじゃないのかこの人は。
「お前ね……自分はハァハァするのに俺はダメって、都合よくないか?」
「そんな……つもりでは」
「俺は男じゃないって全否定かよ」
「それは……その」
「てか女に言っても失礼だぞ」
「もうしわけありません……」
「まあいいよ。そんな深く考えて言ったワケじゃないんだろ。ちょっかい出した俺も悪いし」
「……」
「なんかお前にまでカミサマ扱いされんのは癪だからつい」
 説教してしまいました、と苦笑する。かわいいなもう。
「俺だって……自分が考えるようなことは考えてるし、男がやることは大体やるよ」
 今はタバコは吸わないけど、言われて驚く。
「タバコ吸ってたんですか」
「うん。でも1ヶ月もちませんでした」
 禁煙が三日坊主は聞いたことあるが。
「イマイチっていうか息苦しいだけだし。LSDの方がマシ」
「提督!」
「喚くな。実際の効果をしってると使い易いだろ」
 そんなものいつ、どこで。俺が呆然と見つめると、クラインは当たり前のように言った。
「尋問とか、戦闘時に於ける薬物投与の指示とか、一通り何か色々レクチャーあった。士官学校じゃやらないのか?」
「当たり前です!」
 そんな恐ろしい訓練、余程の特殊部隊でもなきゃやらん。工廠は悪魔か。
「俺もしかしてマズい事言った?」
「言いました……」
 魔人`.E.クラインが罪のない顔で俺をみている。押し倒したいのに。
「まあ、引かれない程度に黙っとくよ」
 恐すぎる。浮気なんかしたら石でも抱かされそうだ。するわけないが。
「タバコはホラ、火を貸したりとか貰ったりとかで、コミュニケーション取れるかなって思って」
 確かに、映画とかではよくあるな。
「まあ格好だけじゃダメってコトかトモダチもできないし持ち歩くのもメンドクサイし思ったより喫煙スペース少なくてそのうち飽きた」
 かわいそうだが近寄り難いだろう。ぽつねんとタバコなんか吸ってるワケアリの美少年がいたら扱いに困る。絵にはなるが、ワケアリ感が倍増だ。ブリッジは禁煙だからパイロット時代の話だろう。何年くらい前の話なのか。成長が止まっている訳ではないらしいので、今より若い……というか幼かった筈だ。今だって青年と呼べるギリギリのラインなのに、ああ、かわいかったんだろうな。
「あーもーなにハァハァしてんの」
 もどってこい、と突付かれる。かわいいさ。今も、多分これからもクラインは可愛いんだろうな。
 生々しさを感じさせない。本人に言われても、性的な欲求など、そんな血が流れていそうにない。でもそうじゃない。俺を好きだという。交わせば、求めてもくる。わかってるんだ。幻じゃなく、愛し合ってるって。
 だが俺は外を通る機影にふと目をやり、暗い気持ちに変わった。
「向こうも景気がいいな」
 どつかれさんです、とクラインは小さく笑った。嫌そうじゃないのが、俺は嫌だった。工廠のロゴをみて、気持ちが沈む。
 あんたが活躍するから儲かるのさ。
 言ってしまいそうになるが、堪える。こんな傷付け方はいやだ。しかも、本人はきっと、その痛みに気付かない。
 フレンチロリータという言葉が似合ってしまう姿で、ぼんやりと舟を眺めている。丹精込めてつくられた、綺麗な人形のようだ。もしかしたら、本当に、クラインは俺と一緒に歳をとることができないのかもしれない。老いていく俺を、彼は愛してくれるだろうか。開く時間と一緒に、心も離れてしまわないだろうか。多分ない。俺が裏切らなければ、想ってくれる。酷い男だな俺は。いつかそれで、置いていってしまうのか。
「どうした」
「……いえ」
「お前の方こそ、少し休んだら? 俺一人でも大丈夫だし」
 艦長も副長もいるし、と気遣われる。
「大丈夫です」
「コーヒーでも買ってこようか」
 気が利かなくてごめんと言われる。
「お気遣いなく」
 嫌な妄想を追いやって、立ち上がる。
「私はそろそろ戻ります」
 もう行かないと。あつくなってしまいそうだ。
「エッケルベルグ大尉」
「何でしょう」
 クラインは俺を手招きし、優しく囁いた。
「なんか、あんまり一緒にいられなくてごめん……」
「いえ……」
 こういうのがいけない。しかも、こういうときに限ってこの人は真面目だ。いっそからかわれている方がマシ。やってしまおうか。
「辛かったら、コレ貸そうか」
 クラインは上着の内ポケットを探ると小さなディスクを出した。USBメモリとMDを掛け合わせたような形をしている。
 大きさもその中間くらいだ。
「分裂したらソレ返してくれたらいいから」
 分裂ってなんだ。背中をイヤな汗が伝う。
「容量が8割くらいになったら言ってくれたら新しいディスク渡すし。9割超えたら早いときは殖える。あるんなら自前のに入れてもいいよ。ただし芽は弱いからすぐ仕舞ってやってくれ。死んだらかわいそうだし」
 俺はクラインがナニを言っているのか理解出来なかった。というか、きいてはいけない警報がガンガン響く。きんきゅうじたいだ。
 知りたい事があったはずだ。ダメだきくな。
「提督っ!」
「なに」
 未使用だし、いやそんなこと聞いていない、やめろ開けて見せようとするな。
「……?」
 俺はすんでのところでクラインの手を握り締め、ソレが解き放たれるのを阻止した。とか言って実物をみるのは初めて(未遂)だが。
「結構です、ていうかコレで俺に何をしろと」
「ナニって溜まってるんなら抜いてもらえば「やめてください!」
 何という悪魔だ。こんなもの持ち歩いて、あまつさえ部下に気軽に薦めて、一体何のつもりだ。だいたいそういうのは、立場的に、俺が、あなたにけしかけるものでしょうが!
「お前もしかして蟲とか苦手?」
 どっちかっていうとイソギンチャクなんだけどだと? やめろ外観の描写など……。
「ていうか宇宙ニョロ?」
「やめてください……」
「わかった仕舞うから」
 クラインはディスクをポケットに戻した。
「そ……そんなの飼って……逃げ出したらどうするんですか」
「半成物だし普通はディスクから出ることはないし、俺のいうことしかきかないから問題ナシ」
 譲るときはその相手のいうことしかきかないよう言ってきかせるし、などとおそろしい言葉が続く。可愛いあの子の言う事だ。俺よお前は一人前の男だろジョズエ=エッケルベルグ、大丈夫、ヘビやクモを飼いたがる奴だっている。似たようなもんだろ。
「殖えたら幾つかまとめて工廠に送り返すし」
 スイマセンムリです。
「馴れたら結構かわいいのに……嫌いな奴おおいなー」
 ハムスターでも撫でるように胸に手をあてる。なんだこの光景は。ていうかさっきから努めてスルーしてきたが殖えるとか分裂とか。俺は耐えきれず唾を飲み込んだ。
 触手は正義、とかいうな。
「噛まないし、飛ばないし、毒もないし、喰わせたらスッキリするししかも鳴かないからプライバシーは守られるし」
 あああ。やはりそうなのか。なんて人だ。
「かなり……いいから、試してみたらって思ったんだけど」
 具体的に、何が、どんな風に良い≠ニかは言いづらいのか、少し、小声で俺から目を逸らす。その恥じらいに反応しそうになる。
「まあ無理強いはしないよ」
 俺はいま激しく無理矢理やってしまいたい心境だ。
 思い浮かべるなというのは酷だ。ていうかムリ。自分で自分を慰めるならまだしも、妖しげな合成生物[ペット]に喰わせるなんて。
「……ダメだからな」
 人に見せるものじゃないよ、と先回りされる。ココまで言っておいてソレはないとも思うが。俺の為に真面目に考えた上での言動なので文句を言ってはいけない。
「想像するのは勝手だけど程々に」
「はい……」
 しかし、殿ご乱心は未然に防がなければならない。お諫めするのが側近の務めだ。聞いておかなければいけない事がある。
 どうも、艦隊の女性は、アミを筆頭に彼を男だと思っていないようだが。観賞用、などという不埒な言葉も耳に届く。ナニを観賞する気だ。
 それでも提督が本気(という演技で)で迫ればフラリとするかもしれない。地位も名誉も、多分経済力もあるし、キレイな顔と声で言葉巧みに誘えば……ブリッジの面子は兎も角――特にアミとかアミとかアミとか――実態を知らない娘さんならフラリというか撃沈か。


「護身用かな。攻撃力はないけど見た目で意表はつけるし、相手が生身ならそこそこ力はあるから拘束できるし」
 大事そうに内ポケットに入れているのは一応生き物だから、あと落としたらマズいから。
 俺の中では変わらず色んな葛藤がひしめいている。しかし用途に女性へ無体を働くという項目が含まれない確認をできたので妥協しよう。
「他は尋問とか。詳しくきく?」
「結構です」
 因みに捕虜を無碍に扱うと厳罰に処される。


「ところで提督」
 ブリッジに戻りながら聞いてみる。
「先ほどの話ですが……」
 小声で囁く。クラインはくすぐったそうに顔を上げ、俺をみた。
「私以外の誰かに明かしましたか」
「どのへん?」
「し、違、ディスクの件です」
「アサギリ少佐はしってるよ」
 オーバーヒートさせて何回か潰したら滅茶苦茶おこられた、というので目眩がしそうになる。反省はしているらしい。
 まあ、あの人はこの艦隊の主席医官だし、提督にとってはかかりつけ医みたいな存在だから仕方ない。おもしろくないのは俺だけだ。やめよう。
「あと、艦長には見した」
「提督!!」
 俺の大声に周りの視線が集まる。
「いた、叫ばなくてもきこえてるから……」
 クラインが涙目で耳を抑えている。そんな可愛い顔をしてもダメです。
「なにかんがえてるんですか……!」
 あんなオジサンを毒牙にかけるなんて、羊の皮を被った狼とはアンタの事だ。
「お前の考えてるような事は考えてないよ」


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