■domine-domine seil:12 腕の中 02

「暖かいですか……?」
「うん……気持ちいいな……眠くなってきた」
 言いながら、俺の背中や肩を撫でる。
「相変わらず立派だな。厚みが違うっていうか」
 確かに、クラインの華奢な身体とは随分違う。
 おかげでこうして包んでやれる。
「何か……変な感じだな。俺には恐怖心とかもう、ほとんど残ってないのに」
 言って、クラインは俺の胸に顔を埋め、まわした腕に力を込めた。
「お前の方がこんなどきどきして、しんどそうな顔して……でも、ありがとう……こういうの……すごく嬉しい……」
 顔を上げて耳元で囁く。
「ジョス、ありがとう」
 俺は自然な仕草でクラインを捕まえてキスした。優しく唇を開かせて、長く重ね合う。
 いつものような滑稽な躊躇いはない。きっと、勢い余って額をぶつけてウケられることもない。恋人にはなれたが、触れるのはいつまでも畏れ多かった。だから腕をのばしながら大抵俺は無様に掴み損なう。そこが好きだと、彼は言い、あのからかい半分のぼせた顔も俺は好きだが。好きだ。全部。
「夜這いじゃないって言ったよな」
「言いました」
「ヤるつもりか」
「いけませんか」
 言い切って震える手を、握られる。
「勇気あるな……てか元気だな」
「嫌な事言いますね」
 あんたの気にしてる勇気などいらない。俺は決心が鈍らないうちに上着のファスナーに手をかけた。
「アレ聞いて萎えないってある意味勇者だな」
 でも緊張してるな、と囁かれる。
「大丈夫か」
「提督……!」
「なんだよ」
 嫌そうな顔で俺を見る。
「男に二言はありません。私は必ず想いを遂げてみせます」
 お覚悟を、と殊更に形式ばって言ってやる。
「……わかったから……て……提督っていうのやめれ」
「わかりました」
 返事しながら襟元に口付ける。びくっと反応されて手が震えそうになる。手早く脱がすつもりだった上着が引っかかってしまう。
「……」
 もういい。上着は半脱ぎで放っておこう。これはこれで扇情的だし。布が絡んだ肩が艶めかしかった。腰に手をやり、スリーブレスを裾からたくし上げる。綺麗な肌だった。華奢な触り心地のとおり薄い身体、腰が丸くなくて胸に膨らみがないだけで全体に少女っぽい。倒錯的な気持ちになって滾る。
 しかし。
 どうするべきなのか。
 どこをどう触れるべきなのか、戸惑ってしまう。
「そんな気、遣わなくていいよ」
 クラインが優しく言った。
「したいようにしてくれたらいいから」
「しかし」
「もしかして……しらないのか」
「申し訳ありません……」
「謝らなくていい。普通はしらないから」
 こっちこそ気付かなくてご免、と謝られる。ああ可愛い。気持ちは逸るのに。
「で、どっち?」
「は……」
「正真正銘のチェリー君だっていうなら止めといた方が良いって言うつもりだけど」
 引き出しをがさがさと漁る。あまり整理はされていない。あるものを俺の手にのせる。
「そんなことはないんだろう?」
 立って歩かれると折角脱がせた服が戻ってしまう。しかも何だ俺、完全に相手のペースだ。
「女性となら、なくはないです」
 謙遜するなと小突かれる。
 確かに、箱入りの御令息ならこんな顔はしないな、と思う。普通の──むしろ少々荒っぽいくらいか──男の仕草をみて安心する。クラインは人間だ。
「じゃあ、ソレ装備するトコロまでは省略。別に、触るトコはどこ触っても同じだから」
 床に落ちた服を拾う。
「お前が盛り上がるトコ撫でたり触ったりしたら良いよ」
 じゃあ、続きは後で、とタオルの埃を払い肩に掛ける。
「ちょ、なに」
 俺はクラインを背中から抱き締めて腹をまさぐった。こっちはもういっぱいいっぱいなんだ。ボトムスの紐を解いて床に落とす。余裕な顔されたくない。下着の上から握る。何の兆しも無かったら立ち直れないトコロだったがそれなりの感触があった。
「ちょっと……俺、まだ体洗ってない……」
「いけませんか」
「嫌だ。お前と……ばっちいままでやりたくないよ」
 やんわりと手を解かれる。
「身支度くらいさせろ」
 恥ずかしそうだったので、俺はまた手が震えてしまった。
 俺が脱がせたボトムスを拾い、回収袋に放り込む。
「5分したら入ってきてもおけ」


 俺は散々迷ってから制服を脱ぎ、無意味に畳んで椅子に置いた。待っているのも生々しい間が辛い。いかにもいかがわしくて、汚しているみたいで嫌だった。
 それに、相手が自分の為に綺麗にしてきてくれるというなら、自分だってそうするのが礼儀だ。初めて……なのに一緒に入るっていうのが抵抗あるが、あまり時間のない身だ。仕方ないか。
 ノックするとどうぞ、と言われた。


 濡れた髪が扇情的だと思った。
 しなやかで綺麗な身体だった。融合させている為か、関節にスリット等はない。
「お前が洗ってる間俺ココで寝てるから」
 バスタブに浸かって目を閉じる。
「使った事なかったけど、結構暖かいな」
 ないのかよ。猫に小判か。外さず慎ましい人だな。
 とりとめのないことを言いながら、クラインは目を閉じたままだった。俺への配慮か。確かに見られてると落ち着いてシャワーも浴びられないか。


「浸かる?」
「いいえ」
 俺は立ち上がったクラインを引っ張り出すようにして抱き寄せ、熱い身体を押し付けた。もうおあずけは御免だ。
 胸で、肩で、腹で、直接柔らかな肌を感じる。俺は息を吐き、しばらくはただそうしていた。抱きたかった。ずっと。
 こうして。
 クラインは背中越しの姿勢で器用に俺を見上げてキスをした。柔軟な身体だから出来ることだ。今でも鍛えてるのか。
 触れるだけの軽いキスだ。でも、俺は頭がぼんやりしてしまった。俺に身体を預け、クラインは膝の上に収まっている。小さい尻だ。本当に入るのか。思うのに、この滾りを、放ってしまいたかった。奥に触れさせたい。
 やり方もしらないのに、俺はこの身体が欲しくて手をのばす。自分がして欲しい事をしてみる。指を絡めていく。握って、少し緩めて、柔らかに触れる。
「!」
「……嫌ですか」
 クラインが酷く驚いたので問うた。
 やり方が不味いのか。人によって感じ方が違うというしな。だが困った。コレでダメなら俺は他の方法を知らない。そんな研究熱心ではなかった。
「……ん……そうじゃない……っ……ストレートだな、と思って」
「気持ちいいですか」
「……っ……酷いな……」
 やなコト訊くなって事か。
「それで、次はどうすればいいんです?」
 囁いて、興味深い事に気付いた。試してみる。
「クライン……」
 熱い息がかかるように、呼んでみる。
 小さく肩が震える。
「失礼」
 俺は少しふざけた確認を取って抱き締めた。同時に耳を舐める。
「ひゃ、……っ………ぁう」
 ココが弱いのか。奥まで犯すように舌を差し込み、甘噛みを繰り返す。
「……ぁ……っ……あ」
 手を動かすのも止めていない。かなり滑らかな感触だ。嫌ではない筈だ。
 俺も放ってしまいそうだ。なんて光景だろう。クラインの控え目な喘ぎ声が俺の鼓膜を犯す。追いつめてるのは俺なのにな。いい声だ。もっと啼かせたい。
 戯れに脚を開かせてみた。片膝に手を入れ持ち上げる。
「うあ」
 軽い痙攣を感じる。支えきれずにバスタブに落ちそうだ。縁に腰掛けた姿勢では心もとないので床に腰を下ろす。湯気で暖っているので冷たくはない。
 ぐったり息を上げる身体を腕で抱き込む。手を離してしまったが、仕方ない。気は失っていないようだ。そんなヤワじゃないか。
「ごめん……なんか、急に、きもちよくなった……」
 まだ快感が冷めきらないのか、時々ひくんと身体が震える。
「重かった?」
 腕、いたくないか、と聞かれる。
「いいえ」
「ちょっと……びっくりした」
 心臓止まりそうだった、と言われたが、止まりそうなのは俺だ。こんな風に達してしまうなんて。反応が繊細過ぎて怖い。
「でも、出してませんよね」
 やめろ俺、いつからそんなサディストになったんだ、いたぶるような事を言うな。
「……」
「こうされるのが、よかったんですか」
 太股の内側をいやらしく辿って片足を浮かせる。膝裏を掴むようにして、開かせる。
「っあ……」
 息をかけて、舌を差し込む。可愛い耳を蹂躙する。唾液の音を聞かせるように這い回る。
「その次は」
 裏側をつうっと撫でる。てらてらと光ってひくつく。可愛がってやるさ。
「……!」
「ここで、いいのですか」
「ぁ……ん……」
 俺が手のひらを閉じると、僅かに腰が浮いた。淫らだな。
 俺は自分の腰を震える尻にぶつけてやった。硬い熱さを押し付ける。柔らかで心地良い。クラインの身体から伝う透明な滴と、俺のものが溶け合う。こんなにこぼれるものなのか。水ではない液体と、ふにふにと可愛い尻に圧され、俺は夢中になった。甘い刺激に没頭して体を揺すっていた。それは同時に、自分の腰と俺の手に押さえ込まれた彼を責め立てることにもなる。
「っあ、あ、ジョス」
「どうしました?」
 粘稠な音が、バスルームを満たす。
「ん……」
「嫌ですか」
 手を離そうとすると、クラインは必死で首を振った。堪らなく可愛いが、自分の最低ぶりに呆れる。
「……でそう」
 こんなコト言わせてどうするつもりだ。気持ち良くするつもりだが。忘れられないくらいに。
「出したら……ソレで……して」
 かくん、と身体の力が抜ける。手のひらの中に熱いものが溜まっていく。


 いいのか、本当に。
 クラインは俺が腕で支えていないと崩れ落ちてしまいそうだった。
 こんな身体を押し開くのか。
「気持ち悪かったら……自分でしようか」
 吐息の混ざった小さな声が俺を気遣う。
「ソレも嫌だったら、手とか……それか、下手でもよかったら」
 上気した肌と共に淡く艶ののった唇をみてしまう。が、そんなことさせられるか。
 俺は精液塗れの手を這わせて、少し乱暴に指を押し込んだ。上手くいかない。
「んっ……」
「申し訳ありません」
「……大丈夫、それで……いいから」
 また、手が震えてしまう。壊してしまうんじゃないか、動かすこともままならない、増やすなど。やっと途中まで挿れた指を抜くのも怖かった。
「そう簡単に裂けたりしない。一息にいって良いよ」
「は……い」
 クラインだって恥ずかしい。薄い背中越しに鼓動が伝わってくる。柔らかな口調に反して激しくて、俺のそれと変わらない。なのに俺が迷っているから支えようとしてくれてる。
 それでも俺は心の中で土下座しながら押し込んだ。痛いよな。上手くできなくて。せめてそっと手を握る。
「っ……」
 とろんとした感触がある。奥の方が柔らかい。確かに、大丈夫みたいだ。
 クラインの体重が俺に掛かる。しっとりとした、命の重さだ。最初は漠然とした憧れだった。側でみて好きになって、触れて、こんな風に抱いて、近くなるほど小さく感じる。暖かさは、熱いくらい。何もしらない頃は冷たいと思ってた。怜悧な剣だと思っていた。
 何か言いたそうな顔をして、クラインが俺をみた。口は開くが言葉はなく、ただ俺に身体を預ける。指先を少し動かす。淡い瞳がぼやけてしまう。壊れそうだな。跳ね上がった鼓動を味わう。
 手を握ったまま、ねっとりと指を抜く。隣の指を添えて、閉じた隙間を撫でる。握り返してきた手を開かせて、手のひらを指で辿る。ここも弱いんですか。
 俺は黙って耳たぶを噛んだ。快感に息を吐いた瞬間に、揃えた指を突き入れる。
 一瞬身体が硬直して、がくりと弛緩する。また、達したみたいだ。少し意識が飛んでいる。見開いた瞳が動かない。
 解けそうな身体を揺すって、指を折り曲げる。絡み付いてくる。ここに。
 熱くのぼせていく。
 触れさせるのか。
 何も告げずに指を増やす。3本を中で拡げるようにすると、しろく、精が散った。こんなものじゃない。
 もっと[かさ]のあるものが掻き回すのに。奥を突いてしまうのに。
 ふいにクラインの手がのびる。虚ろな目で俺をみて、バスタブの縁に置いたパッケージを渡す。
「これ……」
「開封してください」
 俺は悪魔か。優しく告げながら自分を殴り倒す。
 クラインは震える手でソレを取り出し、手探りで着けてくれた。
「これでいいか」
 違わないか。悪魔だ。背中に白い羽根が生えた綺麗で、健気な兵隊さんを食ってしまう悪魔だ。
「ジョス……」
 気だるさと痺れに耐えながら、クラインが話しかける。
「大丈夫か」
 それは俺のセリフだ。
「そんな、気、つかわなくてもいいから……俺初めてじゃないし、好きにやれ」
 聞きながら、腰を浮かせる。隙間や尻に這わせて、滑らせる。何とか入りそうだ。
「嫌なら、やらなくてもいいし……わかってると思ったから省略したけど、箱のときも色んな」
 口を塞いで押し開く。狭くて背中がぞくっとした。昂ぶりと、切なさと、少しの残忍さが疼く。
「ん……」
「少し……黙ってください」
 好きにやれって言ったな。心地よさに任せて腰を使う。締め具合が堪らなかった。俺は息を上げながら、窮屈な快楽に酔った。
 指の隙間から唾液が伝う。もう許してやるか。手を離すと半開きの口からつうっと糸が切れた。
 ゆっくりと揺する。声にならない喘ぎが、俺の心を満たす。


「見損なわないでください」
「……」
「俺はあなたと添い遂げる」
「……大袈裟……」
「どうせ不器用な男です」
 からかわれなくてもわかってる。
「……っ……」
 思い切り抱き締める。
 少しだけ腰を引いて突くと、敏感に反応する。体力を奪いたくないので、手加減しながら愛撫する。
「かわいいです。いかがわしい目でみてました……! ずっと、こうしたかった……」
 感じやすい身体を突き挿して、思いのたけを告げる。もっと。
「……、……ぅ」
「欲しいです」
 本当はいま考えたくないが、立っててもらわなくちゃいけない人だ。俺だけの好きにはできない。
「もっと話したいし触りたいし、抱きたい……欲しいです、全部。俺は」
 壊さないようにつよく。俺の腕の中へ閉じ込める。
「心にもないことはできません」
 わかってください。
 言うと、クラインはうなずいた。


「明日、倒れないでくださいね」
「……」
 俺の言葉に、とろんと瞳を動かす。拒否らないなら駄目ではないだろう。
 俺は完全に受け身な姿勢の溶けた目を覗き込んで薄く笑った。おかしくなりそうだ。おかしく、してあげます。
 一度全部抜く。白い飛沫が薄まって纏い付く。体の防護反応で幾許か体液が染み出すというのは本当のようだ。
 指を3本まとめて揃えていれてみる。
「ふあ」
 身体を反らせてクラインが喘ぐ。
 あんなにキツかったのに、こんなになるのか。締め付けてくるのに、引っ掛かりがない。不思議な感触だ。襞を辿り、たっぷり中奥[おく]を触って引き抜く。
「っ……あ……」
 濡れた指で、ひくつく身体を撫でてやる。ここにいれるんだと、特に腹を。綺麗な肌を撫で回す。
「脚、もっと開いて下さい」
 膝をすうっと撫でる。ひくん、と身体が跳ねる。蕩けそうな顔で俺をみる。腰を押し付けるが抵抗はない。溝を隙間に触れさせて促すと、しどけなく身体がひらく。
 自分でいっぱいまで開いた脚を、すくい上げて更に開いてやる。
「うあ……」
「クライン……」
 俺は優しく囁き、うなじに口付けて、唇を這わせ耳まで辿る。手を片方外し、また腹を撫でる。愛しい。かわいい。
「クライン」
 声が震える。あつくなる血のままに、薄い身体を押し開く。掴むように、小さな下腹に手を置き、優しく圧し撫でる。この下に、熱い猛りがあって、清楚な身体を挿し、くつろげているのか。そうだ。俺の硬く滾った震えに合わせて、クラインは壊れそうに息を吐いて、奥では蕩けそうに絡み付いてくる。
 昇り詰めるように、こんなときでも優しく、導くように。腕の中で抱いている恋人に、溶かされる。
「きもちい……です」
 俺はクラインの身体を持ち上げ、下から突き上げる。中で先が擦れて、気が遠くなった。
「う……ぁ……」
 堪えきれずに、俺は喘ぐ。加減しなければ、わかっているが揺すってしまう。
「く……」
「ジョス……」
 掻き回されて朦朧としながらも、クラインは俺を優しく見つめた。
 柔らかさにくるまれて、俺は吐き出した。樹脂の薄層越しに熱を与えながら、まどろんでいく。


 互いの浅く、早い呼吸を聞きながら意識を引き上げる。残念ながら余韻に浸る時間はない。こうしている事自体が問題だし。
「寝るなよ風邪引くから」
「わかってます……」
 いきなりソレかよ。子供扱いされるのもアレだし、何でそんな切り替えが早いんだ。職業病か。
「な、なにを」
 皆まで言う前に剥がされる。
「ちょっとどいてくれ」
 俺を退かせて排水溝の側へぶちまける。って何のつもりだ。
「とりあえずコレは洗う。再利用するわけじゃないぞ。昔の戦場じゃリサイクルしてたらしいけど。コレまめちしきな」
「そんなコト気にしてません。あとそのまめちしきは不要です」
 てかそういう都市伝説を真顔で口にするな。あんたのネームバリューと優等生フェイスでコロっと騙される新兵だっているんだぞ。
「あとはティッシュにでもくるんでコンビニ袋に入れとけばバレないでしょ」
 ああ、そういうことかと納得する。ゴミ箱を片付けていてあんなゴミが提督の部屋から出てきたらイロイロ考えてしまうだろう。ちょっとでもバレにくくするために隠蔽工作したというわけか。
「とりあえず流してやるからコッチ向け」
 嬉しくないこともないが、洗いっこなどという夢のあるシチュエーションじゃない。手際よく、しかし乱暴に湯をかけられる。部屋に帰ったらもう一度きちんとシャワーを浴びろと放りだされた。


 俺は素早く制服を着つつ、釈然としなかった。
 なんだ。言うなれば初夜だぞ、やっと交し合った感慨を噛み締める間もないのか。このせわしなさはなんだ。
 心中で愚痴を並べる間にも、襟を整え着替えが完了する。帰るか。おやすみのキスくらいしたい。諦める。
「ジョス、まだいるか」
 いますよ未練たらしくね。と言ってしまいそうになる。
「ご免、ちょっと頼めるか」
「何でしょう」
 濡れた身体は色気があった。湯気で火照った顔も今は毒だ。なるべく目を合わさないようにして、クラインが顔を出すバスルームへ歩み寄る。
「タオル取ってくれ」
 場所を聞いて渡す。自分に貸したから無くなったのか。まあ、しょうがない。
「ありがとう」
 素っ裸で出てくるな、と思うが男同士なんだからおかしくない。
 だが石鹸の匂いに酔ってしまいそうだ。はやく出て行こう。
「ジョス」
 はいはい何ですかもう。失礼だが背中を向けたままで返事する。
「……何でしょう」
「嬉しかった」
 ──すごく、うれしかった。
 噛み締めるようにもう一度言われて、俺は赤面した。かわいすぎて好きすぎて嬉しすぎて切なすぎて泣けてきた。レアな愛を得た背徳感も、ナニカに対する悲しみや怒りもごちゃ混ぜだ。
「失礼します」
 俺は震える声でそれだけ言った。
 片手で顔を覆いつつ早歩きしながら、情けない後悔もする。振り向いてればキスするチャンスだったのに。俺格好良かったのに。結局ヘタレかよ。
 だけど俺は幸せだった。
 俺は大事な人と結ばれた。
 その人は嬉しいと言った。
 何があっても離しません。

 (1stup→130305tue)


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