■domine-domine seil:15 井戸端の重力子 01

 俺は女々しい、と最近気付いた。それに狭量だ。
 同じ記憶を共有したがるなんて、まるで恋する女学生の発想だ。そんなのは出逢ったところから、特別だと感じた時から積み重ねればそれでいい。そうだろジョズェ=エッケルベルグ、男が恋人の過去など知りたがるものではない。まして教えて欲しいなど。
 しかし、気になるものは、気になる。アサギリ少佐しかり、艦長やブリッジのクルーにさえ、羨む気持ちがある。一番深く触れた筈──工……ヤツらのことなど知るか──の俺が、艦の中ではかなり新参者、奇妙な風習に戸惑ったり、ユル〜いノリについていけなかったり、共通の話題に乗れないことも……少なくない現状だ。


 ある非番の日、部屋でじっとしているのも退屈で、艦内を散歩してみた。ジムも短時間ならいいが、反復運動は飽きる。ハムスターになった気がしてしまう。単調でもいいから、風景が変わって欲しい。
 私服でウロつくのも何だから、作業服を出した。ついでに虫干しがてら着てやろう。この場合、略帽がいい。


「よう副官殿、今日はお忍びデートですか」
 ニヤついた挨拶に立てた小指までついている。軽く流さなければならない事は学習済みだ。
「違う」
 じっとしていられない性分だというと、独り身を揶揄られた。
「かーっ! いい男なのにな、体の使い方を間違ってるんだよ。非番に散歩しかする事がない? ジムでエロい女士官とかとお近付きになれよ。それか、アンタの部屋ならいいモニタあんだろ、映画でも観ようって流し目でもしろよバカか?」
 いや、いないとは言っていない。そう、俺は嘘は言わなかった。まあ、勝手に勘違いしてくれるのは良いことだから、これでおけ、だ。
「……散歩以外にもイロイロあるぞ」
「どうせ坊ちゃん方の恋愛相談でしょ」
「ナゼわかったんだ……イヤ、休憩時間くらいではきけないようなクルーの悩みや相談事を聞くのも私の務めだからな」
 色恋沙汰が専門でないことは強調しておく。変なウワサを流されては困る。というか俺は既に困っているのだから。何故俺に指南を仰ぐんだ。恋愛とか。出来るだけの助力はするがその期待は誤解なんだ。せめて初心者でも廻れるトレッキングコースを教えれとかにしてもらいたい。
「ハイハイよくそんな人生の総てをフネに捧げます、みたいな生き方して疲れませんね〜」
「まあ健康なだけが取り得だからな私の場合」
「よく言うよ〜」
「いやいや、この人の場合コレ本気で思ってるからダメなんですよ」
 一瞬彼ら独特の符丁でもあるのかと目を凝らしたが、タダの卑猥な手振り? だった。ムカつく。
「全くいかにも女喰ってますみたいなチンコでかそうな顔しやがって、カッチカチなのは性格の方だもんな」
「長さんじゃなくてもダメダコリャしたくなりますよマジで」
「何がダメダコリャだ! 明るいうちからチンコとか! 人をおちょくるのもいい加減にしろ!」
 俺は勢い良くテーブルを叩いた。このくらいで壊れる程繊細には出来ていない。パワードスーツのままで利用するクルーもいる区画だ。デザインは投げやりだが頑丈さは上等だ。
「アンタの声が一番デカいですよ副官殿」
「あらヤダみんなみちゃってるわよどーすんの」
 俺は赤面寸前の顔を帽子で隠しつつ周囲を見渡した。どうでもいいがナゼそこでクネクネする。かなり気持ち悪い。そして更にムカつく。ああもうどうでもよくない。だが小言を言うのは諦める。どうせ言っても効果がないし、余計恥ずかしい。側には寄って来ていないが他の隊員達が耳をそばだてている。多分、さっきからもそうだったんだろうが、俺がふざげた会話にノってしまった為、期待しているに違いない。何かおもしろいことをしないかとか。してたまるか。


 俺は自販機から出したコーラを2つ投げた。噴かないように加減はした。受け取る側だってそういう運動能力がある奴らだ。
「コーラって……俺らタートルズかよ」
 ありがたく頂戴しますがね、とボトルを目の上に上げる。
「いただきます! ……でもンバギさん、ピザ好きでしょ?」
「るせー! カマキリがピザ食ったって良いだろ! オールインワン的に全部乗ってるし! パイロットの食い物には持ってこいなんだ!」
「まーいーですけど、コックピットの中で食べないで下さいね。匂い残るし、クラストのくずが落ちてるって、整備の人めっちゃウザがってました」
「あいつら細けーからなー」
「そういやお前たちは非番ではなかったか」
 確か、今日はフロウ=マンティスは訓練や待機などの拘束時間はなかった筈だ。
「ああ、そっすね」
「非番つっても航行中じゃね」
NN[にゅーろのうと]の側にいなければいけないという規定はない。それこそ親しい女性と食事でもしてくればいいだろう」
「言ってくれるね〜」
「俺らがモテるワケないっしょ、たとえばそーですね間接部門のコ達からしたらそんな、ケダモノですぜケダモノ。思いっきり[ジュウ]です」
「これだから朴念仁は困るね、まあアンタが言ったんじゃなきゃシバいてるけど」
「そんなもんなのか」
「『与力力士に火消しの頭』みたいなもんですよ江戸っつーか宇宙の華?」
 わからんでもないが、ソレは提督のことではないのか。確かに副官は将来提督になる可能性が高い役職だし、俺が何と呼ばれているのかも知ってはいるが実は俺のImG+[アイエムジーポジティブ]は♭だ。とても華≠ニは言い難い。が今言っても話がややこしくなるだけなので置いておく。
「とか言って俺この前彼女出来たんスけどね。まだ直で会ってないですけど」
「ナニ? お前呪われろ。てか待てソレ脳内じゃないだろうな」
「違いますよ。ちゃんと中の人いますよ。まあ100歳くらいのBBAとかかもしれないっスけどまあそれはソレで」
「ダイバーの考えてることはワカランな……」
「全くだ」
 ソレは俺にも同意出来た。大いに。同僚のムダに可愛い笑みが浮かんだので隅に押しやった。
「で、何故ワザワザデッキに降りて来る。自室で休んでいる方が休息にならないか?」
「パイロットってのは業の深い生き物なんですよ」
 彼は自分の機体であろうNNに視線を走らせ薄く笑った。俺には出来ない貌だと思った。
「酷いヤツになると寝るときもコックピットじゃなきゃ治まらないとかね」
「なんてえか、完全休暇で外出るなら兎も角、同じ艦の中いるんじゃ、目の届く所にいた方がしっくり来るんですよ」
 お前達も人の事を言えないではないか。と、俺は苦笑した。
 何百もの人間を同時に乗せる艦と違ってNNは通常一人が一機を担当する。しかも個人個人に合わせて調整がされている。精密な動作を伴う作業なら、パイロットだけでなくコアの載せ換えも行う程だ。顕現による侵蝕が無くても愛着がわくものかもしれない。しかもその多くは二本足で立ち、限りなくヒトに近い動作をする。電池パックは背面に、コックピットは胸部に、センサーは頭部にある。
 この小隊には少し血生臭い曰くがあるから敬遠されてしまうのであって、戦場に於いて提督の顕現と並ぶ華は彼らだ。
 もっともNNとパイロットには妙な都市伝説の類が付いてまわるのも事実だが。ある百戦錬磨のエースパイロットが決してNNを下りないのはもう彼は既に亡き人でその脳だけがサルベージされて繋がれているとか、ある最新型NNはコアの代わりに手足を切り落としたダイバーの少女がシリンダーに詰められているとか、まあ、確かに、精神に変調をきたしたり、技量の限界を補う為に自ら進んでサイバーパーツの割合を増やしたりする──生身の部分を捨てる──者も少なくない。
 同じ艦のクルーだが、彼らの世界は彼らにしかわからない独特の雰囲気がある。
 ああ、確か艦長もそんなことを言って少しさびしそうにしていたな。副長がNN乗りだったらしく、気難しい彼らをノせるのが非常に上手い。頼もしいが自分には入っていけない壁のようなものがあると。だがそんなものは、例えば自分達が船乗りであり、陸の人間にはわからない世界を持っていて、向こうからは渡れない岸があるのと同じことだと笑ってもいた。舟に乗らない親しい者からは、我々が遠いかもしれんし、人間生きていれば多かれ少なかれ仲間との持てる世界の境界を感じる事がある。互いにソレで折半だと。
 正しいが、俺は艦長のように人間が出来ていない。いつかはそうあらなければならないだろうが、今は無理。
 今の姿より少し幼く、初々しかったであろう彼の姿を思い浮かべる。クラインなら、このデッキでどう過ごすのか。
「分隊ちょ……イヤ、提督も当時はよくNNの周りウロウロしてましたよ」
「何だ藪から棒に」
「なんとなくです」


「いい話、ですか?」
 声が意外に若々しく、実際歳も若いのだろうが、この面子の中では真面目に思えてしまう。
 言葉づかいも一般のクルーとかわらない。
 顔を見なければ、彼が凶暴なカマキリだとは思わないだろう。いつでもダイブできるよう一体型のゴーグルを装備し、こめかみ部分からはケーブルが繋がって、どこかにのびている。今は空いているが、耳の後ろ、見えていない身体の表面のいたるところに、スロットがあるらしい。手には、趣味的デザインのハンドヘルドPC、電脳戦に長けている事を隠しもしない、自信の表れ、高い技量の証明でもある。
「まあ、折角の機会だし、たまにはこう、その、何だ……下衆なネタではなくな」
「はあ」
 随分な評価ですね、とつぶやかれるが無視だ。
「何か印象に残った体験などがあれば差し障りのない範囲でいい」
 ここまできたら何も聞かずに戻れない。
「ですって」
 結構色々ありますけど、とゴーグルが仲間を呼ぶ。
 さっきのコックピットでピザを食う話をしていた──ピザで関連付けるのは気の毒だが──巨漢とは対照的な痩せぎすの男だ。顔だちはかなり端正だが薄い眉とこけた頬が不吉な印象だ。猫背なのが更にいけない。カマキリらしいといえばらしいが。気の弱い新兵なら逃げたくなるだろう。
「分……提督の昔の話か?」
 俺が渡したしるこドリンクのタブを起こして頭を下げる。見た目に反して刺激物を好まない。炭酸飲料はおろかカフェインを敬遠して紅茶も口にしないという。それで嗜好品は甘いもの──しるこドリンクというのもどうかと思うが。あまりうまいものではないだろう。ジュースみたいなチャラついたものは飲めるかとか言ってたがどうなんだ。まあいい。
「この場合、分隊長でいい」
「そうですか? なんか変なリクツですけどそうしてもらえるなら助かります」
「今だけだぞ」
「アイアイサー」
「てことだそうですので、何がいいですかね」
「何でもいいのか」
「ダメみたいですよ。機密は漏らすなって。案外難しいですね。伍長なんかマシなのないですか」
「そうだなー……」
 ダメでなければ漏らすつもりだったのか。ジョークだと思いたいがどっちなのか。らしいといえばらしい。いかにもクラインと死地を共にした部下という空気感だ。殺伐としてユルい。
「じゃあ……」
 促されて携帯を取り出す。
「送るんでまずソレ見てくれや」
 向こうは電脳のメモリに入れているようだ。ポケットに手を入れて俺の隣に腰掛けたままだ。赤外線で受信する分にはアドレスは必要ない。私物で受けても問題ない。妙なデータだったら消すまでだ。俺は真剣だがヤツらはまだふざけているかもしれない。それなりの覚悟はしておく。猟奇画像やアイコラくらいでは驚かんぞ。
 俺は数年前の日付がファイル名になったソレを開いた。
 横からのぞき込んでファイル名をみた隊員がした表情には気が付かなかった。多分、気付いていても理由を聞くことは出来なかっただろう。


「これは……」
 エッケルベルグの雰囲気が変わったのをみて伍長は首をすくめた。まあ叱責されるくらいどうってことはないが、耳元で叫ばれるのは嬉しくない。
 へんじがない。ただのしかばねのようだ。
 まあ、固まるか。命より大事だと言いかねない提督サマだし。


 明らかに職業的なデザインではない……と思う。装飾が多いし、丈が……脚が……何故そんな、イヤ、丈が短すぎる。というか、いくらクラインが軍人にしては小柄だからといって、多分その服はサイズが合ってない。だから元々そういうデザインなんだろうが肩が足りないから益々胸元が妙に開いていて、色々おかしいだろ! なんでこんな、潜入捜査か? 違う! そんなのはこんな愚連隊みたいなNN部隊にやらせない、てか警察の仕事だ、じゃあ何故、それに提督! そんな風に脚をひら……座っては下着が見えてしまいます! みえて……み、見えたっていいだろう! クラインは男だぞ! どうせパンツだっていつものいかにもモッサリした男がはいてますよみたいなパンツはいてるんだから同じだろ! エロくもなんともないだろ! 男のスカートの中身なんかどうせノーパンでも見たくもないものがついてるだけだぞしっかりしろ俺そうだスカートとかそもそもおかしいし、似合ってたらおかしいし、てかなんだあの髪型、どっから持ってきたんだピンクのリボンとか! ダメだろツインテールとかああそうかツインテールっていうんだなヤバイヤバイデス。レースのついたカチューシャまで! けしからんもっとやれ今なんつったよ俺! ダメだろダメゼッタイメイド服とか俺が許しても神が許さない筈俺だってメッチャ許さないそんなゴスっぽいメイド服、小官は認めないであります! 丈が短いながらも露出は微妙に控えめで白黒のバランスが絶妙、うるさすぎないレースにフリルが少女です、特に開きそうな胸元を護る儚げなリボンが堪りません! それは解くイヤもう契るじゃなくて千切る為にそこにあるとしか! ダメですダメなのであります! 遺憾なのであります! なぜならば! ダメなのです! メイド服とか……クラインがそんなポーズで……ダメだダメだ、俺が。ダメなのは俺なんです。どうして、どうして俺の100回分の妄想より一枚? の写真がこんなに残酷なんですか……しにそうです。激しく好みで、可愛くて、どうしてそんなにロリータなんですか! 一体あなたに何が、このメイド服で何をこんなこんな可憐な提督に俺は俺は……提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督督提督提督提督提督誰得俺得提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督提督────────────

 (この間僅か1ミリ秒)


「いや、だから、こんな話があるんですって」
 沈黙したままのエッケルベルグを余程怒っているのであろうととり、伍長は苦笑いしながら語る。


 確かケフェウス座V354が一番近い目立つ目印だった。そう遠かねえな。そこでしちめんどくさい任務に当たった。
 どっか小っせー星系国家の反政府ゲリラっていうの? マイナー過ぎて名前も忘れたな……あ? 脳内検索すりゃ出てくっけど、言わねー方がちょうど良いだろ。まあソイツラがよ、派手にドンパチやる前に制圧されたのは良かったんだが御禁制の品を放り出しやがっんだよ。なんでも交渉だかテロだかの材料にしようって、縮退ミサイルを作るつもりだったらしい。えんがちょもいいトコロだ全く。
 ゲリラの頭も拠点だったプラント、ドックなんかも抑えたから──しかもそこの王さん気が短くてな、そそのかされただか脅されただかの元お抱えだった職人の首をソッコーハネた──縮退兵器が作られる恐れは無くなった。まあそこの国にしちゃ反乱分子はいなくなったし裏切り者の首は晒したしで後はソンナノカンケイネーw かもしれんがウチはそうはいかねえや。てかアレだなあの国もああいう態度だとそう長くは保たないんじゃね? 案外今頃またくすぶってたりしてな……まあいいか。
 そんで、拝み倒して──何でそんなへりくだる必要があるのかは知らんがまあ外交上の何かだろう──ゲリラどもの何人かを譲って貰って、コッチでシメて口を割らしたんだと。
 そこがたまたまド田舎宙域の哨戒に励んでおられたカグヤ様御座船の担当だったワケよ。
 もちろんカグヤ様にそんな物騒なコンテナの回収なんぞさせられんし、作戦だってじいやの立案。そもそもカグヤ提督の顕現はちと特殊で探索っつーか探偵向きなのな。どうせシールドや火力は期待出来ないから、場所の特定──ナニカを探り当てる点だけには極端に特化したパゥアだし──をおやりいただいてだな、後は吹っ飛んでも後腐れのないおれらの出番っつー次第だ。
 そう、割り出した座標が問題だった。


 カグヤ様が不覚を取るようではイカンと死なない場所に行かされる、だからといっていかにも左遷コースじゃいくらおっとり姫様でも気ィ悪いってな都合でな、辺境警備ってもそれなりに権威あるものでなきゃイカンのよ。
 世界的に意義のあるものを、守ってますよ、何もしてないようにみえますが、ココに怪しい奴が来ないのが先ず何よりの平和なんですよ! こんなスゴイモノ守ってますでおじゃるのよ、みたいなな。
 当時のおれら──カグヤ様の艦隊が名目上守ってたのがグレイプニルだった。
 グレイプニルの人工連星、ヨシュア=ルクレイトが作った封印星な。アンタが生まれる前だから相当古い話だが、一般向けのニュースにもなったアレ。中性子星を捕まえて括り付けたんだ。そんな神業泉の賢将≠ノしかできねえ。そりゃマスコミがほっとかねえだろ。おれが御大の顔を覚えたのは何回も何回も映るあのニュースがきっかけだったしな。子供でも知ってるってよく言うがまんまソレだ。同級生のオバハンに居留守使われるようなクソガキだったおれでもカッケーって思ったもんな。
 士官学校でもテキストに載ってたろ? 歴史に残る大規模な作戦行動だったワケだしな。
 そんな未曾有の災厄を回避した記念碑的なものを守るなら、良い大義名分だった。秒速数百kmでウロつく宇宙の辻斬りってもおとなしくさせちまえばただの中性子星だからな。
 電磁波だらけの宙域で住む物好きもわざわざ金掛けて設備作って商売するアホもいないから、まあマニアックな観光や研究目的の船なんかとすれ違うくらいの何もない所だ。
 タイクツ極まりなさすぎな、お飾りのおっとり姫様の花嫁修行にピッタリ、問題児のカマキリでも、悪さのしようがない原っぱ。但しウンコばらまくまでもなく時空は不安定、落とし穴だらけだけどな。だから宙域価が上がらなくて誰も来ない。なんもない。
 バカがゴミ捨てるまではな。
 既にグレイプニルの重力圏、コンテナは放っておけばいつか潮汐力で潰れる。
 時代がかったバカどもは縮退ミサイルだなんて息巻いてたらしいが、材料……アレには空間ごと喰っちまう作用があるだろ。ソッチのがよっぽど物騒だ。輸送用に限界まで圧縮してるから尚更だ。ブラックホールが出来たり、衝撃波が発生するよりおとなしいとか言う奴がいたらそいつも大概バカだ。切り取られた分は周りの空間が閉じてきて塞がるがその分歪む。歪みの範囲が広ければ広いほど安定するのに時間がかかるし、場合によっちゃ時間の流れまでズタズタになる。ペンペン草も生えないっていうがソレよ。海に例えるなら赤潮も湧かねえってカンジか? 舟なんか通れないし、その付近じゃ超空間航行も転送もできなくなる。やりたきゃやってもいいが摩訶摩訶やクーロンズゲートになってもおれはシラネ。ただでさえ宇宙は真空なんて名ばかりで妙なもんがゴロゴロしてて不安定な場所が多いんだ。貴重な空間──まあグレイプニル=中性子星の周囲は既に使えない土地っちゃあそうだが通れるだけまだマシなLv、道無き道でも道は道──は無駄使いダメ絶対。女と環境には優しくしないとな。対消滅や縮退のテクノロジーが廃れたのもエコの為だし。
 マジでコレだとまだ縮退ミサイルがドカンとやった方がマシかもしれん。兎に角場所が悪い。


 おれ達はコンテナの回収に向かった。まあ提督に御目見得出来る立場じゃねえからな、旗艦から通信受けた艦長経由で大尉に命が下って、そこから大尉に呼ばれて参上つかまつる次第だ。
 危険だがシンプルな任務、大尉と分隊長はミーティングを簡単に済ませて機体を割り振った。
 衝撃に備えてパワードスーツを着込む。まあドカンといったら意味ないが。あと、コンテナがどの程度破損──中身は無事でも外側は流れてると結構欠ける──してるか分からんからな。パージするのに人力で作業しなきゃならんかもしれんし。
 NNも装甲と機動力を重視したセットアップだ。バッテリーも上等なヤツを積んでる。大尉はハナシのワカる人だ。上が厄介払いしたがってるおれらにでも、必要とあとやる気があれば大抵の装備は都合してくれる。
「えー、それじゃ、ポイ捨てダメ絶対。海にすてた飛行石ひろいにいきます」
「んないーもんじゃねーだろ」
「そうだそうだだいたい怒られんの怖いからって隠したら後で余計に怒られんのによ〜」
「だよなあメンドクセーとこにウンコ捨てやがって」
「……気分だけでも冒険活劇風に盛り上げる配慮してたのに」
「いーんだよアンタの気の抜けた発破でおれらいっつもテンション下がりまくりなんだよ今更今更あとあんな誰も触りたくねーもんはどうみてもウンコだろ」
「まあ飛び散ったら大惨事だしなー。じゃあ気分をかえてテンションひくく先割れスプーンでウンコ掘りにいきます」
 オペレーターがイラっとしてるのに気付かないフリをしておれはシステムのチェックを終えた。
「はあ〜てか確かに捨てた奴が拾いに来いよっておもうけどな。コレがホントのメンドク星マーチ? 伍長」
「システムオールグリーン。いけます」
 切り替えが早過ぎる。分隊長の通りやすい澄んだ声を聞きながらモニタをみた。おれの機体を囲むように展開した配置で、ハナカマキリのエンブレムがついたNNが揃う。他の隊員どもも最終チェックの報告を口にする。
 分隊長の真面目な声を聴いていると煮えたぎった脳みそが冷えてくる。つららみたいに凍り付いて、何でも狙えそうに研ぎ澄まされる。今回は開ける土手っ腹がないのが残念だ。
 そしてはやる気持ちもゆっくりと固まって形になる。戦場に場違いな花みたいなふわふわした言葉で声かけて、いらない力は抜けてる。必要なものだけ残した両手の鎌で、刈り取ってやるさ、暗闇のカタマリでもな。


 ──来ます。


 おれ達の脳内にカグヤ提督の顔が浮かんだ。生真面目だが要領の悪いかわいそうな姫様。通信は得意じゃない姫様が送って寄越す、ただ事じゃない。フロウ=マンティスはサイバー者の集まりだ。部位の多い少ないはあれ電脳には相当の上げ底をしている。分隊長も例外じゃない。そして全員がImG+アリだ。だから提督の声をきいている。
「続けろ」
 手を止めたおれに、分隊長は短く言った。
 アーガイオンの24本のマニュピレーターがコンテナを引き寄せ、固定する。背面に展開した装甲が殻のようにコンテナを覆う。トラックでいうところの幌だ。こうして荷台を引っ張り出すと巨人よりも巻き貝に近くなるっつーか脚がゴチャゴチャしてっからアンモナイトだな。アンモナイトは貝じゃねーけど。
 単純な斬り合いならこん中じゃ凡庸だが、おれは操縦技術なら誰にも負けない自信がある。兎に角乗り物が好きなんだ。因みに操舵の資格も持ってる。他人のコア積んだNNでもねじ伏せて大人しくさせるおれは、昔はよくパイロットが死んじまってもコアが生きてる機体の回収に重宝がられた。高い機体だと出来るだけ壊さずに運びたいからな。それに本当に切羽詰まってる時はな、コアの載せ換えする余裕もないんだ。血だらけのコックピットに座ったこともある。おかげでハゲタカ扱いされてこんな所流れてきたんだが。
 まあ順当な理由で分隊長はおれにアーガイオンの操縦を任せたわけだ。誰にでも扱える機体じゃない。ガチガチの戦闘系より補助、間接系の支援機体だ。機動力はあるがサイズが他のNNの倍くらいあるし──人型だがコンセプトは輸送機だからだ──乱戦になると動き辛いし狙い撃ちにされやすい。遠距離なら有効な火力も接近されると小回りが効かなくなる。まあ殻とマニュピレーターは防御や攻撃にも結構使えるが、推奨はされない。試験で答案に書くと多分教官にしばかれる。因みにお値段も通常の3倍倍だ。
 そのいっぱいある腕や実はバラして展開出来る殻の制御が繊細な扱いを要求する。なんもない所へ運ぶだけなら誰にでも出来るが、本領を発揮するなら上級者のテクニックが必要ってわけだ。
 今回はあんま必要になって欲しくなかったんだがな。
 コンテナは案の定フック部分が破損してて、ネットで捕まえてないといけなかった。幸い内部の破損は無かった。
 他のNNが展開したネットに張り付いたコンテナを俺が位置を合わせながら回収する。中身のウンコ具合を思うと緊張はするが、息の合った仲間だ。
 あとは殻を閉じればいい。
 そんなタイミングだった。


 来るって、いくらカグヤ様がおっとり姫でもうろんな物体を素通りさせる筈がない。
 レーダーや超空間ソナー、知覚系の顕現を抜ける機体や提督もいる。が、そんな上モノ特盛り持てる方々は限られてる。こんなロートル艦隊を攻めるのに勿体無さすぎな兵力、しかも旗艦でなく、カグヤ様の様子じゃコッチに来る≠チてこったろう。どう考えても有り得ない。そんな金持ち軍隊ならわざわざこんなウンコ狙わなくてももっとクリーンにジェノサイド出来る兵器をお持ちの筈だ。
 多分ここに直接来る=Bカグヤ提督は殆ど予知みたいに大当たりを引く。どこのバカだ。こんなトコに跳躍してくるイカれた兵隊は誰だ。壁だらけってわかっててマロール使わせるとか、『いしのなかにいけ』なんつーコマンドはねえハズだ。部下をハエ男にしてでも平気で転送させる指揮官はどんな愚蕪だ。
 かなり読めてきた。


 分隊長は回収を終えたアーガイオンを他のNNに衛らせた。
「アクセスは索敵をメインに。戦闘に入ったらシールドかビット、配分は任せる。近接は避けて距離を取れ。融合される恐れがある。攻撃はダメージよりノックバックを狙う。ただでさえ足場が不安定だから、こんなトコにムリヤリ踏み込んで来たら5秒は天地が掴めない。小突いて真っ直ぐ立たせるな。コッチも弾数はあまりないし、地味に地の利を活かせる方向で。井戸に押し込んでやれ」
 まあ、見た目は兎も角どうしようもないロートル下士官しかもドブネズミ中のドブネズミ、そんな万馬券当たる筈もないが、分隊長なら提督になれるかもしれない。なんて俺は考えたりした。したんだよ。ナンセンスにもな。
 こうしてコアにアクセスするとお互いに侵蝕する。分隊長が超空間航行のゆらぎを感じ取ろうと研ぎ澄ましているのがわかる。そんなのは、掴もうと思って掴めるものじゃない。カグヤ提督は特別だ。分隊長は無意識におれたちのアクセスに乗ってソイツを増幅して実の存在を超えて耳をそばだてているに過ぎない。でも、ソレだってその場にいる他の人間を圧倒するImG+がないと出来ない。まるで提督がやるように、他人を回路≠ノ組み込むなんてな。カマキリの頭に相応しいフリークスだ。
「伍長」
「……なんです?」
「自分は索敵しなくていい。機体の制御に集中しろ」
 集中するほどあっぷあっぷじゃないんだがね、と思うが従う。強くコアにアクセスすると疲労する。対象と接触したら狙われるのは恐らくおれの機体。だから温存しておけということか。


「こちらフロウ=マンティス隊。回収完了。帰還します」
「了解。クライン曹長、ノード大尉から新たに指示があります。回線開きます」
 分隊長が返事をする前から大尉の声が聞こえる。慌てているな。まーそうなるか。
「聞こえるかクライン、提督からアクセスを受けたかと思うが、敵機が跳躍して来る」
「はい。詳細をお願いします」
「小型の輸送艦が一隻、武装は殆どないがNNの数は未確認だ。艦のサイズから考えて最大6機までだろう」
「残党の特攻ですか? 情報が更新されてないなら、かなりの旧式ですね。資材も底をついている筈」
「そうだ」
 よくわかったな、と大尉が呟いた。やりにくそうだ。おれだって言う事言う事先読み済なら同じ気になる。
「幸い……と言って良いかわからんが大した兵力ではないだろう。提督からは回収は後手になっても構わないから離脱しなさいとのお達しだ」
 カグヤ様らしいがソレじゃダメだろ。来る≠チてアクセスから今で410秒。おれに続けろって言ったあの判断を迷ってたらコンテナは括れなかった。分隊長、俺に妹が12人いたら全員嫁にやりたい。アンタそういうのスキだろ。
「ソレさっきひろいました」
「分かっている。本隊が到着するまで持ちこたえろ」
「イヤです」
「なん……だと」
 あ、ダメです大尉ソレ負けフラグ、おれはスクリーンに投影された空間を目視で探っていた。今の所、レーダーにも反応はない。今回は虚数空間での戦闘を想定していなかったので超空間ソナーは積んでない。ソッチはわからんが分隊長や野郎どもが何も言わないからないんだろう。全く、既知の外にいる方々とは戦いたくないもんだ。あーあ。
 俺がぼやいている間に、やはり大尉は負けた。決まり手は屁理屈固め。
「状況が変わった。全員作業を継続しながらでいい、聞いてくれ」
 作り物みたいな顔が、モニタの端に映る。キリっとした顔は、それなりに男の姿だ。
 場所のせいだろうか、今よりちょっとマシだったガキのおれがTVにかじりついた、若き英雄≠フ姿がみえた気がした。
 とかいって、コレがまた、似てねーんだけどな。確かに工廠との繋がりはあったらしいが、向こうは工科大主席でオマケに院卒の元技術士官、任務の合間に論文まで書いてたってんだからもう天才っつーかパーフェクト超人だなw 目の色は同じだが分隊長のぼんやりした草みたいなマナコじゃなくていつもカリスマってヤツをバリバリ発散してた。髪は金髪、いつも将官服にマントとドゴール帽でビシっとキメてて、笑えばオバハンでも黄色い声を上げたもんだ。完璧超人過ぎて人間味が感じられないっていやあ、人っぽくない分隊長と、そこは似てるかもな。
「敵機が跳躍してくる。時間はあまりない。コンテナは渡せない。回収を優先、アーガイオンを死守せよ」
 分隊長はおれに速度を上げるよう指示を出し、温存したアクセスは敵機の確認と同時にシールドの展開に廻すよう言った。適切だ。マニュピレーターを無駄遣いするなとは言わなかった。
「索敵は俺とピライで継続する。できるな」
「なんとか……浅〜くなら潜れます」
 さすがコネクタだらけの接続されたバカだけある。ソナーなしで虚数空間に届くのか。まあ規格外のバケモノしかいないからな。
 武器が若干心もとないが、恐らく相手はボロボロだ、何とかなるだろう。
 背後を取られないようにだけ気を付けて、あとは本隊へ向かって高速移動。指示通りの陣形で構える。イヤな間だ。


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