■domine-domine seil:15 井戸端の重力子 02

 最初は爆発だった。座標の重なり方が悪かったんだろう。星間塵だった石と氷の砕片、ぶちまけられたNNの臓物が歪な散り方をする。最初は花火と同じ球を開き、やがて一つの向きへ寄る。やはり相当空間が歪んでいる。この位置なら中性子星の側になるか、高重力に早々と引かれている。その引きの強さ自体にバラツキがある。距離はそれほど変わらないのに、俺達の位置からはエンジンさえ切らなければ強い抵抗は感じない。
 不運な奴だ。とおれは思ったが2秒で改めた。アイツはツイてる。例え行く先が地獄でも、残るよりはマシ。
 惨いもんだ。
 こんなんで吐ける程繊細な奴ぁこの中にいねえが、目の当たりにしたらやっぱり引く。皆の様子が伝わってくる。囚人服を着ていないのはたまたまだって思ってたが、そうでもないらしい。これは苛立ちか、憤りか、そんな感情あるもんなんだなとか。不快だった。
「アレって……」
 ピライがかすれた声でつぶやいた。ヘラヘラしようとして若干出来ていない感じだ。
「人間がやってんですかね」
 柄にもない事を、とからかう奴もいない。柄にも無いんだが。
「人間だからやるんじゃね?」
「そっすね」
 らしくない感傷は、分隊長の一言で片付け2秒。
 一桁mまで堪えて、一気にシールドを展開して弾く。メンテ不足から来る装甲の劣化と無理な融合で、樹脂で出来た藻の塊みたいになっていたNNが半身を失う。弾け飛ぶんじゃなくて、ボロボロと崩れた。反撃に備えカルロは構え直したが、半壊した機体から奇妙な物体がこぼれ落ちるのみだった。微妙に人型をしていた小さいものがあったのは気のせいにしておこう。迎えたくない死に様だ。
「これで全部か」
「旗艦1隻、先のデータの輸送艦に間違いありません。NNは最大6機とありましたが全部で5、総て跳躍済み。以降、人工物によるゆらぎは感知せず。以上」
「了解。2引いて3か。残念だけど指揮官機は健在? だ」
 指揮官機に僚機が2機あれば隊として成立する。中にいる人間に理性が残っていれば十分脅威足りえる。コッチは物騒なウンコ背負ってるとはいえアーガイオンと無傷のグライアイが6機、向こうは型落ちのエオマニスbAIで死に体だがパイロットの技量は不明だ。あと、捨て鉢になった人間のやることはこわいもんだ。


 ──こ……ちら……命、軍……旗……。
 楊回。博物館級のクラシックだ。
「不死っていってもな……」
「はあ?」
「ん。なんでもない。カミサマの名前だからってちょっとな」
 教養のあることで。分隊長は──おそらくマトモな形状を保っていないであろう──司令官と遣り取りしながらくだらんことをつぶやいた。余裕があるならいい。さっき一番イラっときてたのは治まったのか。降伏するなら条約に基き待遇するとか型どおりの文言を唱えてる声は鏡のような水面だ。揺らぎは感じないが。まあ信じるしかない。これまでもソレできた。


 殊勝に捕虜になるならこんなスプラッタ芸はやらない。
 ──重力子シは、コこちラの……我……軍の所……である……。キ官らを、ぉオ……とみ……なし、
「抵抗するなら墜ちてもらう!!」
 通信を終えるまでに──というかソレが作戦だろう──指揮官機が斬りかかって来る。虎の子のソードか。外見どおりのスペックだと思わないほうが良さそうだ。跳躍のダメージで形が歪んではいるが、元のエオマニスbAIの外観よりシルエットがスッキリしている。装甲を犠牲にして機動力を上げているんだろう。でなければソードで踏み込むのは得策じゃない。
 よくこれだけのエネルギーを残しておけたもんだ、と感心する。執念というやつか。テロリストにはたまに信念がある奴いるからな。めんどくせえ。
 デカブツだからってなめんな。おれは分隊長の指示通り後退を続けながら回避する。他のヤツならしらんが、おれならチョロイ……とまではいかんがかわし切る。アレをくらったらヤバい。
 大したパイロットだったんだろうな。
 僚機はまだこの場に慣れていない様子で中距離から応戦しつつ、バランサーのキャンセルとセットを繰り返しているんだろう。待ってやるほどヒマじゃない。狙うフリをして、長射程仕様のグライアイが艦を撃つ。歪んだ砲台から3度ビームが線を描いたが、かすりもしない。但し、少し陣形が崩れる。おれと他の機体を引き離すつもりだろう。まあそんなのは一時の小雨、なおもソードでアーガイオンの殻を狙う指揮官機の前に3機のグライアイが立ちふさがる。
「全力離脱だ」
「やってるよ」
 ここでおれらを全滅させたとしてもコイツももう長くはないだろう。崩れた機体から流れ出たさっきのアレを思い出す。
 なのになんでこんな必死なんだろうな。おれなら意地を通すだけバカらしくて死ぬ。
「!!」
 おれらカマキリ相手に3対1でまだ逃げる獲物を狙う技量があるのか。こいつはまいった。コレが死ぬ気ってやつか。必ず死ぬと書いて必死と読むんじゃ! なんて言ってる隊長がいたな。まだ生きてんのかねえ。
 アンタのマネは出来んが、コッチも仕事なんでね、とおれは気を引き締めて腕を2本バラす。当たるとは思ってないが、撃てば警戒するだろう。上手くいけば諦めるかもしれない。そうそう。人間諦めが肝心だ。大して徳もないヤツが長生きしてどうするよ。


 一瞬真昼のように輝いて、艦の砲台が吹っ飛んだ。出力に装甲が付いていってない。僅かだが旋回しているところをみると機関部とブリッジは生きている。アレに生きている、というのが正しいなら、だが。
 カミサマっつーのはしらんかったが楊回ってのは女の名前らしい。形は旧いが綺麗な艦だった。新品の姿なんかはプラモでしか見れないが、女神か菩薩かって感じだ。
 今は、男を憑り殺しにきた女の幽霊だ。しかも、焼身自殺でもした感じの。白いコーティングが錆に似たナニカに覆われ、泡だった溶岩が再び固まったような痕さえある。よく目を凝らすと、2機のNNがカメノテのように埋まっている。こんな融合の仕方もあるのか。動かないところをみると機体もパイロットも死んでいるんだろう。
「  」
 人と思えない叫びを拾う。
 味方同士で回線を開いているせいだ。敵機を弾いた瞬間に拾った音を、更にセンサーが拾って、コッチに届いたんだろう。おれにバカはスルーして離脱しるなんっつっといて、何をやっている?
 分隊長の仕業だ。切断しないよう出力を落としたソードにシールドを掛けてノックバックさせ、一緒に飛ばしたデブリをこれまた反転した牽引ビームで押し付ける。分隊長のグライアイを狙ったつもりの融合が、デブリに対して行われ、決死行は無駄におわる。どこを侵蝕するかなんて選べない、あの苦しみようからするとコックピットを喰われているのかもしれない。それでも火が点るスラスタを目掛けて、正確無比な射撃。同時にピライが座標を告げる。
「一番近い奴」
「了解!」
 ンバギの声がして、いいのかよ、貴重なミサイルが飛ぶ。強力だが、アレは装填数が少ない。まだ艦を落としてないのにいいのか。多分今のおれらの弾数じゃ全部集めても正攻法じゃ艦を破壊出来ない。
 ミサイルが炸裂し、その軌道に沿って見る影も無いNNが押し流される。それはある箇所で一瞬止まると、引きずり込まれるように遠ざかって千切れた。推進力を失ったから、とわかっていても、うっすら冷たい汗が流れる。
 重力の井戸。
 その端が、空間の歪みで僅かに顔を出している。脱出速度を抑える重力に掴まれたら終わりだ。NN程度なら、真ん中の中性子星に辿り着くまでもなく、潮汐力でパスタ。迎えたくない死に様その2。まあ、コロっといくだけマシか。
「チョト時間食いましたけど、コレ、ロンダルキア行き5Fのマップっす」
 ウロウロしながら撃ちながら、解析してたのかよ。呆れたサイバー者だ。
「お疲れ。見てのとおりだ。殆どは電源とメインのスラスタが生きてれば引っ掛ってもすぐ死ぬ訳じゃない」
 で、手前が前に出て注意を逸らしながら守ってたのか。
「だが戦闘中だ、油断はするな。互いに補える距離を保て」
 こうして会話している間にも、エオマニスbAIの攻撃の手は止まない。帰りのバッテリーの心配をする必要がないからか。この指揮官機に総てを注ぎこんだからか。だったら。
「残りの僚機を墜とす」
 いけるか、分隊長はおれとアーガイオンをガッチリ囲む3機に確認した。噛み付きたくてウズウズしているカマキリが、出来ないなんて言う訳はないが、ソレが指揮官の仕事だ。


 ならば何の為にいるのか。おれが思った僚機はいつまでもモタモタとサブスラスタをふかし、姿勢を直し、融合を狙ってか、アンカービットを飛ばしてくる。残り少ない火力で艦を狙うグライアイから守っているつもりらしいが、うまくない。無茶振り転送でおかしくなっているからって、ココまで生き残ったパイロットがコレか。下手すぎはしないか。まあ、考えるのはキレる奴に任せよう。墜とす、と言ったからには何かに気付いているんだろう。
 残った3機のグライアイから離れ過ぎないように、おれ達は離脱を続けた。
「大丈夫なんスか?」
 今度は正攻法で行くと言う分隊長に、呆れ気味なピライの声が重なる。索敵と解析に割いていた手のお陰で、奴の機体にはかなりの火力が残っている。だからセンサー特化型仕様でありながら自分の許に残したんだ。多分、自分の僚機に艦を狙わせて、分隊長自身は件の僚機に一騎打ちを仕掛けるつもりだ。出来なくはないだろうが。
 クラインはそんな血の気の多い男だったか?
「いける」
 自分は落とし穴に一切引っ掛らずに、ビットを弾いてシールドの出力を上げる。バッテリーは兎も角、脳みそは大丈夫なのか。人間離れしたImG+の持ち主とはいえ、疲労はする筈だ。
「ちょ」
 静電気で弾かれたような情けない声でメシェの奴が飛び上がった……と思う。多分な。
「アンタな!」
 強引に割り込みを掛けられたからだ。何でもイキナリ突っ込まれると痛いもんなんだよ。おれらの場合常からそうだけど、アンタ呼ばわりで奴がムカっとくるのも当然だ。援護するつもりで飛ばしたビットを弾かれたんだからな。ビットはそのまま向きを変えて艦を撃った。
「必要ない」
 最初は渋々だった──共に死地を潜り抜けてきたおれらならわかる。これはかなり厳しい声だ。
「弾が足らんのは承知の上だ、一点突破でエンジンを抜け。プログラムであらかじめセットされているなら……ブリッジを殺ってもムダだ。旗艦を停止させろ。できるだけでいい。それだけやれ」
「「……了解」」


「シシシしネ」
 女の声だった。今、女の姿をしているのかどうかはわからんが。
「うるさい」
 アンカーをかわして、斬り落し、距離を取ってフェイントをかける。近接かよ。よくやる。触れた瞬間に拾った音が耳障りだ。今更、なにをしても、とか、呪いの言葉か?
「分隊長!!」
 誰かが叫んだ。言わんこっちゃ無い。女の機体からはみ出した何だかよく分からない部品が肩のパーツをかすった。ソレだけで蔦が這うように装甲が侵蝕される。これはクるものがある。ぞっとした。
 だが、女の声はしない。コックピットを貫通したソードと、至近距離で出力を上げたレーザー。限界まで細く絞って、切り刻む。ビットを温存していたのはこの為か。死んだ敵機と一緒に、捨てた肩パーツが刻まれる。あの瞬間に判断、実行したのか。
 女を切り刻む、少女の姿に似た兵士。くだらん妄想にもぞっとする。
「大丈夫ですか?」
「問題ない。そっちは?」
「なんとか、抜けそうです」
「了解。こっちが済んだら手伝う」
 言いながら、刻んだ部品を落とし穴に押し込む。次々に消えていく僚機の破片、女の欠片。そこまで徹底して消す必要があるのか。何だ。
「分隊長が無事ならアレ何とかした方が良くないですか?」
「俺らなら大丈夫です」
「却下時間が無い」


「正解だ」
 割れたヘルメットの中身が影になっていたのは運があったからだ。コックピットの歪み具合からして、何か食えなくなるものが出来ただろう。みていれば。
 おれは接触した腕を棄て、大きく旋回した。殻は渡すか。
 棄てた筈の腕、とった筈の距離、なのに奴の姿はモニタ一杯に映り、哂った顔が上がる。
「……っく」
 指揮官機のパイロットが割り込みを掛けてきたウィンドウが真っ黒になり、赤文字でSOUND ONLY≠ニ出る。ピライと分隊長か。
 抜き返され、呻きながらそれでも男は哄笑した。
 それまで止むことの無かった攻撃の手が止まった。
 おれ達は警戒しつつも後退し、代わりに、肩の欠けたグライアイが迫る。
「分隊長の分、絵、切らなくていいんですか」
 コレはヤバいっす、とピライの焦った声が聞こえる。多分、妨害する時にチラリとでもみてしまったんだろう。
「こんなの見飽きてる」
 おれはソレを聞かなかったことにした。
「遅い」
 一日の長か。NNの腕は、向こうのパイロットの方が上だ。だが、分隊長が劣っている訳でもない。その差は僅かなもので、多分男が口にしたのは技量じゃない。
「お前」
 男は嬉しそうに言った。
「お前ら、ここまで細かく測れるとは思わなかったぞ」
 グライアイの反射レーザーの網の中、悦ぶ。当ててないんじゃない。当たらない。紙一重だ。きっと、こうなる前から化け物だったんだろう。おれらと同じに。
 しかし、測るって、
「ピライ!」
「了解!!」


 それは、通信回線を通した情報じゃなかった。
 コアを経由して直接流れ込む座標、その体積、威力、身を守れという指示──。


 時間と空間そのものを揺さぶる渦の中で、おれはみた。離脱直前にムリヤリ伸ばしたダガーでエオマニスbAIを両断したグライアイ。もちろん、肩の欠けた指揮官機。
 おれ達は聞いた。限界まで命を繋ぎ止めNNという無機物と融合を果たしていた男。だから心だけになってもしばらく聞こえた声を。
 愉しそうな声だった。だが、間違っていたのか正しかったのか、学のねえおれにはワカランが、信念はもうみえなかった。
 なにが、やりたかったんだろうな。


 分隊長が僚機を消し去ろうとしたのは、コレを防ぐ為だった。
 遅いと言われたのは気付くことにか、だがまさか、防がれるとは思ってなかっただろうな。
 だから、おれは満足だった。出撃した時と変わらない面子がシケたツラさらしておれをみてもだ。
 楊回が従えていたNNは総て捨て駒だった。そして、その旗艦自体も、弾丸だった。パイロットのような訓練も受けず、またソレ用のスーツも持たない舟のクルーが、あの体積で、無理な跳躍を行えば死に絶える恐れがある。実際生き残った僅かなクルーや司令官は、マトモな状態ではなかった。今後の戦略の参考資料になるとかで、技術部──つーか、ソコは、アレだ。言わない方がいいだろ──が残骸を浚った。立ち会った作戦司令部の連中、それはもう、ゲロった奴が続出だったらしい。ざまあ。
 投降する気などはなからない。奴らの目的はコンテナの中身を奪取することでもなかった。一緒に散ることさえ、もうどうでもよかったのかもしれない。
 連合宇宙軍が、事を仕損じて、惨禍を世界に撒けばいい。強かっただろうパイロットが吐いた呪いだ。
 この場所でコンテナを破壊し、圧縮された重力子が時空を切り裂き齧り取れば、グレイプニルの紐が切れるかもしれない。
 再び解き放たれた彷徨える中性子星に人々は怯え、非難し、そしていつか本当に惨禍となれ。男は言った。
 中性子星を括っている丁度いい寿命の手ごろな大きさの恒星。ソレを壊したかったんだ。
 だからおれは心の中で笑ってやった。軍の中の鼻摘み、バカでバカでどうしようもないカマキリが、邪魔してやった。奴はエリート揃いの特殊部隊なんかとカン違いしてたみたいだが違う。
 おれらも、同じだったんだ。


「だったらこのまま中性子星の井戸にゆっくり噴かして落ちるようにします」
「……!」
「どうせ厄介者なんでしょコイツ。ならなくなってもモンダイないっしょ、おれらと同じです。なんてな〜」


 同じ、とは言わんか、どいつもこいつも、不景気なツラしやがって。これでも多少は人情ってもんがあるのさ。信念なんてよくワカランがな。


 敵の舟は一度跳んだらもう指揮を取れないだろうとふんでいた。だから、航行システムにルーチンを噛ませて、特定の条件が揃ったら、その場所がどこであろうが、跳ぶつもりだった。この歪んだ宙域で、短距離の跳躍を繰り返せば、輸送艦のサイズがあれば時空の揺らぎを増幅することも可能だ。最悪、高重力場を割り出せる程の技量がコチラになくても連星の周りで崩壊するまで何度でも跳躍し続ければ、小さな時空震となる。そうなれば、連星は高確率で軌道を外す。ただでさえ人為的に据えたものだ。本当は移動したがっているのだあの星は世界を壊す為に。ねえよ。ロマンチストめ。とおれは思うが。星に意思があるとかねえ。
 あのパイロットが言っていたように、予想外に速く、おれらが期待以上に細かい座標──井戸の縁だ──を割り出し、分かり易くその位置を示した。1機目の僚機を仕留めた時だ。捨て駒というよりマーカーだ。だから、味方──たった3機で健気に旗艦を護る──がボコられても大した援護はしなかった。動力の総てを、跳躍に回す為だ。
 そして、主戦力に見えた指揮官機こそが囮だったワケだ。
 アーガイオンを執拗に狙い、融合を図ると見せ掛けてこっちの僚機を引き付ける。あのウンコさえ無ければもっと体をバラして翻弄出来たんだが、コンテナを包むのが第一の役目だ。その殻を狙って、腐った実弾──威力はないが跳躍を経た物体、かすりでもしたら融合、変質させられる──を短く、細かく、撃ち込んで来た。SMGの正しい使い方。歴戦の勇者だった男。だろう。同時に切り裂く刃も休まなかった。パターンを読ませず、思い出したように突き、薙いだ。お陰でおれのアンモナイトはタコブネに降格? だ。かなり脚を犠牲にした。執拗に殻を狙う超級エオマニスbAIをシールドで押し、ビームで編んだ網で引き、接触ギリギリまで張り付き邪魔をした。派手な動きは見せなかったが、無駄弾をいかに使わず護り切るか、限られた出力をどう使うか、考え抜いた戦法。打ち合わせなんぞいらん。僚機共々墜とすつもりで来てたが、カマキリなめんな。グライアイは弾装こそギリギリだがまだやれる。だからいい気になっていいんだよ。


 あまりにもどんくさい僚機にデキ過ぎる指揮官機、破れかぶれの割りに撃ってこない旗艦。ソレで違和感感じて、分隊長は、その上で相手の策に気付いた。
 2機目の女──多分跳躍で脳がイかれてたんだろうな──が跳躍の先だった。この場合、座標を設定するのではなく、あの女のエオマニスbAIのコアを指定する。各NNのコアは旗艦のコアの下位構造になる。だから、コアが生きていれば座標の特定が出来る。分隊長がコックピットを串刺しにしたのも、コアを破壊する為だ。コアは大抵シートの背面か下にある。あのままどんくさい僚機を放置していれば、時間が来たら自動的に1機目が吸い込まれた座標まで移動し、そこへ2度目の跳躍を行い、歪みを拡げて、無理矢理に井戸の口を開こうとでも考えていたんだろう。粉々に破壊したのも万が一融合したパイロットの意思が生きていて旗艦のコアを呼ぼうとするのを防ぐ意味があった筈だ。多分。アレは忘れたい。


 おれは分隊長をフリークスだと言ったし、おれ達カマキリは皆そうだ。
 そこはやっぱり同じだな。あの指揮官も、とんでもない化け物だった。
 囮であり、切り札だったのか、ソレはヤツだけが知る、最後の呪詛だったのか。
 焼け爛れた女王に最後まで仕えて、喚んだのはあの男だ。分隊長にコアを砕かれてなおよび続け、招いて死んだ。
 ピライと分隊長の連携で楊回の実体積ギリギリでおれ達は生き伸びた。


 まさに針の穴を通すような作業だが、レーザーで抜いた穴から跳躍システム自体を破壊した。今のおれ達だと爆破させたりするとコチラの身が危ない。つーか実際もう火力が乏しい。何せ最初に仰せ付かった任務はコンテナの回収だけだったからな。だから最低限の武装しかなかったんだよ。
 楊回は溶け崩れた船体で、スラスタを吹かし、連星からの重力に抗っている。弱々しいが、動力部は破壊し切れていない。電源が切れるまであのままだろう。分隊長は不死の女神と言ったか。哀れな不死だ。


「おれはここまでです、どうか置いていっておくんなさい」
 沈痛な面持ちってか。そんなんドッキリか新兵いじめの小芝居でしか見たことねえぜ。やめろやめろ。らしくねえな。
「伍長〜!」
「ダメっス今回の功労者なんですからしっかり帰ってお大尽しないと!!」
 いやピライ、ソレお前だから。
「……」
 メシェ気持ち悪いぞ、目に涙を溜めて横を向くな。
「バカヤロー! しね! イヤ今のナシ!! しぬなーバカヤロウ!」
 どっちなんだよ。お前がナシっつっても死ぬの。もう決まってる。
「この場合どうするのが合理的か、わかるでしょ、ねえ分隊長」
 多分彼なら誰よりも冷静で時に恨みつらみを負うことになっても決断できるだろう。
 だから、自分達のような掃き溜めのゴミが兵隊をやっていられる。
 だからやれ。
 あんたの決めたことなら、誰だって従う。今日は殴りたいのを堪えても、来週には理解できる筈だ。一番冴えてるのがソレだったってな。わかるだろ。
「わからん」
「ほらな。お前らも分隊長みたいに頭冷やして考……」
「おまいがもちつけ」
「あ?」
「いいから、まだ飛べるから、成功率ゼロじゃない」
「何いってんだ! ダメだ、こんなもんパージしてたら動作が余計不安定になんだろ!」


 コンテナは無事。仲間も無事。無事じゃないのはこの俺の機体。
 ヤツの執念か。まあ、的になり易いデカさだしな。跳躍してきた船体をかわすことは出来たが、衝撃は防ぎ切れなかった。殻だけは血圧が上がりっぱなしになるんじゃないかってくらいの気合でシールド掛けたが、虚数的なエネルギーを纏った破片に本体をやられた。
 侵蝕を食い止める為に切断した部位がマズかった。だがそうしなければアーガイオンが暴走する危険があった。
 応急処置を済ませ、目を回していたおれが我に返ると、コイツらが悔しがっていた。おれの張ったシールドは最後まで破ることこそ出来なかったが、なんかヤバいものが、よく見れば結構かわいいこのアンモナイトに齧りついてガリガリ削っていたらしい。
 生きていれば、提督になったかもな。恐らくソイツは顕現≠フ成り損ないだ。そんなもんに憑り付かれてよくぶっ壊れなかったもんだ。おれは自分の悪運の強さに苦笑し、これからバカどもをどう納得させるか考えることにした。
 まあでも、考えるのは、キレるやつにまかしとけばいいし、浮かばなきゃソレでいい。


 アーガイオンの装甲は一見無傷にみえて、経年劣化を起こしたような微細な亀裂に蝕まれていた。なんかのバグっすよ、とか言って3回スキャンし直したピライをなだめて、あんまりやかましいので最後はマニュピレーターでチョップしてやった。
 楽しい。
 今まで何の志もなかったが、おれは後悔していない。
 残してきたものもないし。もう欲しいものも無い。我ながらシンプルな人生だ。
 悪さばっかしてきたのに、ココに来てこの清々しさがちょいとカミサマに後ろめたい気もしたが、まあ、ソッチには行かないからいい。罪状なら別の奴が読み上げるだろう。それでいい。


 おれは呼びかけを無視した。一緒に残るなどというバカをねじ伏せる為に、通信は切らない。


「よくきけヒッキーいやきいてください」
 外が騒がしい。
「先生はお前が学校に行きたくなるまで待ってるからな……とか言ってとか言って」
「アホか……」
「お、つっこまれた。ならまだ根性はしんでないな」
「なんなんですか! いい加減にしてくれ。もう行って下さい」
「了承できない。ていうか命令すんのは俺。いいから指示どおり動かしてアクセスしろ」
「うるせえ無理だっつってんだろ」
「できる。チャンスは一度きりだが、離脱可能なココ、このへんの座標ギリギリでこの角度に」
「だからムリだって、こんな装甲でスイングバイしたら木っ端微塵だ、トーフ振り回すようなもんだ、そしたらコンテナに誘爆、全員御陀仏だ」
「舶来人キャラがオダブツいうな」
「うわなぐりて〜」
「どうぞ」
「もうできねーよ」
 尻くらい触っておけばよかったか。
「できるって。言うとおりにしてくれたら、すきなだけやらしてやるから」
「アンタ自分で何いってんのかわかってんのか!」
「殴らせてやるって言ってる、時間がない、頼むから」
「無理だ」
「大丈夫、シールドは俺が張る」
「だから駄目だ」
「駄目じゃないって、俺は適当な事は言うけどこんなときに嘘はつかない。成功すれば帰れる」
「……」
「何なら脱いだっていい。あれ? 着るんだっけ? お前言ったよな『旦那さまって呼ばせてやる』って、なんだコイツめっちゃ感じ悪いって思ったけど、いいよ。もう仲間なったし」
「……」
 そういや、最初はそんなんだった。もっと露骨な事も言った気がする。
「んーアレとかも。大尉の部屋で寝てるんじゃないかって、アレ。何なら泊まってみるし」
「分隊長、あん時はイロイロ言いましたけど、おれは別に男が好きじゃねえし」
「知ってるよ」
 そうかい。だよな一生懸命訓練メニュー考えてたの、おれだってしってるさ。機体とコアの癖、1人ずつ違うパイロットのデータに合わせて、合理的且つ丁寧に。
「俺に変なことやらせて喜びたかっただけだろ。コスプレとか……調教とかそういうの、ただ這いつくばらせたかっただけみたいな?」
「最初は皆、アンタをインテリのお坊っちゃんだと思ってたからな」
 イヤ、まあ、インテリ坊ちゃんってトコはそのとおりだが。
「でもアンタ面白い男だし、いい奴だった」
「そうかな」
「ああ……バカだしな」
「うん」
 そしておれは自分の目を疑った。
「なにやってんだバカ!」
 分隊長はおれをみて笑った。
 その顔にはばかはおまえだと書いてあった。
「はやく慣性制御をONにして下さい!」
 どんな脳みそが入っているのかみてみたい。性格のこと、そして技量の事だ。
 これ見よがしにひけらかすタイプじゃなかったから、目の当たりにして、おれは恐れ入ったよ。でもなあ。
「わかりました! 分隊長は、おれがみた中で5本の指に入る天才だ! だけど、やめてくれいつまでもやってると死んじまう……!」
 別の機体をパージしながらマニュアルで操作するなんて。それに。
「ハッチをしめてくれ! いや閉めて下さい何でもします、しますから!」
「じゃあいうこと、をきけ」
「サーイエッサー!」
 普通はコアのアクセスをメインに持って来る時は各種機構を極力オートにする。慣性制御を切るなんて勿論狂気の沙汰だ。どんなImG+してるのかしらないが、かなりの集中力と精神力が必要だ。心というか、タマシイが磨り減るとまで言う奴もいる。
 アチコチ手を入れているからっても全身義体じゃないんだ。下手したら打撲じゃ済まない、変な所を圧迫したらハラワタがおかしくなる。
 脳への負担だって加算される。右手と左手で違うことをしているようなもんだし、2本じゃ足りない。触手でも生やしている感じだ。
 ハッチを開けたら、即死だ。
 そうならないのは、コアが作り出したシールドのせいだ。
 分隊長はすごい。
 こんなシールド張れるやつはほとんどいない。
 それでも怖かった。集中が途切れたら──例えば痛みで気絶するとか──アクセスが揺らぐ、シールドは消える。バカなおれをみて可愛い顔で笑う分隊長──親指なんか立てて、一歩間違えたら不気味なのにムダに萌えを感じるのは多分また何か妙なアニメだかゲームだとかのポーズだからだ本当にアホな男だ──はスーツの頭部パーツも全開だ。今シールドがなくなったら間違いなく死ぬ。


 おれは自分の心拍数が上がるのを感じながら無駄に酸素を消費した。なんちゅうことをすんだ、殺してやる犯してやる、と心の中でぼやきながら別人のように──この切り替えの早さがまたムカつくし、恐い──冷たくさえ聞こえる声に従う。冷たいってか、感情がない、と最初の頃おれはよく思ったっけ。だが、それで頭は冷えるし、血の熱さがなくても響き渡る号令だってこの世にはあるんだと知った。
 悪魔のようだが的確な指示だ。教本どおりにしか動けないお行儀の良いタイプなら今の分隊長が死神に思えるかもな。だけどおれらはカマキリだからな。ついこの間までは共食いまでするなんて船倉に押し込められてた規格外だ。
 イカれた馬がイカれた騎手乗せたら差すんだよ。
 なんて息巻いても、実際無茶振りは無茶振りだ。おれは本気だった。普段の5倍は働いたな。マジで。もう引き返せないし、元々仲間を巻き添えにしたくなかったから残るって言ったんだ。ココで失敗したら死ぬに死ねないだろ。死ぬんだけどさ。
 何度かヤバイヤバイと思いながら、こんな時、今まではおれにはなんもなかったから一番よかった女の裸とか思い浮かべてたんだけど、そん時は、分隊長のぎこちない笑い方が浮かんだ。あのとき子供みたいに舌足らずだったのは苦しかったからだ。
 おれに生きろって言うために、そんなくだらないことの為に信じられないバカだ。おれらなんか大事にしたって誰に褒められるわけでもないのにな。おれはじっとモニタを睨んだ。座標が変わっていく。


 ──で、どうなったかって?


「おれが幽霊にみえるか?」
 とドヤ顔の伍長。
「てなことがあって……」
 黙ってベンチをみる。
「この人なにやってんだ」
 仰向けで横になってアイスパックなんか顔に乗せている。濡れタオルで表情はよくわからない。
「きいてやるなよ」
 いつ間に寄って来たのか、自販機にもたれたカルロが肩をすくめた。
「まーいーけどね」


「伍長……」
 呻き声が聞こえる。ずらしたタオルの下から情けなくも魔王のように紅い瞳が覗く。間抜けにティッシュを鼻に詰めていても、なんとかサマになるんだから大した伊達男だ。前にもれなくザンネンがつくが。仕方ないだろう。コレだ。カワイソウだから詳細は求めないでやろう。
「なんです」
「それが……どうして」
 エッケルベルグは大きく形のいい手で濡れタオルを抑えた。
「その、アレ、あのめ……画像に繋がるんだ」
「ああ〜ですからね」
 ピライがやれやれといった様子で苦笑しながら解説を買って出る。年中頭にくっ付いてるゴーグルは重そうだが、しゃべり方はヘラヘラと軽い。そこらの新兵と変わらない素振りだ。まあそんなのはカマキリのハナみたいなもんだ。
「なんでもしてあげるって、分隊長が宣言したこと、実行しようとした結果、ですよ」
 あまりに出来が良かったので、正直チョット引いたくらいでした、と悪びれずに笑う。
「……そういう、ことか」
 理解は出来たようだ。
「なんだよ」
 いいハナシだったろ、とおれは軽口をたたいた。
「時間を取らせた。感謝する。本当に、良い話を聴かせてもらった」
 ならソレでいいじゃねえか、と思う。
「だがしかし、アレだ。アレは、貴官の趣味なのか?」
 急に起き上がったのでタオルが膝に落ちる。思わずアイスパックを受け止めてしまう。
「バカ言っちゃいけねえや! 分隊長が勝手にやったんだよ! つかおれぁロリコンじゃねえよ」
「提督はロリータじゃない!」
「あーもーめんどくせーなー」
「はいはいもー二人とも大人なんだから恥ずかしいけんかしないw」
「「……」」
「まーアレですよ。我々が言った色んなセクハラトークってか野次の中で比較的実行しても問題なさそうなのをチョイスしたんですよ。約束は約束だからって」


 ──酒も入ってたし、つい調子に乗って、慣れたらホラ、あの出来ですから、マジ可愛いしなんかエロいし、写メ撮りまくったんです。よければまだファイルありますよ。


 もらえるわけないだろう。なんという邪悪なカマキリだ。
 はっきり言ってもらいたかったが、そんなものを欲しがる副官(男)はタダの変態だ。ダメスギだろエッケルベルグ。
 それに、彼らにも失礼だ。快く話してくれた。散々ネタにされるだろうが欲しいといえば多分くれる。だからこそダメだ。多分アレは彼らだけの持ち物だからだ。
 思い出の実体のようなものまで、分けて貰うわけにいかない。


 誰かに乞うて手に入れるのでない、自分の記憶で。

 (1stup→121209sun) clap∬


前のページへもどる
Story? 02(小話一覧)へもどる
トップへもどる