■domine-domine seil:1c Ja må hon leva!

 1日はやいけど、と前置きのあるメッセージに思わず笑みを浮かべてしまう。アミらしい。
 しかし俺になどこんな気を回していては他にも色んなクルーを勘違いさせてはいないか心配になる。彼女ならブリッジクルー全員の生年月日を把握していても不思議ではないし。困った“彼女にしたい副官”だ。
 しかし、幾つになっても不意にこういうメッセージを貰うと嬉しいものだ。
「むっ」
 などと正しく天使振りを発揮している相棒を見直したのも束の間、恐らくタイマーでセットされたのであろう次のメールは見事な悪魔通信だった。
『てゆーか、Xデーのさいしょの一言はステディにもらってくださいね(はあと だれとかはわかんないですから御安心みたいな☆』
 全く安心できない。
「アミめ……」
 どこまでが本気なのかイヤ半分は彼女なりの分かりにくい気遣いなのはありがたすぎるほどわかるが。
 なんという悪魔だ。
「何?」
 と、クラインが振り返った。ラフな部屋着がいたいけだ。
「ああ、誕生日のメッセージを貰って喜んでいたのですがヤツのワナに掛かりまして」
「お前今日誕生日なのか?」
「いえ、明日です」
「そっか」
 そうなんだ、とクラインは何か思案顔になる。こうしている時の彼は、無垢で、どこか儚くもあり、守ってあげたくなる。
 無機質な彼の部屋と同じで何も持たない気がする。ところが彼自身はそんなこと欠片も気に留めておらず、ソレが却って少し寂しい。この人に世の中に沢山ある喜びや楽しさをもっと知って欲しいと想うのは多分俺が傲慢だからだ。
 俺にとっては慎まし過ぎる彼の生活は、彼にとっては幸せに値する。彼は己を不遇だとは思っていない。寧ろその在り方に誇りさえ持っている。だからこそ、恋人であると同時に尊敬する人物だ。それでも、と俺は時々子供じみた願いを抱く。


「だったら今日泊まっていけ」
 照れたようにまばたきして、彼は言った。
「一緒に寝ないか」
 可愛い。常々失礼だがそう思ってしまう。
「たまには一緒に雑談とかしてみたい」
 そうか、友達の家に泊まるとか、そんな経験この人にはないだろう。恐らく……誕生日から連想するチョット間違った友達付き合いのイメージなんだろう。
「……」
 クラインがとても愛おしくなってしまう。
「まあチョット狭いしな」
 俺の沈黙を別な意味に解釈して、彼が苦笑いした。
 もちろんそういう事ではない。
「いえ、そうではなく」
 そして切なさで言葉が詰まっただけでもない。彼の純粋さを考えると実に後ろめたいのだ。
「朝まで一緒にいて話すだけでは終われません」
「そんなのいつものことだろ」
「そ、それはそうですが」
 確かにそのとおりだった。しかしどういう性格というかつもりなのか俺がロマンチスト過ぎるのか。
「適度なタイミングで押し倒してくれたらいいよ」
 予定は、と聞かれたのでありませんと答える以外になかった。少しでも長くいたいから、元より次の予定など入れていない。


 俺だって、一度この可愛い恋人の元に泊まってみたかった。
 いそいそと枕の代わりにバスタオルを折り始めるクラインをみて、同じ気持ちなんだと思えて嬉しくなった。
 心の底から、何の事件も無いと良いと願った。


「お前D&Dやったことある?」
「ありますよ」
「意外にやっぱりw」
「……どういう意味ですか」
「いやーなんかガッチガチの体育会系と見せかけてインドア派なトコありそうって思ってたから」
「さいですか……」
 ソレはさておき、まさかTRPGソロプレイで夜明かしする気なのか。楽しそうではあるが終わらなかったらどうする気なんだ。まさかキャンペーンにする気なのか。ていうか色気無さスギじゃないか?
「じゃあドラコロスやろう」
「ドラコロス?」
 なんか微妙に不穏な響きがあるネーミングだがそこは気にしたら負けだろう。スルーしよう。
「こんなかんじ」
 と、無地のルーズリーフを取り出すとサインペンでドラゴンの絵を描いた。なかなかの絵心だ。イラストが描けるのか、と感心していると、同じ引き出しからハサミを取り出し絵の形に添って紙を切った。
「えーと、これでいいか」
 今度はチェストの上にあったファンシーなカエルのボトルキャップを手に取る。
「コレが自分な」
 と、いつものテーブルの上に置く。そしてクラインは紙のドラゴンを持ち、テーブルの上にひらひらと落とした。
 ドラゴンはカエルの横に着地した。
「こんな感じ」
 カエルを持ってドラゴンの上に置く。
「落ちてきたドラゴンに当たったら一撃でアウトだけど今みたいに当たらなかったらドラゴンと戦闘して勝利すればクリア的な」
「なるほど」
「ジョス一人だからドラゴンはヘナチョコにしとくし」
「わかりました。ではルールブックを」
 いつ使うつもりだったのか、ルールブックはしっかりとダウンロードされていた。オマケにダイスまであったがソレは“大人のカードバトルw”に使えると思って用意してしまい不評だった物体だとか。クラインらしい。


 単純なゲーム程ハマり易い。俺たちは交代しながらかなりの時間笑いあって没頭した。
「あーこういう時に酒があればいいのになー」
「そうですね」
 さすがに隠れて──そもそも誰から隠れるというのかは兎も角──飲酒というわけにもいかないので諦めてコンビニ菓子のつまみとジュースで乾杯したりしてみた。
「ジョス」
「なんですか」
「アクアビットってどんな味?」
「アクアビットですか」
 俺の故郷で嗜まれるちょっと癖のある種類の酒だ。
「万人に好まれる味ではありませんね」
 正直俺はアレの美味しさを語れるほど練れてはいない。
「スピリッツですから度数もかなりのものですし、草の味がすると言う者もいます」
「へー」
「しかも飲むときはストレートというのが主流でロックでも良いのですが……ああ、カクテルもありますね。グレープフルーツジュースとは相性が良いのです。もし」
「ん?」
「いえ何も」
 言ってなるものか。


「楽しい?」
「楽しいですね」
 多分俺は彼となら何をしていても楽しいだろう、とも思う。
「俺も」
「え」
「超たのしい」
 クラインは俺を見上げた。虚光を帯びたような、綺麗な瞳だ。
「お前と一緒だったら何してても楽しいし幸せだ」
 と言うので、俺は彼を抱き締めるしかできなくなった。
「襲う?」
「はい」
「いいよ」


 暑い夜だった。空調の設定が合ってないのか。そんなわけはない。俺がただ、暑苦しく彼を何度も抱きたいと思ったからだ。だが、ソレは許されない。だから、少しでも長く、交わしていたいと考えただけだ。
 堪える俺をみて、クラインは何度も気遣ってくれたが、何度そのやり取りがあったのか、実は俺は覚えていない。


 彼を抱き込んで奥の奥まで接したことは覚えている。熱く、窮屈で、心地よかった。そして溺れていく俺をみる視線はとても柔らかだった。
 あとは、間接照明に照らされる彼の後ろ姿をおぼろげに。壁際のデスクで何をしているのか、ぼんやりとそんなことを思った気がした。


「おはよう」
 寝顔をゆっくりと眺めてみたかったが、こればかりは仕方ないか。彼は極端に睡眠時間が短い。だからまあ、こういう立場が逆になっても仕方ない、と少し納得出来る。
 しかし、ほぼ寝落ち状態だった俺が妙にさっぱりとしているのはどうなんだろうか。
 既に寝る前とは違う服のクラインが、俺の横で見つめている。隙無く肌を被った制服とはまた違った魅力がある。半袖Tシャツからのびる腕のラインがとても綺麗だ。俺はクラインの手を取った。そっと握る。
「おはようございます提督」
 俺が笑みを浮かべるとクラインは何か言おうとした。多分、また今提督って言うなとでも。まあいい。確かに恋人に介抱? されるのはチョットプライドがアレだが、彼だって男だ。口に出したらそれこそまたおこられてしまいそうだ。これでいい。こうして遠慮無く抱き締められるし。
 身を起こした俺の腕の中で、クラインは幸せそうに笑って言った。
「こうやって、一度起こしてみたかった」
 そして俺にもたれて目を閉じたので、俺は彼の背中を撫でた。失礼といいつつ何度でも思うだろう。とても可愛らしく、愛おしかった。


 朝食に下りる──気心の知れた提督と副官、語り明かして一緒に食堂に下りてきても何の不審もないだろう。そうとしか思われないに違いない──前、俺はクラインに呼び止められた。ドアの前で振り向く。
 封筒を貰った。
「これは……」
 真っ白なバースデーカードだった。
 一言『grattis』と書かれている。字は正直不得手なんだなと思うが精一杯丁寧に書いてくれてあるのはわかる。
「有り合わせしかなくて1色だけどそれなりに凝ってみた」
 開くと立体的になるように紙を切り抜いたものが内側に貼ってある。絵心だけでなくセンスも良いのか。ソレは、泳ぐ何匹かの魚が少しずつ木の葉に変わっていって、全体的には一本の樹にみえるというデザインだった。とても綺麗だ。
「ありがとうございます」
 カードの端が僅かに震える。泣くな俺、と何とか堪える。
 そんな俺をみて、クラインは優しげに笑う。相変わらずだ。これでしばらくは一つ年上だというのに、彼の包容力にまいってしまいそうにもなる。
 そしてクラインは俺の頬を撫でて、耳を寄せてささやいた。
 俺の故郷の言葉だ。
 彼、あるいは彼女が“生きますように”という意味の他国系からするとちょっと奇妙なソレを敢えて選んだ彼の気持ちが二重にも三重にも嬉しかった。
 俺だって、この人に生きて欲しい。同じ気持ちと感激を込めて、抱き締める。暖かく優しい感触が抱き返してくれた。
「そういえばお前、着替え持ってきてないよな。着替え置いてたら便利だし、ちゃんとしたプレゼントにどうかな。もし良かったら次の」
 続きは言わせなかった。彼の唇を己の唇で塞ぐ。
 言わせてなるものか。
 俺でも知ってる禁句だ。
 次の休暇に一緒に出掛けようなんてそんな死亡フラグ絶対に阻止だ。
 涙ぐましい努力だと笑いたければ笑うがいい。
 俺は滑稽なくらい彼を愛している。
 それだけだ。

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