■red-tint 08

 真夜はぐったりもたれるマユトの身体を撫でた。辛うじて、意識はあるようだ。はあはあとかかる吐息が心地良い。
「大丈夫か……辛いなら寝ていいぞ」
 マユトはゆっくり首を振った。
 やめるっていう選択肢は無いのかよ、と思うが口を利くのが億劫だ。黙って、真夜の肩にもたれる。
「な……マユ……」
 抱き上げて、愛おしげに頬ずりする。
「お前……出さずにイくんだな……なんか……マジ感動……」
「……」
「エロいよマジ可愛いよ……」
「ばかー」
 マユトは真っ赤になってがしがしと真夜の胸を叩いた。


「嫌だ」
「イヤだっつってもそのままじゃ痛いだろ」
 やれやれ、とマユトを押さえつけてシャワーを近付ける。
「や……拡げ……な」
 とろりと泡がこぼれ落ちる。めまいがしそうだ。
「熱かったり冷たかったりしたら言えよ」
 怯えた顔は堪らなく可愛かった。
「じゃ、湯入れるから」
 縁に指を置いて作った隙間にシャワーをかける。少しずつ水流を強くして、奥を満たしていく。
「! ……ぅくっ……」
 壊れそうだなんて、マユトは泣き声を上げて悶えたが、こんなんじゃ想いを遂げる前にこっちが壊れそうだ、と真夜は少し怖くなった。
「マ、ヤ……も、やだ」
「うん、マユ……もうちょっとだから……」
 今更だけど、傷付けたくはない。
 その理性がどこまで持つか。


「マユ」
「……」
 気が付くと、真夜に抱かれてバスタブの中にいた。
「目、覚めたか」
 湯は真夜が張り直したようだ。綺麗に澄んでいる。
「俺はもうここ出るけど、アンタ身体キツいなら寝てていいよ」
「え?」
「皆さんの記憶は帳尻合わせておくから」
「お前は……それでいいのか」
「いいって、ナニが?」
「さ……最後まで、やってないだろ」
「しょうがねえだろ」
 真夜は横を向いて呟いた。
「指痛いっつの」
 言われてマユトは赤面した。
「そんな顔すんなよ。あのな、俺1本しか挿れてねえのな。なのにあの痛がり方、イイとこ触ってからも、結局キツキツのままだし、怖くて指も増やせなかったし」
 横を向いたままでぼやく。その顔がのぼせてみえるのは気のせいだろうか。
「あんなんで俺のデザートイーグルなんかぶっ放せるかよ」
「……せいぜいベレッタだろ……」
「うるせえな、いいシーンなんだよ見栄くらい張らせろ」
 お互いに目を合わせず、身体だけもたせる。暖かかった。


 次に我に返ると、バスタオルにくるまれて、脱衣場の壁にもたれていた。
 鍛えられた背中。身体を拭くサカキ。振り向いてバスタオルを肩に羽織ると、マユトを軽々と抱き上げてバスルームを出る。
 こんなトコロでも、やっぱり、ホテルのベッド。素肌にあたる布地が心地良い。敷きっ放しの自分のベッドの布団とは違う。このまま、本格的に眠ってしまいそうになる。
 起き上がろうとするが、頭、それから腰が重くて動かない。
「これ」
 素早く服を着た真夜が、小さな紙切れを差し出した。
「俺の携帯番号とアドレス。ここ置くから」
 サイドボードに、ぽつりと載せる。
「寝るまで見てていい?」


 マユトは黙って目を閉じた。
 真夜が頬を撫でるのに伸ばした手を、そっと掴んで眠る。
 眺める程時間を貰えなかった。寝つきの良さにため息をつく。
 もったいないけど、しかたない。
 細い指を解いて、その手を布団に戻してやる。
 良い方に考えて、起きていれば罵倒されそうな言葉を残す。
「もう少し慣れたら……もっとイイコトしてやるよ」


 ビルの出口で、みるくに声を掛けられた。
「また呼んでくださいね」
 笑ってって言われて、マユトは照れくさかったけど小さく笑って手を振った。
「もっと笑うといいですよ」
 どんなニセ記憶を植えられたのか、外からは特に変わらない。会話は、最初に会った時と同じような内容だった。
 外はもう暗かった。
 追加料金はヤツが払ってくれたんだろうか。借りは作りたくないが、この場合ギブアンドテイクか。いや、無理矢理持って行かれたのはコッチだ。むしろ貸しがあるって考えるべきか。
 久しぶりに睡眠らしい眠り方をして、頭はかなり楽だった。綿が詰まった感じがしない。ただ、身体には異物感がある。痛くはないが気持ち悪い。歩く度に変な感触。後でヒトコト言ってやろうと思う。
 駅に着いて、オブジェの前のベンチに座る。壁の大きなモニタには、週末封切りの映画の予告。その周りには待ち合わせらしい人影が並ぶ。


「マユか? うお!? マジでマユなのか」
「そうだよ……」
 やかましいので携帯を耳から離す。間違いなくヤツの声だ。
「で、ナニ?」
「ナニって、 晩飯だよ。お前、食いに行くって言ったろ」
 社交辞令なら、真に受けて悪かった。と言おうとしてやめる。
「おおお、まかせろよ。ナニ食う? 焼肉? オムライス? ハンバーグ? お好み焼き?」
 コイツにはそんな言葉はいらないだろう。
「……おまいは子供か」
「回らないスシでもいいぞー」
「いやいや回るので」
「いいじゃん俺奢るからさ。デートなんだし。で、どうする? 何ならなんかシャレたバーとかでも付き合うし」
「着くまでに考えとくよ。どこにいるんだ」
 その場で食べられるケーキ屋、自家発電だからテイクアウトも出来る喫茶店、まあどっちでもいい。付近では人気がある方。自分一人じゃ需要がないから、長い間入っていないが、その場所も名前も覚えている。
 1駅向こうなら、歩きでもいいか、15分ってトコロか。と思いつつ方向を変える。
「それなら5分くらいで着くよ」
 改札にカードを通して、階段を上る。次の駅は薄く人影が見えるくらい隣。早いときは4分間隔で電車が入ってくるが、それでもホームでの待ち時間の方が長かったりする。
「お前も何食いたいか考えとけ。あとデートじゃないから」
「あ?」
「お前は仕事仲間と飯食いに行くのデートって言うのか?」
「……!」
「なに?」
「ちょ、マジさっきの、さっきのもう一回言ってくれ」
「うるさいぞ。ケーキ屋にいるならもうちょい静かにしろよ」
「なあーマユー」
「じゃあコッチも電車乗るから」
 まだ何か喚いている携帯をHOLDする。
 景色が動き出す。閉じたドアにもたれてメールフォルダを開ける。
 矛盾してる。修行しようって思うのに、コレを捨てるのか。

 件名:ちょっと修行に出てきます

 思いながら未送信のメールを削除した。

 (1stup→080911thu)


前のページへもどる
Story? 02(小話一覧)へもどる
トップへもどる