■buddy so it 01
「おいお前、ナニしてんだよ」
見慣れた人影に気付いて、車を寄せて、ヒトコト。
一瞬路上の酔っ払いかと思ったが、違う。
多分、コイツがベロベロになるまで飲み過ぎることはない。
「……ちょっと、具合悪くて」
休んでた、と立ち上がろうとするが、出来なかった。
ユイはそのまま座り込んで、困った顔で笑った。脇に寄せた自転車も、もたれかかった植え込みも、小さな水の通り道になっている。
こんな雨の中では、治るものも治らないんじゃないかと思う。
というか。
「お前、どっか悪いのか」
「具合が悪いんだから当たり前だ」
その言い草に、がっくりくる。
この姿をみて、誰か親切な人間がさらいたくなるかも。幾つなのかは知らないが──というか知りたくも無い──見た目は、見ようと思えば18にだって見える。
オオカミなら、こんな子ヤギさんを、ぱくっと食べようとするだろう。
しかし、どうしようもないその中身。
こんなときにまで、ふざけてどうする。
こんな不確定名がかわいいかもしれないなだけの物体は放っておいて、折角の休暇なんだから、自分の子ヤギさんを迎えに行くべきだ。
まあ、死ぬわけじゃなし。
「殴るぞ」
窓から身を乗り出して、ショウはぼやいた。本当に殴ったら今なら死ぬんじゃないかと思ってしまう。濡れていて、小さい猫みたいだ。
「いいから乗れよ」
「いいよ」
ちょっと座ってれば、動けるようになる、ユイは首を振った。
「別に死にはしないし」
そんなコトを言う襟首を掴んで、座席に放り込む。
「やめろって」
拍子抜けするほど弱々しく押し返されて、ショウは落ち着かない気持ちになった。
これじゃ、俺が拉致ってるみたいじゃねえか、と心の中で毒づきながら、バスタオルを被せる。
「お前……」
若干冷ややかなまなざしに、何故かうしろめたくなる。が、一瞬だけだった。
「常にこんなもん携帯してるのか」
この用意周到男が、と女性への気配りを冷やかされて、というか皮肉られて、またがっくりくる。
このダメ男が、と殴りたくなる。
「あーもうお前可愛くないな」
本当なら男なんか乗せないんだぞ、と捨て台詞を残して、自転車を回収、トランクへ放り込む。
「……自転車……」
聞き取りにくい。弱ってるからか。
「大丈夫、なのか。あんなの積んで」
ミラー越しに見ることは出来るが、見ないでおく。
「気にすんな」
「おまいの車はタクシーか」
トランクを固定するアタッチメントのことを告げたら、ツッコミがかえってきた。減らない口、なのになくなりそうに錯覚する。前だけみて運転する。当たり前だし。雨に浮かぶ停止線。昔はアスファルトに捺された刻印だったとか。白きゃいいってもんじゃないぞ。こんな夜は、旧世界の奴ら、どうやって走ってたんだか。
淡い車線の光に泳ぐ地に付かない車。エコでハイテク、バイテク、科学の勝利か? だけど不条理でカオスで、妖怪なのか魔物なのか、ヒトでもロボでもない何か他のものが座っている。
「で、どうする? 医者行くか」
行くなら多分、かかりつけがいるんだろうな、と少し興味が沸く。
やっぱり、恐山の妖怪病院みたいなトコロだろうか。
「いや、薬は持ってるから」
「んじゃ、電話は?」
「電話?」
「しょうがねえな」
とため息をついて、促す。ハンドルを握っていなければ、両手を挙げて、肩を竦めるところだ。
「心配してるぜ」
アレはアレで、見た目は麗しく正体はナニなイキモノを思い浮かべる。こんな有様をみたら、なんて言って大袈裟に驚くか。
そうだ、さっさと引き渡してしまえばいい。
そんで、お粥でもリンゴでも食べさしてもらって、好きに甘えてしまえ。
「今日は夜勤だからいない」
「おいおい」
何でそんなツイてないんだよ、とショウはまたがっくりきた。
「じゃあ、ウチ来るか」
訊いたけど、もう余計なツッコミは無視する。
返事なんかどうでもいい。
「やめろよ」
「いいからよ」
どれだけあの水溜りにいたのかは知らないが、冷たくて薄っぺらな身体を担ぎ上げる。
バスタオル一枚じゃ吸い取れ切れなかったのか、上着にどんどん水が染み込んでくる。
「暴れるなよ、それと黙ってろ」
変な目で見られるだろ、と言うと、ユイはそれ以上非難はしなかった。
「抱っこされるよりは、いいだろ」
そりゃそうだ、とユイは思った。
それに、正直歩くより楽だった。
雨に叩かれて、寒くて泣きそうだけど、熱っぽい。体がだるい。そして、動く度に作り物の腕と脚が軋んだ。
這い回るようなあの感触に、呻きそうになるが、ソレだけは何とか堪える。
あんまり、驚かせたくはない。
でも、気持ち悪くて、何度も吐きそうになった。辛抱してるうちに、何が何だかわからなくなって、気付いたら見たことも無い部屋にいた。
エアコンが効いていて、あったかい。
「ああ、ちょっとな」
すまなさそうに頭を掻いて、ショウは電話の向こうにごめんなさいをした。
「ツレが急病でな、一人だから看てやらんと」
じゃあ、愛してるよ、と言うと、まんざらでもない様子で通話が終わった。
「なに」
電話片手にほとんど裸で部屋に入ってくる姿をみて、ユイはちょっと嫌な顔をした。
が、それだけだった。
何か変なコトを言う元気も、ないということか。
「何でもねえよ」
電話の中身は、聞かれてないらしい。
「ご免、ちょっと寝てた」
「いいぜ、寝とけ寝とけ」
言いつつ、濡れた斜めがけバッグを探る。
「薬って、コレか」
ペットボトルの水と一緒に渡してやる。
「ありがとう」
素直に礼を言われると、目を逸らしたくなった。
自分がさせた格好とはいえ、コレはないだろう。十字を切りたい気分だった。
「聞いて良いか?」
「なに」
出来るだけ、そっちを見ないように、プルタブを起こしながら、話しかける。
「カゼとかか?」
着替えさせた時、濡れた身体は冷たかったのに、熱っぽかったのを思い出す。
「違うよ」
やっぱり、また妖怪ナントカとか、魔物ナントカとかか?
と、ビールの缶を傾ける。
「サイバー不適合なんだ」
吹き出しそうになって、堪える。
「ごほっ、待て待て、じゃあ何なんだよ」
コイツみたいなガチガチの戦闘系にカスタマイズしたサイバー者が、不適合って、そんなことあるのか。
ショウは驚いたが、説明してもらって、少し納得した。
サイバーウェアへの適性値が高くなくても、装着は出来るらしい。
ユイの言っている不適合というのは、一般に知られるような全く異物を受け付けない体質のことではないらしい。
で、調整は出来ても、こうやって時々拒絶反応が起こるとか。
「なんていうか、アレだ、しびれが切れそうな時みたいな」
今も右腕と左足に何か這い回ってるような感触があるなんて、ユイはぼやいた。
「俺からもいいか」
「何だよ」
思わず顔を見てしまって、罪の意識を感じる。
「服を着ろ」
いつまでもパンイチでウロウロするな、と咎められて、がっくりくる。
もっと他に言い方はないのか。
「うるせえな」
まあ、変に恥ずかしがられても、もっと困るだけだが、ソレはさて置き。
「俺はコレでいいんだよ」
その言い分に、何故か少し視線が冷ややかになった。
「お前まさか」
「何だよ」
「いつもその格好で寝てるのか」
まあ、自信が無いと言えば更に呪われそうなくらい、自分でも大したもんだと思う体格。ソレが楽だからそうしていただけだが、下着一枚で寝ていても、多分サマになる。
「むぅ殺したい」
若干の、というかかなりの嫉妬を込めて、呪われる。
そこが、中身はダメ男たるゆえんだ。
しかし、とショウは思う。
「お前ね、そう言うけど、自分の格好見てみろよ」
まさか、今まで気付いてなかったのか、と思う。だとすれば、いつもの調子じゃないのは、やっぱりそうなんだろう。
「……」
一瞬沈黙して、めくった布団を慌てて手繰り寄せる。
「な……」
赤面している姿を見られたくないのか、うつむいて、ぐっと堪えてからユイは一言呟いた。
「……お前……今時年季の入ったオタクでもこんなカッコ思い付かんぞ」
──というか、実行に移す奴がいるとは。
ユイは呆れた顔でショウを眺めた。
やたらサイズのでかい男物──イヤそこにそんな注釈は不要な筈だ──のシャツ一枚羽織ってする表情じゃない。
お似合いの顔をされるのはもっとご免だが。
「他に何か……パジャマとかの方がまだマシだろ」
イヤ、ソレが無いからこうなったのか、とこっちを見て、ユイはため息をついた。
「そうだよマジでソレしかないんだよ。ていうかお前いまパンツも履いてねえから歩くトキ気を付けろよな」
「言われなくても」
どうも調子が狂う。もう寝てしまおうかと思ったが、よくよく考えればベッドは一つしかない。そりゃそうだ。男なんか泊める気ナイからそんなものは不要だった。
「……」
いくらなんでも、ソファで下着一枚で寝る気にはなれない。仕方がないので明日の朝着るつもりでクローゼットから持ち出した服を着る。
袖を通して自分の手をみる。足元とか、ベルトを通しかけてやめて、それからやっぱり通す。
当たり前だ目の高さが違うんだ。着るもののサイズがことごとく合わないのはおかしくない。
ないけど、必要以上に細すぎるし、妙に柔らかいような気がするのは絶対気のせいなんだ。イヤ、たまに男らしい体つきになれない奴がいるっていうけどてかモロにそうなんだろう。そういうタイプは、良い世界のも悪い世界のも含めてモデルになったり毛色の変わったアイドルになったり、それか時々、女の子になりたがったり、とかか。他はありそうで思いつかない。不謹慎だが、こういう世の中じゃ、長生きできないことも多い。まあそうならないように自分達がいるわけだが。
考えれば考えるほどか弱くて当たり前。なんとかしてあげたくなっても変じゃない。変じゃないけどヤツは違う。もっとこう、セオリーどおりに健気で幸薄い自分が萌えるような姫様的振る舞いをすればかわいげもあるのに、とか、ゲンナリさせられたり引いたり殴りたくなったり呆れたりしないとイカンのだ。相棒はそういうダメ男だ。庇護欲をかきたてられたりとかない。
やっぱり言われるまでもなくあのマニアックすぎる格好が毒なのか──みたらいけないと思う自体もう何もかもおかしいし──そうだパンツとTシャツくらいならこの時間でも買えるし、服も着たし、ちょっと離れよう違う逃げようっていうんじゃない、そうそう、病気なんだから何かソレっぽいもの食わしてやった方がいい。冷蔵庫も空だし。
とかってナニ言い訳してる、と、ショウはため息をついた。やりにくい。
あの頼りない手がスチール缶でも握り潰すって知ってても、肩が落ちてしまってるシャツが危なっかしくみえてしまう。黒い髪と襟の隙間のうなじも、触ったら折れそうだった。切り離したくらいじゃ死なないって言ってたが絶対ウソだ。
そもそもおとなしく寝ないでなにをやってるのか。捜査資料を反芻してるとかだったら、手加減はいらない。簀巻きにでもしよう。
でも、手元にあったのは携帯端末とかではなくて、少しくたびれた革紐と小さなプレートだった。
「もしかしてソレ、外したらマズかった?」
多分、症状のせいで細かい作業がし辛い。ショウははかどらないユイの手からプレートを取り、革紐を巻き付けた。
「きつくないか」
「大丈夫」
首に2重に通して、結び目を作る。
「ありがとう」
ユイは頼りなげな視線で、ショウの手をじっとみた。
「なんだよ」
「お前器用だな」
「そうか?」
「よくあの結び目解けたな。固結びにしてるのに」
「まあ、コツがあるんだよ。お前は外すときどうしてるんだ」
「外さないからいい」
「……そうか」
本当につけっぱなしにしているようだ。でなければわざわざ調子の悪い時にアクセサリなど気にする性格じゃないか。
「どうしてもっていうときは切る。紐は本体じゃないから何でもいいし」
「そりゃアレか? 何か重要なデータでも入ってるのか」
と、プレートを指さす。触れるのは少しためらわれた。軽口でもたたいていないとやっていられない。
「魔除け」
「なんじゃそら」
「付けてるとゲームのエンカウントモンスター的なLvなら魔物が寄って来なくなる」
いちいち相手してたらキリがないだろ、と言われて納得する。
そういや、天井がそんなことを言っていた。人外魑魅魍魎がユイの身体に執着するのはなにもこういういかにもな外見のせいだけじゃないとか。
たべるとおいしいなんて言われても人間の自分には釈然としないが。むしろ、そこはソレでいい。
「それで、お前は何の用事だ」
まあこのくらいかわいくなくて丁度いいし。
子供じゃないんだから見張ってなくても寝る、と言われる。それ以上余計な一言は追加されなかったが。
「俺コンビニ行くけど、お前何か食う?」
首を振ろうとするので、がしっと頭を掴んでやった。
「そんじゃ適当に何か買って来るから、食え」
他になんか欲しいものがあるか聞くと、甘いもの、と返事が返ってきた。
戻ると、灯りを点けたままで、ユイは眠っていた。
呼吸は楽そうだが、熱そうに、火照っている。
額に手を当てると、やっぱり熱があった。
体温とか測ってみるか、と思うがやめておく。あまり触りたくはない。
灯りを小さくして、部屋を出ようとすると、目が合ってしまった。
「起きたのか」
「……」
ごそごそ身を起こすと、こっちに歩いて来るでもなく、ただ猫みたいにぽつんと座っている。
ああ、寝ぼけてるのか、と思って布団に戻してやろうとする。
「寝てろよ、適当な時間になったら起こしてやるから」
「嫌だ」
顔を寄せるみたいに身体を起こして、ユイは首を振った。
「何だよ」
やっぱり、寝ぼけている、それか、熱のせいでちょっとおかしいか。
いつもの淡い視線とは違うとろんとした目つきで、ショウを見つめる。
「おなかすいた」
「メシかよ」
やっぱり食うんじゃねえか、と、またがっくりきて、立ち上がろうとする。
この調子だとここまで持って来てやった方が良さそうだ。
色気より食い気か、と思うとどういうワケか安心した。
が、ショウは立てなかった。
痛いくらいに掴まれて、腕が動かない。
「離せよ」
ナニやってんだお前、と振り解こうとする。
目を開けると、ユイが猫のように膝をついて、顔を覗き込んでいた。
ベッドの上に、投げられたんだと、気付く。
「ふざけんな」
声を荒げても、曖昧な表情で、首を傾げるだけだった。
こんな格好させるんじゃなかったと、盛大に後悔する。
一方で、こうも容易く投げられた悔しさに、歯噛みする。
力の差があることは、知っているつもりだったけど、実際にやられるとかなりヘコむ。
たまに可愛く見えるのも、ソレは見た目だけだからだ。
そのハズだ、と思う。
何故か背筋が寒くなって、そんな言い訳がましい気持ちがよぎる。
「食うんだろうが、取ってくるからおとなしくしてろ」
「やだ」
ひし、と縋りつかれて、悲鳴を上げそうになる。
「おまえやっぱり寝ぼけてるだろ」
寝ろ、いいから寝てろ、と少し厳しい顔でショウは告げた。
「明日病院連れてってやるから」
「嫌」
耳元で囁かれて、熱い吐息を感じる。
「おなかすいた」
背中がざわざわする。
今すぐ逃げ出したい。
そこで、更にサイアクな事に気が付いた。
「お前」
覚悟を決めて、その事を言った。
「喰うって、ソレ、メシのことじゃないんだな」
それで、ユイの瞳の色が、いつもと違うことにも気が付いた。
金色というか、紫がかったおかしな色彩。瞳孔は、縦に裂けているような気もする。
そこだけみていると、猫というより、トカゲ。
ああ、そうだ、コイツが感じてる空腹感は、人間の感覚じゃないんだ、思うと、納得して、思案した。
「で、何が欲しいんだよ」
言えよ、買ってきてやるから、と、ショウは言った。
この際だから、妖怪横丁とかでも、行って来てやる、相棒だから、とも言う。
イモリか? カエルの目玉か?
早く言え。
「精気」
ユイはうっとりした声色で、口に出した。
ショウの腕に縋りついて、恋人が甘えるように告げた。
「それか、血でもいい」
おいしそう。喰べたいって、見上げている。
知ってるよ。とショウは思った。
さっきから、どうしたいのか、本当は気付いてた。
そんなすごい目をして、俺を見るな。
「おなか……すいた」
苦しげに呟いて、ショウの上着を握り締める。
「きもちわるい」
けほ、と小さく咳き込むので、背中をさすってやる。
「苦しいのか」
聞くと、返事も出来ないのか、腕を押さえてうずくまる。
「おねがい、なにか」
たべさせて、と、泣きそうな瞳に、お願いされる。
もう駄目だ、ショウは立ち上がろうとした。
これ以上一緒にいると、どうなるか、わからなかった。
いや、どうなるかは予想出来るが。
理性を手放さない自信がない。
でも、その決心は少し、遅かった。
「ん……く」
ショウの脚に自分の脚を絡ませるみたいに押さえ込んで、縋りついて、キスをする。
マジで? 俺いま襲われてる?
こんな色気ゼロのガキみたいな男に、喰われかけてる。
目を開けると、何とも言えないあの瞳と視線があって、ゾクっとした。
ダメだ。
このまま流されたら、多分後悔する。
ショウは身体を起こすと、ユイの身体を向かい合わせに抱き上げた。
膝に乗せた姿勢で、左腕を掴んで、腰に手を廻す。
虚ろな顔に口付けて、そのまま、深い、キスをする。
唇から甘い声を漏らして、絡みついてくる。その舌を優しく吸って、リードしてやる。
長い間、そうしていると、華奢な身体から力が抜けた。
「これでいいか」
唇を離すと、少し、喪失感があった。
多分、精気ってヤツを喰われたからだ。
でも、どこか、たぎるような感触があった。
「ちょっと待ってろ」
ショウは手近なカッターナイフを取り出した。
刃を折って、多めに引き出してライターであぶる。
注意深く指先で温度を確かめ、そのまま押し込もうとして、やめる。
明日になっても残るから、傷は外から見えない所がいい。
少し考えて、腕をまくる。
映画のようにはいかないか。
刃物をこんな目的で使った事はない。
イメージしていた程血が流れなくて、何度か切り直さなくてはならなかった。
「……っ」
痛いっつーの馬鹿野郎。
口の中で文句を言ってから、こぼれ落ちそうな創を差し出した。
「お前にやるよ」
だから、早く元気になれ、とぞんざいな口調で言ってやる。
ソレは多分、こいつの耳には届いていない。
ユイは虚ろな仕草でショウの腕を抱き込んだ。
愛しげに顔を寄せて、舌を這わせる。
嫌なら見なきゃいいだろうが!
ショウは脳内で何度も自分を殴りつけた。
猫のように絡み付いて、口付けて、舐め取っていく。半開きの瞳は、恍惚と輝いていて、でも澱んでいる。
傷口に触れられても、覚悟していたような痛みはなかった。
それよりも、暖かで柔らかな感触に、手酷く打ちのめされた。
痛いどころか、むしろ、
目を閉じる。罪の意識に歯を食いしばるが、考えは止まらなかった。
過去に、何かむごいことをした奴は、多分コイツを放したくなくなっただろうなとか。
二の腕でさえこうなら、と恐ろしい光景が浮かびそうになったとき、更にとんでもないことに気付いた。
傷口が、なくなっている。
それに、喰われた喪失感よりも、どこかたぎるような感覚の方が強かった。
キスしたときと、さっきと、同じだ。
これが、ホーリーファクターの力か。
啜り終わると、名残惜しそうに腕から離れて瞳を閉じた。
眠ってくれるならありがたいが、ユイの取った行動は、更に忌まわしいものだった。
「ばか……やめ」
慌てて止めるが、言葉の途中で吐き気に襲われ口元を押さえる。
床に零れた雫を舐め取る姿は、いかがわしくも、可愛くみえた。
中身は兎も角、生き物の本能的なこととは縁がなさそうな、日々の清潔さというか、穢れのないイメージ。そんな姿を這いつくばらせる。背徳感に、目の前が霞んだ。
もし世界のリモコンがあるなら、早送りを連打したい。コマ送りじゃなくて。
我に返ると、あの目で、ユイが見上げていた。
俺にはもう、出すものはない。
呻くショウを無視して、ユイはさっきとは反対の手を、優しく包んだ。
甘い匂いに小さく微笑んで、唇を開く。
僅かに付着した血を舐め取って、指先に吸い付く。
ちゅ、と音をたてる度に、心臓を掴まれた気がした。
もっと、かわいがってほしい。
わかってる。
何をして欲しいのかは、痛い程分かるが、ソレは、出来ない。
もし、何も知らなかったら、と思うけど、知ってしまってることは取り消せない。
相手が違う。
て言っても、今のコイツには、通用しないんだろう。
ショウはため息をついて、シャツの前をはだけた。
か細い身体だな、と思う。
いわゆるつるぺたな女の子だと思えば、いけそうか、とか考えるが、無理。
こんなエロいシチュエーションに陥っても、清楚だとは思えたけど、ソレはソレ。
蕩けそうな目つきも、しどけない仕草も、どうしようもなかったが、その、変なトコロにあってはならないものがある。
こんなになってたら、まあ、辛いだろう。
あくまでも、男として同情してるからだぞ、と、ショウは心の中で呟きつつ、後ろからそっと抱き締めた。
正直、正面から見る勇気はなかった。
そんなコトしたら、間違えてしまうかもしれない。
膝の上に乗せて、身体を支えて、そっと触れる。
こんな顔、死んでも人には見せられない。ショウは自分が赤面しているのを感じた。
多分、痛くされるのは嫌。だから、優しく握り締めた。
どうすればいいのかは知らなかったが、まあ、そこは、男ならお馴染みの器官なので、予想を込めて、指を廻す。
声がかれるくらい喘いで、何度も吐き出す姿は、儚げで、壊れそうで、見ているとおかしくなりそうだった。
よく、自分が間違えなかったと、ショウは思った。
いたたまれなくなって、途中で、腰に廻していた手を離し、指で、口の中を塞いだ。
その指に吸い付かれると、背中がざわざわして、何もかも手放したくなった。
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