■buddy so it 02

「せ、洗濯は俺がやるから」
 うわずった声でユイが言った。
 こんなかわいそうな顔は初めて見る。
「いいって、どうせ洗濯機に放り込むだけだからな」
 大体、とショウは目を逸らしつつ言う。
「お前今歩けないだろ」
 ユイは今度こそ赤面してうつむいた。
「だ、だから明日やるから……ていうか弁償するし」
「もううるさいぞ。いいから寝ろって。もしかしたら上手いこと記憶が飛ぶかも知れないぜ」
「多分、ソレは無理」


「別に、寂しいと思ったことはないが」
 ユイはぽつりとそう言った。


「お前とは友達……」
 小さく首を振って、続ける。
 申し訳なさそうというか、恥ずかしそうだ。
「相棒っていうか、仕事仲間だから」
 いい年こいて、友達なんて口にする、ソレがダメってコトか?
 なんだコイツ。ショウは思った。
「いいからよ」
 わざとぴったり近づいて座ってやる。
「そんなんどっちだっていいだろ。友達でも相棒でも一緒だろ?」
 それでいいじゃねえか。
 面倒くさい奴だなと思う。
 まあ、今までか、先か、別の誰かが間違えてしまうのは、そこを好きになるからだろうけど。
「俺は、お前とは友達でいたい」
 ユイは顔を伏せて、もう一度言った。


 それで、さびしくはないが、あんまり、友達とかいなかったからなんて、あのセリフ。
 多分、本当。
 確かに、日々の連れなんかいなくても、コイツはやっていくだろう。
 でも、ソレはなんでもないってこととは違う。
 でもまあ、そんなのを指摘するのはそれこそ、友達じゃなくて、別のアレだ。


「だから、こんな風に、喰ったり喰われたりとか、したくなかった」
 謝って済むことじゃないけど、とユイはまた頭を下げた。
 言い方によったら、泣くかも。
 でも、泣かしたらダメだと、ショウは思った。
「でもよ、しょうがねえだろ、ハラ減っちまったもんは」
 気にすんなよ、と背中を叩く。
 頭をがしがし撫でる方がやりやすかったが、やめておいた。
「つーかさ、お前今までどうしてたんだあんなトキ」
「聞くか……ソレ聞くか普通」
 しかも今。ユイは呻いた。
「ソコは、蛇の道は蛇だよ」
「何だよそりゃ、餌場でもあるっていうのかよ」
「ある」
「マジかよ」
「そういう巣を張ってる奴とか、取り決めをしてる奴もいる」
 ユイは小さく首を振る。
「俺はそういう事はしない。ていうかそんな力ないし」
 面倒をみてくれる人(?)がいたのだという。
 でなければ、駆除代わりに餓えた魔物を刈っていたらしい。
 嬉しくもないのに啜る光景を、イメージしてしまう。その姿は、かなりかわいそうだった。
「今はその渇きっていうの? そいつを何とかしてくれる相手がいなくなったのか」
「そんなことはない」
 多分、自分がいなくなっても、あの人が滅びることはない。ユイは懐かしい姿を思い出した。
 恋しくないと言えば嘘になる。
「俺が望めば、多分いつでも」
 浚いに来る。
「だったら、好きなだけ抜いて貰えばいいじゃねえか」
 そんな顔をして口にする男なら、多分良くしてくれるだろう。
 どんな風に良くしてくれるのかは、あまり知りたくなかったが。
「出来るかそんなコト」
 殴られるかと思ったが、返ってきたのは弱々しい返答だった。
「何でだよ」
 誰彼構わず血を見たがるとか、知らない魔物に啜られるとかよりずっといいだろう。
 首をひねるショウに、ユイが告げる。
「だから、ソレを聞くなって」
 呻きながら、ベッドに倒れ込む。
 ユイは顔を埋めたまま眠ってしまった。
 緊張と恥ずかしさに、疲労困憊な感じだ。
「あー……ホントバカだな」
 まま、理由なんか聞かなくても、ソレは簡単すぎる推理だった。


 ソファに横になる。
 暗い部屋。あいつらなら、この暗がりでも字とか読めるのかね、とかぼんやり考える。
 考える。
「あ゛ー……」
 起き上がり、頭を掻く。
「眠れねえ」
 ──ヤバイっつーの。ガキじゃあるまいし。
 俯いて、毛布の中を覗き込む。
 ため息をついて、灰皿を手繰った。
 ライターの灯りをみて、煙を吐き出して、終わり。
 殆ど減っていないタバコを、もみ消して折る。
 ──ナニ俺、ナニ興奮してんの。何でこんな目冴えてんだ。
 冴えてるのは、目だけじゃなかった。
 それが、苦痛だった。


「ユ……イ」
 歯を食いしばる。
 手を伸ばし、指を絡めるとため息が出そうになった。
「う、く」
 みっともなく声なんか出したくない。
 大体、自分は何をやっているんだと、ショウは打ちのめされていた。
 壊れそうな仕草が浮かんで、目の前が霞む。
 あちこち傷だらけだったが、甘やかな肌をしていた。
 日頃、どんなに激昂していても、どこか作りものめいた淡い表情が、熱く染まっていく。しっとりと汗を纏って、あんなに息を上げる姿は初めてみた。
 俺は、俺はマトモだ。
 ショウは何度も頭の中で繰り返した。
「て、手前……」
 こんな事、
「う……」
 ──こんな事、やらせて、元気になったら殴らせろ。
「……っ」
 名前を浮かべただけで、背中がざわざわした。
 膝だけでは身体を支え切れずに、右手を床に付けた。
 湿った感触が、熱く、粘稠なものに変わっていく。


 頬が、身体が熱い。さぞかし無様に赤面しているだろう。俺よ死ね。ショウはひとしきり自分をサンドバッグにしてから、重い頭を上げた。ティッシュの箱に手を突っ込み、無造作に取り出す。拭き取ったのは、まさに敗北の証。
 だけど、こうでもしないと自分がホンモノの馬鹿野郎になってしまいそうだった。
 ──俺だって、俺だって。
「なあ相棒……」
 お前とは間違えたくない。ショウは呟いた。


「お前、ハウスキーパーとか契約してないのか」
「してない。この部屋くらいの広さなら自分で掃除すりゃ済むだろ。まあ事件増えてヤバくなったら呼ぶこともあるけどな」
「何つーか……マメだな」
「マメな男はモテるんだ」
 とまあ、しなければならない話題を避けて、ぐるぐる周りを周っていても仕方がない。ショウは出来るだけ当たり前に、その話を振った。
「身体は? どんな感じだ」
「昨日よりは楽」
「そうか」
 迎えに来るように電話入れとく、とショウは腰を上げた。
「いや、自分で帰れるから」
 慌てて立ち上がるが歩けなかった。転びそうな所を、ショウの両手が上半身を掬う。ショウはそのまま、何か言おうとするユイの口を塞ぐというか顔に手をぺたりと置いた。
「やめろ」
 手が離れると、ショウに抱えられていて、どうしようもない姿になっていた。
「じゃあおとなしく寝てろよ」
「……悪かった」


「そんなのはいいよ」
 ルナはにこり、と化け物じみた笑みを浮かべた。
「ショウさんなら、いつでも歓迎だよ」
「はあ!?」
「もし、また何かあったらお願いします」
 そこだけピックアップすれば、パートナーとして模範的な言葉だ。
「あの人、トモダチ少ないから」
 ショウさんのことも、すごく大好きだと思います。
 そう言われると、ぐっときてしまいそうになる。確かに、奴にはそういうトコロが足りなくて、満たしてやりたい気にもなる。ちょっと、かわいそうな肩をしている時がある。
「そのトキは、あの人の望むようにしてあげて」
「お前ね、自分が何言ってんのか分かってるのか」
 ショウは回答を予想しつつもソレを言った。
「一体、どこの火星に自分の恋人抱かせて喜ぶバカがいるんだよ」
「え? だって、そんなのただのごはんだもん」
 ホントに恋しちゃってたりしたら、ダメだけど。
「ショウさんなら、痛いコトはしないでしょ」
 優しいから、多分、気持ち良くしてくれる。
「それに、あなたは格好良いから」
 今度見てみたいかも。
 ルナはまたにこりと笑った。


「いいか、兎に角お前、アレは大体……俺が勝手にやったコトだし」
 あいつは結構ヘコんでる。
「うん」
「だからお前、暫く無茶すんなよ」
 軽く睨みをきかせて言う。
「お仕置きプレイとかやるなよな」
「えー! ひど〜い、ぼくのこと、何だと思ってるの〜」
「言っていいのか」
「むむう、受けてたちましょ」
「エロ妖怪」
「きゃー。そんなの偏見だ〜」


 ひとしきり騒いだ後、ショウはルナにアイスを食わしてやった。
 ありがとうー、食べ物に罪はないからと、無邪気に喜ぶ頭を撫でてやる。
「わわ、なあに」
 コイツはホンモノのガキだ。
「お前」
 だから、大事過ぎて気持ちが、繋いだ手を握り潰してしまいそう。
 その辺が、まだ危なっかしいお子様だ。
「あいつが何でヘコんでるのかはわかるか」
「うん……」
「だったらソレでいい」
 好きだからと、わかっていればまずは合格か。
「あいつはな、あいつなりにお前が好きなんだよ。その、俺が好きだとかとは違う意味でな」
「うん。素敵……」
 ルナはうっとり目を閉じてしまう。
「はあ!?」
「駐在さんがぼくを好きって、誰かに言われるなんて……そしたらなんかすごく嬉しくなっちゃった」
 ほら子供。
 大体、とショウは心の中で毒づいた。
 こんなのは年上の片割れがリードするもんだ。ソレをあのバカは何やってんだ、と思う。まさにダメ男。
 だから愛し過ぎちゃった、なんて喰われる。
 というか、何で俺はこんな魔物どものラブ加減を面倒みてるんだか、とショウは自分にも呆れた。
 やれやれなハナシである。

 (1stup→121003wed)


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